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リアクション
●第2章 激闘の裏の激闘
遺跡の入り口で冒険者たちとサティナとの激闘が繰り広げられている影では、別の激闘がまた繰り広げられていた。
「もー、全部フッ飛ばせばイイんだろ? って言いたいところだけど、この量は流石に半端なくね!? 俺にだって限界はあるよ限界は!」
遺跡の地下部分、地上にそびえ立っている木々の幹や根があちこちに点在している空間で、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が愚痴をもらしながら、襲い来る魔物へ火弾を放つ。直撃を受けた魔物が爆散して辺りに火の粉を飛び散らせるが、その程度の火では木々は燃えもしなければ焦げもしない。おそらく直撃を何発も浴びせでもしない限り、燃えることはないだろう。
「コボルドたちはどこに行った!? これでは全く先に進めないぞ!」
横ではヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が、戦闘で傷付いた者たちに癒しの力を与えていた。
「あー、犬コロなら魔物が見えた瞬間、一目散に俺たちが入ってきた方の道へ逃げていったぞ。「俺たちが戦っても足手まといになるだけだから、ここは任せた!」って言ってたっけな」
「調子がいい奴らめ。……だが、これで一つはっきりしたことがある」
「ん? 何がだ?」
首を傾げたウィルネストに、ヨヤが言葉をかける。
「コボルドを従えている者と、魔物を従えている者は、それぞれ別人であるということだ。まあ、操られていたということから不確定性は残るが、それにしてもあの反応からはそうとしか思えない」
「そういやあ、魔物を見た瞬間びっくりして逃げていったもんな。記憶になくても、同じ目的で一緒にいたとしたら、顔くらい覚えていそうなもんだしな」
察したウィルネストに頷いて、ヨヤが再び口を開く。
「そうだ。……そしてコボルドたちは、ここが魔物で一杯になっているということも、記憶になかったのだろう」
「うんうん、そうだよな……っておい! 犬コロ共出てこい! 俺たちをこんなところに招待しやがって!」
ウィルネストの叫びは、戦闘の音声に掻き消えていった。
コボルドと共に地下から侵入を試みた一行は、大きく2つのグループに分かれて、それぞれにコボルドが先導する形で道を進んでいた。
途中で大きな道から2つに分かれる小さな道へ分かれ、そこでグループが分かれて歩いて行った先で、両方とも魔物の群れに接触となったのである。
「途中、大きな木とその根っこまでは、目印とそれに続く道筋通りでしたからよかったですわ。……ですが、その先でのこの魔物の群れは何ですの!? これほど魔物がいるとは想定外ですわ!」
そして、先程とは別のグループで魔物に襲われることとなった六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が、手にしたランスで魔物の攻撃を打ち払っていく。胴体を貫かれ、体液を飛び散らせながら辺りをのたまう魔物は、戦う冒険者たちに嫌悪感を募らせていく。
「コボルドたちもどっか行っちまったみてえだな。別段操られている素振りもなかったし、多分コボルドたちもこのことは想定外だったんじゃねえのか? 道は知ってたけどその道がどうかまでは、知らなかったっていうオチ?」
優希の攻撃で吹き飛ばされた魔物を見遣って、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が言葉をかけながら、とりあえず危険な位置にいる魔物へ火弾を見舞う。皮膚を焦がされた魔物から漂う強烈な臭気は、地下空間で瞬く間に篭っていく。
「うえ、こりゃマズイな。おいユーキ、このままここで戦ってても余計な被害が出るだけじゃね? 一旦後ろに下がるのも俺様的にアリだと思うよ?」
「そんな!? せっかくここまで来たのに、みすみす撤退するのですか!?」
「この先道が繋がっている保障もないだろ。それよりは確実に繋がっている後方へ下がるのが妥当ってモンだ」
「……いえ、ここでできる限り魔物を食い止めます。私だって、やれば出来るんですから!」
アレクセイの言葉を拒否して、優希はなおも戦いを続ける。
「何だよ、普段は俺がブレーキ踏まれる立場なのに、たまに踏んでみたらこれかよ。……ま、やれるところまでは、付き合ってやるケドな」
言って、アレクセイも詠唱の準備を始める。
「守りの堅い人で最前列と最後尾を固めましょう。俺は殿で後ろからの敵を警戒します」
同行した仲間にそう告げて、樹月 刀真(きづき・とうま)がグループの後方に移動する。横には漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が辺りを警戒するように視線を巡らせていた。
「刀真、後方に魔物の姿は見られないわ」
「俺たちが通ってきたのは一本道だったはず。俺たちの、そしてコボルドたちも知らない道があるのでなければ、後方から魔物が襲ってくることはないはずだが――」
言いかけた刀真の視界に、数を増す魔物の姿が鮮明になっていく。後方を脅かされるのは確かに危険だが、このまま戦って前方が魔物に突破されるようなことがあっては、戦線が総崩れになる危険性がある。
「月夜、ここで警戒を続けていてくれないか。俺は前衛に加わって魔物と対峙する」
「そんな! 刀真が行くなら私も――」
言葉を発しかけた月夜の唇を、刀真の指が塞ぐ。
「これは月夜にしか任せられないんだ。……やってくれるな?」
「……分かったわ。無事に帰ってきてね、刀真」
言って月夜が胸元をはだけさせれば、そこから鈍い光を放つ柄が飛び出す。それを刀真が引き抜き、黒い刀身の片刃剣が露になる。
「じゃ、行ってくる」
刀真が月夜に短く告げて、振り返ることなく前線へ駆けていく。
(魔物は復讐すべき敵……俺はただそれを倒しているだけでよかったはずなのに……いつの間にか護りたいと思うようになったのだろうか)
その答えを導き出す前に、魔物の1体が刀真の前に躍り出る。
「邪魔だ!」
考えることを放棄し、刀真が手にした剣の刀身に黒く燃え盛る炎を纏わせ、魔物に叩き付ける。炎に焼かれた魔物はその叫びすら炎にかき消され塵と化す。
(まずは、この危機を打破する!)
強い視線を向ける刀真の前に、次々と魔物が姿を現していく。
「えぇい! これではキリが無いではないか。こんなところでモタモタしていられるか!」
「と言われましても、この魔物の数ではどうすることもできません」
矢継ぎ早に襲い掛かる魔物にブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)が苦言を呈するものの、ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)の言う通り、現状では足を止めて魔物を迎え撃つ以外に、有効な解決策が見つからなかった。
「面倒だ、次の魔物を退けたら奥に走り抜けるぞ!」
「え? ですかしかし――」
「問題無い、連中の実力なら万が一はあるまい……多分な」
「急に自信が無くなりましたね。……万が一の時は?」
「むぅ……「僕にはどうすることもできなかった……」それとも「無茶しやがって……」はもう古いか?」
ブレイズの言葉に、ロージーが呆れるようにため息をつく。
「全滅が前提のコメントじゃないですか。そうならないためにも、ここで魔物と戦う方がいいのではないですか?」
「ふん、冗談の判らんやつめ。機晶姫とは考え方まで堅いな」
「ブレイズが不謹慎過ぎるのです……ブレイズ! 左から蔦が来ます!」
2度目のため息をロージーがつきかけ、直ぐに危険を知らせる言葉をブレイズへ飛ばす。
「分かっている! 魔物よ、その程度でこの僕を捕らえられるとでも思ったか!」
余裕そうな態度を見せながら、ブレイズが蔦を振り回す植物の姿をした魔物へ火弾を飛ばす。それは蔦をそして植物本体を焦がし、炭と化した魔物は息絶え地面に伏せる。
「ロージー、今の忠告には感謝する。……だが、僕はこいつらを出し抜いて遺跡の奥へ進みたい。その方策を考えるのだ」
「ブレイズ……欲に忠実なのはもしかしたら美点かもしれませんし、ワタシもできるだけのことは考えましたが……現時点では奥に進める可能性は皆無に近いという結論を出します」
言ったロージー、そしてブレイズの視界には、通路一杯に魔物が蔓延っていた。それぞれはそれほど脅威ではないものの、ともかく数が多く、その中を抜けるのはとてつもない苦労を伴うだろうことが2人には予想できた。
魔物の1体が、鋭く伸びた歯を煌かせて噛み付き攻撃を繰り出す。
「その程度の攻撃で、俺を抜けると思わないことですよッ!」
しかし、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はその攻撃を防御姿勢を取ることで無効化する。突き出したランスで魔物を退けたクロセルの横では、水神 樹(みなかみ・いつき)が光り輝く片手剣で魔物を切り払い、カノン・コート(かのん・こーと)が2人に加護の力を与えていた。
「不安的中、といったところかしら? コボルドたちはどこに行ったの?」
「さっき慌てて、俺たちが歩いてきた道を逆走していくのが見えたぜ。ありゃあ本気で怯えている様子だったから、コボルドたちもまさかここに魔物が出るとは知らなかったんじゃないのか?」
「……そうだとして、じゃあこの魔物たちは一体何なの?」
「さあ、そこまでは俺にも。思い付くのはせいぜい、俺たちが入り口に飛び込む前に襲い掛かってきたサティナとか言った女性の僕とか、そんなところかな」
「あの、見て下さい! 何か魔物たちの様子がおかしいんです!」
現状について意見を交わしていた樹とカノンは、クロセルの声に意識を戻して振り返る。3人の眼前で、蜘蛛の姿をした妖獣がどんどんと積み重なっていき、それはまるで壁のように冒険者たちの前に立ち塞がる。
「こ、これは……俺たちの進攻を完全に防ごうとしていますね」
「ちょっと、そんなのアリ!? 100匹乗っても大丈夫とか、そんなレベルじゃないわよ!」
「うわこれこわい! 全部の足がわしゃわしゃと動いてる! 800本の足とか、もう確実にホラーレベル!!」
そのあまりの異様さに、冒険者たちは戸惑い、動きが鈍っていく。
「皆! 見た目ばかりに怯えていては駄目です! 巨大であるともそれは先程までの魔物の寄せ集め、攻撃すれば確実に戦力を削げるはずです!」
グループの士気が勢いよく下がっていることを悟ったクロセルが、一行を奮い立たせるべく声を張り上げ、黒くもさもさと蠢く壁へ突撃していく。
(そう! 今この瞬間俺は、ヒーローとして皆の前に君臨しているッ!)
どこか生き生きとした表情で繰り出した一撃が、壁に確かな亀裂を打ち込む。
「私も続くわ! カノン、援護しなさい!」
「ちょ、ちょっと待てって樹……ああもう、どうなっても知らないからな!」
カノンの加護の力が、樹の身体能力を瞬間的に引き上げる。普段では見ることのできない世界の中で、それでも冷静に自らの身体を律して打ち込んだ一撃は、亀裂をより大きくさせる。
そして、3人の活躍に後押しされるように、他の冒険者たちもそれぞれ得物を手に、立ち向かっていった。
蜘蛛の寄せ集めの他にも、木に木がくっついて出来上がった巨木や、昆虫が寄り集まって1つの頭部となった姿の、そんなカテゴリーがあるかどうか不明ながら『合体魔物』たちへ、冒険者たちが果敢にも挑んでいく中、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)が先へと続く道を進んでいく。
(さっきチラッと、何か光るものが見えたんだよな。もしかしたら金目の物かもしれないよな)
一旦注意を向けてしまったヴェッセルは、他の物には目もくれずに道を進んでいく。やがて道が途切れ行き止まりの場所に辿り着いて、ヴェッセルは辺りを見回す。
(……あれ? 気のせいだったかな。仕方ない、仲間たちのところに合流しよう――)
振り返って歩き出したヴェッセルの真上を、もそもそと蠢く姿が映りこむ。毛虫の姿をした魔物が、気付かずに歩き続けるヴェッセルへ口から糸を吹きかける。
「うおっ!? な、何だこれは!?」
糸に気付いたヴェッセルがもがくが時既に遅し、絡め取られたヴェッセルは空中に吊り下げられる形になる。
「くそっ、俺の冒険はここで終わってしまうのか――」
徐々に引き揚げられていく感覚にヴェッセルが絶望の言葉を呟いたその瞬間、感覚が下向きのものに変わり、ほどなく地面に身体が叩き付けられる。
「大丈夫!? 今その糸を取ってあげるから、ちょっとだけじっとしててね! アイン、あの魔物のことはお願い!」
「了解した。君たちのことは必ず、僕が守る」
ヴェッセルの元に蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が駆け寄り、魔物にはアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が立ち向かう。
「この糸は迂闊に触ると私まで絡まっちゃいそうだね……よーし、じゃあここはこれで!」
言って、朱里が見た目はただの竹箒に両手を添える。
「えい! やあ! とう!」
1回2回、3回と朱里が箒を動かせば、はらはらはらり、とヴェッセルの身体から糸が剥がれ落ちていく。
「す、すげえ! 今のどうやってやったんだ!?」
「えへへ……私もできるか不安だったんですけど、上手く行ってよかったです。怪我とかはありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。助けてくれてありがとう」
立ち上がったヴェッセルが朱里に礼を言う、その背後ではアインが、毛虫の魔物相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。元々戦闘力自体は高くないタイプであり、不意を突かれなければそれほど苦戦する相手ではないが、アインの腕もなかなかのものであった。
「これで止めだ!」
アインの剣が魔物の腹を突き、体液を漏らしながら魔物が地面に落ちて絶命する。
「アイン、お疲れさま! 怪我とかしてない?」
「ああ、問題ない。そちらの彼――」
「あ、ヴェッセル・ハーミットフィールドだ。助けてくれてありがとう、感謝する」
「ううん、一緒の仲間だもの、これくらい当たり前だよ! さ、他のみんなのところに戻ろう!」
「まだ魔物が残っているようだ、油断するな」
「ああ。俺も役に立ってみせるぜ!」
そして3人は、仲間たちが戦い続けている場所へと駆けていった。
「皆さん、後もう少しです。気をつけつつ頑張って下さい」
魔物の攻撃を受け止めながら、織機 誠(おりはた・まこと)が仲間たちを激励すべく声をかける。
(ここであたしたちが負けて、魔物が地上に出るようなことになったら、付近の村人たちも困るだろうし、何よりここまで連れてきてくれたコボルドたちが大きな傷を負うかもしれない。それだけは何としても防がなくっちゃ!)
強い意思を胸に、雪積 彼方(ゆきづみ・かなた)の振るった剣から衝撃波が飛び、立て続けに魔物たちを切断する。振り返り、隣で癒しの力を行使するエル・クレスメント(える・くれすめんと)に声をかける。
「エルのことはきっとあたしが守るよ! もう少しだから、頑張っていこう!」
「……はい! 私も、頑張って彼方さんのフォローをしますから。だから、無茶して怪我をしないようにしてくださいね」
微笑むエルに頷いて、彼方が視線を向けた先には、度々の攻撃を受けて瀕死状態の合体魔物たちが、それでもなお侵入者をこれ以上立ち入らせないかの如く冒険者たちを阻んでいた。
「では、私たちも加勢しましょう。よろしいですか?」
「望むところよ! あたしたちの手で、勝利を掴み取りましょう!」
誠の言葉に彼方が頷いて、そして2人は魔物へ駆けていく。誠の矢継ぎ早に繰り出した攻撃が確実に魔物たちを貫き、彼方の剣から発生した衝撃波が魔物を切り裂いて飛んでいく。
そしてついに、冒険者たちを拒んでいた壁は無数の叫びと共に瓦解し、後には動かなくなった魔物たちの死骸が通路を埋め尽くすように落ちていた。
「終わりましたね。……しかしこちらも結構な被害を負ったようです。途中で別れたグループのことも気になりますし、ここは一旦分岐地点まで戻って、お互いの状況を確認しませんか?」
「あー、それはあたしも賛成かな。今の状態で無理に奥に行っても結局行き詰まるだけだと思うし。それに逃げ出したコボルドたちのことも気になるしね」
結局グループの総意で、分岐地点まで後退することに決まり、その準備が整えられていく。
「彼方さん、怪我の方は大丈夫でしたか?」
「うん、どこも痛くないよ。エルがあたしのために祈っててくれたおかげかな?」
あはは、と笑って答える彼方に、エルも微笑みを返す。それより少し離れた地点では、誠が仲間たちの準備を手伝っていた。
「慌てなくてもいいですよ。とりあえずの脅威は去ったようですから、落ち着いて行きましょう」
戦闘の余韻で感情を乱している者たちへ、宥めるように言葉をかけていく。その甲斐あってか、一行の準備が整う頃にはここに最初に入ってきた時とほぼ同じくらいまでに活気に満ちたものになっていた。
「さあ、行きましょう。向こうの方々も無事だとよろしいのですが」
その時はまた協力して立ち向かおうと誓いながら、誠は仲間たちと一緒に目的地へと歩み進んでいく。
「はぁ〜、や〜っと見つけたよ、遺跡への入り口。迷った時はもう見つからないかと思ったよ〜」
そして、地下での戦闘が終局を迎えようとしているその最中、入り口の前で心底ほっとしたようにため息をつく晃月 蒼(あきつき・あお)の姿があった。
「やれやれ、蒼様がさぞ自信たっぷりに進むものですから、私めも油断しておりましたが……まさかこれほど皆様と遅れを取ることになるとは、想像もつきませんでしたな」
レイ・コンラッド(れい・こんらっど)の指摘に、蒼が顔を染めながら反論する。
「ち、違うよ〜! そう、全ては計画通り、そうなのよ! もう、ワタシをいつまでも子供扱いしないでよね〜!」
「ほっほっほ……ではそういうことにしておきましょうか。ささ蒼様、参りましょう」
レイの態度になおも不服ながら、蒼が入り口から奥へと歩いていく。
「……あれ? ねえ、あそこにいるのって、コボルドクンじゃないかな〜?」
蒼が指差した先には確かに、数匹のコボルドが寄り集まって何事か話をしていた。
「……蒼様、おかしいですぞ。あの者たちはお仲間を連れて先にこの奥へ向かったはずです。それがあの者たちだけここにいるということは、つまり――」
「えー、コボルドクンに限って、そんなことしないよー? きっと奥で何かあったんだよ。ねえねえコボルドクン、何があったのー?」
疑いの眼差しを向けるレイに対し、蒼は微塵も疑うことなくコボルドへ歩み寄っていく。蒼に気付いたコボルドの1匹が、冒険者の1人から貰ったと思しきスケッチブックセットを手に、何やら書き始める。
「えっと、「俺たちは人間と一緒にこの先を歩いていた。そうしたら魔物が襲い掛かってきた。魔物がいることまでは予想できなかった。俺たちは怖くなって逃げ出した」……だって!」
「……蒼様、よくその絵だけで分かりますな。正直、尊敬に値しますぞ」
蒼がコボルドの描いた絵から解読した内容は、まさにこれまでの状況を端的に表していた。
「ふんふん、「魔物の匂いが消えた。人間の匂いは残っている」……つまり、先に行った人たちは無事ってことだね! コボルドクン、早くみんなのところに合流しよう!」
「あっ、蒼様、私めはまだこの者たちのことを――」
駆け出した蒼とコボルドたちに、レイが慌てて後を追いかける。
しばらくの後、道で分かれた2つのグループは、分岐地点で無事に合流することができた。
「はぅ……疲れたのじゃ。まさかあれほどの数で襲ってくるとは、思いもしなかっただの」
床にお尻をつけて、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)がため息をつく。
「しかし、この遺跡、蔦や枝などで視界が利かないことはあっても、造り自体は案外単純じゃのう。何かこう、面白い仕掛けとかないのじゃろうか。例えば怪しげなスイッチがあるとか――」
セシリアがそこまで呟いて、自分がいかに幼稚な思考をしていると思ったのか、慌てて口を塞ぐ。
(いかんいかん、いくら気になるからとはいえ、不用意に言っていいものでもないのう。誰かに聞かれていなければよいのじゃが――)
いっそ不自然なほどに辺りをきょろきょろと窺うセシリアの視界に、早々に一行から逃げ出したコボルドたちの姿が映る。
(おお、ようやく戻ってきおったか。逃げ出したのは腹立たしいが、自らの身を護るためとあらば止むを得まい。こうして無事に戻ってきたことじゃし、また道案内させればよいの)
大体がセシリアのような思いなのか、一応は歓迎されるコボルドたち。
「大丈夫でしたか〜? どこか痛いところはありませんか〜?」
「もう、一目散に逃げ出しちゃうなんて、情けないぞ! ……でも、うん、戻ってきてくれて嬉しいよ
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に言葉をかけられ、コボルドが申し訳なさそうな表情と共にスケッチブックを色染めていく。
「「もう大丈夫だと思う。この分岐を抜ければ直ぐだ。準備ができたら行こう」だそうです〜」
「そっか。……そういえば、サティナと戦った人たちとか、カイン先生と一緒に行った人たちとか、大丈夫かな? 僕、ちょっと連絡取ってみるね!」
「ええ、お願いね〜」
微笑むメイベルに頷いて、セシリアが携帯で各方面に連絡を取る。その間に一行は怪我人の応急治療を行い、遺跡の奥へ向かう準備を整えていく。
(もしかしたら、私たちより先にどちらかの部隊が奥へ辿り着いているかもしれませんね〜。一番先に謎が解けると思っていましたのに、少々残念ですわ〜)
そんなことを思っていたメイベルの元に、携帯を仕舞ったセシリアが戻ってくる。
「どうでしたか〜?」
「えっとね、サティナと戦っていた人たちとは連絡がついたよ。何か、サティナがみんなの案内をしてくれるんだって。詳しい話は聞いた人にも分からなかったんだけど、とにかく大丈夫だからって話。カイン先生とは連絡がつかなかったんだ。何があったのかな?」
「あらあら〜、そうでしたの〜」
セシリアの報告を受けたメイベルが考えるように首を傾げる。とにかく、遺跡の奥へ向かってみないことには真相は掴めないだろうという結論は、そのまま班の総意となって受け入れられた。
「さあ、では、向かいましょうか――」
メイベルが言った途端、奥の道からかなり強い風が吹き荒れ、一行を襲う。風は一瞬で止んだが、コボルドの1匹がその風に何か思い当たる節があるように、スケッチブックを手にする。
「「思い出した。俺たちはあの風に惑わされた」……なんですって? ではコボルドたちを狂わせていたのは、まさか――」
徐々に明らかになっていく真実に、冒険者たちは不安に駆られながらも、先へ進む決意を固め、一歩を踏み出す――。