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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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第8章 あなたにも魔法が使える


「楽しいお時間もあとわずかとなりました。
 これから本船は後20分ほどでヴォルロスに入港いたします。到着までもうしばらくお待ちくださいませ」

 ユルルからのアナウンスに、契約者たちの間にほっとした空気が流れた。
 同時にそんな雰囲気を感じ取ったのか、長い話を聞いていたためか、観光客の間には親密な雰囲気が流れていた。
 一人の少年がぴっと手を挙げて、契約者に質問を投げかける。
「今までたくさんの話を聞かせて貰ったって、俺とかフツーの人間だし……魔法だって使えない。
 契約者になるにも、地球人にも会わなそうなんだけど……どうしたらいいの?」
「契約してない地球人って、シャンバラの空京っていうとこまで行かないと駄目なんでしょ?」
 今までの話をうまく咀嚼できていないような、そんな質問に、
「ねぇ、アル君はどう?」
 パートナーのシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)に聞かれ、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は自身の話をすることにした。
「魔法、魔法ね……いや、私にはその辺、ちょっと苦い思い出というか、そういうのがあって」
「魔法がキライなの?」
「そうじゃないんだけどね。ここだけの話、パラミタに来た理由の一つって私の祖国、ソコクラントのコミック、ブラッディ・ブラック……要は、魔法使いのヒーローに憧れた部分というのもあってね。魔法って奴には少しばかり興味があったんだよ」
「それで、魔法は使えるようになったの?」
「ところが、いざ契約者として学んでみれば、私には魔法の才能ってやつはさっぱり無かったらしい」
「ああ、確かにアル君、いわゆる魔法ってやつは本当に相性悪いものね」
 シルフィアが頷く。
「まあ、それ以外にも素敵な物事には山と出会えているから、この地にやってきたのちょっとした挫折、って程度で、いい思い出だけれど」
 簡潔に語り終えたアルクラントに、
「それじゃ魔法使えなかったのが魔法っていうこと? 魔法がきっかけっていうのが、魔法?」
「そんなところかな」
 軽く頷くアルクラントに、異議を唱えたのはシルフィアだった。
「でも、アル君、前に言ってたじゃない。言葉には魂が宿る、言霊って奴だ、って。それもきっと、魔法みたいなものなんじゃないかなー」
「まぁ、そうかもしれないが」
「出会った日の言葉も、私に力をくれた魔法よ」
「……って、シルフィア、ちょ、まってくれ」
 シルフィアはアルクラントの制止も聞かず、微笑むと──それは過去を思い出したのか、慌てて制止するアルクラントにだったのか──、一言一句を思い出していこうとする。
「えーと、なんだったっけ……君が見る世界は……」
「そういう台詞を人に聞かれるっていうのはあの、その、勘弁してくれ」
「あらっとっと、何、恥ずかしがっちゃってるの? ふふ、仕方ない、過去のクサい台詞暴露は勘弁してあげる。
 ──でもね、あの言葉がアル君と一緒にこの世界を生きていきたい、って、契約するきっかけというか、決め手になったのは確かだから」
 そこには自信持てばいいのに、変な所で微妙にへたれるのよね、と。小さく言う。
 両親を魔物に殺されて失意の中にあった彼女を救ってくれたのは、彼の言葉が間違いなく影響しているのだから。
「目に見える魔法ばかりが魔法じゃない、って私は思うかな」

「じゃあ、私は目に見える魔法をお見せしましょうか」
 ふふふ、と妖しげに笑ったのは雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だった。
 彼女は車座の背後、子供に囲まれている。丁度ハーメルンの笛吹きが魔女出会ったらこうだったろう、と言った風だ。勿論浚ってしまう訳ではなく、意外と子供好きなのだ。
 リナリエッタのパートナーの南西風 こち(やまじ・こち)も、彼女の横に立って張り切っていた。
「……分かりました、マスター。楽しい時間を過ごせばいい、のですね」
(ここは、お姉さんである私が、子供達をまとめなくては)
「お船……揺れると……危ないですから……座ってる、ですよ」
 頑張ってお姉さん風をふかせるこちだったが、
「わー。お人形さんみたーい」
 実年齢はともかく、見た目では小学生、せいぜい十歳程度。幼児や小学校低学年から見れば十分お姉さんだが、それより上の子供たちにとっては同い年くらいに見える。
「お人形さん、じゃ、ないのです。こち、という、名前が、あるのですよ……あ」
 船体が港に入るときにカーブした影響で、ぐらり、と揺れた。
 こちはお姉さんらしく、転びそうな子供を支えると、座るように促しながら静かに彼女たちの手を握った。
「だいじょぶですよ」
(私も……マスターにそうされると、落ち着くのです)
「私のマスターが……魔法の力で守ってくれます。マスターは、眠っていた私に魔法をかけてくれて起こしてくれた、素敵な素敵な魔女さん、なんです」
 そんなこちの背伸びに微笑みながら、リナリエッタは、
「ええ、そうよ。私は魔女。可愛い女の子から素敵なお姉さんに変身した魔女のお姉さん」
 くすりと笑い、普段の崩れた軽い口調から、こちの期待に応えるように、お姉さんぶってみて、ちょっと考える。
(……私が最初に覚えた魔法、か。……種を明かすと魔法じゃないけど、ある意味これも魔法だと思うし)
 それに例えば、火を使って見せてもあんまりおもしろくないような気がするし。
 リナリエッタはいそいそと鞄の中からお化粧道具を出して椅子の上に並べた。
 カラフルな綺麗な色のパレットに、視線が集まる。彼女は子供たちの間に屈みこみ、一人の女の子に柔らかいパフで、薄いピンク色のチークをぽんぽんと乗せていく。
「私が最初に覚えたのはね、素敵なレディーに変身する呪文。妖精さんの粉がふりかかって、少し大人の私に……なんてね。ほら見てごらんなさい、鏡の中にいるのは可愛い女の子よ」

「それではただ今より入港いたします。お席を立たないようにお願いいたします」
 窓の外を見れば、もう幽霊船は視界になかった。港の喧騒の中を、遊覧船はゆるゆると進んでいく。
 全員が座ったのを確認して、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、小さな袋を取り出した。
「もう到着だね。……じゃあ、最後になるけど自分も話してもいいかな?」
 優しそうな容貌の少女……に見えるが、男性だ。今日は女装しているが、中身としても。
「ええ、どうぞ」
「え、本当に?」
 つい、皆の話を聞いていたら言ってしまったのだけど。言ってしまったのだからしょうがない、と思い直して、彼は小さな袋に手を入れた。
 指につままれたのは、色とりどりの薄いセロハン紙に包まれたリボン型のキャンディー。
「これ、一見普通のキャンディだけど、こうやって手で包んで……」
 ケイラはそれを手の平で包み込むように一度握って、「エッタブンーグ」と、小さく呪文を唱えた。
「何なに? それって何の魔法?」
 すかさず聞いてくる子供たちに、ケイラは穏やかに応える。
「これはね。魔法のキャンディなんだ。自分の大好きな人にこれを渡してみて。今ここでも、家に持ち帰って家族に渡してもいいと思うんだ。
 そうすると落ち込んでる人が元気になったり、次の日の夕飯が自分の好きな物になったりするよ」
「えー、本当?」
 疑い半分の眼に、優しく頷く。
「自分の時は演奏会でいつも同じ所を失敗してた友達が渡したキャンディを舐めてから発表したら見事に上手くいったんだ」
 周りの人に比べたらちょっと小さいかな、という魔法だけど。実はその呪文はデタラメな、逆再生、だったりするのだけど。
 ケイラは小さな魔法のカケラを子供たちの掌に乗せていった。


 やがて無事に遊覧船が入港した。
 乗組員が全ての家族を地上に送り終えた後、デッキではやっと張り詰めていた空気が解かれた。
 ドン・カバチョと船長は代表して、ホールに残っていた契約者たちに深々と礼をした。
 「今日は大変ありがとうございました。お礼と言っては何でございますが、機会があれば皆様に改めて沿岸の遊覧と、着ぐるみツアーにご招待いたします、ハイ」
 観光客の誰一人気付くことなく、安全に送り届けるためのおとぎ話の魔法。それとも、それ自体が魔法だったのか。
 魔法は、12時の鐘を聞いてするすると解けていく。
 そして様々な話を聞いて胸を暖かくしていた契約者たちが地面に足を付けた時、港はざわめいており、ここに至って契約者たちは、原色の海の各地で起きていた事件について知ることになった。
 ……もし興味があれば、街中で色々と聞くことができたろう。

 ヴォルロス付近で、海軍が一隻の幽霊船を沈めたこと。
 オルフェウスの竪琴で海軍と海の獣人たちが魚の怪物を追い払ったものの、後から湧いてくる怪物に対処しきれずに一時退避したこと。
 樹木たちが海の怪物を恐れて結界を張り、一般の部外者の立ち入りを制限して対応に当たっていること。
 “原色の海”各地で魚の怪物が現れ、そして、海の下から藻や濁った水が現れ、海を穢していること。
 港で契約者たちを待っていたフランセットは、ドン・カバチョにこう言った。
ドリュアス・ハマドリュアデス様が、大樹が怯えている、と仰っていたという。何か心当たりはありませんか」
 ドン・カバチョは難しい顔で(見た目は全く変わらないカバの貌だが)こう答えた。
「遥か昔、“原色の海”で大きな戦いが起こったのでございます。もしその繰り返しであるなら、これは避けられぬ人の業ゆえ。パラミタの宿命ゆえかと、ハイ。
 ……どうされましたか?」
「……対策を話し合わねばならないようです。各地で幽霊船が出現しています。それも──海の中から、浮かび上がるように」

 そして彼らは──その陰で一つ、事件が起こっていたことはまだ知らない。



「……こんな筈がない。こんなこと、あるわけが……」
 血。
 夥しい、血の赤黒さ。
 鉄屑の匂い。屑。紙屑のように引き裂かれた皮膚、そして肉の塊。
 フェルナンはくらくらする頭をどうにか手で支えながら口から言葉を吐き出した。
「……俺じゃない……俺がこんなことするわけが……」
 背後からの靴音に気付いてハッと振り向くと、そこには一人の中年男性が立っていた。
「──フェルナン君、これは……! ……なんという……醜聞を。君は……!」
 怯えたような顔に、叫び返す。
「違います!」
「だったらその血は何だ!?」
 激しく動く視線を何とか定め、彼は自身を見た。青を基調としていた筈の衣服には、返り血と思しき赤い生臭い染みが広がっていた。
 ひどく息苦しい息を落ち着かせようとあえぐフェルナンに、男は言った。
「婚約は勿論破談だ……と言いたいところだが、娘は君をいたく気に入っている」
 喉はカラカラで声がうまく出ない。
「決して他言無用だ、いいね。これが知れたら──」
「何をされる……おつもりですか……?」
「牢獄に繋がれたくないだろう。君のお父上は破滅だ。君のお姉さんがただって……わたしだって言いたくはないが、離婚され、財産は失われ、修道院か娼館にでも行くことになるだろう。
 ……分るんだよ。長く貴族をしているとね」
 ここは任せなさいと、男は言い、すぐに服を脱ぐようにと言い置いて出て行った。
 残され静まった部屋に、呆然と。
 ただ呆然と、彼は立っており──。
 彼の脳裏に、家族と琴理の姿が思い浮かび、ヴァイシャリーの町並みと海とが思い浮かび、それは、滲んで濁って、視界を黒く塗りつぶした。


担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 こんにちは、有沢です。シナリオご参加の皆様ありがとうございました。
 「はじめての魔法」を題材にしたシナリオは一年半ほど前から、いつかやってみたいと思っていまして、こうしてやっと書くことができまして嬉しかったです。

 次回、恐らく4月に入ってからになるかと思いますが、今回をプロローグとしまして、続く“原色の海”を舞台にした連続シナリオを展開いたします。
 詳細など告知は、後日マスターページにてさせていただきます。

 それではご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。

▼マスター個別コメント