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リアクション
破壊された封魔壺、そして溢れる光。
直後にあれほど巨大な悪魔が現れれば、誰でもそれが封印されていた悪魔だと分かる事だろう。そしてそれはベリアルの部下でもある。
「話がある! 大事な話だ!!」
先手必勝。ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)が『空飛ぶ箒』で悪魔の顔前まで飛び寄った。
「お前はベリアルの部下だと聞いている。しかし今の奴は、お前が従うほどの奴ではない! お前が封印されている間に全ては変わってしまったんだ!」
ベリアルの何を知っているのか。そう言われれば終いの大胆な嘘。しかしビュッヘルには秘策がある。
「これを見ろ! 奴が自分の部下を殺す所だ! 奴は自分の都合で部下を殺したんだ!!」
携帯電話の画面に『ソートグラフィー』で念写した映像を映し出した。
ベリアルがグラシャボラスを刺殺した場面。これを見ればベリアルへの不信感を抱くことは間違いない。
「人間…………」
「ん?」
「ぐおぉおおおおおおお!!!」
巨体の悪魔が両腕を高くに振り上げ、そして一気に地面まで振り下ろした。
「なっ!!」
どうにかビュッヘルはこれを避けたが、間違いなく両拳は彼を狙っていた。
砕撃は地を抉り、大量の粉塵を舞い上がらせた。直撃していれば、ミンチになっていた事だろう。
「待ってくれ! 話を……これを見れくれ!!」
再び飛び寄りて携帯の画面を見せようとするも、悪魔は蝿を払うかのように手を振ってこれを拒んだ。
「寄るな人間! 我が名はザガン、大国ヴィーニュを治める王なるぞ!!」
「ちょっ……待て」
「ビュッヘル! 離れろ!!」
パートナーのサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)がザガンに『鬼眼』を放った。攻撃力を下げる効果はもちろん、顔面に叩きつける事で少しでも冷静さを取り戻してくれればとも期待していたのだが、両方ともに不発に終わったようだ。
「聞いてくれザガン!! ベリアルに従っていてもロクな目に遭わない!! 折角解放されたんだ、今度はもう少しマシな主を探してみてはどうだろうか」
「ベリアルに従う? 笑わせるな!!」
右手に炎術、左手に氷術。ザガンはバチンと両掌を合わせてビュッヘルたちを圧し潰しにかかった。
「危っねぇ!!」
「ここは私たちが」
間一髪で避けた二人に代わり、エリス・メリベート(えりす・めりべーと)が飛び出した。
自前の翼でザガンの視界に飛び込んでいる間に、パートナーのヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)がザガンの体を蹴り登り、
「……王ならば人の話は最後まで聞くべきだ」
飛び出した空中で『弾幕援護』を顔部に放った。
「ぬぅん!!」
「ケラー!!」
繰り出される巨拳。空中にあるケラーをエリスが抱えてこれを避けた。
「…………これだけの体格差は厄介だな」
「『パワーブレス』を唱えます。もう一度、行きますよ」
「あぁ。行こう」
巨体ゆえに的は大きい。闇雲にというわけではないが、『クロスファイア』といった大玉も放つだけ的中する事だろう。とにかくまずはダメージを与える事が重要だ。
「大型の相手ならワタシたちの出番でございますね」
「えぇ……まぁそうね」
やる気を満々にたぎらせているオットー・ツェーンリック(おっとー・つぇーんりっく)に対し、ヘンリッタ・ツェーンリック(へんりった・つぇーんりっく)はどうにもギアが入りきれていなかった。確かに「大型の悪魔が現れれば自分たちが」と宣言していたのだが、それはイコンに搭乗して戦うという意味で、生身のまま戦うという意味ではない。
ザナドゥでイコンを正常機動させるにはエレシュキガルが放つ力、その範囲内である必要がある。ヘンリッタたちもイコンプリンツ・オイゲンを用意してきたものの、ここでは使いものにならない。
オットーはすぐに切り替えたらしく、既に『グレイシャルハザード』を叩き込んでいたが、ヘンリッタは未だに巨体との戦いに乗り切れないでいた。
「って! ちょっと! 飛ばしすぎよ!!」
『グレイシャルハザード』は精神の消耗が大きいというのに、オットーは既にそれを放ってしまっていた。
「いえ……急に炎術が迫ってきたので、つい反射的に……」
「ついって……この先どーすんのよ! 使えるスキルなんて残ってないじゃない!!」
「そうですね。それでも、ワタシたちだって契約者の端くれです。いつもはすれ違ってばかりでも、いざという時は力を合わせませんと」
「……なんか、強引ね」
というか「いつもすれ違っている」発言はどうなのだろう。まぁ、否定は出来ないわけだけど。
「……必ず、生きて帰りましょう。二人揃って、ね」
「ふん、そんなの当然じゃない。っていうか、そんな絶望的な状況でも無いでしょう!!」
ここは大きく強がってみせた。正直なところ一瞬でも気を抜けば殺される。圧死はもちろん、焼死、凍死も有りうる。すれ違っている場合ではない。
「おらぁああっ!!」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の怒声がして初めて、マルドゥークは背後に敵が迫っていたことに気がついた。
「おぉ、助かったぞ」
「ったく、背中弱すぎるぜ。特に二発目な」
「背中は任せておるからな、頼りにしているぞ」
「任せすぎなんだよ! ちったあ気をつけろ!!」
まぁ、あれだけ頻繁に体の向きを変えれれば正面だか背面だかが分からなくなっても無理はないが。体躯はもちろん、名も知られているのだろう、マルドゥークには常に三人近い悪魔兵が襲いくる状況が続いていた。敵はザガンだけではない、近衛兵に悪魔兵も大量に居るのだ。
「早めに壷を使った方が良い!!」
『隠れ身』を使っていたのか、突如現れたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がマルドゥークに言った。
「ザガンとは話が出来る状況じゃない! このまま行けば、こちらの被害が大きくなるだけだ!」
ケラーやオットーはどうにか戦えてはいるものの、徐々にザガンの動きが速くなっていた。巨体故に遅い、というのは初めだけ。寝起きで動きが鈍っていたのだろうか、ザガンの拳は先程から何度もケラーの体を掠めていた。
「壷を借りるぞ! 良いな!」
「ああ! 任せた!!」
空壷をカナン兵から受け取るクリストファー、そして、
「ジン(秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ))!! 道を開けてやれ!!」
「任せろぃ!!」
ザガンの背後、足下までの最短距離に立つ悪魔兵たちを『闘神の書』は『梟雄剣ヴァルザドーン』のレーザーキャノンで一掃した。
しぶとく残る兵には容赦なく『スタンクラッシュ』で地を砕き、その破砕風で吹き飛し退ける。
「悪く思うな、これもまた人生だ」
近寄れば殺す、そんな警告を込めた視線で威嚇する。そうしてる間に無事にクリストファーが背後を過ぎ行った。
『宮殿用飛行翼』で空に飛び立つ。目指すはザガンの額、そこに封印符を貼り付ける。
先に空へ飛び立ったクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が、ケラーやオットーに策を伝えていた。その甲斐あって、クリストファーが離陸した時には彼らはザガンの気を引くよう動いてくれていた。
ケラーが『クロスファイア』をザガンの額に、そしてオットーとヘンリッタが同時に鼻先を斬りつける。直後にエリスが二人の背後から視線を誘導するように空へと昇る。
上、下、そしてまた上。
体がデカいだけに僅かに動かしたつもりでも顔は上下に大きく揺れている。エリスを追って顎を上げた時、そこにはクリストファーが待ち受けていた。
「はぁあああああ!!」
再び壷の中へ戻るがいい! そんな台詞を言ったか思ったか。クリストファーが封印符を額に貼り付けた直後、解封された時と同じく、光が溢れた。
イコンサイズの巨体が光り輝き、そしてそれが収まると同時にザガンの体も消失していた。
封魔壺に封印されていた悪魔「ザガン」がここに、再び壷の中へと封印された。