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怪談夜話(第1回/全2回)

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怪談夜話(第1回/全2回)

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第二章 喧騒

 夜話会の稽古はつつがなく開始された。
 部屋には、たくさんの人間が様子を見守っている。
 こんなことにならなければ──完成されたものを本番で聞けさえすれば、それで良かったのだ。
 なのに。
 一人目が終わり、二人目が終わり……
 次第に、上級生達の顔に、緊張の色が見え始めた。
 調査に来ている者たちにも、それが伝わってくる。
 気を引き締めなければ。
 舞台用として作られた台座の上の明かりが暗くなる。
 次がいよいよピアスの番だ!

──再び光が差した。

 艶やかな着物を着たピアスが、ゆっくりと、舞台中央に置かれた椅子に腰を下ろした。
 小道具として用意された鞠にもライトが当たる。
 どうやら古い時代の怪談をするらしい。
 手にしている台本を開き……視線を真っ直ぐ前に向ける。
 ゆるやかな音楽と共に、ピアスが語りだした。
 そして──

「!?」

 ピアスが震え始めている。
 小刻みに身体を揺らし、声のトーンがまるで地の底から響いてきているような低さで──

「は、始まるのっ!?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の心臓の鼓動が激しくなる。
 教導団機甲科【機甲戦女】の誇り持ち、守護者として行動しなくては!
 ポケットに忍ばせていたライトに、自然と手が行く。
 騒ぎや現象は沈静化させて、飛来物は叩き落し生徒は守る。
 畳の軋み音、座布団が凹む窪み、布のすれる音。この騒ぎに乗じた、光学迷彩等を使った犯罪の可能性も考える。
「絶対に守る!」
 ルカルカの真剣な眼差しを目の当たりにしながら、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、呆然としていた。
 噂の怪奇現象などは、人が作り出した恐怖心の産物だと思っていた。
 だが、他校の行事なのに懸命に働こうとするルカルカを見て、そんな無粋は言わずに協力してやろうと考えた。
 しかし──
 今、目の前に広がっているこの光景を、どう説明すれば良いんだろう?
 ピアスの身体から吹き上がる禍々しい妖気。
 蝋燭の炎は、まるで踊っているかのように激しく立ち上る。
 そして、今まで座っていた座布団が……いくつもの座布団が……

 宙に浮いている!!!

「うわ、うわあわあああぁぁあ!」
「しかっりして、ダリル!」
「な、何が起こってるんだよ一体!?」
 ダリルは、パニックを起こしかけていた。

 ピシッ! パシッ! と、ラップ音がやかましい程に鳴り響く。
「──わ、私は心霊現象なんか認めません! 怖がらせる為に座布団を糸で釣ってるんです!!」
 お尻の引けた状態で、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が恐る恐る手を前に伸ばした。
 目の前に浮かぶ座布団の真上で、手を水平に斬る。
 何度も。
 何度も何度も何度も何度も。
「糸が…無い……! いやあああああ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 頭を抱えてブルブル震える。

「いやぁ〜、いやぁ〜、来ないで〜、やめてぇ〜、何も見えない! 聞こえない! これはトリックなの! 絶対そうなの〜!!」

 その時。

『ピョーーーーーーー』

 すぐ耳元で笛の音が。

「……い、い、い、いやああああああ!!!」

『ピョーーーーーーーーピョーーーーーーーーピョーーーーーーーー』

 一向に鳴り止まない笛の音に、塞いだ指の隙間から覗き見すると。
 笹原 乃羽(ささはら・のわ)が、持ってきたリコーダーをヴァーナーに向けてしつこく吹いている姿があった。
「なななななな、何してるんですか〜〜〜〜〜!?」

「……雰囲気の演出?」

 飄々とした顔で、乃羽は言った。

「演出なんてしなくても、この状況じゃもう十分です〜〜〜〜〜!」

「そっかな? ううん、まだまだこれからだよっ」
 乃羽は立ち上がると、これでもかと言わんばかりにリコーダーを吹き鳴らす。
 人の悲鳴に、うめき声。ラップ音に、おまけのリコーダー。
 部屋の中は騒然としていた。
「あたしは勝つっ!」
 乃羽は負けじとリコーダーに息を吹き込む。
 何かが、違っている……。

 ピアスを筆頭に、出演者である上級生のお姉様方の目が、虚ろになっていた。
 口から涎を垂らし、ゆっくりと前進してくる。
(名門百合園のお嬢様が涎を流すなんて!)
 このおかしな状況、そんなことを考えている余裕なんてちっとも無いはずなのに、馬鹿なことを考えてしまう。思考がおかしい。
 彼女達は腕だけを前に出し、光の無い目、だらりとした姿、おぼつかない足取りで客席側に迫りつつあった。
 明らかに、何者かによって操られている!
 これは。
 これ、は……

「──おねぇさまっ!!」

 国頭 武尊(くにがみ・たける)が目の前にやって来た髪の長い上級生に、飛びついた。
「お姉さま! お姉さま!」
 ごろごろと一緒になって転がりながら、離れるもんかという風に強く強く女生徒を締め上げる。
「う〜ん、お姉さまぁ、良い匂いです〜〜〜〜」
 危ない。
「お姉さまあぁぁん〜ずっとこのままで、い・た・い……☆」
 かなり危ない。

「武尊さん……なにをやってるのかしら?」

 上から覗き込むパートナーのシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)の顔が、般若になっていた。
「…え? あ、いや、違う、これはその…君の感じている感情は精神的疾患の一種だ! 治し方は知らないが、多分大丈夫だ」
 慌てて飛び起きる。
「……」
「な、なんだその目はっ、冗談に決まっているだろう!」
「…………」
 シーリルの視線から逃れるように、武尊はその場から立ち去った。
(ちくしょう、俺のキャッキャウフフを邪魔しやがって〜……)

「──あ〜あ〜」
 百合園の美しいお姉様方が、髪を振り乱し涎を垂らしながら迫ってくる姿は、不気味以外の何ものでもなかった。
 これが美人でなかったらまだ愛嬌もあったろうに……
 美女は困る。
 高月 芳樹(たかつき・よしき)は後ろに回りこむと一人を取り押さえた。
 暴れる女生徒を必死で抑える。
「ど、どうすればいい? この後どうすればいいんだ〜」
「しっかりして! 手を離したらお終いよ!」
 パートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が叱咤する。
「何か良い案は無いの!?」
 アピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)が大声で叫んだ。
 そんな言葉が飛び交っている中、やって来た比島 真紀(ひしま・まき)が真面目な顔をして言った。
「王子様のキスで目覚めるんじゃないでしょうか」
 一瞬にして芳樹の目が輝いた。

「ええ、えぇええ〜? そぉんなこと〜しちゃって良いの〜〜〜?」

「そんなわけないでしょ!」
「きっと大丈夫であります!!!」
 アメリアの言葉を遮るかのように、真紀は断言した。
「ちょ、ちょっと……そんな勝手なこと言っちゃったら……」
 パートナーのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、真紀を止めようと顔を見る。
「あ……」
 真紀の目に、冗談という文字は存在していなかった。
 こりゃ無理だ……
 もしかして、ショック療法ということで我にかえるかもしれない。
 サイモンは無理やりそう思うことにした……そう思い込みたかっただけなのかもしれないが。
「早くやるんであります!」

「い、いいのかなぁ〜〜〜?」

 口ではそんなことを言っていても。
 だかしかし!
 こんなラッキーチャンス、逃す手は無い!
「じゃ、じゃあ──」
 芳樹は、唇をこれでもかと突き出した顔で、女生徒に迫っていく。
「やめて〜〜〜!」
 アピスが芳樹を突き飛ばして上級生を思い切り引き寄せた。
「大丈夫ですか? 怖かったですね、もう安心ですよ? ──!?」
 再び襲いかかろうとしてきたことに気付いて、アピスは女生徒を逸早く拘束した。

「──……いてて、いていて…って、あ? あ? …ああ、あぁぁああああああああああ!?」
 僕は、僕はなんてことをしようとしていたんだ!
 いくら憑依されているとは言え、行為がバレた時にどんな目に合わせられるか……!
 止めてくれて良かった。
 芳樹は心の底からそう思った。

「あれ? やめちゃったんでありますか?」

「おい真紀、まだ言うか?」
「……あ、あぁ。やっぱりやめたんだ」
「当然よ」
 アメリアが憤慨しながら冷たく言う。
「そうですか。上手くすれば正気になるかと思ったのですが」
「そ、そうだな。アドバイス、ありがとう……」
 芳樹は乾いた笑い声をあげた。

「わー、すごいです、魔法みたいです」
 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は、宙に浮く座布団を見て、拍手をしながらはしゃいでいた。
「もしかしたら妖精さんがいらっしゃるのかもしれませんね?」
 明るい声で、パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)に語りかける。
「そんな呑気なことを言っている場合では……」
 この状態で、そんなことを言えるエルシーは、極めて大物と言えるのだが。
「早くこの部屋から出ないと……、!?」
 目の前に、エルシーの首を絞めようとしている女生徒が現れた!
「危ないっ!!」

……静かになった。

 ルミが目の前にいた上級生に体当たりをしたのだ。
 ゆっくり身体を起こしてみると、どうやら気を失っているらしかった。
「あれぇ? この人、寝ちゃってるね。起きて〜起きてくださ〜い、風邪ひいちゃいますよ〜」
「……」
 返事がない。
 ちょっとやりすぎてしまったようだ。
 ルミはしまったという表情を浮かべたが、エルシーは何処吹く風で。
「すごく眠いんだね。座布団かけてあげようか?」
 相変わらず緊張感の無い笑顔で、宙に浮く座布団に向かって、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「う〜ん、高い〜取れないです〜」
「……わたくしも手伝います」
 こんな状況にも関わらず、エルシーと一緒に、笑いながら空飛ぶ座布団へと手を伸ばした。

 輝月とカレン、そしてジュレールは、一目散にピアスのもとへと向かった。
「大丈夫ですかっ!」
 少し距離を置いて、ピアスに語りかける。
 目はほとんど白目を剥いていた。エクソシストを髣髴とさせる……
「どうすれば」
 迂闊に近づいては獲物になりかねない。
「キミは誰かに恨まれる様な覚えはないか? この講堂にやってきてから、何か変わった事をしてないか?」
 カレンは必死に訴えた。
「その原因が分かれば、キミを戻せるかもしれない!」
 いきなり!
 ピアスが突進してきた。
 叩き付けるようにジュレールがピアスを弾き飛ばす。
「大丈夫か!?」
「──う、うん!」
 床に転んだピアスは、それでも平然と起き上がり、怪しい眼光をこちらに向けた。口が歪む。まるで笑っているみたいだ。

 た、ターゲット?

「逃げた方が良くない…ですか?」
 輝月が半笑いで二人に告げる。
「あ、あはは……そうかも」
「我は逃げたくはない」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ〜〜〜」
 カレンはジュレールの手を引っ張ると、輝月と共にその場から退散した。