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リアクション
シメオンの宣言と共に現れた『何か』は、アキラを襲った。
「アキラ、へいキ……?」
衝撃に備え目を瞑っていたアキラに届いたのは、優しげな声。
アキラが目を開ければ、アリスが身を呈して自分を守ってくれていた。
「アリス……!」
アリスはゆっくりと海に向けて落ちていく。
アキラは手を伸ばすが届かない。
それを見たアリスはにっこりと微笑んで。
「……頑張ってネ、アキラ。……焔のフラワシッ!」
落ちる最中、苦しげに顔をゆがめながら、アリスは魔法を使う。
意思を持った小さな炎は、離れた場所にいるシメオンに飛んでいった。
「ケケッ、予定通りってとこかぁ?」
「そうですね。他の選手が戦いに夢中になっている隙に、崩壊する空を発動して一網打尽。シナリオ通りというところです」
魔法の玉周辺の激戦区から離れた場所。
一部始終を眺めていたゲドーとシメオンはにやにやと笑っていた。
「そうですね、もう安全そうだからボクはライド・オブ・ヴァルキリーで一気に魔法の玉を取ってきますよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
シメオンにそう言われ、ジェンドはスキルを発動。
スピードを強化した空飛ぶ箒であっという間にいなくなった。
「で、俺様たちはこれからどうやって暇を潰す? シメオンちゃんよぉ」
「……そうですね。では、どうでしょう? あなたも私の崩壊する空の被害者になるというのは」
「あぁ? ふざけんじゃねぇよ、んなの願い下げだ」
「そうですか、残念ですね……あっ」
シメオンは何かに気づき、間抜けな声を上げた。
「どうしたぁ? シメオンちゃん」
「……いえ、私としたことが油断をしてしまったようですね。まぁ、ここらで退場というのもいいでしょう」
「あ?」
シメオンが指差す先をゲドーは見る。
そこには、箒に小さな炎が引火していた。
「あちらの方の魔法のようですね」
シメオンが顎を動かし、方向を示す。
「……へえ、生き残ってる奴がいたんだな。こりゃあ楽しい暇つぶしになりそうだ……!」
ゲドーは心底嬉しそうに、歪んだ笑みを浮かべた。
「……はぁ、隠れていて良かったよ。あんなのを喰らえばボクではひとたまりも無かっただろうしね」
アゾートは魔法の玉に向けて飛びながら、額の冷や汗を拭った。
激戦区から離れずっと機会をうかがっていたことが功を奏したのだった。
「……他に生き残った人はいるのかな?」
アゾートの目の前には何もない。遮るものも、先ほどまで続いていた魔法の撃ち合いも。
「――あれ? まだ生き残っている人がいたんですね」
唐突に現れたジェンドにアゾートはギョッとした。
「ま、でも、ボクが魔法の玉は頂戴しますので、あなたはそこで指くわえて待っていて下さいね。では」
「えっ、ちょっと――」
そう言って飛んでいったジェンドを追うが、スキルを上乗せして強化したスピードにアゾートは追いつけない。
「……なんかボク、影が薄い気がする」
肩をがっくりと落としながら、アゾートも魔法の玉へ向かうのだった。
「くそっ……ッ!」
アキラは自分の歯がゆさに、苛立っていた。
あの漠然とした不安に気がついていたならば、と唇を噛み締める。
「――!?」
突然、感じた背後からの嫌な気配に、アキラは振り返る。
そこにいたのはゲドー。大きな鎌を振り上げにやにやと笑っていた。
その笑みには親しみはなく、どちらかと言えば獰猛さや戦いの武者震いを込めたような笑み。
笑っているようで笑っていない歪んだ笑みは、アキラを軽く戦慄させた。
「く……っ!」
アキラは辛くも、これを剣で受け止めた。
金属と金属の衝突に火花が咲く。
鳴り響いた金属音はどこまでも澄んだ音色だった。
「……おっ? けっこう反応がいいじゃねぇか」
鍔迫り合いうをしながら、至近距離で睨みあう。
ゲドーの金色の瞳に映るのは狂気。いや、狂喜と表したほうがいいのかもしれない。
「こんなクソツマンネェ大会、これぐらいしなきゃ面白くネェよなぁぁァァッ!」
喜々としたその声と迫力に、アキラの体は竦んだ。
けれど。
「――アキラ、気張るのじゃ!」
「――アキラさん、頑張ってください!」
不意に、聞き覚えのある声がアキラの耳に届いた。
視線を少しだけ、声のした方へアキラは移す。
「……ッ!」
そこにいたのは、ヨンとルシェイメア。それに、スタッフに回収されたびしょ濡れのアリスの姿。
みんな祈るようなポーズを取り、目を瞑っている。
(……これだけ応援されているのに、俺は。
――何をひとりでビビッてやがる……ッ!)
「うらああぁぁぁっ!」
「うぉ……!?」
剣がゲドーの鎌を力一杯、弾き返す。
それに続き右から一閃、左から一閃。途端に軽くなった身体が、剣の振りを早くする。
気がつけば、空中戦闘で立ち向かっていた。
「付き合えよゲドー殿、こっからが本気だ……っ!」
「……はははははは! 面白れぇ、面白ぇぞ――アキラちゃぁぁん!!」
先ほどとは別物の剣と鎌の応酬。
――幾多の火花、鳴り響く金属音。
睨みあう二人の剣戟は、見る者を魅了する剣劇へと昇華した。
「ふむ、これでいただきですね」
ジェンドは魔法の玉まで数十メートルといったところまで詰めていた。
左右を確認するが、迫ってくる者は誰もいない。おそらく、先ほどの崩壊する空で全員海へと落ちたのだろう。
「さて、それじゃあこれで――」
「それっ! いけぇぇぇぇ〜〜〜〜〜っ!!」
不意に、声がした。
それは、箒の風を切る音と共にだんだんと近づいてくる。
「だ、誰だっ! どこにいる!?」
口調を崩し、ジェンドは珍しく狼狽をした様子。
「前! 前に誰かいますよぉぉぉ〜〜〜ッ!?」
続いては聞こえたのは、さっきとは違う女性の声。
今度は、分かった。これは、頭上から聞こえてくる。
ジェンドは勢い良く、上を見上げた。
「――って!?」
「きゃぁぁ〜〜!!」
現れたのはどこか見当違いの方向に飛んで行っていた郁乃と桃花の二人組。
ジェンドは自分よりスピードを強化している二人の体当たりに反応することが出来ず、こんがらがって海へと落ちていった。
ゲドーの動きは軽く、速い。それは、的確に死をもたらそうとする剣閃。
それに臆する事無く、アキラは真っ向から立ち向かう。
響く剣閃に膠着が訪れる。ゲドーはアキラから距離を置く事なく、零距離で剣戟を繰り返す。
「!? チッ……!」
一瞬、ゲドーの動きが鈍くなった。
原因は視界の縁に映った、墜落しているジェンドの姿。
ほんの一瞬、生まれた隙。
――アキラはそれを見逃さなかった。
「光術っ!」
アキラの手の中から、閃光が迸る。明かり代わり程度の小さな光。
だが、それは相手を目くらましするには十分だった。
「ぐわぁっ!」
ゲドーが目を押さえ、身体を丸める。
アキラは剣を片手に握ったまま、魔法の玉に目掛けて全力飛行をした。
しかし、突然現れた底抜けに明るい声と冷静な声の持ち主が行く手を阻む。
「あははははー! そうはさせないよっ!」
「……危なかった。本当に死ぬかと思ったわ」
それはセレンフィリティとセレアナの二人組。
セレンフィリティは熱線銃を構え、セレアナは槍を構える。
「くっ……どけぇぇぇっ!」
アキラは自分目掛けて飛んでくる熱線を紙一重で回避。頬に一筋の火傷が出来る。
隣を通過するときに振るわれた槍の横薙ぎを、剣でいなし威力を殺した。
「おぉっと、あっぶないなー。落ちるところだったよ」
続いて下方から現れたのは、ライカ。
ぼろぼろになった服を見ると、先ほどの崩壊する空に巻き込まれたらしい。
それでも、這い上がってくるとは何という執念か。
「えーい、サイコキネシス!」
宣言と共にアキラの箒の制御を狂わそうとした。
しかし、イナンナの加護の発動により危険に敏感になっているアキラは、これを離れることで無効化した。
「くっ、我としたことが目先の事態に囚われて策に嵌るとは……ッ!」
前方で立ちはだかるは、デーゲンハルト。
氷術で無数の氷の粒を発生させ、アキラに向けて飛ばした。
「うっ、おぉぉぉっ!」
歴戦の防御術による感覚で、自分の頭部のみを腕で守り、そのまま真っ直ぐ進む。
腕や胴体、足に無数の傷が出来る。が、アキラは止まることはなかった。
そして、あと魔法の玉まで数メートルといったところまで迫った。
「やばっ、早く止めないと負けちゃう!」
よく響く、透きとおるようなソプラノ。
詩穂は傷ついた体に鞭を撃ち、天を舞い、札を抜き取り、望みを込めて、空を駆ける。
「稲妻の札ッ!」
いつの間にか厚くなっていた雪雲に隙間が開き、一筋の稲妻が落ちてきた。
(――ここまでか)
諦観にも似た感情が、アキラの胸を支配しようとした。
だが、それと、同時に――。
必死になって自分を応援してくれたパートナーの顔が脳裏に浮かぶ。
それがアキラの思いを、加速させた。
(飛べ。今は魔法の玉を手に入れることだけを考えてッ!)
「うあああぁぁぁああっ!」
(届け、届きやがれ――ッ!)
アキラは箒から跳躍し、魔法の玉に手を伸ばす。
と、同時にアキラの箒に稲妻が直撃した。
大きな水飛沫を上げて、海に墜落したアキラ。
ずぶ濡れになりながらも、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「うっ、しゃあぁぁぁっ!」
アキラは誇らしげに魔法の玉を掲げ上げる。
勝利者の咆哮が、パラミタ内海に響きわたった。
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