校長室
選択の絆 第一回
リアクション公開中!
バックアッパー 「これで良し」 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は患部に添えた手をそっと離した。 「終わりました。まだ痛みますか?」 パートナーの山南 桂(やまなみ・けい)と分担しての治療となったが、その数は契約者や教導団員を含めて30名は越えているのではないだろうか。 少女の幻に逃げられてから、一行は再び夢魔の襲撃を受けた。 敵の数自体は先の戦い程ではないものの、襲撃を受けた場所が悪かった。 急に10m近い吹き抜けになったと思ったら、頭上から狼型の夢魔が一斉に襲いかかってきた。敵の数が多く、また壁を走ったり地を這い駆けてきたりと、立体的な攻めに苦戦を強いられた。 そこを抜けた先は急に天井が低くなっていて、しかも天井スレスレな巨体のゴーレムが壁となって立ちはだかったのだ。 契約者たちは彼らに有効な攻撃手段を持っているとはいえ、当然に負傷者は出る。その負傷者たちを翡翠らは休みなく順に治療を行っていた。 「主殿」桂が見かねて翡翠に言う。 「他人より、自分の怪我を心配して下さい」 「自分は平気です。応急処置はしてますから」 飛んできた岩塊の欠片に首の後ろを抉られた。包帯こそ巻いているが、今も血が滲んでいる。それでも「患者に見える場所ではないから」と自分よりの治療は後に回すよう桂に言っていた。そんな時間があるなら一人でも多くの患者を治すべきだ、と。 「無理をなさらぬよう」 「分かっています」 いつまた襲撃にあうか分からない。休息を取れる今のうちに負傷者はゼロにしなければならない。 「ここに、するか」 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が広場の中央で呟いた。 皆が休息を取れるだけの広さ、幾つかの通路が見渡せる見通しの良さ、明るさも申し分ない。 「ここに作る。皆に伝えてくれ」 「かしこまりました」コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)が応えて、皆に「この場所に中継点を作る」ことを伝えて回った。 神殿内部の探索を行う上で、救護や外部との連絡の出来る場所を確保しておくことは非常に重要だ。剛太郎はこの場所に中継点の一つを設置することを決めたようだ。 「お疲れさまです」 コーディリアが声をかけたのはレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)、彼女はパートナーのエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)と共に補給物資の輸送を行っていた。 「お疲れさまです。ここに中継点を置くとなると、物資は……」 広場の端を指して「あの辺りで良いですか?」とレジーヌが笑みを浮かべた。 「はい、よろしくお願いします」 返事を聞いた彼女はすぐに部下である教導団員に物資を移させた。10名の部下が背負うリュックサックには、それぞれ武器や弾薬、薬品や食料などが詰まっている。敵の襲撃を受けながらも物資だけは体を張って守ったのだろう、レジーヌを含めて皆、軍服はボロボロに擦れていた。 そんな彼女らの様子を、 「雰囲気出てきたでしょー? みんなイイ顔してるわよー」 エリーズは『デジタルビデオカメラ』に収めていた。探索の記録を撮るはずが……明らかに楽しんでいる。そうして終始ニコやかな笑みを浮かべているかと思いきや、 「ほらそこ! 近いわよ! レジーヌに近づきすぎない!」 団員だろうと容赦はしない。男がレジーヌに近付こうものなら笑顔から一転、鬼の形相で警告を促していた。 (何だか楽しそう。ここも安心ですね) コーディリアは伝令と周囲の見回りを再開した。剛太郎の元に戻ったとき、彼は携帯電話を耳に当てていた。 「あぁ、あぁそうだ。逃げられたよ。あぁ。そっちはどうだ」 相手は神殿の西側を探索している者の誰かだろうか。会話も大きく途切れる事もない。電波状況も悪くないようだ。 決して競っているわけでないが……女王器も少女の幻も自分たちの手で見つけ出したい。 神殿の中を歩み進むうちにコーディリアにはそんな思いが芽生えていた。