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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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第六章 とうに夜半を過ぎて

「ギャーっ!」

 すっかり深夜と言ってよい時間にさしかかったイルミンスールの校舎に、またひとつ悲鳴が響き渡った。
「ん? あれは、十六番の金だらいトラップか?」
 手元のメモを見ながら、黒霧 悠(くろぎり・ゆう)が呟いた。
「……んと、二十一番のぬるぬるオイルトラップじゃないかなぁ……」
 瑞月 メイ(みずき・めい)がメモをのぞき込んだ。
「今の悲鳴からだと……カンバス・ウォーカー・プチじゃあないよな」
「……ん、誰か……生徒さん、だね」
 メイの声に悠が渋い表情を作った。
「絶好の機会と思って新種の罠を仕掛けまくってみたが……存外味方の被害が多いな。別に今はいいがこれでは実戦に投入できないじゃないか」
 言いながら、手元のメモにコメントを書き込んでいく。

「ギャーっ!」

 再びどこかで悲鳴が上がった。
「む、またか。データが取れるのはいいが、フェイクトラップ足りるかこれ。今度はなんだ、十九番のロープトラップか?」
「……えと、三十八番の火炎放射トラップかな」
「そうか。えーと三十八……待て」
 キッと悠はメイを見据えた。
「俺は二十七番までしか作ってないぞ!? 瑞月、また足したなっ!?」
「……ん? ……んと、二十八番の鉄球破砕トラップと……えと、二十九番トラばさみ連鎖トラップと……」
 指を折って数え出すメイ。
「外してこいっ!」
「……んと、だって、広範囲殲滅型の罠の方が、効率が良いよ?」
 真顔で何だか怖いことを言い出すメイ。
「いいからさっさと外してこいっ! 瑞月のは全然洒落にならんっ!」
 トテトテトテと、メイは残念そうに罠の回収に向かっていく。
 悠はため息をついた。
「あー、諸々罠にかかった奴はごめんなさいっと。まぁ一応成果が出てるんで許してくれってとこだな」
 悠のすぐ側では、トリモチに捉えられてもがく、二体のカンバス・ウォーカー・プチの姿があった。

「では……イルミンスールの平和のために。いざ!」
 食堂。
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はお互い手にしたモップを、カツンと交叉させた。
「お掃除開始ですぅ!」
 ダッ!
 そのままダッシュで床を磨きながら、カンバス・ウォーカー・プチの隠れていそうな箇所にモップを突き入れていく。
「わははは! 食堂に忍び込んで生徒のお財布に打撃を与えようとは言語道断! イルミンスールの食生活と、学生の笑顔は俺が守ります! お茶の間ヒーローの実力、とくと見せつけてくれましょうっ!」
 ぐるぐるぐると勢いよくモップを旋回、ズダンと突き立てる。その脇からアタフタとカンバス・ウォーカー・プチが逃げ出してくるのを、クロセルは蓋付きのちりとりに追い込んだ。
「えーと、えーと、では、私は百合園女学園のお掃除聖女の名にかけて、ですぅ〜」
 ハウスキーパーのスキルを発揮したメイベルは清めるようにして食堂の隅々にモップを届かせていく。わたわたわたと飛び出てきたカンバス・ウォーカー・プチを、クロセルがちりとりの中に押し込んだ。
「やりますね。ヒーローも真っ青です」
「あなたも、すぐにでもメイドになれると思うのですぅ」

「もう少し奥です、マナ様。もう少し」
 棚と壁の間の隙間に小さなドラゴニュートを押し込んでいるのはフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)。ギュウギュウとその右手には遠慮がない。
「ちょ、ちょっと待てキミ、ちょっと力を緩めたまえ。その、私の中身が出ちゃう可能性というのをもう少し真剣に検討してだな……」
 バタバタと、抗議の意味を込めてマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が尻尾を震わせるが、フィリッパの力は緩まない。
「あ、そのあたりですわ。ちょっと……暗いですわね。マナ様、そのおめめは光ったりしませんの?」
「む、無茶苦茶を言うのだなキミは!? 大体なんでこんな手の届かないようなところにトラップなんぞ仕掛けたのだね!? む……見えたぞ、プチが捕まっておるな」
「あら! やりましたわ! 仕掛けた甲斐があったというものですわね!」
 フィリッパのはしゃいだ声が響いた。
「それはいいのだが、この後はどうすればいいのだね?」
「では罠についている赤いボタンを」
 マナは小さなボタンを押し込んだ。
「……押さないでください。逃げられてしまいますので」
「ば、ばか者ー!」
 カチャリと罠が解除されてカンバス・ウォーカー・プチが逃げ出していく。一直線に食堂の出口へ。
「ああ! 逃げちゃいますわ!」
「私をクロセルに投げろ! 早く!」
 スポンと隙間からマナを引っこ抜いたフィリッパが、マナを放る。
「クロセルっ!」
 状況を確認、鋭い声だけで意図を悟ったクロセルがマナをキャッチ。そのまま、出口めがけて勢いよく投げつけた。
「ウィンスレットキーーーック!」
 その小さな足がカンバス・ウォーカー・プチを強襲。
 一瞬の交錯の後、カンバス・ウォーカー・プチはぽてっと崩れ落ちた。
 そこへ、
「メイベルちゃーん、そっち終わったの?」
 厨房にいたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)から声がかかった。
「大体は……」
 メイベルはクロセルに目を向けた。
「そうですね、平和な匂いがしています」
「では終わりですぅ。ちょっと埃っぽいので、後は本物のお掃除ですね。そちらはどうですかぁ?」
「んーと」
 セシリアは厨房を振り返る。
「スープはとりあえずたくさーん出来たから、まさか足りないってことはないと思うよ。後は、今パン焼いてるんだけど、こっちは空京組が帰ってくるまでに焼き上がればいいけどなぁって感じ。あ、それから……この子」
 セシリアが手を振るう。次の瞬間、メイベルの手の中にカンバス・ウォーカー・プチが落っこちてきた。
「なんか料理の匂いにつられて出てきたから捕まえといたよ」
「わかりましたぁ。じゃあ引き続き、お料理よろしくですぅ」
「はーい」
 セシリアが引っ込んだ。
「やぁ、しかし……こいつも汚れていますね」
 メイベルの手の中、クロセルは埃まみれのカンバス・ウォーカー・プチをつついた。
「この子もお洗濯ですね」
 メイベルの視線の先には洗面器。すでに捕まえた四体のカンバス・ウォーカー・プチがぷかぷかと水面を漂っていた。

『今度は音で驚かしてやるんだ!』
 講堂脇の音響室。
 何やらマイクの前に陣取ったカンバス・ウォーカー・プチがスイッチ類をいじくりまわしている。
 フッ。
 その音響室の明かりが落ちた。
「へ? なに? なに?」
 きょろきょろと首を巡らすカンバス・ウォーカー・プチ。
 そこへ――ヌボーっと生気のない白い顔が浮かび上がる。
『ぎゃわわわわわっつ!』
 暗闇をつんざく絶叫と共にカンバス・ウォーカー・プチはひっくり返った。
「ぷちぷちゲット! 悪戯には悪戯返しってね!」
 被っていた白い布をはね除け、現れたのは七瀬 瑠菜(ななせ・るな)
 グッと拳を握ってガッツポーズを作ってみせる。
「まさに……『叫び』。ほんとに成功しちゃった……。でも、瑠菜、結構うまいなぁ……」
 リチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)は瑠菜がはね除けた白布に描かれた瑠菜の絵をしげしげと眺めている。
「ね、リチェル? 街の展覧会より、こっち来た方がいろいろ発見があるでしょ?」
「……そうだけど……私は、普通の展覧会も見たいの」
 リチェルが少し頬を膨らませた。
「ま、そっちは明日になれば見れるよ、きっと」
「もう……ところで瑠菜、何してるの」
「え? なんか、もふもふしてて気持ちいいなぁって……」
 そう言った直後、ハッと、瑠菜に頬ずりされていたカンバス・ウォーカー・プチが目を覚ました。
『はーなーせー、はーなーせー』
 パタパタと暴れるカンバス・ウォーカー・プチ。
「落ち着きなさいって、あたしはね、キミと交渉がしたいの」
『こうしょう?』
「そう、交渉。もしかしたらキミたちが出てきた絵から、彼女のところまで行けちゃったりしないのかな?」
 カンバス・ウォーカー・プチが考え込む雰囲気があった。
『それ、便利だね』
「でしょう?」
『でも、そんな便利な機能はないよう』
 タハハ、とカンバス・ウォーカー・プチが笑う。
「何だか小憎らしいな、キミ」

「君たち、ご苦労様。それが最後の一体だ」
 その時、音響室の外から声がかかった。イルミンスールの教師らしい。

「あれ? なんで知ってるんだろう? リチェル、知らせた?」
 ぶるぶる、とリチェルが首を振るう。
 と、それにすら返答があった。
「いや、だって、マイクのスイッチ入ってるし」
 瑠菜は「あっ」と漏らし、リチェルは顔を真っ赤に染めた。

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「ふぬぬぬー!」
「ふん!」
「はぁ!」

 一動作ごとにそれが結構な魔力や、儀式的要素を必要としているのだということは何となく伝わってくるのだが、どうも優雅と表現するにはほど遠い魔術作法だった。
 イルミンスール教師達の手で、カンバス・ウォーカー・プチ達が次々とカンバスの中に投げ入れられていく。
 ずぶ濡れのもの、埃まみれのもの、口許にお菓子がくっついているもの、なんか焦げているもの、潰れているもの、或いは飛び出てきた時よりも妙にピカピカのもの……生徒達が捕まえてきた計二〇体のカンバス・ウォーカーが、すべて白紙のカンバスに投げ入れられた。

 瞬間。
 ボワンという間の抜けた爆発音。
 当たりがピンクの煙に包まれる。

 煙が引いた後、講堂の真ん中には一枚の絵画が残り、それは集まった一同に不可解な想いを抱かせることとなった。

 それはカンバス・ウォーカー・プチが一列に整列して、こちらに頭を下げているという妙な構図の絵。

 そして、ひと言。

『ごめんなさい』