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怪談夜話(第1回/全2回)

リアクション公開中!

怪談夜話(第1回/全2回)

リアクション

 あれが憑依された人の姿か……
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は離れた場所からマジマジと観察する。
 パートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は少し離れた場所で、この状況を眺めている。
 百合園女学院の怪奇現象の噂を聞きつけ、イルミンスール魔法学校からやって来た。
 念のために『百合園女学院制服』を着用して忍び込みはしたが、それほど厳しい検問ではなかった。
 もしかして上の人間が、問題解決に当たって配慮をしてくれたのかもしれない。
「あ〜…あ〜……」
 憑依された人は、まるでゾンビがキョンシーのように、両手を差し出した状態でゆっくり前進してくる。
 右に左に、身体を揺らしながら……
 ケイはその動きを真似てみた。
「あ、あ〜あ〜」
(──よしっ、いける!」
 このどさくさに紛れて同じ行動を取れば、まず間違いなく憑依されていると認識してくれるだろう。
「あ〜あ〜」
「あ〜あ〜あ〜」
 とんっと、肩がぶつかった。
「あ、ごめ…」
 咄嗟に謝罪の言葉が出てしまい、慌てて口をつぐむ。
 だが。
 ぶつかった菅野 葉月(すがの・はづき)のパートナー、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)も生気のある目を、ケイに向けていた。

(あんたもかっ!?)

(アタシもだ!!)

 互いに心を読み、こっそり頷きあうと、並んで前進を始めた。
 目の前には心配そうにこちらを見ているカナタと葉月がいる。
 気合を入れて演技に集中し、悟られないように近づいていく。
「あ〜あ〜」
「あ〜あ〜〜」
 目的は一つ!
 日頃のパートナーとのスキンシップ不足を補ってみせる!
 邪な思いを胸に抱きながら、相手に向かって前進した。

「すごいね、ライブハウスみたいなのだ」
「そうだねぇ」
 円とオリヴィアは、目をキラキラさせながら部屋の中の喧騒を見守る。
「なんか……負けたくないのだよ」
「やっちゃいますか?」
「やっちゃう?」
 オリヴィアはギター、円はベースを持ち、悲鳴を歓声代わりに演奏を始めた。
 飛んだり跳ねたり回ったりしながら、楽器をかき鳴らす。そして今度は歌い始めた。
 

楽しみにしていた体力測定(フッフー)

垂直跳びで頑張った!(ジャンプ)

ボクは結構飛べたけど!気付いてしまった幼児体型(ザンネン)

ちびっこたちも結構いたけど、なぜかボクより大きかった!(よく見てるわね)

牛乳を毎日飲んでも、自分で揉んでみても変化なし(かなしいわぁ)

追加装甲つけてもいいけど哀れみの視線で自分がみじめ(哀れねぇ)

お百度参りでお願いしてみた!(ここまで来ると病気よね)

起きたら大きくなってたよ!(嘘っ!?)

もちろんそれは夢だった!その日はベッドの上で泣いた!(…………)


YEAH成長しない、希望がない!だけど希望は持つよ明日に向かって!



 円が歌い、オリヴィアが相槌を打つ。
 ノリノリで二人は歌い続ける。
 この惨状をまるで煽ってでもいるかのように見えたのは、気のせいではないだろう。

 アピスは、半ば呆れ眼でケイとミーナの二人の様子を伺っていた。
 なんて滑稽な……
「あ〜あ〜……!」
 一瞬、二人と目が合った。
 ケイとミーナは狼狽しながら、目をせわしなく泳がせる。
 が、すぐさま立て直し、平静を装った。
「……あ、あ〜あ〜」

 徹底した役者ぶり──恐れ入るわ。

 本当に取り憑かれている女生徒が、二人に近づいていく。
 二人はそれに気付いて、憑依の真似をし続けたまま慌てて少しだけ離れる。
 近づく、離れる、近づく、離れる。
 明らかに憑依されていないのが、ばればれである。
(お目当てはパートナーか。スキンシップでもしたいのかな?)
 アピスは小さく微笑むと、見て見ぬ振りをしてあげることに決めた。
「──なんて良い人なんだ」
「本当ね」
 二人は小声で話し合う。
 さてと、ここからが本番だ。
 目の前のカナタに視線を向ける。あれ? なんか……変な顔してる?
 ケイは不思議に思いながらも近づく。

「……可哀想に。骨は拾ってあげます」

「え??」
 言うが早いか、みぞおちにカナタの拳がめりこんだ。

「ぐふっ!」

 自分の声が頭の中で反響する。
(…右……すと…れぃ…と………?)
 ケイの目の前が暗くなった。
 スローモーション、ゆっくり倒れていく……
 遠くなりかける意識の中で、ケイは心底思った。
 カナタの前で、おかしな行動は……とるものじゃ…な…い……

 ケイの倒れていく姿を見て、ミーナは後ずさりをした。
 葉月の視線は、ミーナにしっかり注がれている。ロックオン。
(や、やばい……)
 葉月が前に出る。ミーナはじりじりと後ろに下がる。
「……」
 頬に、汗が伝い、流れ落ちる。ばれてる!
 ミーナは慌てて逃げ出した。
「あ、こら!」
 葉月は大きく溜息をついた。

「しっかしすごいなぁ……」
 鮪が感心した声をもらした。
 ニニだけを潜入させるために変装までしたというのに、何故か自分もすんなり入れてしまった特殊講堂。
 そして、やろうとしていた『モヒカンお嬢様!』が、霞んでしまいそうなこの状況……
「──い、いいや! 弱気になっては駄目だ!」
 鮪は自分を奮い立たせた。
「ニニ! モヒカンだっ!!」
「うんっ!」
 モヒカン頭全開にして、その場に立つニニ。
「…………あれ?」
 騒ぎまくる周囲は、ニニの存在を誰も意識しない。
 注視しない。

「ニニ、走れ! 走って来るんだ!!」

 鮪の命令に従順に従い、座敷部屋をぐるりと一周。更にもう一周。
 憑依されている女生徒すら、相手にしてくれない……

「……ただいま」

「おかえり……」

「……」

「座ろうか」

 二人は壁に背中をつけて、喧騒をぼんやり眺めた。