校長室
選択の絆 第一回
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護符と魔障壁 「一発ブチかましてやるですぅ!!」 口調こそ戻ったが、その口振りは最高に荒れていた。 「エリザベート校長っ?!!」 ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が慌ててエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を止めた。 「いけません! 敵はあなたを狙ってるのですから!!」 怒りのままに単身突撃でもしそうな、そんな風に見えたからこそ制止をかけたのだが……。 「わ、分かっているですよ。ここから動かなくても一撃喰らわせる事なんて簡単な事なのですぅ」 それはもちろんそうだろうが。とにもかくにも先手を打つは彼女の役目ではない。 「ここは私が」 剣の花嫁であるルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が『古代の力・熾』で光の分身を生み出した。 なるほど、光の分身ならば――― ルイーザは分身を先行させ、自分はその背に隠れるようにして駆けだした。エギルの視界には今は光の分身しか見えていない事だろう。 「使役で我を倒すつもりか? 笑わせる」 エギルの体がふわりと宙に浮いたと思ったら、次の瞬間には分身の目の前まで間合いを詰めてきた。 仕掛けるなら今っ! ルイーザは一気に飛び出して『我は射す光の閃刃』を放った。 戦女神の威光が「光の刃」となってエギルに襲いかかる。 『……無駄な。無駄な。無駄な』 人混みを抜ける時の動きに近いだろうか。エギルはそれらの刃を顔色一つ変える事なく避けきってみせた。 『これではまるで“遅いかかる”だな』 「でしょうね」 『……』 光の刃は端から囮、本当の狙いは光の分身。 刃状攻撃を抜けた先で、光の分身がエギルの頭上を取った。 至近距離からの熾天使の砲撃。不意を突いた一撃は確実にエギルを捉えた―――はずだった。 『***…………**………………***……*』 エギルが護符をかざして何かを呟くと、薄く透明な魔障壁が現れた。 「なっ!」 その光景にルイーザは目を疑った。光の分身の一撃は確かに命中した、正面からしかも至近距離からの一撃だ。あの一撃は熾天使のものと同等の力が宿っている、威力は最大クラスのはずだ、それが完璧に阻まれた。 魔障壁にはヒビ一つ入っていない。 「覚悟するですぅ!!」 「校長っ?!」 間髪入れずにエリザベートが『天の炎』を発動した。顕現した巨大な火柱がエギルの頭上から降り墜ちる。 ―――その一撃は、皆の動揺を打ち消すはずだった――― 「そんな馬鹿な……」 怒りのままに加減などする訳もなく放たれたエリザベートの炎撃でさえも、魔障壁を砕く事は叶わず。当然エギルには火の粉の塵すらも届かなかった。 『終いか。ならば次はこちらの番だ』 来る!! 今のさっきであの光景を目にしたからか、奴の不敵な笑みがより一層に凄みを増しているように見えた。 「立て直すよ! フラメル!!」 「あ、はいっ!!」 パートナーへの渇は自分自身を奮い立たせるためでもある。五月葉 終夏(さつきば・おりが)は今一度敵の姿をその目に捉えた。奴の魔障壁が防いだのは『古代の力・熾』と『天の炎』。加えて今わかっている事といえば魔障壁を出現させるには護符が必要だということのみ。それなら――― 「素直な女は可愛いってね」 終夏の選択は『グラウンドストライク』、大地を砕き、岩を操る技である。 鋭く尖った岩の数々がエギルを狙い襲いゆく。 『……面倒な』 魔障壁を使うではなく、エギルはこれを飛び避けた。やはり単純な物質攻撃、もしくは巨大な物体となると魔障壁では防げないのだろう。 「あれで『天の炎』を打ち破ったなんて、まさか思わないわよね」 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)の魔力もまた、怒りに沸き揺れていた。2つのリベンジを心に誓い、彼女は『天の炎』を発動した。 上空に顕現した炎の柱。その魔力をわざと乱れさせる事で、あえて柱の形を崩してバラした。 炎と魔力が散る直前に、再び魔力を込めて一気に制御にかかる。魔力の流動性を生かし螺旋状に保つ事で炎の魔力を巨大な槍状に形作る事に成功した。 「貫け神槍! グリューエント・ランツェ!」 槍と言っても実際には独楽のように太く、また威力も『天の炎』のそれとさほど変わりはないのだが、それでもその巨大さがエギルに魔障壁を使わせる事を躊躇わせた。 『……良い出来だ。しかし、これも、遅い』 失望したと言わんばかりに溜息を吐きつつ、余裕を持ってこれを避けた。 「つーかまーえたっ!!」 『…………!』 エギルの背に月詠 司(つくよみ・つかさ)が飛びついた。 彼の服の端はボロボロ、ほとんどが焼け焦げている。敵の不意を突くべく、フレデリカの『天の炎』に半分巻き込まれる形で接近したのだという。 『離れろ!』 「わけないでしょう。シオンくんっ!!」 「大きな声出さないでよ」 シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は言葉と同時に『使役のペン』でエギルの腕に「一問一答」と書き記した。 「さあ、何から聞かせて貰おうかしら♪」 『使役のペン』の効果は体の一部に命令を書かれた場合、その内容の通りに行動してしまうといった恐ろしいアイテムだ。今回は何とも非力な司がエギルにしがみついて作った隙を突いて書かねばならなかったため、書いた内容は四文字熟語になってしまったが、情報を聞き出すという目的を考えれば案外に悪くない命令だったのかもしれない。 「ではまず、「最初のロゴス」とは一体何なのかしら」 『……………………』 無言なのは司ではない。エギルだ。 「……そうね、聞き取りづらかったかしら。もう一度訊くわ、「最初のロゴス」とは何を意味するものなのかしら」 『…………………………………………』 「あれ?」 えぇと……これは……あれだ。いや、そんなはずはない、万能だなんて信じてはいない、欠陥とまでは言わないがそうした一面がある事も知ってはいる、しかしそれが今ここで、司とシオンが決死の思いで遂行したこの場この時に起こらなくても――― 『この文字がどうした? 何か起こるのか?』 「やっぱりっ!!」 エギルには効果がないようだ。これだから新手の敵は嫌なんだ。 『決死の勇気は認めよう。しかしこのような文字で我を従えようとは……何たる屈辱か!』 「ひぃぃいいい!!!」 司を背中からひっぺ返して吊し上げると、眼前に護符を押しつけた。 『本物の文字の力を見せてやろう』 エギルが何言かを呟くと、護符が強く光り輝いた。次の瞬間――― 「!!!」 彼らを中心に半径5mもの地面が、まるで隕石でも落下してきたかのように強く発破して抉れてしまった。 『仲間が巻き込まれたならそれは全て「あの小娘」のせいだ。そしてお前がここで死ぬのも、もちろん』 「ぐぅっ………………小娘って……うちのチビッコ校長の事を言って……いるのかな?」 『…………』 エギルは新たな護符を掲げると、 『……恨み、憎悪し、強き遺恨をもって滅びよ』 先程よりも明らかに護符の輝きが強く大きい。今度の術の威力は先程の非ではないということか。奴は再びに、聞いたことのない言葉を唱え始めた――― 『***…………**………………!!! ぐぅっ!!!』 「…………………………ん?」 突如、エギルの言葉が止んだ。それに伴い、護符の輝きも失せてゆく。 『っ。………………神殿群が起動したか』 司を吊していた手も緩み、彼はようやくに解放したところで――― 『ここまでのようだ。“扉”――エリザベートよ、私は必ず、その魂を手にいれる。必ず。必ず』 エギルは最後にエリザベートを名指しして、 『“ロゴス”を揃え、私と私達の解放を得るために』 再びに護符が光を放つと、エギルは護符に吸い込まれるようにして消え失せてしまった。 ちなみに、格好いい捨て台詞を吐いてから姿を消したエギルだったが実はこんな言葉も残していた。 『そこのお前』 とリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)を、そして傍らにいるララ・サーズデイ(らら・さーずでい)にも目を向けて、 『刺青か? 良い趣味をしている』 そう言い残してから護符を光り輝かせた。 リリの額にもエリザベートの額に刻まれた文字に似たものが刻まれている。これを刻んだのもエギルではないかと推測していたのだが、あの口振りではどうやら違うようだ。 エリザベートの身代わりとなって浚われることで敵のアジトや情報を得ようとした彼女らの策は敢えなく失敗に終わった。 リリの額に文字が刻まれた、もしくは浮かび上がってきたのは……「想像妊娠の類」なのかもしれない。