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大樹の歌姫

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大樹の歌姫
大樹の歌姫 大樹の歌姫

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【8・歌】

「……どうやら、事態は終結したようですね」
 そんなことを呟くのはミューズ・シェヘラザード(みゅーず・しぇへらざーど)
 ミューズは傍観者としてしばらく大樹の幹の上から、今回の事件を静観していた。
 大樹が崩れ出した後は、その場を離れ別の木の上へと移りそこでやはり手を出すことはせず見守り続けていた。
 そうしていたのは、吟遊詩人としてこの出来事を詩にして歌い広める使命の為で。
 全てが終わった今。リュートに似た愛用の楽器ヴェルデュで詩を紡ごうとした。が、
(ん……? いや。まだ終わりではありません、か)
 何かに気がついて手を止めた。

 大樹……とはもう呼べないほどになった香歌ノ樹。
 男が今だ泣き叫んでいる中。
 そこには理子をはじめ、今回の件に関わった生徒達が集まっていた。
「ねぇ……」
 理子はなんだかやりきれない気持ちで傍らのジークリンデを見るが、当の彼女は、ある一点を見つめて満足そうな顔をしていた。それに気づき、そちらに視線を向けると、
「あ」
 思わずそんな単語が口からこぼれた。そして次第にざわめく生徒達。何やら奇妙なその場の雰囲気に、男も顔をあげてそちらを向いた。
 そこには、
 やせ細ったその樹の、これまた細い枝の一本。
 そこには、若い芽がいくつもあり……更にはその中に一輪の白い花も咲いていた。
 よく見れば小さくではあったがそこかしこに確かに新たな命が芽吹いていた。
「どういう、ことだ……。香歌ノ樹は、歌を聞かせ終わった後には完全に枯れてしまう筈。芽はもとより花など咲く筈が……」
「香歌ノ樹には、ひとつ伝説があるらしいのよ。樹が朽ちていく中、それでも真摯な想いを込めて耐えず歌を聞かせ続ければ、その樹は命を吹き返し新芽を残すっていうね」
 ジークリンデのその言葉に、信じられないといった様子の男。
「そんな、バカな! 植物学的に、そんな伝説が現実になる筈が……」
「そう。私もそれが起きるかどうか賭けだったけど、現実にそれは起きてくれた。ううん、違うわね……理子や、ここにいる皆がそれを起こしたのよ」
 やがて。男は再び、涙を流した。
 しかしそれは、決して悲しみによるものではなかった。
「奇跡、か。歌にそんな力があるなんて、ほんとにお伽話や伝説みたいね。私もやっぱり歌ってみたくなっちゃったな」
 ぽつりとそんな言葉を漏らしたのはセルファ。
 その傍に立つ真人は、何も言わないまま「歌えばいいじゃないですか」という色の視線をしていた。そしてそれを感じ取ったセルファは、頬を染め照れながら、
 歌いはじめた。

「未来(あす)へ旅路」            作詞作曲……セルファ・オルドリン

私達は歩き続ける、目指す先は果てしなく暗く遠いけれど
だけど下を向かずに歩いて行こう、だって私達は一人じゃないから
結ぶ絆は、未来(あす)を照らす希望となる、作る思いは勇気に変わる
さあ顔を上げ前へと進もう、希望と勇気と仲間と共に
無限の未来(あす)を目指して

 それはやさしいスローテンポの曲。聞いた人がやさしくなるような歌。
 その歌を聞いた樹から、かすかに、花の香りがした。
 何の花の香りかは誰にもわからなかったが、なんだか気持ちが安らぐものだった。
 そんな香りを感じながら、ミューズは詩を詠っていた。

 それはかすかでありながら確かに全てを変える力の調べ
 獰猛なる物どもは熱き血潮と冷たき知略の者たちに屈する
 聡き男はそれゆえに盲目で悲哀にくれ その運命を壊した彼らは奇跡の担い手か

 大樹にささげる歌姫の歌の素晴らしさと痛快さ。
 襲い来るモンスターたちから歌姫を守る守護者たちの勇猛果敢さ。
 黒衣の男の狡猾さと、それを打ち破る冒険者たちの姿。
 それらを込めたその詩と共に、大樹の歌姫と守護の騎士の物語は、ここに終結した。

                                    終わり

担当マスターより

▼担当マスター

雪本 葉月

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの雪本葉月です。
 まずはシナリオの提出が遅れたことをお詫びします。
 やはり題材にした歌というものの扱いが難しく、やや手間をとることになってしまいました。本シナリオを心待ちにしていた皆様、失礼致しました。

 そして。今回のテーマは『葛藤』です。
 理子も黒衣の男も他の生徒も、誰も彼も大なり小なり葛藤しています。どうすればいいのかわからなくなること、あって当然です。せめて後悔しない選択をしたいところですね。

 今回、歌詞を提出していただいた方、色んな歌をありがとうございました。
 歌詞を提出していただいた方以外の歌いたいという要望には、こちらで歌詞を二、三節作っておきました。少ないと思われるかもしれませんが、あくまでメインはバトルですので歌は抑え目にということで。
 ただ、理子に歌って欲しいという要望が予想外に多く来ましたので。彼女の歌は少し長めにしておきました。上手くできたかはあまり自信がありませんが……喜んでいただけたなら幸いです。
 バトルに関しては、モンスターはさほど強くない設定にして特に苦も無く倒せるように計らいましたが。事前に記述した通り黒衣の男はどういう作戦を考えるかが重要になっています。