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怪談夜話(第1回/全2回)

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怪談夜話(第1回/全2回)

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第一章 嵐の前の静けさ

「……あのね、竜花ちゃん、今回のことちょっと考えてみたんだけど……」
 講堂に向かう最中、宮本 月里(みやもと・つきり)は並んで歩いている各務 竜花(かがみ・りゅうか)に話しかけた。
「今、練習に出ているのって、ピアスさん本人なのかな……?」
「どういうこと?」
「用具室で泣いているっていう女の子がピアスさんの魂みたいなもので、ピアスさんの身体には別の幽霊が憑依してるんじゃないのかな?」
「ピアスさんは、幽霊に乗っ取られてるってこと……?」
「よくは分からないけど、一つの案として」
「……そうだね。……やっぱり気になるよね、ピアスさん。見張ってみるのがいいかも」
 こくりと、月里は頷く。
「時間が無いから、稽古はすぐ始まっちゃうみたいだね」
「うん……練習が始まる前に、ピアスさんや練習に参加してる人に話を聞いてみたかったんだけど……」
 竜花は残念そうに唸る。
「こうなったら仕方ないね。【月花探偵団】、始動だよ!」
 月里の明るい声に、竜花も笑顔で答えた。
「目指せ、探偵!!」

──高らかに笑い声をあげる二人を、物陰からじっと見つめている人物がいた。
「……楽しそうでございますわねぇ……」
 チッと、舌打ちをする。
「でもあの少女達は違う……。桜ちゃんの目的は、可愛い子ぶっている百合園生を怖がらせること……」
 ぞっとするような低い声で、小牧 桜(こまき・さくら)が囁いた。
「桜ちゃんは百合園のメス共が大嫌いです……憎いです。あの澄ました上品ぶった顔が恐怖で歪む様を近くで見てみたいです」
 独り言のように呟く桜に、パートナーのアルト・アクソニア(あると・あくそにあ)は苦笑する。
「いくら百合園を退学になったからって、それは逆恨みって言うんですのよ?」
「あらあら、集まってきましたわ……どの子がいいでしょうか……?」
「…………」
 話を全く聞いていない。
 講堂の死角部分に隠れて待機している桜は、獲物を物色するハンターの眼になっていた。
 問題の噂を聞きつけた連中が、夜話会の稽古に続々とやって来る。
「怖がらせてやります……」
 舌なめずりをする桜。
 アルトが小さく溜息をついている横で。
 ゆる族で着ぐるみ姿の小牧 桜(こまき・さくら)が、不自然な方向に曲がった首を更に曲げて、同じ言葉を呟いた。
「コワガラセテヤリマス……」
 小牧 桜を真似た、目はボタンで口が縫い付けられた、醜い人形。
 手足もいびつに歪んでいる。
 桜と同じ言葉を囁き続ける桜を見ながら、アルトは、これから起こるかもしれない惨劇に、ほんの少しだけ期待しているのだった。

 天津 輝月(あまつ・きづき)は周囲に視線を巡らせた。
 講堂に向かう生徒達の神妙な面持ちが、ただ事ではない何かを輝月に感じさせる。
「これは本当に怪奇現象が起こりそうですね……」
 幽霊の知り合いが出来れば面白そうだ、幽霊とオトモダチになってみたい!
 そう思って輝月はここにやって来た。
(人を殺すような内容でなければ協力したい。むしろ怖がらすだけなら喜々として協力するんですが……)
 怪奇現象が幽霊の仕業だとしたら、悪霊かそれに近いものに違いない。
 下手に近づけば、こちらが危険に曝される。その点は重々承知しているつもりだった。
 それでも──
 輝月は、男に間違われる恐れを考え、さらしは巻かずに参戦することにした。
 胸があれば流石に誤解は無いかと……
「幽霊と会ったら、まずは何を話しましょうかねぇ」
 ふいに。
 顔を上げた視線の先に、特殊講堂を眺めている桐生 円(きりゅう・まどか)とパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の姿が写った。
 何故か二人ともギターを担いでいる。
「今日はここで、怪奇現象があるみたいなのだよ」
「彼女らがそれを探っている間にオリヴィア達は……ふふふふ…」
「マスター、笑ったら駄目なのだよ。ふふふふ、ふふふ」
「ふふっふふふふふ、ふふ」
 堪えきれないのか、二人は今にも爆発しそうな笑みをこぼしていた。
「あの……」

「っ!?」

 輝月が声をかけた瞬間、円とオリヴィアの身体が飛び跳ねた。
 まるでお化けでも見るかのように、時間をかけてゆっくりと振り返る。
「な、なななな……なに?」
「ああ、いえ。楽しそうですね。これから中に入られるんですよね。良かったら途中までご一緒させてもらっても良いですか?」
「え、あ、えぇ??」
「特殊講堂って初めてで、勝手が全然分からなくて。百合園の方……ですよね? 良かった〜これで安心です」
「……はぁ」
 円とオリヴィアは、訳も分からず頷いた。
 実はこれから学校に戻って、音楽室で騒ごうと思っていたのだ。
 特殊講堂に入る気は全く無かった。
「じゃ、じゃあ案内するねぇ」
「ボク達について来れば問題ないのだよ〜」
 肯定の言葉が、思わず口をついて出る。
 何だかおかしな方向へ進んでいく円達だった。

 日奈森 優菜(ひなもり・ゆうな)とパートナーの柊 カナン(ひいらぎ・かなん)が、ゆっくりした足取りで講堂に向かっていた。
「ふふ、やっぱり夏から初秋といえば怪談話よね、兄さん? 外国などは知りませんが、日本人といえばお馴染みです」
「え、あ? う、うん。そうだね! この時期といえば怪談! そして女性がいるならこの僕、だね!! 怪談! 女性!!」
「……何、必死になってるんですか?」
「え? 必死? 必死って何!? そんなわけないじゃないか!」
「…………」
 カナンは優菜の視線から逃れるように、空を仰いだ。
(女性がお困りとあれば飛んで行きたいんだけど……か、怪談話は……ちょっとな……。ホラー苦手だし……)
 素直にそう言えば楽になるのかもしれないが、カナンは言葉にすることが出来なかった。
 優菜の前ではカッコいい僕でいたい。
「ピアスさんから情報を聞きだして謎を解明出来ればと思ったのですが、時間が無いとのことで、すぐに稽古が始まってしまうのが残念です」
「そ、そうだな……」
(……何だか兄さんがおかしい気もするけど……まぁ、おかしいのはいつもよね)
 優菜は小さく笑った。
「何にしても会が中止じゃ意味ありませんものね。今日は何事も無く終わってくれれば良いのですが……とりあえず稽古が終わってからでもピアスさんにお話を聞きに行きたいです」

(女性に話を聞くのなら……普通に平気かも)

 カナンは優菜の話を聞きながら、ぼんやり思った。
「暴れた時の事を掘り返すつもりはありません。ただ、特殊講堂で変な物に触れたとか、不思議な物を見たとか……最近誰かに見られてる気がするとか……って聞いてます?」
「き、聞いてる聞いてる! じゃあ美しいお嬢さんの元へ急ごう〜」
「……もう!」
 優菜は頬を膨らませながら、駆け出したカナンを追いかけた。

「──こ、怖くないよ。怖いわけないだろ! たんなる噂に決まってるんだから」
 ムキになりながら、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)に、パートナーのクロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)が食って掛かる。
「じゃあ噂じゃなかったら怖いのか?」
 ヴェッセルは、にやにやしながら尋ねた。
「ぜ、全然違う! 自分は、自分は、心霊現象なんて平気なのだ!」
「へぇ〜。じゃあ今回はクロシェットに全部任せるからな」

「えっ!?」

「……なんだその顔? 目玉が飛び出しそうだぞ?」
 クロシェットの目が激しく動く。
 次の言葉を必死に探しているようだ。
「や、やだよ! 全部任せられても困るのだ!」
「俺は怖い話とかそういうの、あんまり好きじゃないからさ。頼むよ」
 本当は大好きだけど。
「だから、よろしくなっ!」
 ぽんっと肩を叩いてヴェッセルは歩き出した。
 固まってしまったクロシェットは、そのうち正気に戻るだろう。
 さてと。
 クロシェットが怖がっている様を堪能させてもらおうか。
 そのためにここに来たんだから、目は離さないぞ。
 ヴェッセルは口元に笑みを浮かべながら、講堂へと向かった。

「──制服はいやや! 何でボクが着るんや、黎が着ればええやろ!!」
「購買の既製服は私のサイズは無かった。フィルラのはあったが」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)は平然とした顔で、パートナーのフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)に言った。
 ジェダイス杯レースで色々お世話になった百合園生に礼をする為に来校中、今回の夜話会のことを知り、可弱い女性を守るのは騎士の役目、何かお手伝いできる事があればと参加することにした。
「流石に女装しなければ無理な場所だってきっとある」

「……ぜぇぇぇったいぜぇぇぇったいぜぇぇぇったいに着ぃへん!!!」

 フィルラの必死の抵抗により、アリスロリータ服で手を打つことになった。
 制服とアリスロリータ服──傍から見たらどちらがマシなのかは、着る本人にしか判断出来ない。
「何でこないな格好せないけへんのや」
 ブツブツ文句を言っている横で、これまたパートナーのエディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)が笑顔で答えた。
「すっごく似合ってるよ!」
「……」
 同じ女装姿で、職業にしたがって「上質なメイド服」を着込んだエディラントは、この事件を解決させようと、めちゃめちゃ燃えていた。
「れいちゃんとフィルラ兄ちゃんのお手伝いをして、オレも皆の役に立ちたい!」
「エディラ……!」
 黎は口元に手を当てて、涙をこらえた。
「なんて良い子なんだ」
「でかい図体して、なに生意気なこと言うとんのや。ふざけんな!」
 黎とフィルラは、エディラントの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。
 同じ行動を取った二人だったが、エディラントに向けられる思いは、正反対、だった。

「これだけの騒ぎになっているのなら、中止にしても……」
 空井 雫(うつろい・しずく)は何度目かの溜息をついた。
「あの……帰って、良いですか?」
「駄目に決まってるでしょー」
 パートナーのアルル・アイオン(あるる・あいおん)が、何をとぼけた事をとでも言いたそうな顔をして、全否定する。
「そ、そうですか……」
 終わったら速攻で帰ってやる。
 一分一秒でも、こんな所に長居するつもりはありません!
 雫は講堂を眺めながら周囲に逃げ道は無いかと、辺りに視線を張り巡らせた。
「……夜はこれから、だよ?」

「っ!?」

 まるで雫の考えていることが分かったかのように、アルルは意味深な笑みを浮かべる。
「その手の番組だと、撮影の最中に何かが画面に映り込むってのはよく聞くよね」
「……え? 何、言って……」
「幽霊なんて見た事無いから、これを機会に会えたら意思疎通して友達になりたいなー」
 違う。
 アルルは本当に心から楽しみたいだけらしい。
……付き合うしかないのか。
(何も起こりませんように……)
 雫はもう一度、溜息をついた。

「早く早く! 遅いですよー!!」
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)はその場で駆け足を続けながら、中々追いついてこないパートナーのセラ・スアレス(せら・すあれす)を呼んだ。
「待ってよ、フィル〜!」
 なぜかテンションのあがっているフィルに引きずられるように『怪談夜話会』の練習を見に行くことになったセラ。
 噂では怪奇現象が起こっているという、あの──
 怖い話やそれ系が大好きなフィルは、もういてもたってもいられなかった。
「セラ、早く来ないと置いていきますよー!」
 フィルは幽霊を信じている。
 実際、それっぽいものはなんとなく見たことがあり、金縛りにもよくあった。
(今回ははっきりと見てみたいな)
 期待で胸が膨らむ。
「早く〜!」
「まったく、フィルってば」
 セラは悪態をつきながらも、フィルの後を必死に追いかける。
 幽霊なんてこれっぽっちも信じていないがアンデットがいるかもしれない。
 フィルを危険な目に合わせることだけは避けたい。
 セラは、フィルを守ることしか頭に無かった。

「いわゆるマジカルミステリーツアーじゃな」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はパートナーのサン・ジェルマン(さん・じぇるまん)に言った。
「面白そうじゃから、ちょっと覗きにきてみたわけじゃが……さてどんなことが起こるかのう」
 ファタが楽しそうに笑う。
 面白そうなことがあると、すぐに飛び出していってしまう困ったマスター。
(……ふふっ、その御姿を見ているとなんだかワタクシも楽しくなってきます)
 特に興味はありませんが、お目付け役としてついて行くことに致しましょう。
「ぶっちゃけ魔術師がオカルトとか怖がってたら話にならんでのぅ……折角来たんじゃし、面白そうな現象が起きていたらちょっと遊んでみるかねぇ」
 まるで子供のような目をして、ファタは言う。
「マスター、ほどほどになさって下さいよ」
 その言葉に、ファタは目を丸くする。
「ほどほど? そんなんじゃ楽しめないじゃろう? わしは思いっきり弾ける!」
「弾けるって……」
 サンは苦笑しながらも、楽しそうにはしゃぐファタの姿に微笑ましいものを覚えた。

(『怪談夜話会』を盛り上げてやれば、狩らなくてもお嬢様達が集まってきてモテモテだァー!)
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は笑いを堪えるのに必死だった。
(前もって怪談的現象を起こしてやれば、怪談話のネタに困るお嬢様が出る事も無く彼女達は安泰じゃねえか! ……そして感謝されてモテモテチヤホヤ確定! 俺って、てんさい! ヒャッハァ〜!!)
 目先の思いだけに目がくらんで、それがどうやって自分の功績だと知ってもらうかを、鮪はまるで考えていない。
 困ったものだ。
「準備はいいか! ニニ!!」
「はい!」
 パートナーのニニ・トゥーン(にに・とぅーん)が大きく頷く。
「題して、パラ実の呪いを受けた恐怖モヒカンお嬢様! 百合園の制服とモヒカンがミスマッチ!」
「暗い廊下で蠢くモヒカン!」
「ヒャッハァー!! 皆、驚くぞ〜! 盛り上がること間違いなしだ!」
 お嬢様達の、驚き泣き叫ぶ姿が目に浮かぶ。
 楽しくなりそうだ!

「……なんだかあの人達、騒ぎを起こしそうなんだけど……」
 前を歩く賑やかな二人組みを見ながら、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)に話しかける。
 まだ変装は完成されていないのだろう。
 かつらがずれてモヒカン頭が見え隠れしている。
「あんなに大きな声で喋っていては、丸聞こえだな」
 ジュレ自身、怪奇現象など信じていなかった。
 観客を呼ぶための全てピアス達の自演ではないかと疑っていたのだが……そうではなく、たんなる噂なのかもしれない。
「ああいう人達が何かやらかすだけなんじゃないのか?」

「え? もしかして、噂が嘘だったりする? そんなの嫌だよ! 怪奇現象楽しみにしてるんだから」

 ヴァイシャリーで謎の怪奇現象が起こっているという女子高生ネットワークの噂話を聞きつけ、カレンは嬉々としてこの特殊講堂にやって来た。
 幽霊やラップ現象、空飛ぶ座布団。そんな面白現象は、絶対に見てみたいと思っていた。
 それが嘘なんて酷すぎる……
 落胆の色を隠せないカレンに、ジュレは小さく溜息をついた。
 そして、自分の隣を通り過ぎていこうとする人に声をかける。
「──ちょっと! …すまんな。あの特殊講堂なんだが、建った場所は元々何かいわくのある所ではなかったか?」
「そんな話は聞いたことがないのぉ……」
 通りすがりの老人に声をかけて尋ねる。
「そうか、ありがとう」
「……ジュレ」
「まだ嘘と決まったわけじゃないだろう?」
「うん!」
 我が無駄足だろうと考えていることは、カレンには言わない。
 嘘にしろヤラセにしろ、楽しんでくれれば、それでいい。

「……怪談話……聞ける…って、言われて…来た……のに、この、まま……中止なん、て…悔し…い」
 春告 晶(はるつげ・あきら)は、分厚い『怪談話百選』を胸に抱き、思いつめた表情で呟く。
「…早く…解決、して……夜話会…開いて…もらう…」
「そういえば夏休みから怪談話の本を一生懸命読んでたっけ。見た目に反してこういうの強いんだよね」
 パートナーの永倉 七海(ながくら・ななみ)が微笑んで言った。
 滅多にお目にかかれない晶の積極的な姿が、なんだか嬉しかった。
「怪奇現象ねぇ〜、泣いてる女の子が何かに未練でもあるのかなぁ?」
(残した想いが強すぎてこんな事になっているのなら、話して楽になっちゃった方がいいと思うんだけど──)
 七海の問いに、晶は首をかしげる。
「用具室…から…声…? 誰も、いない……なら…声…しない…と、思う…。生き物……でも…アストラル体(幽体)…でも、魔物…でも……録音機……でも…何かある…はず…」
 超読書家としての知識を総動員して、晶は自分の中で答えを求める。
「部屋…入った、ら……魔方陣…とか…ルーン、とか…怪しい物…ない…か、探して…みる…黒魔術…じゃ、ない…よね? 誰、か…いたら…話…聞く…よ」
「そうだねアキ」
 七海はにっこり笑って、大きく息を吸い込んだ。

「──ったくよぉ、何度も言うが幽霊の正体見たり枯れ尾花って言葉があるし、案外勘違いとかその辺だろ?」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)はパートナーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)に襟を捕まれた状態で、不機嫌そうな声を出す。
「面倒くせぇよ」
 静麻の訴えに、レイナは全く耳を貸さなかった。
「私が……私が皆さんを守らなければっ! ……ですが、幽霊相手に一体何が出来るんでしょう?」
「なぁなぁ、もういい加減、離してほしいんだけど」

「っと、そんな弱気ではいけません! 出来る事を精一杯やって、皆さんをお守りします!」

 正義感溢れるパートナーを持つと苦労する……
 静麻は、使命に燃えているレイナを横目で見て、こっそり溜息をついた。
(まぁ、事が起きるまでは『怪談夜話会』をじっくりと御拝聴させてもらうおうか。あれ? そういや……)
 ふいに静麻は考え込んだ。
(百物語って怪談方式は最後には本当の妖怪呼び出すって聞いた事あるな、まさかそれに引っかかったのか?)
「しっかり歩いて下さい、静麻」
……まさかな。
 冗談じゃない。
 自分の考えをすぐさま否定して、静麻は前を見据えた。
 いよいよ始まる、ラスト稽古が──

 授業が終わってから始まる練習。
 夕日はとっくに隠れて、闇のベールが、辺りをすっかり包み込んでいた。
 部屋の中は、ほんのりとした蝋燭の明かりが顔を照らし出している。
 畳の井草の香り、怪しい雰囲気。
 今始まろうとしている怪談夜話に、皆は息を飲む。
 噂を聞きつけてやってきた面々は各自持ち場につこうとしていた。
 部屋の中に残っている人達は、始まろうとしている稽古に心が浮き立っている。
 怪奇現象が起こるかもしれないという恐怖よりも、怖い話を聞けるという楽しみの方が勝っていた。