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リアクション
◆第6遊◆ ゆる族にさとす者
「≪イナンナの加護≫を発動しておいてよかったよ!大丈夫?ケガはない?」
ドンが咄嗟につむっていた瞳を開けると、目の前にはドンと同じくらい大きな瞳を持った少女がいた。
どうしてか、ドンの右耳を片手でむんずと掴んで持ちあげており、空いている方の手には彼女愛用の武器が握られている。
その武器からは今まさに誰かを打って来たようなオーラが出ている。
少女――レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、助けるためとはいえ鞄か何かのように扱ってしまったドンに謝ってから、
彼の体を地面に下ろした。
さすがに、危機から救ってもらったことだけは見逃しようもない事実であるわけで、ドンは素直に「ありがとう」と感謝を述べた。
さきほどレキの銃が光っていたように見えたのは、スキルのひとつである≪則天去私≫を使ったからだろう。
そんなことが分かるくらいには、ドンにも戦士の要素があると言うことだ。
暇をつかせず、レキは向きを変えてなにかを注意するかのように、ドンに言った。
「のんびりしてる暇はないんだよね……ほら、きたよ!」
レキの言う方向を見ると、いままさにこちらに、見たこともない大きさのカラスが迫ってきていた。
モンスターではない、見たところ単に巨大化しただけのカラスのようだ。
イルミンスールは魔法大国……賢い動物であれば、その魔法エネルギーを自分の中にため込むすべも知っている可能性がある。
身長は120センチくらいしかないドンを抱え上げるくらいの腕力すら、持っているのだろう。
「うわあぁ!」
巨大カラスと接触しそうになるのを、意外な俊敏性で回避する。
どうやらドンは、受け身態勢で巨大カラスから逃げようとしているようだった。
すると、ドンを見ていたもう一人の救出者が、横から支えるように声をあげた。
「ドンちゃん、自分ができる最大限のことをしてみるアル!ご主人もみてるアル!」
「!……ご主人……」
チムチム・リー(ちむちむ・りー)の一声でスイッチが入ったように、ドンはどっしりと構えた。
巨大カラスの最初の攻撃で、耳の片方が明後日の方へ曲がっていたが、
まさかそこで「痛いよぉ……」などとは口が裂けても言えない緊迫した場面なのだった。
カアアアアッと間は抜けているが猛々しい声で巨大カラスがドンに再アタックしてくる。
「(チムチム!)」
「(任せるアル)」
ドンのやる気を妨げないように、その後ろでレキとチムチムは互いにドンをサポートする技を発動する。
まず、ドンがえいっと、身軽さを利用した大ジャンプを見せた時にチムチムが動く。
「(奈落の鉄鎖!)」
巨大カラスの動きがグッと落ち、地面にも落ちるかと言うほどの減速を見せた。
勢いある声とは裏腹に、ドンのパンチは普通だったが、その減速のおかげで巨大カラスの顔にミラクルヒットしたかのようだった。
「(その身を蝕む妄執)」
レキが続けて技を放つ。
すると、巨大カラスがひるんだように見えた。
どんな幻覚を見ているかは分からないが、想像すると恐いのでそれ以上は追及しない。
羽をたたんだ巨大カラスは完璧に地面の上の鳥と化し、同じ目線にいるドンとにらめっこする形になった。
「んんんーーーむぅ!!」
「グカカアア」
ブラックとピンクの意地の張り合い……ではなく、気の競り合いは数秒続き、
「ンカアアア!」
周囲にけたたましい巨大カラスの咆哮をもたらした後、
バササッ、バササササ!!!
巨大カラスがはばたいて逃げて行ったことにより、終幕した。
協力を仰いだとはいえ、今までにはありえなかった、ドンの個人戦初勝利の瞬間だった。
*
イルミンスールの森には静寂が戻った。
元が、葉のざわめきですらうるさいと思う場所なのだから、今までの戦闘音など、
近所迷惑の頭に「激」がつくほどのうるささだったに違いない。
その騒音の元凶であるドンは、3人と1匹に囲まれながら、森の集会所へと変える中途にいた。
巨大カラスが飛び去った後、ドンを追って来たらしいセレンフィリティ・シャーレットとセレアナ・ミアキスが
横列に歩くメンバーの外側を歩き、ドンの両隣りにはレキ・フォートアウフとチムチム・リーが並んで歩を進めている。
セレンフィリティが、ドンのケガ(耳の折れ曲がり)をたいそう心配し隣につきたがったが、レキのたっての希望で配置を譲ったのだ。
どうしても、ドンに伝えたいことがあるのだと言う。
レキは、子供に言い聞かせるようにゆっくりと喋る。
「いい、ドンくん。これから先、今日みたいな予想外の出来事はいくらでも起きる。
ご主人様がどこかに入学して、外を頻繁に出歩くようになるなら尚更だよ。
そういう時は、ドンくんも一歩引かなきゃいけないし、たぶんご主人様もドンくんに遠慮する場面があるかもしれないね?」
「うん……それは、そうだけどさぁ……」
眉根を寄せて、再び不安な色を顔ににじませるドンに、チムチムが続けて言う。
「だけど、さっき自分から敵に立ち向かったアル。お見事ネ。
でも、ゆる族が使えるスキルも併用したらもっとよかったアル」
そういうと、パッと一仕草でチムチムは≪光学迷彩≫を発動し、存在感を薄めたと思わせた次の瞬間には普通の状態に戻っていた。
使い慣れれば、コンマ1秒からも技の操作が可能だというのを見せつけられ、ドンは目を見張るのだった。
そんな会話が延々と続けば、森の集会所へ着く頃には互いに話疲れ、言葉少なになった頃には辺りも暗くなる。
しかし外の暗さに反して、ドンの表情は明るくなっていた。
今日が終われば、ご主人の体験入学も終わるはず――ドンは、そう信じて疑わなかった。
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