空京

校長室

【2020修学旅行】東西シャンバラ修学旅行

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【2020修学旅行】東西シャンバラ修学旅行
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リアクション

 
●それぞれの過ごし方
 
「うーん、こりゃ描き甲斐があるねぇ」
 折角の機会にと、皇帝の住処、大宮殿を正面に、黒雅岬 嘉応(くろがさき・かおう)がユグドラシル内部の街並みをスケッチしていた。地球やシャンバラの空京で見られる近代建築とは一線を画した作りの、まさにファンタジーと呼ぶべき建物を前に、嘉応はペンを走らせる。
(どうして、我を見てくれないのだ……)
 その隣では、折角嘉応とエリュシオン観光を満喫できると思っていたアンカティミナス・クトゥールク(あんかてぃみなす・くとぅーるく)が、しかし期待外れの展開に化粧を施した顔を沈ませ、その内プイッ、と拗ねてしまう。
(……あらら、ほっとき過ぎたか? ま、そろそろ頃合いだな)
 チラ、と視線を向けた嘉応がスケッチブックを仕舞い、おもむろに立ち上がる。
「さて、行くか」
「……どこにだ?」
 不機嫌そうに尋ねるアンカティナミスに、嘉応は空を指差した――。
 
 ワイバーンによる空中遊泳は、ユグドラシルの内部を飛ぶ。主に外部からの観光客目当てに企画されており、魔法技術による重力制御を受けたワイバーンは、ゆっくりとした速度でユグドラシルを一周するため、乗ったことのない初心者でも気軽に乗ることが出来た。
「おぉ、いい景色だこと。ここからスケッチってのもいいかもな」
「…………」
 嘉応の後ろで、未だに不機嫌な顔を崩さないアンカティナミス。と、片方の手が握られ、腕に何かを通される感覚を覚える。
 いつの間に後ろを向いていた嘉応が、アンカティナミスの腕にブレスレットを通したのだ。
「これからも、よろしくな。……その格好、似合ってる」
「……仕方がないな、よろしくしてやろう」
 不機嫌というよりはただ照れくさいだけのアンカティナミスの頭に、嘉応の手が触れる。
 
(エリュシオンの首都……ヴァイシャリーと同様、賑やかな雰囲気の街みたいね)
 ワイバーンの背から、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がユグドラシルの街並みを眺める。背後にしがみついているエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)を感じながら、小夜子は街の様子を目に焼き付けていく。
 農作業に精を出す農民の姿。
 工場のような大規模施設に入っていく人々の姿。
 何かの商品を曳航して目的地へ向かおうとしている商人と思しき者の姿。
 農工商、それぞれの営みはたとえ国が違っても、街にしっかりと息づいているようであった。
 
「むぅ……私たちは普通に遊覧飛行を楽しんでしまっているが、本当にエリュシオンに来て大丈夫なのかな?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……イルマ?」
「……あ、いえ、どこからかそのように返せと、お告げがありましたもので……」
 ワイバーンの背から街並みを眺めつつ、そんな会話を交わしていた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)の下方で、別のワイバーンが編隊を組むように飛び過ぎていく。
 ユグドラシルでは、日々の足としてもワイバーンが用いられているようであった。しかも何度か見ていくと、決まった箇所を決まった方向に飛ぶのを多く見かけたことから、どうやら交通規則なるものも定められているようである。
「通勤通学にワイバーンを使ってるって話、本当だったんだな。……じゃああれはなんだろう?」
 千歳が指したのは、一見電車とそれに乗り込むホームのように見える施設。すると二人の目の前で、ホームに止まっていた車両のような物がパッ、と消える。
「あら? 消えてしまいましたわ」
「……あっ、あっちに出てきた」
 首を傾げるイルマに続いて、周囲に視線を配らせていた千歳が別の場所を指す。魔法技術を駆使した、いわば『線路のない電車』とでも言うべきだろうか。
「国が違うと、こういう所まで違ってるんだな」
「そうですわね」
 そんなことを話しながら、二人の遊覧飛行は続く。
 
 上空をワイバーンがゆったりと飛ぶのを見上げて、そのワイバーンを飼育している場所にやって来たリア・リディル(りあ・りでぃる)アレニア・コーア(あれにあ・こーあ)を、ワイバーンの子供が出迎える。
 戦時車両的な意味合いが強いドラゴンは、子供の頃から気性が荒く迂闊に近づけばケガをしかねないが、通常輸送や遊覧飛行用に使われることの多いワイバーンはそうでもなく、個体差はあれどひょこひょこと近付いて甘えてくるモノまでいた。
「わー、子供でもおっきいんだねー!」
 子供の域とはいえ、既に大きさはリアと同じくらいある。甘えられてよろけながら、持ってきた果実を子ワイバーンにあげると、子ワイバーンは喜んでそれを食べる。
「ん〜、かわいい〜! ねえ、アレニアもおやつあげてみたら? すぐ懐いてくれるよ」
「私はいいです。私の分もリアがあげてください」
 アレニアが首を振ると、リアがそう? と首をかしげつつ、もっととせがむ子ワイバーンにつられて果実を与えてやる。
(……可愛いものですね。いつまでもこのような光景が、続くといいのですが)
 じゃれ合うリアの様子を微笑ましく見守りながらアレニアは、一応は平和を保っている今この時が、出来ることならこれからも続いて欲しいと願う。
 
 一方、ユグドラシルの外部を飛ぶコースもある。こちらはドラゴンがあてがわれ、自由度が増す代わりに遊泳中に起きる事故については自己責任、というものであった。
 無論、完全に自己責任というわけではなく、万が一落ちれば周辺に被害を与える(ユグドラシルの周囲十数キロは森林地帯となっているが、それより先は別の街がある)ことを考慮し、ドラゴンライダー部隊が控えてはいるが、それもドラゴンの安全確保が優先で、ライダーの生死は保証外という、ある意味上級者向けの内容であった。
 
(このドラゴンで、私はパラミタの宇宙(そら)を目指す!)
 ドラゴンに騎乗した志方 綾乃(しかた・あやの)が、上昇するドラゴンからただ上だけを見上げ、果てなきパラミタの宇宙に思いを馳せる。高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)に入り、寒さ対策も完璧である。
(……でも、綾乃は下を見ないのですね。何と勿体無い。これほど素晴らしい景色ですのに)
 ぐんぐん上がっていくドラゴンから、こたつが下を見ると、別のドラゴンの姿が見えた。但し、ライダーの姿は見当たらない。まさか落ちたか、そんなことをふと思いつつ、こたつが別の方面に視界を向ける。
 
「痛い痛い痛い!! ちょ、齧るならせめてこの『富士山味カロメちゃん』にしなさいよね!」
 そのドラゴンだが、ライダーは落ちてはいなかった。……いや、むしろもっと酷い状況になっていたかもしれない。何せライダー、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は今にもドラゴンに食べられそうになっていたのだから。
 
「あーあ……はぐれた時点で嫌な予感はしてたけど、やっぱりこうなるんだね……でも、ま、月美もあれだけドラゴンに乗れたんだから本望でしょ。……食べられてる気もするけど」
 発着場で、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)が呆れたようにため息をつく。散々「ドラゴンに乗る!」と喚いた月美にドラゴンを乗りこなせるとは到底思っていなかったし、あれはあれでいいんじゃないか、と思い始めていた。
「今更戻ろうにも時間かかるしね……とりあえずお土産屋でも覗いてみよっかな。……ドラゴン肉ってあるのかな?」
 そんなことを呟きつつ、リズリットがその場を後にする。
 
 ちなみに、宇宙を目指した綾乃はその後、ある所まで行った所で何だかよく分からない超自然的な力によって急降下し、目下の暴れていたドラゴンにニアミスする。結局パラミタの天体については、謎のままであった。
 しかしそれがなければ、ドラゴンは月美を解放せず、今頃月美はドラゴンの胃の中だったことを考えると、これでよかったのかもしれない。
 
「……流石に、レッサーワイバーンと同列に考えては失礼ですか……!」
 ドラゴンから振り落とされたクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が、軋む身体を自ら癒し、悠然と翼を羽ばたかせるドラゴンを見据える。彼の背後で、クラリス・クリンプト(くらりす・くりんぷと)が心配そうな表情を浮かべて事の成り行きを見守っている。
(ですが、この程度で諦めては、どうして誇り高き竜に認められるでしょうか!)
 不屈の精神を胸に、クライスが再びドラゴンに取り付く。何度か振り落とされそうになりながらも、ついにクライスは鞍の設置された場所まで辿り着くことが出来た。そこはちょうど、ドラゴンが身を捩らせて振り落とすことが出来ない位置でもある。
「や、やりました! さあ、今こそ大空の世界へ――」
 手綱を握ったクライスは、次の瞬間強烈な加速Gをその身に浴びる。何とか落ちることだけは免れたが、目まぐるしく回る世界にとても制御などという状態ではなかった。
「お、おにいさまー!?」
 クラリスの叫びも、今のクライスには届かない。そして、ひとしきり飛び終わった後、着陸したドラゴンから振り落とされるように、クライスがきゅう、と地面に伏せる。
「……ま、まだ先は長いですか……」
 回る世界の中、やはり一朝一夕には乗りこなせないことを痛感するクライスであった。