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リアクション
●世界樹ユグドラシル上層部
世界樹ユグドラシル内部に建設された街を奥に進むと、一際大きな作りの宮殿が目に付く。何かの魔法技術が施されているらしく、その建物は街のどこから見ても必ず正面だけが映るようになっていた。
その正門を潜ると、転移魔法の発動を知らせる僅かな音が響き、一瞬の内に本来の宮殿へと案内される。さらには正面に『アスコルド大帝に面会希望の方はこちら』と書かれた案内板と、おそらくは転移魔法の施された魔方陣が敷かれていた。
決して良い印象を持たれていないはずの相手に対しての予想外の待遇に、生徒たちは終始首をかしげつつも、自らの内に抱える質問をぶつけるため、またある者は怖いもの見たさでアスコルド大帝への面会に向かう――。
「てめえのリーゼント気合入ってるな。俺様でもびびったぜ!」
玉座の間に到着するや否や、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)がアスコルド大帝の髪を指してそう告げる。確かに言われればリーゼントな気もするが、そもそもどこからどこまでが髪なのか、そもそも髪なのかどうか怪しいところである。
「だがな、漢だったらモヒカンだ! もしてめえがモヒカンにすりゃあ、神でも八つ裂きだぜ!」
「ほう……面白いことを言う。ではここで我がモヒカンにし、選定神を八つ裂きに出来なければ、その時は汝を八つ裂きにしてくれようぞ」
見下ろすアスコルド大帝の瞳が怪しく光り、おいおいマジかよ、とゲブーがたじろぐ。
「いやいや、ゲブーは真実を語っているのだ。ウソ偽りはないぞ、漢として耳を貸してやってはくれないだろうか」
そこにホー・アー(ほー・あー)がゲブーの前に出、そこだけならもしかしたらアスコルド大帝ともタメを張るかもしれない威厳を武器に相対する。
「なるほど。今の汝は迎えられるべき客人。そして、汝が求めるものには可能な限り応えてやるのが、我が務めでもあろう」
言うと、アスコルド大帝の髪がうねうねと動き、次の瞬間には立派なモヒカンを形成する。
「さっすが漢だな、話が分かるぜ! これで俺様は、モヒカンを広めた神として崇められるんだぜ、がはははは!」
上機嫌でゲブーが玉座の間を後にする――。
「大帝陛下にお願いがあります。……こちらにアムリアナ女王様がいらっしゃるんですよね?
お元気かどうか、あたしたち、ずっと心配で心配で……!
どうか女王様にお目にかからせてください! 直接お会いするのが無理なら、どうかお姿だけでも――」
「わたしからもお願いいたしますわ――」
「私からもお願いいたします! どうか女王に会わせて下さい! 一目だけでも会いたいんです!」
「それでね、もし会えたら一緒に写真撮るの! みんな集まって『綺羅星☆!』ってね――」
「ジークリンデの知人として、そして、シャンバラの民として、ひと目だけでも会わせていただけないでしょうか――」
「女王は気を失っていると聞く。会って話をすることは叶わぬかもしれないが、容態を見るだけでもできないだろうか――」
「俺からも頼むぜ。ロイヤルガードとして近況は知っておきてぇんだ――」
うるうる、と泣き落としで迫る神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)とエマ・ルビィ(えま・るびぃ)、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)、ノエル・ノワール(のえる・のわーる)を装備して真摯に迫る神裂 刹那(かんざき・せつな)、共に女王への面会を求めたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)と姫宮 和希(ひめみや・かずき)が、モヒカン姿のアスコルド大帝によって、突如開いた床に吸い込まれるようにして落とされる。
ちなみにこの玉座の間から地上まではざっと数千メートルといった所だが、今回は修学旅行の一環として訪れていることもあり、決して怪我しないように配慮がなされているようなので、安心して落ちてほしい、と彼らは声を聞いたようだが、大抵の者は地上に着く頃には気を失っており、彼らもまた、エリュシオンの街中で情報収集を行っていたガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)他生徒たちによって介抱されていた。
「ふむ、女王に会えない、というのは分かった。では質問を変えよう」
唯一、質問をしていなかったことで落とされるのを免れたフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、落とされなさそうな質問を試みる。
「最近何か困ったことはないか?」
「困ったこと……か。我にそんなものはない、と答えるべき所だが……」
アスコルド大帝が言葉を続けようとした所で、転移魔法によって玉座の間に高原 瀬蓮(たかはら・せれん)とアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)が姿を見せる。
「客人に対して、随分な対応ではありませんか?」
「既に可能な限り、とは通達している。……よく戻ってきたな、アイリス」
「修学旅行という行事故、仕方のないことです。本当はこんな場所、二度と戻るつもりはなかった」
心底そう思ってるといった表情を浮かべるアイリスに、瀬蓮はアイリスの知らない一面を見た思いがし、そしてアスコルド大帝は傲慢な態度の端に、娘に嫌われた父親が見せる、思わず肩に手を当てたくなるような哀愁を忍ばせる。
(……なるほど、これが最近困っていることなのか――)
その考えが見透かされたか、アスコルド大帝がフィーネを何の前触れもなく床から地上へと落とした。
「そこにいるけど、どうして娘さんはあんなに美人で胸がでかいんですかっていうかあれですよね娘さんがあんだけでかいなら奥さんもでかいとかそういうお話ですよね? つーわけで見せろ見せろよ見せてや見せてください――」
奥さんを見せろとジャンピング土下座をかます久多 隆光(くた・たかみつ)の、ジャンプした真下の床がぽっかりと開き、地上へと隆光を落とす。胡椒がどうのこうの言っていたようだが、その声もすぐに聞こえなくなる。
「あー、すみません、隆光馬鹿なんで、気にしないで下さい。……で、良ければ聞かせて欲しいんですけど、奥さんは可愛いですか? 大事にしていますか?」
カリン・ウォレス(かりん・うぉれす)の問いかけに、やはりアイリスの母について気になっていたカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)と明智 珠(あけち・たま)も興味深そうに耳を傾ける。
「えっと……瀬蓮も気になる、かな。大帝さんの反応だと、会うのは無理そうだけど、話くらいは聞いてみたいかも」
瀬蓮の問いかけに、アイリスがどうしますか、とアスコルド大帝に尋ねるように目線を向け、好きにしろ、とばかりにアスコルド大帝も視線で返す。
「母は……もういないんだよ。優しい人だったというのは今でも覚えているけれどね」
その後、ぽつりぽつりと、過去の話がアイリスの口から語られる。街のパン屋を営んでいたアイリスの母が、大帝になる前、一下級貴族だった頃のアスコルドに見初められる形で結婚したこと、アスコルドが大帝になる直前に不明の死を遂げたこと。
「あらぁ? 大帝、昔は人間だったのねぇ。じゃあ今はやっぱり神ってわけぇ?」
「我は変わらず人間である」
ちなみにこの辺り大分ややこしい上に設定が変わるかもしれないが、エリュシオンにおける『国家神』は7柱の『選帝神』と世界樹ユグドラシルである。また、『神』は殆どの場合、国家神(エリュシオンでは皇帝が国家神の力を託されるので、皇帝が実質の国家神である)に神としての才を認められた者を指す。
いわば『神に価する者』である。では『神』は誰なのか、どこにいるのかという疑問が生まれるが、それは今の所は『あいつは神のようだ』という時に使われる『神』の使い方をしていると思っていただけると幸いである。……多分こんな解釈だと思うよ?
「んー、ややこしいわねぇ。じゃあ、お見合いの神様とかぁ、恋愛の神様とかはいるのかしらぁ?」
「それはどうだろうか……いない、とは言えないだろうが――」
その言葉を聞くやいなや、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が即座に繁華街へ繰り出すべく玉座の間を後にする。どうやらイケメンの神様をゲッツして、玉の輿に乗るつもりらしい。
「ああっ、待ちたまえリナ、私も素敵な殿方と……と、そういえば吸血鬼はエリュシオンにもいるのでしょうかね?」
「ああ、いるとも。ただ、シャンバラと違って地球の影響を受けていない分、外見もそして考え方も違うだろうね。一概に全員がそうとは言えないだろうけど」
なるほど、と納得したようにベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)が頷き、リナリエッタを追いかける。
「ということは、大帝の好みのタイプは、その奥方様ということになりますわね。差し支えなければその方の特徴を教えていただけますか?」
何やら企てている様子のジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)と岸辺 湖畔(きしべ・こはん)を、アスコルド大帝は何も言わずに地上へと落とす。どうやら、詮索はされたくないらしい。
「なんか、アイリスのとーちゃん、ちょっと家族思いなんじゃないかって思えてきたよ? だってさ、死んじゃったかーちゃんのことペラペラしゃべるんじゃなくて、黙ってたしさ。それって今でも大事に胸の内にしまってるってことじゃない?」
「そうかもしれないね。……アイリスさん、こうして一時的にであれ帰って来たんだから、家族の時間を作ったらどうかな? 家族が仲良くするのって、国とか関係なく大事なことだと思うんだ。それにほら、お父さんにとって娘って大事だと思うしね」
七瀬 巡(ななせ・めぐる)の言葉を受けて、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がアイリスにそんな話を持ちかけてみるが、アイリスは表情を険しくして反対する。
「断る! 例え本人がどうであったとしても、彼の立場は僕には許容しがたい。僕は静かに学園生活を楽しみたい、それは今も決して変わらない」
「……力なき者には、その権利すら与えられぬと知っていても、か?」
アスコルド大帝のその言葉に、アイリスは何も言わず背を向けて玉座の間を離れ、慌てて瀬蓮と歩、巡が後を追う――。