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第九章  真相
ゴーレム軍団を殲滅した【アーリア護衛班・残留】は奥へと続く扉の前に立った。
「この先に黒幕がいるのか」
 ベアがドアを見上げ生唾を呑む。
 独りでに扉を開く。
「これは……」
 中に入った一同はその光景に言葉を失った。部屋は中央に複雑に管が繋がっている石造りの棺のようなものがあるだけだった。しかし宙には巨大な魔法陣が浮いており、複雑な文字が目まぐるしく動いていた。その周りに小さな魔法陣が不規則に現れ、そして消えていく。まるで万華鏡の中にでも入ったかのようだった。
 そのとき。
 ぐらあああああああああああああああっ!
 突如、ドラゴンが現れ、大口を開けて呑み込もうとしてくる。
「きゃあ」
「たぶん大丈夫です」
 真人がセルファを庇うように前へと出る。彼にドラゴンの牙が襲い掛かるが、彼に触れることなくすり抜けた。
「ね、言ったとおりでしょ。これは魔法で作り出した幻影です。こんな大事な部屋にドラゴンなんて放しておくわけありませんからね」
『お前たち……何を知っている?』
 ドラゴンの幻影が唸るように喋った。
「それは肉体と精神をかい離させているといった仕組みでしょうか? そして真ん中のあれには凍結魔法で身体を眠らせているあなたが入っている」
『……』
 ドラゴンは何も答えない。しかしそれは肯定しているようなものだった。
「別働グループがここの実験施設を見つけましてね。先ほど【通信班】からの連絡で全てわかっているんです。この遺跡がシャンバラ古王国時代に秘密裏に研究されていた『人の魔法エネルギーへの転換』を目的とした施設だったこともね」
『……』
「『ヴォル魔法体』……人を魔法エネルギーへ換えるもの。それをここで造り周辺土壌へ浸透させる。この土地で育った作物は『ヴォル魔法体』を内包していて、それを摂取した人は体内に『ヴォル魔法体』が蓄積されていく。そしてその巨大な魔法陣で『ヴォル魔法体』を操り、人を魔法エネルギーへと換えていっていたんだ。換えられていく人はどんどんと透けていきやがて消えてしまう。クリスティアの怪異事件の真相はこういうことですね」
『……それでお前たちはどうするというんだ?』
「魔法陣を壊すに決まってるでござる」
 薫がさらりと言った。
『馬鹿なことを言うな。人ひとりだけでこの施設を一年間も活動させられるほどの魔法エネルギーを作り出せるのだぞ。偉大な魔法技術なのだぞ。私がどれだけの間この施設を管理し、これを守ってきたと思っているのだ』
「一人もです!」
 アーリアが叫ぶ。
「こんな……こんなもののために今までどれだけの人が消えていったかわかりますか!? それでどれだけの人が悲しんだか考えたことはあるんですか!?」
『ふん……下らんな』
 ドラゴンが冷ややかにアーリアを見下した。
「話にならねぇ」
 英虎が凍結魔法の掛けられている棺へと向かう。
『貴様! 何をするつもりだ!』
「あんたを叩き起こすんだよ」
『止めろ! 止めるんだ! 今起こされたら現在の技術じゃ二度と戻れん!』
 ドラゴンが英虎を止めようと爪を振るい噛み付こうするが、幻影なので空振りに終わる。
「それがどうしたよ」
『私が……技術がついえてしまう! そんなことはあってはならん!』
「知ったこっちゃないね」
 英虎が棺へと歩を進める。
 しかしそのとき。
『待て! このガキがどうなってもいいのか!?』
 アーリアの右腕がすごい勢いで消え始めた。ドラゴンが『ヴォル魔法体』を操作し、アーリアの転換を早めたのだ。
「アーリア!」
「私にかまわずお願いします!」
 彼女が苦痛に顔を歪めながら絞り出すように言う。
「私は消えても……いいっ。だから村を……もうこんなこと起こらないように……っ」
『やめろおおおおおおおおおおおおおお』
 英虎が棺を開いた。中から冷気が漏れる。
「これは……」
中身はなんと何も入っていなかった。空っぽだったのだ。
 誰もが驚きのあまり息を呑む。しかし一番驚いているのはドラゴンの幻影、つまり本人であった。
『そんな……私は……ない?』
 ドラゴンの虚像が歪む。それと同時に遺跡に大きく揺れた。
「なるほど。おそらくこの遺跡を管理、警備を統括する魔法が、長い年月を経て擬似人格を持ってしまったのでしょう」
『思い出せなイ……なニも……自分の顔モ……家族モ……』
 揺れがどんどんと大きくなっていく。そして天井が崩れ始めた。
「どうなってるんだ!?」
「この遺跡は魔法で管理されてきていた。それが解けてしまえば荒廃の激しい建物です」
「それってつまり?」
「逃げなきゃぺちゃんこってことです」
 一同がきびすを返して走り出した。
 誰もいなくなった部屋でドラゴンが独り立ち尽くしていた。どんどんとその姿がぶれている。
『ワタシハ……ダレナノ?』
 ドラゴンの幻影がぶつりと消える。そして魔法が解けてしまった遺跡が崩壊していく。


 試しの場へと続く扉の前、【先行班・地上】と【先行班・地下】が合流していた。そこに【アーリア護衛班・離脱】が現れる。一同は疲労困ぱい、満身創いといった面持ちだ。彼らの話によると汚名返上しようと張り切るメイベルがことごとく空回り、罠を発動させ、言葉じゃ語れないくらいのひどい目にあったらしい。
 メイベルは動くとろくでもないことしか起こらないので、途中からはす巻きにして運ばれていた。ちなみに連帯責任でセリシアも何故かす巻きにされている。
 そのとき、地面が大きく揺れた。そして【アーリア護衛班・残留】がこちらに向かって走ってくる。
「崩れる!」
 ベアが叫ぶ。
「え?」
「ヴォル遺跡が崩れる! 早く逃げろ!」
 一同がメイベルたちに目をやる。今回ばかりは自分たちのせいじゃないと、アリシアは顔を横に振り必死に否定する。メイベルはというと隣でのん気に眠っていた。
「もう食べれません〜」
(こいつ!)
 みんなの心が一つになった。
「何やってるんだよ!」
【アーリア護衛班・残留】が一同の前を走り抜けていく。
 一同はこのままメイベルを置いていきたい衝動を抑えつつ、その後を追った。

 一行がヴォル遺跡を脱出する。それと同時に遺跡は崩れ落ち、瓦礫の山と化した。
 一行が遺跡に進入したのが昼。今は夜を越え、辺りがほのかに白みはじめていた。
「間一髪だったね」
 朱華がへたれこむ。
 アーリアが倒壊した遺跡へと振り返る。
「……」
 アーリアが右腕を目の前にかざす。魔法が解けたことにより、先ほど消えかけていた腕がどんどんと存在感を取り戻していく。
 そのとき、夜が明けて太陽が昇り始める。アーリアが手に巻いた包帯をほどいた。左腕も完全にもとに戻っている。一陣の風が吹き、包帯をさらっていく。
 アーリアが朝日に向かって手をかざした。
「温かい……っ」
 そして崩れ落ちるようにして泣いた。