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リアクション
時は少しに遡り、魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)の近衛兵と契約者たちが戦う戦場にて、
「いまこそ壷に封じられている悪魔たちを解き放つ時ですわ!」
と、神皇 魅華星(しんおう・みかほ)がベリアルに進言していた。
「部下は9体も居るのでしょう? 状況を説明するだけでも相応の時間が必要になるはずですわ」
以前に魅華星はベリアルに協力する代わりに彼女の部下である悪魔の半分を貰い受けるという約束を交わしている。
『戦場において壷の中身を解封する』と言ったベリアルの言葉の通りに指摘しただけに過ぎないのだが、平静を装っていても内心は自分の配下となる悪魔を早く見たいという高揚感で一杯だった。
「さすが我が主!」
これに乗るはパートナーのロリータ・ヴァーリイ(ろりーた・う゛ぁーりい)、紫銀の魔鎧である彼女は魅華星に装着された状態で主人を誉め称えていた。
「そのような先の事まで見据えられてるとは……さすがっ!! 先見の明が優れてらっしゃるっ!!」
「オーッホッホッホッホ!! 当然ですわ! 私を誰だと思っているのです?!!」
「赤銀の女王、魅華星様でありますっ!!」
「その通り! そして今まさに私の部下となる悪魔たちが解き放たれようとしているのですわー!!」
「おぉー!! 一体どんな悪魔なんでしょうねっ、楽しみですねぇ〜」
派手に盛り上がる二人を余所に、ベリアルは「今は解かないわよ」と冷たく言った。
「「どういうことですの?!!!」」
二人の声がシンクロした。
「戦況は五分といった所でしょう? パイモンちゃんが優勢の時の方が説得はしやすいし、時間もかからない」
パイモンはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)や水上 光(みなかみ・ひかる)らと刃を交えており、近衛兵たちは契約者たちと交戦中だ。戦況の優劣はつけ難い状況ではあるのだが―――
「戦況が五分だからこそ、悪魔の軍団で一気にパイモンを叩くべきですわ!」
「人間が優勢の時に解き放ったら、人間を駆逐する方に回る可能性もあるのよ。私の部下と言っても、人間への恨みはみんなパイモン並に持っているんだから」
「それはっ…………だからアナタが説得すれば―――」
「機を待つのです。それとも、急ぐ理由でもあるのですか?」
「それは……」
そう言われれば「早く自分の悪魔軍団が欲しい」の一言に尽きるわけで。
「壷の封印を解くつもりが無いのなら、」
ミーシャ・エトランゼ(みーしゃ・えとらんぜ)がここで提案した。
「9つの壷を私たち契約者に預けては頂けませんか。この場に居る者も中から無作為に選んだ9人にです」
「「そんなの許しませんわ!!」」
ベリアルに言ったはずが、魅華星とロリータが反論していた。が、それにめげる事なく、
「一カ所で守っていては、もしもの場合のリスクは大きく跳ね上がります。保険の意味もかねて9人の契約者に壷を託して守らせた方が安全ではないでしょうか」
「確かに、カナンの兵隊に守らせるよりは幾らか安心かもしれないわね」
(ん? これには乗るのか……?)
疑問を抱いたのはハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)。それでもここは僅かで小さな引っかかり。
「9校の生徒に分配できると、なお良いと思うのですが」
どこか控えめに言ったのはエスタナーシャ・ボルクハウゼン(えすたなーしゃ・ぼるくはうぜん)、彼女自身この案を実行するのは難しいと感じたのか、
「事前に9校に通知したわけではありませんから、この場でというのは難しいかもしれませんが」
彼女の案は主に戦後処理の際に検討されるべき内容だったが、9壷の守護を契約者にさせるというのはベリアルも納得したようだ。というよりも―――
(壷を守ることに関しては随分と積極的なような……)
一度芽生えた疑念は欠片が目に入る程に深く加速してゆく。ハインリヒの目にはもはやベリアルは9壷を解封を先送りにしようとしているようにしか見えなかった。
「ヴェーゼル」
声を抑えて言ったはクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)、ハインリヒのパートナーである。
「あの壷の中ですが、パイモンの部下という事は考えられないかしら」
「パイモンの?」
「えぇ。9体の悪魔がベリアルの部下というのは、あくまで彼女本人の証言でしかない」
「奴が嘘をついていると?」
「彼女の部下だったグラシャボラスの壷は、ベリアルの傍に置かれてはいなかった。9壷がベリアルの部下だというのなら、グラシャボラスの壷も同じ場所あったはずでしょう?」
確かにそれらは別の場所に安置されていた。しかもベリアルは再会を果たしたばかりのグラシャボラスを自らの手で殺している。
「グラシャボラスを殺害したのは、彼女の口から真実が漏れるのを防ぐためと考えれば」
「なるほど、筋は通るな」
「しかし、新たな疑問も生じる」
二人の会話にクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)も加わった。傍らには島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)の姿もある。
「なぜベリアルと同じ場所にパイモンの部下が封じられていたんだ? それ自体が不自然だろう?」
9つの壷が円形を成し、その中央にベリアルの壷は安置されていた。奴の壷だけ台座に乗せられていた事も含め、9つの壷はベリアルを守護しているものだと感じたのだが。
「封印が解かれた時にすぐに対処できるように、ではないでしょうか。ゼパルという魔鎧もベリアルや9つの壷は回収するつもりはなかったようですし」
城の構造上、簡単には壷の安置場所には辿り着けない。城が崩壊でもすれば壷の破壊も有りうるが、そうなれば同時にパイモンの部下たちも復活する事になる。数の上でもベリアルを抑える事は十分に可能だろう。
「もちろん、9つのうち幾つかは本当にベリアルの部下が封じられているという可能性もあります。ですが、」
そうなれば逆になぜそんな半端なことをという疑問が生じる。9つ全てがパイモンの部下であるほうが筋は通る。
「当然ベリアルはそれを知っていた……」
「全ては交渉を有利に進めるため、か…………くそっ」
状況を上手く利用した嘘。確かめようのない状況だったとはいえ、それに乗ってしまったクレーメックには悔いの残る判断だ。
「とにかく、9壷の守りを強化しよう。パイモンの部下ならば、ここで封印が解けるのはマズイ」
空壷も含め、所有する封魔壺は全てカナン兵が持ち運んでいる。それを契約者たちが守っているという形を取っているが、今はパイモンの近衛兵と応戦している者も多い。警備が甘くなっていることもまた事実―――
「ん……? これは……」
目を向けたクレーメックは目を疑った。
敵の数が増えている。
先に現れた近衛兵に加え、パイモン軍の悪魔兵の姿も見える。パイモンが交戦中ということで近衛兵から連絡がいったのだろうが、それにしても対応が速い。メイシュロット東部で防衛に当たっていた兵を一部こちらに回したのだろうか。
「させないよ!!」
新手の出現にいち早く気付いたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。『禁猟区』の網がそれを捉えた次の瞬間には『サイドワインダー』で牽制攻撃を仕掛けていた。
「クナイ! そっちに行ったよ!」
「了解しました」
向かい来る悪魔兵に対し、クナイ・アヤシ(くない・あやし)は『バニッシュ』で応戦した。
此度の戦いも二人は敵であろうと殺さないという方針の元に戦っているが、50名近い敵兵が一気に戦場に増えたとなると加減の仕方も難しくなってくる。
「壷を持っている方たちを集めましょう。乱雑に動かれては守れません」
「そうだねぇ…………うん、そうしよう。マルドゥークさん!!」
僅かに躊躇いを見せたのは、先ほどのクレーメックたちの案とは真逆の策だから。しかしそれでも北都はマルドゥークに呼びかけ、該当するカナン兵たちを集めるよう伝えた。
状況は変化してる、今はむしろ壷を守ることが先決だ。