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大樹の歌姫

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大樹の歌姫
大樹の歌姫 大樹の歌姫

リアクション

【7・理子と大樹】

「……なるほどね」
 しばらく携帯で二枚目のメールを読んでいたジークリンデは、興奮する理子の肩に手を置いて言葉をかけた。
「それで? やりたいことはわかったけど、具体的な方針はあるの?」
「え? そ、それは……その……」
 熱くなっていた理子だったが、その言葉に徐々に言葉をすぼめさせていた。
 そのとき、
「上だ!」
 突如イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の声が遠くから響いた。
 その声が指す頭上からは、大きめの灰色猿モンスターが襲い掛かってきていた。
 その大猿の脳天に、遠距離からの火術がぶつけられ、そして更にバーストダッシュで飛び込んできたアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)の攻撃で腹を叩かれ、大猿は理子達から少し離れた場所に落ちる。
「ふう、危ない危ない」
 そしてそれを確認後、ゆっくりと歩いてくるイーオン。
「あ、ありがと……」
 礼を述べる理子に対し、
「なに。姫に怪我をさせたとあっては、騎士の名折れだ。そうだろう、アル?」
「はい。とはいえ、私はマスターであるイオの支持に従っただけですが」
 ふたりは淡々とした様子で返していた。
「それより、理子。ここからはもっと大樹に歌を聞かせないといけないわ」
「え? で、でもそれじゃ……」
「大丈夫。私を信じて、それに本当は理子も歌いたかったんでしょう?」
「えぇっ!」
 突然のジークリンデからのそんな言葉に大いに慌てはじめる理子。
「へえ、それは俺としても是非聞かせてもらいたいな」
 イオもそれに乗っかり、
「で、でも。あたしはその……騎士役としてここに来たんだし……」
「いいから。淑女が傷を負って前に出ようと言うのを放っておけるほど、卑賤な教育は受けていないからな」
「あなたのパートナーの女性は前線に立ってるんだけど……?」
「マスターの意思は私の意志。マスターが是と言うならば、それは是だ」
 起き上がってきた大猿と対峙しているアルは、その言葉が聞こえていたのかそんな言葉を理子に叫んでいた。
 そんな掛け合いの一方。
 歌が響いてきていた。アカペラで心を込め熱唱されているそれは遠野 歌菜(とおの・かな)の声で。紡ぐのは恋の歌だった。

『大切な人』                    作詞作曲……遠野歌菜

夢で 貴方と会えた
それだけで 今日は晴天
退屈な授業でさえも 
貴方と会えたら… 

貴方と出会えて 『私』が変わった
世界が すべてが 変わりました

これからもきっと 貴方を知る度に
私は変わる
貴方を思う気持ちが溢れて
全てが貴方の色に染まる

これからもずっと 貴方の隣で
笑顔で居たい
青いリボン 白い薔薇 貴方
世界は全て貴方の色の染まる

 大樹からは桜の香りが漂っていく。しかし……それと同時に、大樹はなにやらきしむような音を立て始めていた。幹も少しづつはがれ、散っていく。
「大和さん、信じてます」
 間奏の間にそう呟き、再び心を込めて歌う歌菜は、それには気づいていなかったが、その側でモンスターから守っている譲葉 大和(ゆずりは・やまと)はそれに気がついていた。
(なにやら嫌な予感がしますね。本当にだいじょうぶなのでしょうか)
 灰色狼モンスターに関してはチェインスマイトを駆使して数を減らすことを優先している大和。黒衣の男の手を離れたゆえ、狼の数も減り苦戦はしていなかったがそれでも不安のほうは消えてくれなかった。
 そのとき。
 まるで不安に応じるかのように、大樹の枝がへし折れ、大樹の下のそこかしこへと落下していく。
「! いけない、歌菜さん!」
 大和は叫ぶが、アイドル根性を見せる歌菜は歌に集中し、少々の怪我では歌うことを止めようとはせず、むしろそのことに気づいてすらいないようだった。
 だが、更に太い枝が折れ、それがまさに歌菜の頭上へと落ち――
「くっ!」
 それを、大和は最後まで確認しなかった。
 歌菜の元へと駆け寄り、そして。
 キスをした。
「――!?」
 さすがに目を見開き硬直する歌菜。その隙にお姫様抱っこでその場から連れ去る大和。おかげで枝は地面で砕けるだけに終わった。
「すいません。貴方から歌を奪うにはその、キスしかないと思って……」
 大樹から離れる為に駆ける大和は、そんな謝罪をしていた。
「あ、え、その……」
 諸々のことを理解した歌菜は真っ赤に顔を染め、慌てて顔をそらせるのだった。
「ほんとうに、すみませんでした」
 また謝る大和、それに歌菜は『嫌じゃない』事を伝える為、一生懸命首を振って返すのだった。その旨が大和に伝わったのかどうか、それは当人にしかわからなかった。
 そして。
 大樹が朽ちていくのを間近に見る村雨 焔(むらさめ・ほむら)星野 翔(ほしの・かける)イリス・アルバート(いりす・あるばーと)星野 巡(ほしの・めぐる)の四人。
「大丈夫なのか? これ……」
 そう呟く焔だったが。
「構わないから、みんな。もっと歌を聞かせて!」
 そこへ、近くにいたジークリンデのその叫びが聞こえてきた。
「むしろここで止めると、取り返しがつかなくなるかもしれない! だからはやく!」
 この声に翔は心を決めなおし、
「よし! せっかくここまで来たことだしな。元【Infinity Black】ボーカルの歌、思う存分聞かせてやる! 皆、サポートは頼んだぜ!」
 そう言って、崩れ行く大樹へと向き直った翔。だが、
「はい。でも……私がするのは、曲のサポートです!」
 イリスは抱えていた荷物からギターを取り出し、
「私たちも、おにーちゃんと一緒に演奏するもん!」
 更に巡はベースを構え、翔の傍に並び立っていた。
 そんなふたりの様子に驚く翔。まだ事態が飲み込めていない様子だったが、
「なにボケッとしてるんだ。敵からは俺が守ってやるから、さっさと歌えよ」
 そう言って焔は腰にさした『残月』と『白夜』という名の打刀と脇差を構え、迫るモンスターへと向かっていった。
 そこでやっと皆の意図を汲み取った翔。もう一切の迷いもなく、笑みを浮かべた。
「じゃあ行くぜ! 新生【Infinity Black】、曲目は『剣の姫君』!」
 ギターによる前奏が始まる。イリスの奏でるそれはまだ若干の拙さが感じられる音色ではあったが、それでも一生懸命さが伝わってくるものだった。そして、

 弾けた 煌めきは切なくて
 その刃 わたしには重いの
 せなかむけるあなたへと
 どんなときも 想っていると告げたい

 その歌詞は、高根沢理子その人を題材としたものであった。しかして、それは彼女の勇猛さではなく……彼女があまり表に出さない、歳相応の少女としての一面を詠っていた。
 そんな中。大樹は葉を次々と枯らせていき、幹もメリメリと音を立ててはがれ始める。そんな状態でありながら、大樹はなおも香りを放つ。まるで太陽の香りのような、あたたかい香りを。
 更に一方で他の木々が芽吹いていた。まさに、命の息吹を吹き込まれているかのようで。
 それを眺める理子は不安を抱いていた。パートナーのことを信じているとはいえ、やはりこの光景に何も感じるなというのは無理な話だった。
 そして。曲が間奏に入る中、理子に向けて、
「共に歌わないか」
 と呼びかける翔。
 モンスターから皆を守る焔やジークリンデもそれを促すが、
「あっ……えっと。で、でも向こうモンスターが集まってるみたいだから!」
 やはり理子はまだ素直になりきれず、そのまま別の方へと走っていってしまうのだった。
 そして、その先にいたのは神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)の三人。彼らも、歌い手の警護も兼ねて歌を聞きに来ていたのだが。
 綺人は何やら剣呑な様子で雅刀を手に猿モンスターをばしばしと斬り崩し、更にはロングブーツで思いっきり猿の下顎を蹴り上げていたりしていた。
「よし、これで十匹くらいか。大変だけど、歌を聞くためにはしかたないことだね」
「……ところでアヤ、妙に好戦的になっていませんか? 心なしか、私より攻撃力高いような」
「んー? そんなことないって別に自分が歌えない不満を、モンスターにぶつけているわけじゃないよ? 純粋に歌い手さんを守るために、モンスター退治しているだけだからね」
 そんなことを言いつつ、積極的に応戦していくのを見て、
「やっぱり好戦的です……」
 ちょっと恐れおののくクリスだった。
「……クリスは知らないのか? 綺人は刀を持つと好戦的になる時があることを」
 ユーリは一見無表情な顔で微笑しつつ、ふとこちらに来ていた理子に気がついた。
 そしてその腕にわずかに傷があるのを見るなり、何も言わず駆け寄りヒールをかけるのだった。
「あ、ありがとうございます」
「……いや」
 また少し微笑を理子へと見せつつ、派手に戦う綺人に溜め息をついて、
「……綺人も八つ当たりするんだな。そんなに歌いたいのなら歌えばいいだろうに」
「え?」
「……ああ、こちらのことだ」
 そして、手当てをするやまた別の負傷者の方へと駆けていくユーリ。
 残される理子。
 そんな彼女の元に、今度は葛葉 翔(くずのは・しょう)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が駆けてくる。
「頼む、理子の力を貸してくれ」
 開口一番、そんなことを言う翔に「え?」と驚く理子。
「大樹が崩れ出した影響で、他の歌姫達を守る人が減って困ってるんだ! だから、その歌姫をモンスターから守るために、こっちにモンスターを引き付けたいんだよ」
「あ、う、うん」
「というわけだから、理子! 歌姫役をやってもらえないか」
「え、ええっ? なんでそうなるのよ?」
 まだ素直になれないでいる理子に、優斗も後押しをする。
「僕は理子さんの歌をどうしても聞いてみたいんです! 理子さんが歌姫になってくれれば、戦いにも活気が出ますし一石二鳥です!」
「で、でもあたしの歌なんかじゃ……」
「なんかじゃないです! むしろ僕は、理子さんの歌を聞かないとモチベーションが上がらないんです」
 そこへまた、別に大き目の灰色狼型のモンスターが姿を現す。それを見た優斗は、
「じゃあ、お願いしますね!」
 先陣を切り、ライトブレードを手に向かっていった。
「モンスターは任せろ! 歌姫は任せた!」
 翔も、それに続くように向かっていく。
「どうして皆そこまで……」
「それは、理子の歌。聞いてみたいからよ」
 戸惑う理子に、いつの間にか傍に来ていたジークリンデが声をかける。それを聞いてようやく、理子も歌う気に――
「まだだ!」
 なるかに思われた、その時。いつの間にか縄から抜け出していた男が、所持していたありったけの草球を燃やして辺りに煙を立ちこませていく。
「げほ、ごほ……まだ、こんなこと続けるつもりなの……っ!?」
「ああ。お前達はお前達でやればいい。俺は、俺がしたいことをする、だけだっ!」
 男はもはや尋常でない様子で、ただただ自分の心のままに暴走していた。
「まずいわ。このままじゃ、歌が途切れて……げほ」
 考えのある様子のジークリンデも、この状況に少し焦り始める。
「こっちだよっ!」
 そのとき愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)の声が届いた。
 彼女のいる一角は風上で少し高い位置にあり、煙の被害が出ていないようであった。急いで理子とジークリンデがそちらへ向かおうとするも、それを追撃してくる男はまた口笛をふき数羽の灰色カラスを集めていく。
 しかし。カラス達は、今度は互いを攻撃し始めていき驚く男。それはミサのパートナー何れ 水海(いずれ・みずうみ)が男の行動を読んで使った吸精幻夜の力によるものだった。
「さあ、今だよ! ミサ! それにふたりも!」
 援護を受けつつ、ようやく煙から離れたミサのいる小高い丘になった所へ到着する理子。
「させるか!」
 だがその背後、まだしつこく襲い来る男を見かねジークリンデが振り返りそれに応戦していく。同様に気づいた理子も加勢しようとするが、
「待って!」
 ミサの声が先に理子を止めた。
「あの。誰かがちゃんと歌ってないとダメみたいだよ。だから、その。い、一緒に歌ってくれると助かるんだけれど……一人が妨害されてる間に、妨害されてない人は続けて曲を歌い切るっていう感じで」
 そう告げるミサに、理子ももうここまで来ては羞恥の思いも吹き飛び、今は歌を続けることが重要だと認識し直して、強く頷いていた。そして、理子が呼吸を整えている間に、

♪〜

 先にミサが歌っていく。
(この曲は……えっと確か、なんだっけ。アマ、アメ……なんとかグレイスって曲ね)
 英語で紡がれるその綺麗な響きの旋律。
 そんな調べは理子をはじめ焦る皆を落ち着かせるが、男は更に暴れ回りついにはジークリンデを振り切り、ミサへと向かっていく。理子は焦るがミサは構わずむしろそれを予想していたかのように、自分の方に男を引き付け、
「俺に構わず、歌を続けて!」
 そう叫んだ。それを受け、理子は続きを歌おうとしたが。
 そのとき。大樹がまた音を立てて崩れた。それは地面と根までも揺り動かし、理子は危うく丘から転げ落ちそうになる。
 が、それを寸前で支える人物がいた。それはこの状況を見て大急ぎで駆けつけてきたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)千石 朱鷺(せんごく・とき)だった。

♪〜

 そんな理子の様子に、ジークリンデが代わりに続きの歌を繋げて行く。その歌に大樹はユリにも似た強い香りを放っていき、枝葉の腕を、こげ茶の胴体をどんどん失っていく。
「だいじょうぶか、理子」
「ああ、うん。ごめん、助かったよ」
「さあ! いざ歌おうぜ! それにただ歌うだけじゃ物足りないだろ? 俺がこのギターで歌に花を添えてやるぜ!」
 そう言って、なにやらテンション高く語るトライブに、逆にちょっと慌てる理子。
「理子。さっきまで見てたぜ! どうせ自分には歌姫なんか似合わないとか、恥ずかしいとか考えてたんだろ? でもそんなの錯覚だ! 何よりも俺が理子の歌が聞きたいしな!」
 と、あくまで情熱的に説得するトライブは、更に荷物を探り、
「それに、こんなこともあろうかと!」
 アイドルっぽいフリフリの付いた衣装を、満面の笑顔で手渡す。
(……え? なに、これ)
(……えっ、本気だけど? 着てくれないの?)
 両者の間に無言のそんなやり取りが行われ、パートナーを冷ややかに眺める朱鷺がその衣装を引っつかんでポイと捨て去った。
「あーっ! なにすんだよ!」
 それに対し、
(……楽器のスタンバイをわたくし一人にやらせておいて、これ以上フザけたことしないでください。そもそも森の外れまで楽器とアンプを運ぶのは大変だったのですよ? しかもいくら危ない状況だったからって、この大荷物抱えて全力疾走させて……)
 朱鷺も無言の圧力をかけ、トライブを黙らせていた。
 そうこうしている間に、ジークリンデの歌が終わった。
 理子とジークリンデの視線がぶつかる。
 そして。
「よぉし……みんな、聞いて! あたしの歌を!」
 魔剣の柄をマイクがわりにして、とうとう理子が歌い始めた。

 雲海がつづく
 真っ白な空のもと
 あたしたちが紡ぎ出す
 蒼いfrontier

 その歌にトライブは喜び勇んでギターをかき鳴らし、
 朱鷺はベースでリズムを刻んでいく。

 争うだけじゃ
 きっとわからない
 あなたへの想い

 大樹はやはり崩れ続ける。
 しかしそれでも、理子は歌をやめない。
 周りの生徒達も、ただ聞き入っていた。

 光り放つ意思
 翼があるのなら
 運命なんて信じない
 未来を生きたい

 キラッ★ と魔剣を振りながら、歌い、踊る理子。
「やっぱ、すげぇやー……」
 そんなことを呟いたのは誰だったか。
 そうして、理子が歌い終えるのとほぼ同時に、大樹がついに全ての葉を失った。その姿はもう原型をほぼ留めておらず。枝もほとんどがへし折れて地面へと落ち、かなりの太さを誇っていた幹も十分の一くらいにまでやせ細り、もはや枯れ木同然だった。
 それを見て男は崩れ落ち、涙を流しはじめる。そんななか、曲が終わっているのにまだノリノリで演奏しているトライブは朱鷺がベースで殴って止めていた。