空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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   第1章 崩壊の始まり

 大岡 永谷(おおおか・とと)は、レディ・エレインに【禁猟区】のお守りを渡した。
「これは?」
 小さな守り袋を、エレインは矯めつ眇めつ眺めた。
「これを持っていれば、あなたに危険が近づいたとき、俺にも分かります」
 エレインは頷き、感謝すると答えてそれをローブの下にしまった。
「おそらく、饗団はこちらの気が緩んだ頃に襲ってくるでしょう。今日かもしれない、明日かもしれない――待っているのは、非常に神経を消耗します。適度の緊張感とリラックスが必要です」
「難しいことを言いますね」
と、エレインは笑った。
「訓練次第でどうにもなります。戦時が常態化すれば、特に」
 しかし、その時間はない。永谷はこの会長室を要塞化することを提案した。メイザースが敵に回った今、エレインが名実共に指揮官であり、旗印である。彼女の無事こそが何よりの大事と永谷は考えた。
 幸い、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)というボディガードもいる。
 博季が番人よろしく直立不動の姿勢でいるのに対し、幽綺子は窓から外を眺めながら、歌を口ずさんでいた。
「足元を見てご覧
 貴方は此処に居る
自分を見てご覧
それが貴方自身

 貴方は貴方
 他の誰でもないから
貴方を守れるのは貴方しかいないから
もう一度見つめなおしてみよう

 譲れないものが、守りたいものが…そこにあるから」
 ディーヴァの能力なのだろうか、永谷は歌を聴いている内に活力が湧いてくる気がしてきた。エレインも目を閉じて聴き入っている。
 その目が開かれるのと、博季が剣を抜くのがほぼ同時だった。しかし、永谷はそれを遮った。
 部屋に飛び込んできたのは、永谷のパートナー、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)だ。パンダ――のように見えるが、白黒の模様が逆転したゆる族である。
「大変だよっ!」
 いつになく、真剣な口調である。永谷も口元を引き締め、気持ちを切り替えた。


 バシャッ!
 大きく水を跳ね飛ばし、八神 九十九(やがみ・つくも)ウルキ ソル(うるき・そる)は、噴水の中に降り立った。
 第四世界の武器庫に飛び込んでみたら、出てきたのはスプリブルーネの中心である噴水の中。噴出口からは、水が止めどなく流れている。
 じゃぶじゃぶと水を蹴り、石畳に足を下ろすと、続いて吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)が現れた。
「畜生っ、冷てェじゃねェか!!」
 波羅蜜多ツナギの裾を絞りながら、竜司も噴水から上がった。きょときょとと周囲を見渡し、
「何だ何だ、この前来たとこじゃねェか、ここは!」
「……だけど、随分様子が違うようじゃないか」
 蓮子は眉を寄せた。二人は各世界の偵察の際、この第二世界にやってきた。諸事情により、その後のことは全く知らずに今回の戦いに参加したため、魔法協会と闇黒饗団の争いはおろか、「古の大魔法」やメイザースのことも、何も分かっていなかった。
 しかし、以前来たときには噴水広場には屋台が並び、子供たちが遊び、野外ステージもあったはずだ。
 今は――、
「そういや、オレの歌を聴かせてやったっけな」
 その時の拍手喝采を思い出し、竜司はうっとりと呟いた。――実際は、素晴らしく破壊的な歌を聴かせる前に、蓮子によって引きずりおろされたのだが。
「よしっ、誰もいねェならオレの歌で集めてやろう。セイレーンみたいにな!」
 マイクがないので拳を握り、ステージがないので噴水に上り、竜司は歌い出そうとした。
 その時である。遠くから、広場へ向かって駆けてくる者があった。ローブから、魔法協会の魔術師であると分かる。後ろから追ってくるのは、ごく普通の男たちだ。武器は持っていないが、手の平から炎や雷、吹雪を出しては魔術師に攻撃している。
 魔術師は何とかそれらを躱していたが、遂に背中に炎の塊を受け、石畳に大きく倒れた。
 男たちは魔術師へゆっくりと近づく。その足元で炎が弾けた。はっと顔を上げた男たちの眼前に、ブラックコートで気配を消していた蓮子が姿を現した。
 六つの目を次々に睨み、蓮子は【ヒプノシス】を使った。くたり、と膝から崩れ、男たちは石畳の上ですーすーと寝息を立て始める。
「大丈夫かい?」
 蓮子は魔術師を【ヒール】で治療してやったが、少々複雑だった。魔術師たちが住民を攻撃していたらタダではおかない、と気合を入れてきたのに、実際は逆だった。
「急に彼らが襲ってきたんです……なぜ……?」
 その魔術師は女性だった。饗団の襲撃に備えて見回っていたら、突然襲われたのだという。饗団員が化けているのかとも思ったが、顔見知りがいたので違うと分かった。
「彼らは仮想世界の住人なんだろうね」
「そうでしょう」
 九十九とウルキは、魔術師に聞こえぬよう囁き合った。
 守るべき存在である住民である襲われたショックは、魔術師には大きかった。つ……と涙が頬を伝う。
「泣くんじゃねェよ」
 フッと竜司は微笑んだ。魔術師は見上げ、――すぐ俯いた。
 ああこの女、オレに惚れたな、まったく罪作りな男だぜ、オレって奴は。
 と、竜司は思ったが、もちろんそんなことはなかった。なかったが、竜司は確信し、魔術師の手を握るときっぱり言い切った。
「オレに任せな! オレの歌で全てバッチリ解決だぜ!!」
 フッ、と魔術師の意識が飛び、竜司の腕の中に倒れ込んだ。
「ぐへへ、オレの顔が綺麗すぎて気絶しちまったかァ?」
 それは違うぞと蓮子は思ったが、「血を流し過ぎたんだろう」と言うに止めておいた。