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リアクション
SCENE・5
「化け物は人によって見え方が違うらしいよ。あたしたちにはどんな姿に見えるかな」
大崎織龍(おおざき・しりゅう)は気楽な口調で横を歩くパートナーのニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)に言う。
「ふん、我に怖い物はない! 化け物など本当にいるかどうかさえ……」
ニーズは胸を張り大股で前を歩くが、
「あっ! ニーズ! 後ろ!」
「うおっ!」
ニーズは飛び上がり、勢い良く振り返る。しかし、そこには何もいない。織龍が腹を押さえてクスクス笑うのを見て、ニーズは悪戯とわかり怒鳴る。
「織龍! 騙しおったな!」
「あははははは! すごい反応! なかなかあんなに素早く振りむけないよ!」
「ぐぐぐ〜もう知らん! 例え織龍が化け物に襲われても助けんぞ!」
ニーズは足音も荒く歩いて行ってしまう。織龍はからかい過ぎたかと少し反省するが、後ろから声が聞こえてくるのに気づく。
「ニーズ、ちょっと待って」
織龍は立ち止まりニーズを呼び止めるが、ニーズはまた騙そうとしているのかと思い、振り向きもしない。その間も後ろの声は聞こえてくる。低い男の心地よい声で、メロディがついているように思える。織龍は声に誘われるように駆けだした。
「ん? こら! 織龍っ、どこへ行く?」
織龍がいないことに気づいたニーズが追いかけながら注意するが、織龍は走りながら大声で返す。
「綺麗な歌声がする方!」
「なにっ? やめろ! 罠かもしれないぞ!」
織龍の足は止まることはなかった。
織龍たちが歌声のほうに誘われていくと、カサエル・ウェルギリウス(かさえる・うぇるぎりうす)とルクレチア・アンジェリコ(るくれちあ・あんじぇりこ)がいた。カエサルはルクレチアの為に歌っている。ルクレチアはメロディに合わせて体を揺らし、カエサルに微笑んでいる。織龍たちもカエサルの素晴らしい歌声に聞き惚れるが、何よりも二人の世界に割って入るのを躊躇われた。カエサルとルクレチアの空間だけキラキラ輝いているように見える。実際、カエサルの禁猟区によって、魔方陣が張られている。
カエサルの歌が終わり、ルクレチアに向かって優雅な一礼をする。
パチパチパチッ
「まあ!」
ルクレチアは背後から拍手が聞こえ、初めて織龍たちに気づいた。カエサルは最初から気づいていたが、禁猟区も反応しないので害はないとわかっていた。
織龍はにこやかに片手を上げ言った。
「仲間は多いほうが心強いよね!」
「ルクレチアは化け物ってどんな姿だと思う?」
織龍は後ろを歩くルクレチアに訊く。織龍とニーズが前を歩き、その後ろをルクレチアとカエサルが歩いていた。
「……私は獣のような気がします。姿ははっきりしないのですが、黒く大きな獣。大きな眼が爛々と光り鋭い爪を持つ……。そんな化け物に遭遇したら、私は戦えるでしょうか……」
意外に具体的な描写で答えたルクレチアに、織龍とニーズは化け物の姿を思い浮かべて沈黙する。
「心配しないでください、ルクレチア。化け物と遭遇しないために、私は禁猟区をしているんですよ」
カエサルはルクレチアの手を強く握る。ルクレチアは少し恥ずかしそうにしながら訊く。
「カエサル、力を貸してくれますか?」
「勿論、この力、喜んで君に貸そう。ルクレチア」
後ろの会話を聞いていた織龍とニーズは目を合わせ、気まずそうに眼を逸らした。
織龍たちが妙な気まずさを感じていた時、カエサルの禁猟区が反応する。前方の暗闇から抜け出すようにやってきたのは、
「ルクレチアが言ってたやつ!」
織龍は驚きの声を上げる。そこには、ルクレチアの想像通りの爛々と輝く大きな眼に鋭い爪を持った、黒く大きな獣がいた。
「誰だろ? こんな紛らわしい目印を描いたの。嫌がらせ?」
一人で地下水路を調査していた小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は、壁にチョークで描かれた奇妙なマークを見ていた。
ぽちゃん!
「きゃっ」
遠くの方で水音がすれば、美羽は身を縮ませる。決して暗闇や化け物が怖くないわけではないのだが、どうしてもこの遺跡に繋がる地下水路の奥を調査したかったのだ。美羽の推理では、この化け物は古代シャンバラに関係しているとみていた。
「あれ? 水面が……」
ふと地下水路の黒い水面を見れば、水紋が広がっているのを発見する。美羽はすぐに近くの横道に隠れる。
息を殺して見ていると、水の中から黒い大きな塊が浮き上がる。
あれが化け物の正体っ? 大きすぎるよ!
美羽は自分の口を押さえ息をのむ。化け物は何かを吐きだし去っていく。吐き出された物は通路に転がったままで、美羽は化け物の気配がなくなったのを確認してから拾いに行く。
「うわっ! 最悪! 誰の携帯だろう……可哀そう」
吐き出された物は携帯だった。黒い粘液がベッタリついていたが、美羽は持っていたハンカチで丁寧に拭いてやる。
「それにしても、何で化け物が携帯を吐き出し……」
美羽はそこまで考えて、ある想像が浮かぶ。
「まさか……携帯の人、食べられちゃったのっ?」
一度信じてしまうと止まらない美羽は、
「大変! 確認しなきゃ!」
そう叫びバタバタと来た道を走って行った。
ガシャン!
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が脱出口の金網を破壊する。最初にクロセルが外に這い出し、辺りを確認する。そこは街の外だった。クロセルに続いて、羽瀬川セト(はせがわ・せと)とパートナーのエレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)とパートナーのセラ・スアレス(せら・すあれす)が出てくる。
セトたちは青楽亭に戻り、自分たちを地下水路へ行かせた少女から話を聞くつもりだった。
しかし、フィルは何度も壊した金網を見るセラに気づく。
「セラ、どうしたんですか?」
青楽亭に向かおうとしていた面々もセラに注目する。セラは脱出口に視線を落としたまま言う。
「……ここから化け物が出てきたらと思うと……心配だわ」
それは秘かにみんなが心配していたことでもあった。フィルは少し考え、笑顔で言う。
「セラの言う通りですね。私とセラはここに残って、化け物が出てこないか見張ります」
セラは驚いてフィルの顔を見ると、フィルは優しく頷き、他の三人に言った
「それに、他のみんなは空飛ぶ箒を持っていますし、地下水路に残された他の方々の為にも、一刻も早く青楽亭に戻って真相を解明してください」
地下水路の最初のマンホール近くに、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)はいた。
「本当にこれで来た道を戻っているんでしょうかぁ?」
メイベルは半泣きになりながら歩いていた。セシリアは自分よりも体の大きなメイベルの肩を抱きながら言う。
「大丈夫だよ! 僕の記憶だともうすぐ入口に戻るはずだもん」
正直、セシリアも自信はなかった。気がついたら、あれほどまわりにいた人たちはいなくなり、いつの間にかメイベルと二人きりになっていたのだ。最初は脱出を目指していたが、いくら進んでも似たような道に誰とも合流することができず、二人で半泣きになっていた時に、ふと最初のマンホールで待っていると言っていたショウたちのことを思い出した。
脱出するよりもショウたちと合流した方が早いし心強いと考えたメイベルたちは、うろ覚えで来た道だと思われる道を辿っていた。「……セシリア、あの白いのはなんでしょう?」
「な、なになに?」
内心ではドキドキしていたセシリアは、上擦った声を上げる。メイベルが足を止め、懐中電灯の光で前方を照らす。光の輪の中にくっきり浮かぶ白い物体。
「もしあれが噂の化け物でしたら、どうしましょうぅ〜」
段々恐怖で声が高くなるメイベルに、セシリアの心拍数も上がってくる。それでも心の中で必死に自分を叱咤する。守るべき人がいるんだ! 頑張れ、僕!
しかし、セシリアの努力も脆くも崩れ去る。白い物体がメイベルの懐中電灯の光に気づき、向かってきたのだ。
『きゃあああ!』
二人は同時に悲鳴を上げ、ぎゅっと目を閉じて抱き合う。
「ベア! 驚かしてはいけません!」
少女の甲高い声が響く。二人が恐る恐る目を開くと、そこには可愛らしいコンビが立っていた。あれほど怖いと思っていた白い物体は、身長は2メートル程の巨体だが、白熊のぬいぐるみそのまま。隣で申し訳なさそうに立っているのは、メイベルよりもずっと幼い少女だった。
「ごめんなさい。ベアが驚かせてしまって」
お互いに簡単に自己紹介をする。少女はソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)で白熊がパートナーの雪国ベア(ゆきぐに・べあ)。
「おう、驚かしちまって悪かったな! 他の奴らに道を聞こうとしたんだが、どこをうろちょろしてやがんのか、ちっとも捕まらなくてよ。仕方ねえから、最初の場所に戻るかと思っていた時に、おまえらと会ったってわけだ。脱出口知らねえか?」
ベアの見た目に反した口調にメイベルたちは戸惑ったが、何とか首を横に振る。
「ああ、迷子なのか。なら、仕方ねえ。やっぱり入口にいるショウって奴に聞くか。おまえらも俺様についてきな」
そう言うと、ベアはスタスタ歩き出す。
「あっ、ベア! 待って下さい〜! メイベルさんたちも良かったら一緒に行きましょう」
ソアはベアをちょこちょこ追いかけながら、メイベルたちに声を掛ける。メイベルとセシリアは顔を見合せ、小さく笑った。
「……僕たちも一緒に行こうか!」
「はい!」
ソアたちの微笑ましい光景を暗闇からじっと見つめている目があった。
「見つけた! あの子こそワタシの運命の人だ」
狭間癒月(はざま・ゆづき)が興奮した声を上げるのを、冷めた目で後ろから見ているのはパートナーのアラミル・ゲーテ・フラッグ(あらみる・げーてふらっぐ)。癒月はアラミルを振り返り、満面の笑顔で言う。
「アラミル、俺はお嫁に行くよ!」
すぱぁぁん!
アラミルはハリセンで癒月の頭を叩き呟いた。
「……っていうか、お婿でしょうが」
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