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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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「はじめての魔法……子供の頃の話か」
 気になっていたのか、窓の外、海から視線を戻しつつ、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は呟いた。
「話するの? 呼雪?」
 隣で座っていたパートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に、呼雪は頷く。
「ああ、異変の影響を思うとあまり悠長に構えていられない気がするが、今は乗客のパニックを防ぐ為に協力すべきだろう」
 と、真面目な顔で言いつつ、パートナーがまるで子供のような満面の笑顔でいるのに気付く。
「なんで笑ってるんだ」
 まぁ、乗客を不安にさせるような表情よりは良いか、と呼雪は思ったが、
「んーん、なんでもなーい」
 と、にんまりして首を振った。
(遊覧もショーも楽しかったけど、これって呼雪は家族とカップル、どっちのつもりで来てるのかなー。
 ……他の子達は連れて来てないし。カップルって事で良いのかな? 良いよね?)
 何だか浮かれてしまっていた。呼雪は人前で自分からいちゃいちゃするようなタイプではない。ヘルは極度の寒がりで、それを理由に、人が見ていない隙を狙って、くるくる巻きのマフラーで呼雪を一緒に巻いてみようとしたり、ポケットに手を突っ込んで見たり、ちょっかいを出している。
 彼は余り海の状況を憂慮していないようだ。
(っていうより、どっちかっていうと……呼雪のことの方が気になるよ)
 つーんと唇をとがらせて、ヘルは呼雪を見た。彼の表情はしみじみと、昔の思い出に浸りつつあった。
(魔法って、僕にとっては自我に気付いた時から当たり前に使えたからなぁ……大幅に使えなくなった時の方が衝撃だったかも。でも呼雪、子供の頃の話するの大丈夫なのかなぁ……)
 ヘルは呼雪の上着の裾を、人からあまり目立たないように、ちょっと握った。
 呼雪はユルルに振られると、自分の過去を話し始める。
「俺は元々、生みの両親から受け継いだものなのか、癒しの力みたいなものを持っていたらしい。
 とはいえ当時地球はパラミタとの繋がりもなく、俺自身が幼かった事もあって、怪我の回復が人より早い程度だったけれど」
 ……それを、気味悪がられたこともあった。両親を失った後たらい回しに預けられた親戚達の、あの得体の知れないモノを見るような目。
「ちゃんと、自分で意識して誰かを癒せるようになったのは最初のパートナーと契約してからだった。誰かの為になる魔法を使えた時は、正直嬉しかったな……」
 ヘルは、その微笑に少し安心した。過去を思い出すのに痛みが伴わない方がいい。
(呼雪のヒール、温かかったなぁ……)
 ヘルは微笑している呼雪の顔を見ながら、彼の温もりを思い出していた。

「次は、俺のパートナーが話をするらしい。その前に……」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が、“ティータイム”で取り出したのは、リイムの大好きなチョコチップクッキーとレモンティーだった。
「リーダー、ありがとうでふ」
 花妖精のリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)はさっそくクッキーにかじりついた。
「他の皆さんもどうぞ」
 宵一が契約者を含め、観客にお菓子を配っていく。
 彼が協力的なのは何も、リイムのはじめての魔法の話を単純に聞きたいから、だけではなかった。
(そう言えば、リイムの昔については俺もよく知らなかったな。初めてリイムに遭った時、あいつは記憶喪失らしく、何も覚えていなかった。
 リイム、という名前も俺が付けた名前だ。確か、伝説の騎士の名前だったかな)
 宵一がリイムと契約したのも、リイムのその生い立ち故だ。無邪気にクッキーを食べているリイムの横顔からはそんな苦労など見えないだろう。でも、それなりに悩んでいるのを彼は知っていた。
 リイムに何があったのか知らない。だからこそ、このチョコチップクッキーが少しでも心を楽しくしてくれる役に立つならば、という感情が働いたのかもしれなかった。
 リイムはクッキーを満足いくまで食べると、小さな息を吸って話し始める。
「──僕が目を覚ました時、そこは広い森の中だったのでふ。自分が誰なのか、まるで覚えていなかったのでふよ」

 リイムはする事もなく、ただ広い森を彷徨います。
 ある日、獣に襲われてリイムは大怪我を負います。
 死ぬのかな、と思ったその時、目の前が明るく輝くと、夜空のように輝く衣を身に纏った黒髪の女性がいました。
 女性は「助けるのはこれが最初で最後。生きる意味を知る旅これからなのだから」と言い、リイムに向かい何かを唱えると、不思議な事にリイムの怪我が瞬時に治ったのです。

「僕がお礼を言う前に、その女の人はいなくなってしまったのでふ。あの女の人は魔法使いさんに違いないのでふ!」
 そんな告白。
 思わず涙をにじませる観光客に、宵一は泣いてしまわないよう、すかさずクッキーを渡していった。
 リイムの声には純粋さと力強さだけが残って、寂しさはなくて。その哀しいはずの思い出には、悲しさとか辛さとか、そんなことよりも大きい希望が残されていたのだから。


「ええと、私……ですか?」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)が突然聞かれて、意外そうにする。
 茶運び人形にラムネや、紙パック入りのコーヒーミルクを載せて配っていた彼女は、人の注目を集めてちょっと、どきりとしたように目をぱちぱちさせる。
「私ただのお手伝いですし……ええと、駄目、でしょうか?」
「できれば話していただけませんか?」
 ユルルに促されて、こくりと未憂は頷いた。
 大勢の人の前で話すのはちょっと苦手だ。控えめな声で、さりげなく。
「はじめての魔法……そうですね、私にとっての初めての魔法は、覚えたということなら火術だと思います。『炎の勢いをコントロールできる』ので、料理やお菓子作りにも役立っているような……」
 覚えてないということなら──と、思いながら未憂はパートナー達の方を見る。
「うわあ、すごーい」
 そこにはホールの隅で、退屈してきた子供たちの輪の中心で小さな笑い声があがっていた。
 それは“サイコキネシス”でふよふよと空を浮かぶ動物ビスケット、と、チョコレート。操るのはリン・リーファ(りん・りーふぁ)
 彼女はパートナーの視線に応えるように、
「初めての魔法といえばこれ?」
 突然空から降ってきたのは魔女の大釜。中でぐつぐつ煮え立つギャザリングヘクスのスープに、リンはささっと香辛料の小瓶を両手に持つと振り入れ、大きなお玉でぐるぐるかき混ぜる。
「味を調えて、っと、さあ、召し上がれ♪ 『見た目は悪いもののとりあえずの腹ごしらえにも』なるんだよー」
 珍しそうに寄ってくる子供たちを、慌てて両親が引き離している。確かに、どんな味なのか、味見をしなければ。
 リンは大人たちにスープを渡しながら考えていた。
(あたしはホントは五千年前に一度死んじゃってるから、みゆうが契約してくれなかったら今ここには居ないし、プリムや他の子にも会うことはなかった。
 あの子にも、会うことはなくて……。知らなかったこともたくさんある。……会えてよかったよね)
 未憂と、彼女の隣のスペースにいたプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)と目が合う。
 プリムはリンと、未憂の視線に瞬きで答えると、再び手の中の竪琴に目を落とした。プリムの肩に止まるディーバードも合わせてさえずり始めた。
 小さな口から、幸せの歌が流れる。
 彼女は無口なため、何も言葉では話さなかったけれど、気持ちは二人と一緒だ。
「──もうすぐ契約者さんによる人形劇が始まりますから、皆さん舞台の方へ体を向けてくださいね。お疲れになられた方は一時、休憩時間になさってください」
 司会のユルルは時計を確認して、アナウンスする。プリムの歌を聞きながら、一同は幕開けを待とうとした……。