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リアクション
ヴァイシャリー
薄暗く澱んだ空を見上げ、まだそこにモンスターの気配はないと感じた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、傍でじっとこちらを見つめてくる崩城 理紗(くずしろ・りさ)に気づき、安心させるように表情を緩めた。しかし、口調は緊張を含んだまま。
「理紗、やることはわかっていますわね」
亜璃珠の微笑みに安堵したのも束の間、理紗はハッとしてほころんだ口元を引き締める。
「あなたは真人と協力して、ザンスカールへ住人達を導くのです」
「おねーさまは……」
「私のことは心配いりませんわ」
あなたはあなたの役目のことだけを考えなさい、と亜璃珠は続けた。
理紗もそのことはわかっている。自身の力では、ここに残ってもモンスターが来た時に何の役にも立たないと。
わかったはいたが、感情はまるで言うことを聞かない。
「住人の準備が整いましたよ」
そうこうしているうちに御凪 真人(みなぎ・まこと)が時間切れを知らせにきた。
理紗は一度ギュッと目を閉じると、次の瞬間には全てを振り払って亜璃珠を見上げた。
「私、やるよっ。後で絶対会おうね!」
理紗はサッと身を翻すと小型飛空艇に素早く乗り込み、飛び去っていった。
苦笑でそれを見送った亜璃珠は、真人に向き直ると改めて避難民のことを頼むと真摯な目で言った。避難民の中には当然百合園女学院の学友達もいるのだ。
「ザンスカールの森は、川をわたってすぐそこです。大丈夫です。君も危ないと思ったら無理せず逃げてください」
「ありがとう」
気をつけて、と言い残して真人も避難民のもとへ走っていった。
ここに残り防衛を買って出た者達だけになった、と思った時、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
見れば、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)だった。
「ねぇねぇ、どうしても残るの? それなら瀬蓮も一緒に……」
「ダメですわ」
亜璃珠は瀬蓮の言葉を途中で遮った。
「あなたも理紗達と一緒に住人達を守って差し上げて。あなたの笑顔でみんなが元気付けられますわよ」
「……口がうまい」
瀬蓮はムッと唇を尖らせたが、すぐに心配そうに亜璃珠を見上げて、その手を握り締めた。
「理紗を悲しませちゃダメだからねっ」
そして、パッと手を離すと「絶対だよー」と手を振りながら駆け去っていった。
今度こそ、防衛組だけがそこに残った。
「船は充分あります! ザンスカールに着けばイルミンスールの学生さんの支援や、教導団からの医療班も来ています! 慌てなくても大丈夫ですよ!」
理紗と瀬蓮は避難民の列の先頭を任せ、真人は最後尾で励ましながら進路を示していた。
長いその列の真ん中あたりで、乱れや混乱が出ないよう整えていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)がハッと顔をあげた。いつも無邪気な明るさはない。
巡は真人達のほうへ駆けた。
「真人!」
息を切らせて駆けてきた巡のその一言で、真人はその意味を察知した。
共にいたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が反射的に翼の剣を構えた時、頭上で寒気の走るような咆哮が轟いた。
列の後方の避難民達から耳をつんざくような悲鳴が上がる。
いきなり走り出した巡を追ってきた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が人々を落ち着かせようと声を張り上げた。
「敵は一体だけだから、大丈夫だよ! みんな、前のほうに行って!」
聞こえてきたその声を頼りに、住民達は走り出す。
歩は最後の一人と共にその場を後にした。
たくさんの獲物があっという間に逃げてしまったことに腹を立てたのか、モンスターは低く唸る。
早く歩を安心させないと、と忘却の槍の切っ先をモンスターに向けた巡は、素早いステップで間合いを詰めると雷属性を乗せた一撃で足から潰しにかかった。一発で仕留めるには対象は大きすぎた。
しかし、モンスターも巧みに尾や触手を操り、巡の思い通りにはさせない。
焦る巡を助けるように、詠唱を終えた真人のファイアーストームが放たれ、触手をまとめて消し炭にした。
おぞましい鳴き声で大気を振るわせるモンスター。
その大声に鈍りそうになる足を叱咤し、巡はもう一度轟雷閃で今度はモンスターの頭部を狙った。
それはちょうど口から何かを吐き出そうと頭を下に向けていたモンスターと一致した。
大きく開けた口に巡の槍が突き込まれる。
一瞬動きの止まったモンスターに、セルファがとどめのランスバレストで胸部を貫いた。
モンスターが完全に息絶えたのを確認して剣を収めたセルファは、街のほうを振り返る。
一体とはいえここに来たということは、街にはすでにモンスターが入り込んでいるということだ。
防衛のために残った人達が気がかりだった。
「戻りたいけど……私達は行かなきゃね」
何かを飲み込んだようなセルファの言葉に、真人と巡も名残を捨てて避難民達を追った。
セルファの予測は当たっていた。
ヴァイシャリーにはじょじょにモンスターが増えてきている。
留まった亜璃珠の助太刀に、三道 六黒(みどう・むくろ)が綾刀で挑んでいた。
──ように、見えたが実際のところはモンスターとの戦いを求めてやってきたのである。
そんな好戦的な六黒へ、ヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)は憤慨していた。
何故自分がこんなところでモンスターの相手などしなくてはならないのか、と。
一言文句を言ってやろうと口を開くたびにモンスターの咆哮に邪魔され、その合間に思えば六黒は突撃していて声を張り上げたところで届かない。
ヘキサデのストレスはたまる一方だった。
その時、モンスターの尾に打たれた六黒がヘキサデの傍まで飛ばされ、数回地面に体を打ち付けて止まった。
ヘキサデはわざと大きく舌打ちすると、エンシャントワンドの先に火の玉を作る。
ゆらりと立ち上がった六黒は、それを見てニヤリとした。
「ようやくやる気になったか」
「勘違いをしませんよう。我のためであってそなたのためではありませんからな」
「どうでもいい。──さあ、かかって来いモンスター共! わしはまだピンピンしておるぞ!」
綾刀を突きつけて吼えるように言った六黒は、たまたま目が合ったモンスターへ凶暴な笑みを浮かべて斬りかかっていった。
その後を、ヘキサデの火の玉が追う。
追い抜いた火の玉がモンスターの顔面に直撃し、六黒の刀が一閃した。
船の順番待ちをする住民の心は焦燥でいっぱいだった。
「皆さん、大丈夫ですよ。川には何の異変も起きてませんから。何か足りないものがあったら遠慮なく言ってくださいね〜!」
歩が待機中の人々の間を歩き回りながら呼びかけていった。
不意に、声をかけられる。同い年かちょっと年上くらいの貴族の青年だった。
「川に異変がないのは大変けっこう。ヴァイシャリーの民が助かるなら、僕は最後でも全然かまわない。だが……あまりにも潤いがなさすぎではないか?」
何を言っているのかわからず、きょとんとする歩に青年はため息混じりに言い直した。
「ただ待つというのは、少しずつ恐怖に蝕まれるのと同じことだ。キミのおかげでずいぶん緩和されているが、先ほどの襲撃のショックは大人でも怖いのだから、子供となると……」
歩のメイドインヘブンでも補いきれないものがある、と彼は言いたいようだった。ずいぶんと高圧的な言い方ではあるが。
歩は特に腹を立てるでもなく、対策を考えた。彼女が恐れているのは集団パニックだからだ。
その時、涼しげなフルートの音が緩やかに流れてきた。
音源をたどると、咲夜 由宇(さくや・ゆう)が静かなたたずまいで曲を奏でていた。
不思議と幸せな気持ちになるような……と、思わず聞き惚れたところで、それが『幸せの歌』だと気づいた。
さらに周囲を見れば、パートナーのアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)が木に背を預けて由宇を見つめている。
しかし、その表情は純粋に応援しているものではなく──。
歩は青年貴族に礼をしてアレンの傍にそっと寄って聞いてみた。
「一緒に演奏したり歌ったりはしないの?」
自分は音痴だから、とアレンは言いたくなかったので、代わりに質問で返した。
「あの曲で恐怖がそう簡単に引っ込むかねぇ?」
「効果、あるようだけど……」
今のところ、由宇のフルートに皆は耳を傾けていて、先ほどよりも落ち着いてみえる。
「船の上でも続けるつもりかな?」
由宇なら続けそうだ。
さっきの青年貴族といい、アレンといい、育ちの良さそうな人というのはちょっと不思議な感じの人が多いのかな、と歩は自分の印象をよそに思った。
それからしばらくして、最後の避難民を乗せた船が岸を出た。
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