波羅蜜多実業高等学校

リアクション

　第三章　小休憩

『決着！　基本部門の栄えある優勝者は廿日千結に決定だーっ！』
　会場にエヴァルトのハイテンションな実況が轟いてから数十分後。
　千結は選手の誰よりも早く会場に戻ってきて、パートナーの大吾の胸に飛び込んだ。
「やった〜、あたい勝てたよ。大吾ちゃん！」
「おおしっ、良くやった千結！　今日は祝勝会だな」
　大吾も自分のことのように喜び、小さな千結を両手で高く上げる。
　傍から見ればその様は、さながら仲の良い兄妹のようだ。

　席を去った大吾に入れ替わり、グラルダはベンチに腰をかける。
「……あんたは何も言わないね」
　道中で大吾と千結の様子を眺めていたグラルダは、ぽつりとそんなことを零した。
　その隣で相変わらず無表情で食事を続けるシィシャは、口の中のものを飲み込んだあとで口を開く。
「ええ、私はあなたの道具ですから。道具は所有者を慰めはしませんので」
「……そうよね、あんたはそんな奴だった。忘れてたわ」
　そう言って、グラルダは空を見上げた。
　勝負に夢中で気がつかなかったが、深々と振り続ける雪はいつの間にか強くなっている。
「慰めて、ほしいのですか？」
　シィシャの言葉に、グラルダは一際目を険しくした。
「結構よ、あんたは黙ってなさい。そっちのほうが落ち着くわ」
　シィシャはこくりと頷く。
　グラルダの表情は少し沈んでいたさっきとは違い、元の強気そうな面に戻っていた。
　それに気づいたのか、グラルダは舌打ちをし、どこか拗ねたまま。
「……ひとつ、貰うわよ」
　シィシャの手にある食べかけのたい焼きをひょいっと奪い、グラルダは一口かじる。
　もぐもぐと咀嚼し、嚥下した。そして少しだけ、ほんの少しだけ口元をほころばせて。
「……美味しいわね、ありがとう」
　シィシャに向けて、お礼を言った。

「あぁー、あとちょっとだったのにな……悔しいなぁ」
　がっくりと肩を落とすアレイを見かねてエリシアが声をかける。
「まあまあ、そう落ち込まずに。勝負は時の運というじゃないの」
　そう言ったエリシアの顔は、アレイとは対照的に実に晴れやかとしていた。
　勝負には負けたが、試合内容に満足しているのだろう。
「そうだけどよー……、やっぱ悔しいというか。なんというか」
「悔しいのはみなさん同じですよ。あれだけいいレースをしたのですもの、もっと胸を張りましょう！」
「うわっ！」
　後ろにいたレイカは丸くなるアレイの背中を強く叩いた。その反動でアレイが体勢を崩す。
　その二人のやり取りを見ながら、エリシアは微笑んでいた。
「あ、そう思えばエリシアさん」
　レイカは顔をエリシアに向け言葉を続ける。
「今日は、パートナーさんは来ていらっしゃらないのですか？」
「ええ。わたくしのパートナー、御神楽　陽太（みかぐら・ようた）はパラミタ横断鉄道の実現をめざして必死に働いている最中ですわ」
「そうですか、大変そうですね」
　にっこりと笑い、エリシアは空を見上げる。
「ええ。まあ、忙しそうではありますが、御神楽陽太は楽しそうですわよ。……誰かのために一生懸命奔走することが出来る。そんな人ですから」
「……すごく信頼しているのですね、パートナーさんのこと」
　レイカがそう言うと、エリシアは苦笑いを浮かべた。
「さて、わたくしたちの出番も終わりましたし、良かったらご一緒に出店を回りませんか？」
「いいですね、それ。私は賛成です。キミは？」
　レイカはアレイに声をかける。
「ん？　いいぜ、俺も賛成」
　アレイの意見を聞き、エリシアは一人先に歩きだす。
「では、一緒に回りましょうか。――それと」
　言葉を止め、振り返り、二人に向かって笑顔でこう言った。
「良い勝負でしたわね、また何時か対戦しましょう」

　スタッフの集合用のテントの下、ヴェルデと箒屋の女店主が話をしていた。
「……あたしは別に構わないが、そんなのでいいのかい？」
「ええ、構わねぇッス」
　にやりと笑うヴェルデは了承の返事をすると、女店主は顎に手を当て怪訝そうな顔をした。
「あっと、ここにいたのね。ヴェルデ」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。エリザロッテ」
　ヴェルデのパートナー、エリザロッテ・フィアーネ（えりざろって・ふぃあーね）は片手を大きく上げる。
　もう一方の手には、なぜかもじもじと恥ずかしそうにするアゾートが捕まえられていた。
「おっ、なかなか似合ってんじゃねぇか」
　ヴェルデはアゾートの格好を見るやいな、また意地悪そうに笑った。
「……流石にこれは恥ずかしいぞ、ヴェルデ。本当に、これでレースに出なければいけないのかい？」
　アゾートの格好は、紺色のビキニにロングコート。
　基本部門のレースのときのアッシュの格好の女性版といったところか。
「もちろん、いつもの格好だと変わり映えがねぇし面白みもねぇだろ？」
「ほら、企画立案者なんだから我慢しなさい。アッシュだってやったんだし。場を盛り上げるためだと思って、ね」
　二人の意見に、顔を赤く染めたアゾートは小さく唸る。
「けど、こんな服装でレースに出るのは……」
　しぶるアゾートにレイカは痺れを切らしたのか、少しきつめに言い放った。
「もう、あの人たちを見習いなさい！」
　エリザロッテは広場を歩く、アゾートより際どい服装をした二人組を指差す。
「……レースクイーンかい？」
「違うわよ。あの二人はセレンフィリティ・シャーレット（せれんふぃりてぃ・しゃーれっと）とセレアナ・ミアキス（せれあな・みあきす）。れっきとした無差別級の選手よ」
　その言葉を聞いたアゾートはついに観念したかのように、顔を伏せた。

「アゾートさん……素敵です、素敵すぎます！」
　また、隠れながらアゾートの様子を見ていたエリセルは恍惚とした表情をしていた。
「ああ、眼福とはこのことを言うのですね……っ！」
　片手で鼻を押さえる。指の隙間から、ぽとりとぽとりと真紅の血が零れ落ちた。
『えーっと、無差別級の選手の方は今すぐＤゲートに集合して下さい。繰り返します、っとその前に』
　鼻血を垂れ流すエリセルの横、エヴァルトは淡々と進行をする。
　が、いきなり言葉を止めるやいな、息を大きく吸い込んだ。
『少しの間この場をお借りします。――デーゲンハルト、優勝しろよっ！』
　実況をしているときのような大きな声が、マイク越しに会場に響き渡った。

「……あの阿呆。自分の立場を私情で利用しおって」
　エヴォルトに応援された当の本人、パートナーのデーゲンハルト・スペイデル（でーげんはると・すぺいでる）は辟易としていた。
「しかし、これだけ大手を振って応援されれば、負けるわけにはいかんのう」
　そう呟くと、やれやれといった風にＤゲートに向かっていった。

「いいかのう、勝負は一瞬じゃ。虎視眈々と獲物を狙い、ここぞというチャンスを逃さないこと。理解したかの？」
　ルシェイメアのアドバイスにアキラとアリスは頷く。
　二人のその姿を確認したルシェイメアは、言葉を続けた。
「……お主らなら優勝出来る、わしはそう信じている」
「アキラさんなら大丈夫です、きっと優勝できます！」
　ルシェイメアとヨンに激励されながら、二人は意気揚々と歩いていった。

「あの魔法の玉、意外とすばしっこいようね、それに無差別級は他の選手も魔法やスキルを使う。……本当にこの作戦で大丈夫かしら？」
「問題なんてあるわけないじゃん。あたしが妨害して、あんたが魔法の玉を追う。完璧じゃない」
　集合場所に向けて歩きながら、茅野　菫（ちの・すみれ）とパビェーダ・フィヴラーリ（ぱびぇーだ・ふぃぶらーり）は作戦の確認をしていた。
「……私たちは組んで戦うから、もしかしたら早い段階で狙われるかもしれない。それでも？」
　パビェーダの質問に、菫は傲慢な笑みを浮かべた。
「はんっ、上等じゃない。いくらでもかかって来いってんのよ。箒の扱いであたしたちに敵うやつなんていやしないわっ！」

　その二人の脇を全力で通り過ぎるのは芦原　郁乃（あはら・いくの）。
「郁乃様、作戦はどうするのでしょうか？」
　郁乃についていきながら、パートナーの秋月　桃花（あきづき・とうか）は問いかける。
「え？　そんなの決まってるよ。ひたすら真っ直ぐに魔法の玉を目指すだけだよ！」
「なら桃花の役目は、周りからの妨害やガーディアンからの攻撃から郁乃様を守ることですね！」
「うん、頼りにしてるよっ。桃花！」
　名前を呼ばれた桃花は、嬉しさのあまり顔を赤くして笑う。
　つられて、郁乃も頬を染めながら満面の笑みを浮かべた。

　無差別級のスタート地点。
　そこには、他の誰よりも早く到着していたゲドー・ジャドウ（げどー・じゃどう）の姿があった。
「……ジェンドちゃんが珍しくヤル気だから付き合うけど、正直メンドクセ」
　ゲドーの視線の先には、ヴァルキリーとしては珍しい翼の生えた男の子、ジェンド・レイノート（じぇんど・れいのーと）がいた。
「ええ、私も同じく。あまりヤル気はないのですが……まあせっかくですしあの魔法を試してみましょうか」
　ゲドーの隣に立つ顔にペイントのある派手な悪魔、シメオン・カタストロフ（しめおん・かたすとろふ）は不満そうにそう漏らした。
「あぁ？　あの魔法？」
「あれですよ、私が覚えたての」
「あぁ……、あれか。ケケッ、そりゃおもしれぇな。で、いつ発動するつもりなんだよ、救世主サマ」
「それはですね……」
　シメオンがゲドーに耳打ちする。
「ケケケケケッ！　そりゃぁあ最高のタイミングじゃねぇかッ！」
　ゲドーのバカ笑いが大気を震わせる。
　ぞくぞくと到着しだした無差別級の選手たちの視線がゲドーに集まる。
「……おや、どうやら他の方たちも集まってきたようですね」
　他の選手に気づいたシメオンが、特に興味もなさそうに呟いた。
「だな。……んじゃまぁ、ジェンドちゃんを優勝させるために頑張りますかぁ」
　シメオンの漏らした言葉に答えると、ゲドーは大きく伸びをした。