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リアクション
第2章 巨乳になりたいとか完璧超人になりたいとかいろいろのこと
■□■1■□■
「ウィニイイイイイイイイイイング!!」
「待て!!」
校長室から離脱して廊下を走るウィニングを止める者がいた。
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)であった。
「何が「設定崩壊」だ。「設定崩壊」など、それを受け入れれば新たな設定になるものだ。この紙を見ろ!」
涼介は、何かの用紙に、手書きの文字や数字が書かれたものを、ウィニングに突きつけた。
「キャラクターシート」と呼ばれるものであった。
「ここにある紙はそるじゃ子やお前を地球にあるTRPG作品で再現したものだ。テロリストで魔法使いで忍者だと。甘いわ、あんみつに砂糖水と蜂蜜をリットル掛けした位甘すぎるわ! TRPG、つまり、テーブルトークロールプレイングゲームは、GM、つまり、ゲームマスターと呼ばれる司会進行役と、数人のプレイヤーによって、その名のとおり、テーブルを囲んで行われるゲームだ! TRPGでは、ルールにしたがって、キャラクターを作成するが、その際、さまざまな表を使って、生い立ちや、経歴などを決定することがある。その際、サイコロの目によって、誰も予想していない結果になったりする場合も多い! または、プレイヤーの自由な発想によって、データにないものを「データ的にはルールブックに書いてあるものだが、演出的にはプレイヤーが設定したものを採用する」ことをGMが認めることもある! 設定なんてものは後から後からどんどん生えてくる。それを本人が認めてしまえば、それは矛盾ではなくそのキャラの個性になるのだ。設定の鬼である卓上ゲームのGM経験者をなめるな! この未熟者めが〜!!」
「い、いや、そんなこと言われても。このゲームはクリエイティブRPGだし。TRPGは、確かに親戚的なポジションのゲームだが、他のオンラインRPGとかとも親戚だったりするのと似たような関係な訳で!! TRPGについて詳しく知りたい人は、検索などしてくださいとしか、俺には言えんぞ!!」
ウィニングは、なぜかしどろもどろになっていた。
「私にビームを浴びせるのじゃー!!」
そんな中、アーデルハイトが、すごい勢いでウィニングを追いかけてきた。
反対側から、青 野武(せい・やぶ)と、パートナーの守護天使黒 金烏(こく・きんう)、同じく青のパートナーの英霊シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)が、前回、吹っ飛んだ件について、ゆっくり話しながら歩いてくる。
「いやはや、とんでもない一撃であった」
「死ななかったのが不思議なくらいのGでありましたな」
「第一宇宙速度は確実に越えていたような……しかし、我々はなぜここに戻ってこれたのでありましょう」
「おおシラノよ、このパラミタの天地には我らの物理法則では語りえぬことがあるのだよ」
「語りえぬことについては、沈黙せねばなりますまい(ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン)」
「いやしかし、それを解決してこその科学の前進でありましょう」
「あれは、新たなテロリストか……。そうじゃ、我らはあくまで科学の力を使うのじゃ! 主らは「シュレディンガーの猫」を知っておるか? この場合、観測者の立場におかれておるのはウィニングなにがし、そして猫の立場にあるのは我らが「イルにゃんスール」のアーデルハイト様じゃ! つまり、こうすれば」
青は、血煙爪を唸らせると、走ってきたアーデルハイトに叩きつけて殺害した。
「こらあああああああ!! 何をするのじゃー!!」
「ほれ、向こうから怒りに燃えたアーデルハイト様が走ってくる、これを再びこのようにすれば」
青は、再び、アーデルハイトを殺害した。
「ほれ、また向こうから……」
殺害した。
「これを繰り返せば、アーデルハイト様の存在は限りなく確率論的な事象へと近似する」
殺害した。
「かくして、「観測者」は「猫」を確率論的存在としてしか」
殺害した。
「把握できなくなる」
殺害した。
「という、量子論を応用した」
殺害した。
「ほぼ完璧な」
殺害した。
「防御法」
殺害した。
「であり……」
殺害した。
シラノも、青の説明を興味深そうに聞いていたが、面白がって加担し始める。
「なるほど」
殺害した。
「アーデルハイト様はどこにでもいるが」
殺害した。
「どこにもいない」
殺害した。
「という寸法ですな……」
殺害した。
「これならいかなるテロリストでも」
殺害した。
「アーデルハイト様を」
殺害した。
「狙うことはできかねるでしょう」
殺害した。
「まさに」
殺害した。
「科学の勝利」
殺害した。
「ですな!」
殺害した。
「おお、生かさず殺さずの状態にして、観測者をさらに混乱させようと思っておりましたが、こう近づくたびに殺害していたら、治療することも困難ありますな!」
金烏が、感嘆の声をあげる。
「何やってるのかしら、あいつら……」
スノッブなどつき漫才が繰り広げられる中、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は、バットを持って、様子を伺っていた。
メニエスのパートナーのアリスロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)は、バットをぶんぶん振り回して笑う。
「ねえ、おねーちゃん、あたしもあのババア殺していいんだよね! きゃはははははは!」
ロザリアスは、はしゃいで、アーデルハイトの前に飛び出そうとする。
「あんたに来てもらったのはそういう為じゃないわ」
「え?」
「こうするためだああああああああああアーデルハイトもろとも吹っ飛んで来いやぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、おねーちゃんなにするくぁわせだらふぁたが!!!」
メニエスはロザリアスを、アーデルハイトに向けてぶっ飛ばした。
「ごはあっ!?」
「おお、誤差が」
アーデルハイトがロザリアスもろともウィニング方面にぶっ飛ばされるも、青が殺害する。
後ろで殺されまくるアーデルハイトを前に呆然としていたウィニングが、身を守るため、あわててビームを放つ。
「ウィニイイイイイイイイイング!!」
結果として、設定崩壊ビームを浴びたのはロザリアスだけであった。
「まあ、ロザだけでも巨乳になったし、よしとするわ」
バットを担いで、メニエスがにやりと笑う。
「おねーちゃん……」
胸を揺らして、ロザリアスが立ち上がる。
「ケンカはよくないよ! 仲良くしようよ!」
「……は?」
「アーデルハイト様を殺すなんてよくないと思うの! もう悪いことはやめよう?」
「ちょ、ロザ、あんた、何言ってんの!? って、しがみつくんじゃない!」
「おねーちゃん、巨乳になりたいならビーム浴びればいいじゃない!」
「別にでかいと邪魔だろうしノーサンキューよ、放しなさいったら!」
「やだ、悪いことやめるって約束するまで放さない!」
ロリ巨乳でいい子になってしまったロザリアスを、メニエスはげしげし殴る蹴るするが、もともと怪我してもテンションがあがる体質であり、あまりダメージは与えられない。
「くっ、その部分の設定はそのままなわけ!?」
メニエスがものすごく困っていると、アーデルハイトが戻ってきた。
「ゆーるーさーんーぞー!!」
「ぬぉわははははははは!」
「おお、またしても!」
「今度こそ、解明して見せますぞ!」
こうして、魔法でぶっ飛ばされつつ、青の自爆スイッチが起動し、金烏とシラノともども、お星様となった。
「ウィニイイイイイング……」
「あ、ニンジャさん見つけたー!!」
クラーク 波音(くらーく・はのん)が、パートナーのアリスララ・シュピリ(らら・しゅぴり)を伴って、ほぼ放置されているウィニングに近づいていく。
「な、なんだ!?」
「んっふっふ〜。ねえねえ、あたしに設定崩壊ビーム撃ってほしいんだけど、勉強がバリバリできて、いろんな外国語がしゃべれて、かけっこも速くて、ダンスなんかもできちゃったりして、お歌も上手に歌えて、お掃除が得意で、お料理も美味しくできちゃって、あ、和食なんか特に美味しくできると良いよね! そんでもって朝も遅刻しないでスパって起きるし、学校に忘れ物なんかもしない! そんな心優しいチョイワルお姉ちゃんになりたいなっ!」
波音は、アイデンティティー崩壊するのが面白そうと、完璧超人設定を早口言葉のようにまくし立てた。
「しょうがないな……」
ウィニングは、波音にビームを放つ。
「やったー!! 勉強がバリバリできて、いろんな外国語がしゃべれて、かけっこも速くて、ダンスなんかもできちゃったりして、お歌も上手に歌えて、お掃除が得意で、お料理も美味しくできちゃって、あ、和食なんか特に美味しくできて、そんでもって朝も遅刻しないでスパって起きるし、学校に忘れ物なんかもしない! そんな心優しいチョイワルお姉ちゃんになれたよっ!」
なお、「そう思い込んでいる」という設定も付与されたのだが、波音は気づいていない。
その様子を見ていたララは、ウィニングをじっと見上げ、かわいらしく言った。
「え〜と、え〜と、ララは波音おねぇちゃんの本当の妹になりたいのっ!」
その場にいた者は全員、時間が止まるのを感じた。
ウィニングは、ひざを折り曲げて、ララと視線を合わせると、ペロキャンを渡した。
「え? これララにくれるの? ありがとう! でもでも、ララがほしいのはペロキャンじゃなくて、波音おねぇちゃんの本当の妹になりたいんだよっ!」
ウィニングは、表情は変えずに、無言でララのピンクのおだんごの頭をナデナデした。
「ちょっと待った! 超ババ先生はおろか、かのメニエスさんすら沈黙してるけど、るるはあえて空気読まないよっ!」
立川 るる(たちかわ・るる)が、怒りと悲しみに打ち震えながら、ウィニングの前に躍り出る。
「あなたが来なくてもねぇ、こんなにお星様乱発されちゃ、るるのアイデンティティーは崩壊まっしぐらだよ!」
「は? お星様あ?」
「地の文に書いてあるでしょ? 誰々はお星様になった。とか! 『お星様大好き☆』ってのがるるの唯一のキャラ付けだったのに。そもそもね、るるの自由設定の『新しい星を発見して自分の名前を付けるのが秘かな夢』っていうのは、6月のキャラ登録時から一切手を加えていない一文なんだよ? 他の人とは年季が違うんだよ? それなのにそれなのに……、うわぁーーん」
「おねぇちゃん、お星様になりたい、っていう『せってー』なの?」
「新しい星を発見したいなら、むしろ、この状況は好都合だよね。フフッ」
「あ、波音おねぇちゃん、いつもと笑い方がちがうねー」
「チョイワルっぽくしてみました。フフッ」
ララと波音の指摘に、るるは泣き止んで顔を上げる。
「……そっか、そうだよね。るるの夢は新しい星に名前を付けること。自分がお星様になることじゃないんだもん。よーし、それじゃあ新しいお星様にどんどん名前を付けちゃう! さ、早くみんなお星様にならないかなっ☆」
るるは喜んで、観測に戻っていった。
「なんだったんだ、いったい……」
「なー」
ウィニングが呆然と見送ると、足元に黒猫の姿のアリスがいた。
るるのパートナーの立川 ミケ(たちかわ・みけ)であった。
「なーなーなー、なーなー」
(アイデンティティー? あたしだってねー、登録されたと思った矢先に購買にペットとして「ねこ」が並んだり、つい最近も追加種族で「獣人」なんてのが追加されたり、いろいろ思い悩むことが多いのよー?)
「……大変デスね?」
8枚の獣人の血判を殴りながら、ミケが、「なーなー」とわめく。
(何よ、こんな紙切れっ。ぺしっ。血判状なんて大層なもの、易々とばら撒くんじゃないわよっ。はぁ、あたしのアイデンティティーって、あとはこの角と翼だけね……大事にしなきゃ)
ウィニングは、ミケの頭もナデナデした。
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