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リアクション
『ようこそ、『タシガンの薔薇』へ』
店内に、そんな耽美的な声が響く。
ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)が買い取った建物は、薔薇学生がホストを務める『ホストカフェ』へと変貌していた。これもひとえに、ジェイダスの神をも屈服させかねない魅力の賜物であろう。
「……しかし、私らがいなくなった後、ここをどうするつもりなのだ」
「それについては案がございます」
ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)の疑問には、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が答える。何でも、現地の人を滞在中の間に仕込み、今後も一店舗として存続させようと言うのだ。
「構わぬ、好きにするが良い。但し、美しくなければ認めぬ」
「ええ、それは心得ております。では」
エメが慇懃に礼をし、各地の様子を見回りに行く。
「……よいのか? エリュシオンは仮にも敵国ではないか」
「美に国境はない」
ラドゥの問いに、ジェイダスがスッパリ言い切る。
「そうそう、そういうこと。……ほらほら、そんな怖い顔してたら、美貌が台無しだよ」
話を聞いていたリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が、険しい顔のラドゥを宥めようとする。
「き、貴様! 私を愚弄するか!」
「おお、こわこわ。じゃ、ま、校長が気に入るようにやってみますわ」
フフッ、と微笑んでリュミエールがその場を後にし、噂を聞いてやって来た客をエスコートする。
「……そうか。実に興味深いな」
別席では、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が『クールキャラ』を売りに(本人の意向ではなく、エメの勧めで)、客との会話を交わしていた。魔法技術の発達したこの街では、人々は等しく強力な魔法を行使できること、それ故に他国の人間を見下しがちであることなどを耳にする。
「シャンバラ人の扱いなんて酷いものだったけど、でも最近、龍騎士が何人かやられてたりするだろ? だから「あいつら実はやるんじゃね?」って噂が広まってるみたいだよ」
否が応でも、帝国とシャンバラとの関係に話が及ぶと、キャラでなくても表情が険しくなる。
「何故、どうしてエメさんには逆らえないんだろう……」
「あ〜うん、大丈夫、似合ってるよ!」
「……喜んでいいのだろうか複雑だ……ああ、こんな姿を黒崎に見られでもしたら、また写メを回される……しかも百合園の生徒に……」
その理由の一つには、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の存在があった。今でこそ、女装ウェイトレス役をやらされた鬼院 尋人(きいん・ひろと)を労いつつ、自身もメイドっ子として振舞っていたりするが、元は帝国のスパイ、白輝精の分身であり、現在も薔薇学によって保護観察中の身である。
ヘルが傍にいる以上、エリュシオン関係の事柄とは決して無縁にならない。こうしてエリュシオンの人々と交流することは、彼にとっても重要なことであった。
「うんうん、いいのが撮れた、と。……はい、今行きますよ」
そして、尋人の女装姿を鮮明に写真に収めた黒崎 天音(くろさき・あまね)が、同じくホストを務める西条 霧神(さいじょう・きりがみ)らと共にホストとして、店を訪れた客に一時の非日常を提供していた。
「ふむ……確か我らは、修学旅行に来た筈なのだがな」
ちなみに調理室では、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がそんなことをぽつりと呟きつつ、調理を担当していた。彼に調理の教えを乞う、ここで働くことを希望する現地人の視線は、二本足で歩くブルーズを追いかけていた。エリュシオンではドラゴニュートはドラゴンの幼生という認識しかなく、シャンバラのように『契約できる一種族』としての扱いはないためである。
『おやつは心を和ませるもの。
文化の違うエリュシオンにもおやつはあるはず。
……すなわち、おやつを見つめることで互いの理解を深めるのです!』
そんな、どこか妙ながらついつい頷いてしまうような論法の下、班行動を取った生徒たちが、お土産屋と喫茶店が一緒になったような店の中で談笑を交わす。
「……う〜ん、いい匂いがするねー」
運ばれてきたおやつを前にして、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が漂う香りに顔を綻ばせる。取り扱っていたメニューは、シャンバラのそれとは段違いに種類が多かった。まだまだ地産地消が抜けないシャンバラと違って、エリュシオンはパラミタ全土からの食材が集まってくる分、ヴァリエーションが豊富と言えよう。
「エリュシオン名物は全部食べつくしてやるし!」
「テディ、お行儀悪いよ。周りの人に変な目で見られるってば」
メニュー全制覇を狙う勢いのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)を、皆川 陽(みなかわ・よう)が周囲の目を気にしながら宥めようとする。周りにいたエリュシオン人はというと、上層部のようにあからさまな敵意は向けてこないものの、やはり異国の地、それも十数年前までは辺境の地(それは今でもそうかもしれないが)だった場所からの観光客ということで、興味を向けているようであった。
「……く……どうやら認めざるを得ないようだな……いいだろうエリュシオン、今後はおまえをライバルと認めてやる……!」
テーブルに置かれた名物おやつを口にした木崎 光(きさき・こう)が、どうやらその美味さにエリュシオンに一定の敬意を払うことを決めたようである。
「……あれ? 他の人たちは?」
おやつに舌鼓をうっていたのぞみが、途中で誘ったケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)を始め、同じ班の人の姿が見えないのを沢渡 真言(さわたり・まこと)に尋ねる。
「皆様は隣のお土産屋を見ていますよ。ケイオースさんもティティナと一緒に行きました」
「ま、店から出なきゃ大丈夫だろうけど、一応見張っとかないとな。ここは異国の地なわけだし」
真言に続いて、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)が口にする。確かに、ここエリュシオンは西シャンバラにとっては敵国扱いだろうし、東シャンバラにとってもあまり心象はよくないだろう。
「でも、今はとりあえず置いておこっ! おやつが美味しい所とは、いつかきっと仲良くなれる……と思う!」
のぞみの言うように、何か一つでも互いを繋げるものがあれば、時間はかかってももしかしたら分かり合えるのかもしれない。
「ここでは素材も売ってるね。……わー、どれもこれも珍しいものばかり」
お土産屋の中で、おやつの素材として使われていた物の一つを手にとって、エンデ・マノリア(えんで・まのりあ)が物珍しそうに見つめる。シャンバラの数倍、数十倍の品揃えを目の当たりにすれば、料理好きであってもなくても面白そう、と思うであろう。
「エリュシオンには特別なプリンがあるって聞いたの! 探してみるの!」
「あっ、オーフェ!?」
ふらふらと、本人曰く『すごいプリン』の探索に向かおうとするオーフェ・マノリア(おーふぇ・まのりあ)に気付いて、エンデが慌てて後を追う。
「お二人とも髪がとても長くしていらっしゃいますから……そうですね、これなどいかがでしょう」
ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)がケイオースに勧めたのは、綺麗な細工の施された櫛。
「なるほど、これなら実用性もあって、喜んでもらえそうだ。君がいてくれて助かる」
「いえ……オルゴールのお礼に、力になれればと思いましたので……」
少し恥ずかしそうに、ティティナがオルゴールのお礼を口にする。
(あーあ、結局支払いを任されてしまった……。確かに家のお金はあるけど、僕が自由に出来るお金は殆ど無いんだよ……ああ、地球のプラモデル買おうと思ってたのになぁ)
とほほ、とため息をつきつつ、ラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)が一行の支払いを済ませる。
そして一行は、次なるおやつを求めて街の中へと消えていく――。