First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last
リアクション
第三章 深夜に向かって駈けろ
「なんだぁ? 怪盗の次は空き巣か?」
空京の市街地からは大分離れた街外れ。
古い家並――大小の規模は様々だが、一様にうち捨てられて人の気配がないという点では共通している――の並ぶ通りに立ち、藤原 和人(ふじわら・かずと)はこぢんまりとした後ろ姿に声をかけた。
「やめとけよ。この辺の家はもうほとんど誰も住んでないらしいから、めぼしいものなんてないぜ……」
声に反応して、後ろ姿が振り返った。
「ってかまだ子供じゃねぇか、危ねぇな、こんなところで」
しかしその姿は、月明かりの下、ニヤリと、子供には似つかわしくない笑い方で笑う。さらに続いた言葉が和人の予想を裏切った。
「心配せんでも、別におぬしの仕事の邪魔はせぬよ」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はそれだけ言うと再び和人に背中を向けた。
家の様子を眺め、月を見上げ、「ここではないか」などと呟いている。
「ま、待てよ、俺の仕事って何だよ?」
「む? 大方『彼女と猫の四季』四枚目でも盗みに来たのではないのか? 恰好だけ見ればおぬし、十分盗賊風じゃが」
「ば、ばか言うなっ! 俺はカンバス・ウォーカーに会って話を聞いてみようとだな……大変だったんだぞ、慣れない絵を描いてガードマンから情報聞き出して……おまけにどうもカンバス・ウォーカー追い越しちまったみたいだし」
「ふむ。どうも静かだと思ったらやっぱり奴はまだ市街地か。まぁ焦ることはない。それならさっさと目的地を突き止めて待ち伏せるまでじゃ。む、おぬし良い物を持っておるではないか」
ファタは和人の腰のあたりにぶら下げた懐中電灯に目をとめた。
「ん? これか? 沢山あるから……ほらよ」
和人がファタに懐中電灯を放る。
「でもあんまりペカペカ目立ったらカンバス・ウォーカー、現れないんじゃないか?」
「物事は迅速に、じゃ。さっさと目的の家を見つけて後は静かにしておればいい。それからおぬし」
「ん?」
「手を貸さんか? 動機は違うが目的は同じようじゃからな」
和人は一瞬だけ考え込んで、すぐに頷いた。
「月の光がよく当たる建物じゃ。絵を四方に配置して月の光が真上に来るように。猫が一体誰に会いたいのか……まぁいずれにしろ、見ものじゃな」
ファタはあくまでペースを崩さない。
和人は、市街の方に目をやった。
「見もの……と言えば、今頃市街は大騒ぎ、か?」
空京市街。
大通りから脇へ、そして入り組んだ路地へ。
しなやかな動きでカンバス・ウォーカーは駈け続ける。
「見つけたわ! 私、怒っているんですからね。覚悟しなさい? 行くわよ……燃え盛れ!【ブレイズオブサンシャイン】!」
アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)の武器から放たれた爆炎波の炎が夜空を焦がす。
カンバス・ウォーカーは抱えた絵をいち早くかばいながら、その攻撃を避けた。
「すばしっこいわねっ! クルードっ!」
「……静かに付いて来い……と言わなかったか? 見ろ……あっさり……気取られてしまった……」
アメリアに答えたのはクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)。
声と表情に、明らかな不機嫌の色を滲ませている。
「機嫌悪そうね」
「空京に……来たときから……ずっとな」
「へーえ」
アメリアはジト目で一度クルードを眺めた。
「ま、今は置いておいてあげる。とにかく、気付かれてしまったものはしかたないわ、さっさと仕留めて」
「それには……まったく同意……だな……【驟雨狼雷斬】!」
バーストダッシュにより空舞い上がったクルードが急降下と共に抜刀。
轟雷閃による雷撃が宙を薙ぐ。
「ああ! ちょこまかとっ!」
一瞬早く他の路地に飛び込んだカンバス・ウォーカーに、攻撃は逸れた。
「大丈夫だ……距離は……詰まってきているし……あの荷物だ」
クルードとアメリアが角を曲がった先には、連続の進路変更に足をもつれさせ、つんのめった直後のカンバス・ウォーカーの姿があった。
「クルードっ!」
アメリアの声に刀を構えるクルード。
が――
タタタっ!
その踏み込みを銃弾が止めた。
「事情を聞かずに追いかけ回すのは感心しねぇな」
硝煙の立ち上る機関銃の後ろから現れた巨漢はラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)。すぐに逃げ出そうともがくカンバス・ウォーカーに、にぃと笑みを投げる。
「まぁ、慌てるな。別に襲う気はねぇ。聞きてぇことはあるけどな」
「無関係の輩は……退がっていてもらおうか」
ラルクに、クルードが鋭い視線を投げる。
「ああ、そっちもか。いや、いきなり撃ったのはすまねぇ。そうでもしねぇと止まらねぇ感じだったんでな。もちろんあんたとことを構える気もねぇんだ。ただ、事情を聞いてやってくんねぇか。デートに邪魔が入って機嫌が悪いのはわかるが、な?」
片手で拝む仕草をし、今度は人好きのする笑みを浮かべてみせるラルク。
「俺の不機嫌は……その前からだ」
「あん? そりゃどういうこと――」
「あら、私を前にしてよくも言ってくれるわね」
ラルクの声を、アメリアが遮った。
「するとなにかしら? 私と買い物に出かけるのが不満だったのかしら? 嫌で嫌で仕方がなかったということかしらっ?」
「……」
目の前で始まったクルードとアメリアの言葉の応酬に、唖然とするラルク。
「……あーと、どうも俺の思ってたのと、ちょっと違ってるみてぇだな、こりゃ」
あごに手を当てて考え込んだラルク。
その前に、とてとてと二つの人影が現れる。
ばしゃあ。
ばしゃあ。
バケツで水をぶちまける四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)とパートナーのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)。
次の瞬間――
カッ。
路地脇の建物の屋根の上でまばゆい閃光が瞬いた。
カッ。
光精の腕輪が散らすフラッシュの中、金色のタキシードに金色の仮面という人物の姿が、後光を背負ったように現れる。
まさに夜の街に現れた悪趣味な太陽。
「美少女こそ正義! そう、それだけがこの世の崇高なる真実! 美少女達の永遠なる味方、太金示威土仮面参上!!」
よく通る大声で名乗りを上げたのはエル・ウィンド(える・うぃんど)。
その声に、街をゆく誰もが振り返り、そして誰もが唖然となった。
「ふふふ、この太金示威土仮面が来たからには、カンバス・ウォーカーには指一本触れさせないぞっ!」
「……なにを――」
噛みつきそうな顔のクルードを唯乃の声が遮った。
「ウィンドさ――いえ、太金示威土仮面様! ナイスです! こちらインターセプト成功! すぐに逃走にかかるわっ!」
ひょいっひょいっと、二人がかりでカンバス・ウォーカーを担ぎ上げ、一目散に走り出した唯乃とエラノール。
「陽動かっ! っておい、そりゃねぇぞ!」
ラルクが慌てて追いかける構えを見せた。
「エル、お願いっ!」
「了解なのです」
言ってエラノールが火術を展開。先ほど撒いた水が蒸発していく。
さらに続いて氷術を展開。今度はそれが霧に化けた。
ラルク達三人が霧に撒かれる中、唯乃達は速度を上げていく。
「よしよし、首尾は上々。ああ、初めましてカンバス・ウォーカーさん。いやいや、予想通りの美少女っぷりだ。ボクですか? ボクは太金示威土仮面。ご安心ください。いつまでもどこまでも、あなたの味方です」
唯乃達に並び走り出すウィンド。「ちょっと、もういいから、一人で走れるから!」とわめくカンバス・ウォーカーに声をかけている。
「唯乃、唯乃」
ウィンドに聞こえないくらいの小さな声で、エラノールが囁いた。
「ん?」
「こちらの方は誰なのでしょう? 金ぴかでちょっとカッコいいのですが……」
「……ウィンドさ、いや、太金示威土仮面さんよ。えーと、美少女達の永遠なる味方らしいから……、きっとエルの味方もしてくれると思うわよ?」
それから唯乃はウィンドに向き直る。
「それにしても、なんかいたずらに敵を増やしたような気がするんだけど……ほら、さっきのラルクさんなんか協力してくれそうだったし……」
「……」
少しだけ、時間があった。
「あっはっは、いや何、過ぎてしまったことは忘れましょう唯乃さん。ボクらは常に前を向いて歩いていかねば!」
快活に笑い飛ばすウィンド。
それを聞きながら、唯乃が足を止めた。
「そうね、先のことを考えましょうか」
小さな広場だった。
代わりに、三六〇度丸々建物が取り囲んでいる。
今来た道以外はどこにも繋がっていないらしい。
「ふぇぇ、どうしましょう唯乃、後ろから追っ手の皆さん迫ってきている気配なのですっ!」
エラノールの声に、唯乃とウィンドは唇を噛んだ。
そこへ――
「空飛ぶタクシーは必要かね?」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の声が舞い降りた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last