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「思い出スキー」

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「思い出スキー」

リアクション

 上までどう上がるか。
 リフトはない。
 生徒が1人もいなくなってしまったジュリエットが、声高に笑った。
「しかたありませんわ、わたくしたちのトナカイさんをお使いになって」
 ジュリエットは華麗にふわっとスキーウエアを脱ぎ捨てる。その下にはサンタの衣装を着込んでいた。ジュスティーヌも同様んだ。アンドレもだが・・・まだスキーに未練があるらしい。ウエアを脱げずにいる。
 三人の前にトナカイが現れた。
 ヴァセクとエナロが、トナカイに乗る。
「大人はどうしましょう」
 ジュスティーヌが困惑した声を挙げたとき、山頂からロープが降りてきた。ループの端を持って駆け下りてくるのは、大鋸だ。

「わりぃ、でかいやつ集めて来い!俺がリフトを作ってやる!」


 黒崎 天音(くろさき・あまね)とは、南天に似た赤い実のついた枝が活けられた、民宿の窓辺の椅子に腰掛け、のんびりと遊ぶ子ども達を見ている。
「ふふ・・見ているだけでも楽しいね」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、窓の外に立っていた。
「ふん……どの種族も子どもというものは騒がしいものだ」
 黄色い声を上げながら走り回る子ども達を眺めている。
 突然走ってきた子どもが、ブルーズの腕を掴んだ。
「ワンちゃんが呼んでるよ」
「なんだ?」
 無理やり連れ去られるブルーズ。
「ブルース…また厄介ごとに巻き込まれるんだね」
 部屋の中で、天音が苦笑している。


 部屋でごろ寝していていた宮本 武蔵(みやもと・むさし)も、無理やり外に連れ出される。当然のように、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)にも声が掛かった。皆、わけが分からず外に出てくる。
 ロープを引っ張ると、簡単な椅子が降りてくる。駆り出された男たちがロープをひっぱると、椅子が上下する仕組みだ。
 仕方なく駆り出された男たちだったが、そのうち、この単純作業が気に入ったらしい。

 大鋸が作った人力リフトのおかげで皆は容易に山頂まで上がれるようになっている。
 子ども達にはジュリエットサンタさんたちのトナカイリフトが人気だが、こちらも人力に限界があり数人運ぶとへとへとになっている。

 弥十郎は山頂まで行って、不思議な行動をするパートナー、響を見つけた。
 もともとスノボーの得意な響は、大岩や斜面を飛び越えるのではなく、空を飛び練習をしているようだ。
「ロシアの魔女は石臼に乗るって聞いたことがあるんだ。だから出来るとおもったんだ」
 側で問い詰める弥十郎に、響はことも無く言う。実際に飛べたか飛べなかったかは分からない。日が暮れるまで、響は黙々と練習を続けていた。


 鏡 氷雨は、練習しているうちに、かなり上手くなってきている気がしてきた。一緒にいた子ども達がトナカイさんリフトで次々と上に行くので、自分もと、人力リフトに乗ってみた。
 リフトの上には、夢見がいた。
「えーと、初心者は右のコース。緩やかなコースだよ…左はー」
 その説明が終わるまえに、氷雨のスキーは滑り出している。
「あっ、駄目!氷雨ちゃん!そっちは!」
「…ふぇ?」
 氷雨が声をあげる。コースが曲がっていない。どうもまっすぐなのだ。後ろから誰かが追いかけてきている。
「転んでっ!」
「…ふぇ?」
「直滑降のコースなの!!」
 夢見が叫んでいる。
「…これって直撃コース?」
 なんて首をかしげながら思っていると思いっきりぶつかってしまう。
 さらに、衝撃で上から雪が降ってきて、埋まってしまう。
「冷たいーー、寒いーーー」
 じたばたと雪の中で暴れる。
 霜月 帝人が氷雨の名前を連呼する叫び声を聞いて駆けつけていたのだ。
「氷雨さん、大丈夫?」
 帝人が雪から突き出た両手を引っ張ると、雪だるまかと思った雪の塊が割れて、氷雨が現れた。
 いつの間にか、子ども達も集まっている。
 かなり下まで降りて来ていたのだ。心配そうに見つめる子ども達。
「ヘヘヘ、スキーって楽しいね」
 氷雨は照れ笑いする。
 子ども達も、弾けるように一斉に笑い出した。
「よーし、練習するぞ!」
「氷雨ちゃん、すぐに上手になるよ」
 追いかけてきた夢見がにっこり笑った。

 天槻 真士(あまつき・まこと)は軽やかに斜面を滑っている。かなりの上級者といえるだろう。時々、無謀にも難関コースに挑戦して、途中で立ち往生している子どもー主にアキラやレッテを見つけてはリフト下まで誘導している。
「何度転んでもチャレンジするのね」
 下ろしても下ろしても出会うレッテとアキラに真士は呆れ顔だ。
 パートナーのレヴィス・ストレチア・レギーネ(れう゛ぃす・すとれちあれぎーね)は雪が初めてだ。
「おお……山のような雪……。雪山見るのは初めてです」
 スキーを履いたのは良いが一歩も歩かず、立ち止まって雪山を見ている。
「お嬢…」
 先を滑る真士を呼ぶ。
「あ、転んだ」
 真士と共にいたレッテが叫ぶ。
「話しただけで転んだ…」
「そうだ、レッテ。一緒にレヴィスにスキーを教えてくれない?」
 真士は、転んだレヴィスの元まで滑り、立ち上がる手助けをしている。
 レッテが滑ってくる。
「レヴィス、まず転び方の練習だよ。俺の真似しろよ」
 突然の先生口調に思わずレヴィスが、吹き出す。
「レッテは教えるのが上手ですわ」
 真士の顔も微笑んでいる。



 秋月 葵(あきづき・あおい)は、スキーを懸命に覚える子ども達の邪魔をしないよう、緩やかな滑りでスキーを楽しんでいたが、子ども達がソリや他の遊びを始めたのを見て、民宿に戻る。再度現れたとき、手に持っているのは、スキー板ではなく、二組のスノーボードだ。
「スキーも出来るけどこっちの方が得意なんだ〜。ちゃんと見ててね♪」
 一組をパートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)に預けると、簡易リフトで山頂に上っていく。
「ワンちゃん、ありがと!」
 王製作人力リフトで山頂まで上がると、基本テクからショートターンまで華麗なライディングをエレンディラに披露する。
「エレンディラもやってみる♪」
「はい、葵ちゃん、お願いします!」
 エレンディラもボードに飛び乗る。慣れた姿勢で初心者に見えない。
「あれ、経験者?」
「少しだけです」
 エレンディラは頬を赤らめて否定する。本当はスノボもスキーも出来るのだが、葵に甘えようと初心者のフリをするつもりだった。なんとなく嘘がバレたようで気恥ずかしい。
 そんな二人の様子をトナカイさんリフトで上がってきたハルがじっと見ている。
「やってみたいの?」
 葵が問いかける。
「ああ、それ、かっこいい!」
「うおし、お姉ちゃんが滑れるように教えてあげる」
「じゃあ、私のボード使ってください」
 エレンディラがボードを差し出した。


 天城 一輝(あまぎ・いっき)の持っているミニスキーは実は、子ども達にとって一番気になっていたスキーだ。
 民宿に到着した直後、一輝のパートナー、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は、初めて履くミニスキーの感触を確かめようと室内でスキーをつけてみた。
 勿論、床が傷つかないよう、ダンボールをひいた。
「しゅー、しゅー、しゅー」
 左右に重心が動くその様子は、まるでペンギンだ。
 いつのまにか、子ども達も集まっている。
「それなに?」
 質問攻めだ。
 少し離れた場所で見ていた一輝は、その動きが不安だったが、まあ、仕方ない。
 ミニスキーは、雪国では冬に駄菓子屋で売っている、長靴よりも長い程度の、プラスティック製のスキーだ。塩化ビニール製のベルトで長靴に縛って固定する。
 斜面中央で、ミニスキーを装着する一輝。前に進もうとして、
 ガギッ!
 音がする。
 プラスティックが折れたのだ。
 ミニスキーには、身長180センチ近くある堂々たる体格の一輝を支える強度は無かった。
 コレットは難なく遊んでいる。スキーというより長靴だが。
「俺もやりたい!」
 アキラが飛んできた。
 一輝は持参したバックから、予備のミニスキーを取り出す。
 アキラは、直ぐになれて、少し滑れるようになっている。長靴で滑る感覚なのかもしれない。
「なあ、魅世瑠が面白いスキー作ってきたぜ、それ使いなよ」
 アキラはもう返す気がない。


3・スキー場以外で働く人々。

 みんなで民宿に泊まりスキーをするにはお金も掛かる。
「わりぃ、アタシら孤児院から来たんだよ、金がないからさぁ、経費削減したいんだ。料理自分達で作ってもいいかい?綺麗に使うよ」
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)は事前に常住している老夫婦に頼んでいた。夫婦は快く申し出を受け、民宿の鍵を菊に預け、休暇をとってしまった。
「温泉はそのままでええ、布団も何も好きに使うとええ、食材は好きに使え、代金も好きに置いておけ、心意気でええぞ」
 老夫婦の温情と菊の頼み込みのおかげで格安のスキーツアーが組めている。

 鍵を預かった弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、スキーも楽しみたいが今回は民宿内の世話をしようと思っている。
 子ども達がスキー場にいるとき、ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)と共に厨房で昼食の準備に追われている。
 大きな炊飯器でご飯を炊き、地の物の野菜を使いトン汁を作る。
 孤児院の農場から持ってきた卵を割って砂糖を多めに入れた甘い卵焼きを手際よく作る菊。どの鉄鍋も使い込まれていて、手にしっくりなじむ。
「この厨房は気持ちいいな」。
 赤い髪の姉御、菊は料理上手だ。
 ドラゴニュートのガガは、菊の横で野菜を洗ったりサトイモの皮をむいたりしているが、時折聞こえる外からの子どもの声が気になるらしい。
「べつに、ガガは料理好きだよ」
「昼食ったら外で遊ぼう、な」
 ガガの目が輝く。

 がらっとガラスの引き戸が開いて、髪を編んでエプロンをつけたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がやってきた。
 手にはいっぱいの材料が入っている。
「何作るんだい?」
「あっ、菊さん」
 菊を見つけて不安げだったセシリアの顔が笑顔になる。
「ポトフだよ」
 周りを見回すセシリアとフィリッパ。
「お台所を貸していただけるか心配だったのですが」
 フィリッパが菊に問いかける。
「大丈夫だ、今日は貸切だよ」
 その言葉に、笑顔になる二人。
「じゃ、ポトフは多めに作ろうかな。お昼は菊さんのご飯があるけど、夜にお腹が空く人もいそうだし」
 外から聞こえてくる掛け声に耳を澄ますセシリア。大きな鍋を探して、大きく切った材料を入れていく。
「あら、これは何でしょう」
 フィリッパは、厨房の隅に置かれた一升瓶を見やる。
 菊が手を止めてやってきた。
「これは・・・つまみも用意したほうが良さそうだな」

 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)がやってきた。両手には下着やタオルが山積みされ、エレンの顔の高さまである。
「濡れている子もいると思うの、着替えの準備が出来たら手伝うわね」
 エレンは、菊の料理の匂いをかいでウインクすると、足早去ってゆく。
「さて、そろそろ子ども達が戻ってくるよ、急ごう」
 菊はトン汁の味見をする。
「うまい!」

「手伝いに来ました」
 ガラッと引き戸が開いて入ってきたのは、晃月 蒼(あきつき・あお)だ。足が濡れている。
「お風呂の掃除、してきましたっ!すっごく広いお風呂ですっ!露天風呂もあるし楽しみです」
 テキパキとエプロンをつけると、菊の隣に並ぶ。
「何をしようかな」
「ラーメン、作ろうと思うんだ。セシリアがポトフを作ってるからね、暖かいものはあるけど、スキー場に来るとラーメンだろっ」
 菊がいう。
「あと、カレーかしら」
 フィリッパが言う。
「…カレーも作ろうかな」
 セシリアが笑顔で行った。
「手伝いますよ!」
 蒼は、てきぱきとお湯を沸かして材料を切ってゆく。

 スキーに熱中する子どもがいる反面、難しさに音を挙げる子どもたちも出てきた。子ども達の中でも小さな子達は体力的にも少し疲れが出ている。
 ルイとベアトリーチェが持ってきた暖かなココアを飲んだころには、スキー板を外して雪遊びを始める子どもも出てきた。
「それではソリで遊びましょうか」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が雪を丸めて遊んでいたチエとヴァセクに話しかける。
 ココアを配り終えたベアトリーチェがルイに声をかける。
「ソリ、楽しいと思いますよ」
 迷っているルイの背中を押す。
 ちょうどそのとき、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)も家から持ってきたソリ二つを手に民宿から出てきた。
「プレナおねえちゃんは、ソリ持ってきたんですね。用意いいです、えーっとソリは2つ…」
「3つです」
 民宿の入り口に立っていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)もソリを手にしている。
「スキーが苦手な子用にソリを持ってきたんですが、みんなスキーを楽しんでいて出番がなくて」
 小さく笑い小夜子は、いつものシスター服の上からコートを着た姿で雪山に来ている。
「じゃあ、始めますか」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)が、中からひょこっと顔を出した。
「うちの、おっきいお姉さんとワンコを貸し出します。使ってくださいっ」
 大きいお姉さんとは、パートナーの機晶姫フラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)、ワンコとは獣人サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)のことらしい。
「明子おねえさんは、やらないんですかぁ?」
 ヴァーナーが問いかける。
「私は、探し物があるのよ。見つかったら参加していい?」
「勿論ですっ」

 スキーのコースから離れた斜面に移動する。
「雪遊びってあんまり経験ないから、ドキドキしますね♪」
 プレナは雪を蹴りながら弾むように歩いている。
「ソリ競争しますか。このソリ、子どもとなら二人乗りできますよね」
 ワンコと呼ばれたサーシャに向かって話しかけるプレナ。
 サーシャは、「飼い主に言われたのなら仕方ない、というか楽しいし」と子ども達をソリに乗せたまま、雪の中を引きずり回している。時々、ソリはひっくり返るが、サーシャは加減して引いているらしく、雪に落ちても子ども達はきゃあきゃあ喜んでいる。
 フラムベルクはワンコソリの順番待ちをしている子を肩に乗せている。
「…こ、こら!危ないから腕にぶら下がるな!背によじ登るな!私は立木か何かか!?」
 ソリから落ちた子どもがフラムベルクによじ登っても口調とは裏腹に腕をゆっくりブランコのように動かしたり、子どもと遊びながら斜面を登ってゆく。
 少し高台まで来たとき、ヴァーナーが立ち止まった。
「じゃあ、ソリ競争しますか。ボクも負けないですよ」
「私もです」
 小夜子の声は厳しいが目は笑っている。
「じゃんけん、ぽん!」
 六つの手が差し出され、チーム分けが出来た。
 ヴァーナーとチエ、小夜子とヴァセク、プレナとルイだ。
 木の枝でスタートとゴールのラインが引かれる。
「よーい、スタート!」
 号令をかけたのは、ワンコことサーシャ。
 数秒後。
「あー、私、悔しいですわ」
 ゴールで声をあげたのは、小夜子だ。
「やったー!」
 歓声を上げたのは、プレナ。
「大丈夫だよ、次は勝てるよ」
 励ましているのは、子どものヴァセクだ。
 いつのまにかフラムベルクがソリを上に持ち上げている。
「自分で出来ますよぉ」
 ヴァーナーは言うが、
「マスターからのオーダーですからやらせてください」
 フラムベルクは雑用を難なくこなしてゆく。
「もう一度、ね、このこのチームでやろう!」
 ヴァセクがいう。
「小夜子さんを勝たせてあげる!」
「わたしもです、ヴァセク」
 なんとなく真剣勝負だ。
「私も負けませんよぉ!」
 キャキャとはしゃいでいるのはチエとルイだけで、他はかなり真剣にそりレースに熱中している。

 いつのまに来ていたのか、【孤児院写真班】のスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)がカメラを構えている。シャッターを連射しながら、
「うわ〜!皆様、すごく楽しそうなのであります!朔様や里也お姉さまがいつもカメラで何かしら撮っていたのは、皆様の笑顔を撮るためだったのでありますか!スカサハ、感激であります!いっぱい皆さんの笑顔を撮りまくるのであります!」
 右に左に回りこみ、子ども達の生き生きとした様子をカメラに収めてゆく。