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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

リアクション


緑色の閃光1

 蒼也と益代が、部室の奥で言葉を交わしていたころ。
 占いの館の隅、立ち並ぶ人形たちの影が作り出した暗がりに、三人分の人影がうごめいていた。
「頼む! 黙っててくれ! しーっ!」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、ラーラメイフィスの笑顔に向けて、ひそひそと言った。ラーラメイフィスは微笑みながら、口元に指を当てて頷く。
「あっははー。やっぱバレちったね。オイラ、やばいような気はしてたんだー」
 あっけらかんと言ったクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の口を、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)が急いでふさいだ。
「しーっ! 声でかい!」
「えー。でもオイラもがもが」
 エースが、イライラと頭を掻く。
「だから、俺はやめようと言ったんだ……。あんなあからさまに怪しい占い師のあとをつけたり、あまつさえ部室に忍び込んでいろいろ物色したりするなんて……クマラ、スカートはめくるな!」
 ぴしゃりと言って、エースは、人形のスカートに伸びたクマラの手を払い落とした。
「なに兄さん、怖いの?」
 エルシュがクスリと微笑んだ。
「怖いって、なにが?」
「こんな気味の悪いところになんて来たくなかったなんて言うからさ?」
 エルシュが影の間を縫うように移動して、エースのすぐ隣にしゃがんだ。
「あまり動くなよ、エルシュ。ばれる」
「仕方ないじゃん、兄さん」
「何が仕方ないんだ、何が」
「俺が手を握っててやらないと、兄さんは怖いって言うからさ」
 言いつつ、エルシュの手がするすると伸びてきて、エースの手を取った。
 大きく繊細な指が、エースの手に絡まる。
「やめろ。別に、俺は怖くない」
「強がるなよ。顔、真っ青だぞ?」
 むっとして、エースはエルシュを睨んだ。
「これは怖いからじゃない、ただ寒いんだ!」
「うそつけー。この部屋そんなに寒くないよ?」
「そんなにっ……そんなに寒くないならなぁッ!」
 エースはエルシュの手を振り払った。エルシュの肩をがしっと掴み、エメラルドグリーンの瞳をまっすぐに見据えた。
「そんなに寒くないならな……お前の体温、少しよこせ」
 エースはエルシュの肩を無理やり引き寄せ、自分の胸にすっぽりと収めた。
 仕返しのつもりだったが、エースの頬ばかりが熱く上気し、エルシュは平然と笑っただけだった。
「なに、兄さん。ぎゅっとしなきゃ耐えられないくらい怖いの?」
「寒いだけだと言ったろう、何勘違いしてるんだ!?」
「へーえ? ほんとかなぁ? だって兄さん、俺よりずっと熱いよ?」
「んなッ……」
 二の句が継げなくなったエースは、いたずらっぽく顔を上げたエルシュの頭を胸に押し付けた。
「なーなー、エース?」
「少し黙っとけ、クマラ。今こいつを黙らせてるんだから」
「そうだぞクマラ。お前はまだちょっと刺激が強いんだから」
「だーかーらー、何を勘違いしてるのか知らんが、俺はただ寒さをしのいでいるだけだ!」
「けどさぁ、エース? ちっとこっち見て?」
 とんとん、と背中を叩いてくる指を、エースは一息に振り払った。
「ええいっ、くどい! 俺は今忙しいと……」
 エースが振り向いた先には、蛍光グリーンの目玉が二つ、困ったように細まって浮かんでいた。
「あっ……あー……えっと、これには理由があってですね……」
 部屋の隅の暗がりでエルシュを抱きしめていて、理由も何もないだろうに、とエースは自分で自分につっこんだ。
「あなたたちがここをどの部屋と間違えたかは分からないんだけれど、えっと、ごめんなさい。ここはそういうお店じゃないの」
 淡々と言う益代に、エースは引きつった笑みを返した。
「はい、ええ、もちろん存じ上げています。……ですがですね」
「出て行ってくださる?」
「いえ、もちろん出て行きますが、このままではいろいろと誤解を残したまま……」
「出て行ってくれる?」
 ぴしっ、と、益代が親指で暗幕のかかった出口を指差した。
「はい。今すぐに!」
 びしっと立ち上がって背筋を伸ばしたエースを、エルシュはくすくすと忍んで、クマラはケラケラとおおっぴらに、笑いながら見上げていた。



「失礼しまー……す」
 三重の暗幕をそっと押しのけて、朱宮 満夜(あけみや・まよ)が占いの館へ足を踏み入れる。
「気をつけろよ。何が仕掛けてあるかわからんからな」
 ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)は親切心から言ってやったつもりだったが、満夜の気には召さなかったらしい。
「もう、ミハエル。失礼なこと言わないの」
 と、眉を寄せてたしなめられてしまった。
「――いらっしゃい」
 暗闇の中に、蛍光グリーンの目玉が二つ浮いていた。
「わっ、チェシャ猫?」
「ただの黒ずくめだろう。今時、どんな老魔女でもそんな格好はせんがな」
 ミハエルは、あごをちょっとそらして、益代の瞳を見下ろした。
「ようこそミハエル・ローゼンブルグ。飲血コウモリらしい尊大さね」
「そちらこそ、顔も見せんとは甚だ無礼であろう。我輩のことを言えた義理か。大体もがっ」
 たたみかけようとしたミハエルの言葉は、満夜の手のひらでぴしゃりとふさがれた。
「あはは、ごめんなさい益代さん。ミハエル、占いとか嫌いなんです」
「その心根は正しいわね。占いは未来予知ではないもの。盲信しているだけじゃ何も変わらないわ。自分が変わらなければ」
 蛍光グリーンの目玉がふわりと浮き上がった。益代が立ち上がったのだ。背丈はそう高くないように見える。せいぜい満夜と同じくらいか。
「さて、はじめましょう。占うのは、あなたの未来?」
「はい。……よく分かりましたね?」
「あなた達も、綺麗な顔しているから」
 満夜はきょとんとして首を傾げただけだった。益代もそれ以上何か言う気はないらしく、視線をちらと、ミハエルのほうへと移した。
「あなたも、未来でいいの?」
「我輩は占いなど信じぬ。ここで眺めていよう」
「占わないなら出ていれば?」
「ここにいられて不都合なこともあるまい?」
「まあ、そうね」
 益代は、視線を満夜のほうに戻した。
 ミハエルは数歩後ろへ下がり、暗幕のかかったスライドドアに背を預けた。
 薄暗い部室の中には、不気味なほど精緻な等身大人形が所狭しと立ち並んでいる。
 吸血鬼であり夜目の利くミハエルには、人形たち一つ一つの表情さえはっきりと読み取れた。
 ミハエルは、手近な人形のひとつに手を伸ばした。小柄な少年を模った人形だ。ショートの黒髪に、サファイアブルーの瞳を持ち、どこか残酷にさえ見えるほどの、無邪気な微笑みを浮かべている。
「じゃ、いくわよ。楽にして」
 益代が、マントの下で指を鳴らした。
 部屋の四隅に、ろうそくの明かりがともる。
 満夜が「いよいよ」といわんばかりに益代のほうへ目を光らせつつ、ペンとメモ帳を持ち上げた。
「はい、どうやって占いますか? 手相ですか? 人相ですか? 占星術ですか? 風水?」
「そういうのは使わないわ。デタラメ言われても確かめようのない占い方は嫌でしょ?」
「じゃあ、どのような占い方で?」
「簡単なこと。見せるのよ」
「ふえ……?」
 間抜けた声と共に、満夜のまぶたがとろんと下がっていった。
 シャープペンとメモ帳が床に落ちて、乾いた音を立てる。
 いつの間にか、周囲に妙な柑橘系の匂いが充満しているのに気づき、ミハエルは口元をハンカチで覆った。
 満夜はもうほとんど夢遊病のように、半開きの目を虚空に向けたまま、ふらふらとよろけつつ立っている。
「貴様! 満夜に何をした!」
「静かになさい。あなたは占いには参加していないはずよ」
「これが占いなものか! 満夜を正気に戻せ!」
 ミハエルは懐から引き抜いたエンシャントワンドを、益代に向けようとした。
 けれど、不意に伸びてきた細い手がミハエルの手の甲辺りを掴むや、そのまま後ろ手にひねり上げる。
「ぐあっ!?」
「――だめだよォ、おにーさん。か弱い占い師さんにそォんな危ないもの向けたら、さ」
 ひねり上げたミハエルの腕に体を押し付け、折らんばかりにひねり上げながら、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が笑った。
 細まったサファイアブルーの瞳に、裂けるように釣り上がった口角。マッシュの微笑みは、少年のようなその姿にふさわしい、無邪気ゆえの残酷さをありありと浮かばせていた。
「貴様……ッ、やはり、人形には細工がしてあったか……ッ!」
「まァね。あんたも今から、身をもって知ることになるさ」
「くそ……満夜ッ!」
「さァ浦深! 俺にアレを見せておくれよ!」
 蛍光グリーンの瞳が、マッシュを冷ややかに一瞥した。
「だから……出ていればって言ったのに」
 部屋中のろうそくが、ひとりでにフッと掻き消える。
 益代は帽子に手をかけて、ゆっくりとはずした。顔を覆い隠すほどの黒髪を、すべて背中へ押しやり、口を覆ったヴェールもはずす。
 ――ぱちん。
 最後に、ホックをはずしてマントも脱ぎ捨てた。
 マントの下の、暗闇に浮き上がるような生白い益代の肢体は、蒼空学園の夏服で寒々しく覆われていた。夏用のワイシャツは、肌の色や下着の線が透けて見えるほど薄く、半そでのワイシャツと膝丈のスカートからは、むき出しの手足が覗いている。
「あとで、朱宮満夜に伝えなさい。ミハエル・ローゼンブルク」
 感情のこもらない声で、益代が言う。
 ヴェールを介さずに聞く益代の声は、より鋭く、冷ややかだった。
「気づかぬほどの最深で、二人の心は繋がっている。肩並べ歩む盟友は、最愛の恋人にも成るであろう。……占いの結果よ。きちんと受けた依頼は、きちんと果たしたから」
 益代は、懐から取り出したエンシャントワンドをゆっくりと天井に向けた。
「じゃあね。しばしおとなしくしていなさい。……光よ」
 白熱灯によく似た光が、狭い部室をまぶしく照らし出した。
 マッシュの、狂ったような笑い声が響きだす。
 光を受けた益代の体から、突然、緑色の閃光が視界一杯にはじけて……――。
 ミハエルの意識はそこで途切れた。

 ※

「おじゃまー……て、暗っ」
 暗幕を跳ね飛ばして占いの館に踏み入るなり、白波 理沙(しらなみ・りさ)が言った。
「またまた。たかだか一般教室でしょ。暗いって言っても限度が……ほんとだ」
 理沙を押し込むようにして、白波 舞(しらなみ・まい)も部室に足を踏み入れる。
 霧のように立ち込めた薄暗闇の中で、理沙と舞の色味の強い金髪だけが、キラキラと輝く。
「ほんと……今が昼だって、思わず忘れてしまいそうですわね」
 舞に続いて部屋に入ってきたチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が、スライドドアを几帳面にぴっちりと閉めてから、周囲をきょろきょろと見回した。
「いらっしゃい」
 ふわ、と部屋の奥から、蛍光グリーンの瞳がヒトダマよろしく近づいてきた。
 舞と理沙が、同時に飛び上がる。
「うわっ!? えっと、なんか童話にいたよねこんなの」
「チェシャ猫って言いたいの? 発想が二番煎じね。減点1」
「ちょっ、一体なんの減点よ」
「発言にいちいち論拠を求めないでよ。時にテキトーなこと言えなきゃ占いなんて出来ないわ」
「うわあ……あんた、しょっぱなから占い師としての信用ガタ落ちよ?」
 理沙があきれたような半目で、益代の瞳を見下ろした。
 益代もひと時、細めた目で理沙を見上げていたが、ふと、視線を舞のほうへとスライドさせた。
「あら。……あなたたち、占い希望?」
「あっ、えっと、私とチェルシーさんはそうだけど、理沙は違うの、見学」
 舞が水を向けると、理沙はあははと白々しく笑った。
「そう……残念ね。あなた達二人、とってもおかしな未来が見えるのに」
『おかしな未来?』
 舞は理沙と顔を見合わせた。自分そっくりの茶色い瞳を、じっと覗き込む。
「ものすごく良好な恋愛運が見えるのよ。天に向かってまっすぐ伸びる、金と銀のらせん。ゆがみなく未来へ続く、輝かしい道のりの暗示」
「金と銀……?」
 舞の隣で、理沙がふっと目を伏せた。
 しばらくうつむいてから、理沙は不意に顔を上げて、益代の瞳を覗き込む。
「色は? 色は、金と銀だけですか? 他に何か混ざり物は?」
 闇に浮かぶ益代の瞳が、ちかっと瞬いた。眉を跳ね上げたのだと、舞には分かった。
「そうね……しいて言うなら、金色の線には茶の波紋。銀色の線には緑の波紋。わたし、オーラに関しては門外漢だから、こんなにはっきり見えるのは珍しいの」
「金と茶色……? 銀と緑……!」
 ぶつぶつ呟きながら、また理沙はうつむいてしまった。
 金と銀。舞も覚えがないか考えをめぐらせてみる。
 金と茶なら分かる。傍らにいる理沙の、髪と目の色だ。つまり金の線は、理沙と、瓜二つの見た目を持つ舞のことを指しているとも考えられる。
 じゃあ、銀と緑は……?
「……あの、それのどこが「おかしな未来」なのですか? わたくしが聞いている限りでは、ただの……恋愛成就の兆しとしか思えないのですが」
「同じなのよ」
「同じ?」
 舞と理沙の間に隠れるようにたったチェルシーが、きょとんと首をかしげた。
「まったく同じ運命が、あなた達二人に見えるの。おそらく、金の線はあなた達二人を。銀の線は誰か、同一の一人を指しているわ。今はなぜか、塔は何の問題もなく伸びているけれど……長く長く伸びた塔は、微かなゆがみで、重大な事態を巻き起こしてしまう……」
 ぐう、と、舞の隣で理沙が、かすかにうめいた。
「ねえ、あなたたち。銀と緑の人に、心当たりはない?」
 舞は即座にかぶりを振った。
「いえ。っていうか、私、別にいま好きな人もいないし。理沙は? たしか、誰か恋人がいるとか」
 理沙がはじけるように顔を上げると、舞に向かってぶんぶんと、首を横に振って見せた。
「ううん。ううん。ぜーんぜん! だってほら、私の恋人は黒髪黒目に黒い着物の似合う純和風の日本男児だもの! 銀とか緑とかぜんぜんイメージない!」
「へえ、そうなんだ?」
「ホントよ!?」
「いや、別に疑ってないよ?」
 舞が首を傾げて見せると、理沙はぱっと視線をそらしてしまった。薄暗闇でも分かるほど、頬が高潮している。
「……金と銀は、相性自体はすごくいいの。天高く伸びていく行動力の金に、優しく支える包容力の銀。けれど、そうね……もしかしたらあなた達二人は、これからその、いろいろなことがあるかもしれない」
「じゃ、二人とも、益代さんから恋愛成就のおまじないをしてもらったらどうですか?」
 チェルシーが控えめに言うと、益代と理沙が同時にかぶりを振った。
「いい! いい! 恋愛は自分の手で何とかするものだもの!」
「わたしもおまじないはかけたくないわね……。塔の倒壊を助長する役割しか果たさなそうだし」
 益代が、咳払いひとつして居住まいを正した。
「無駄話が長くなったわね。それじゃ、チェルシー・ニール。白波舞、二人の運命を……」
「あの、ごめんチェルシー。今回、私に権利譲ってくれない?」
 理沙が、おずおずと手を上げて言った。
「でも……調査……」
 ぱっと、チェルシーはすんでのところで言葉を飲み込んだようだった。
「わっ……わかりましたわ。じゃあ、わたくしの権利は理沙に譲ります。変わりに理沙の権利をわたくしに、ってことですわね」
「……うん。ごめん」
 理沙とチェルシーは、一度目配せして、神妙に頷きあった。
「チェルシーさん……気をつけてね」
 舞も、チェルシーにそっとささやく。
「えっと、ドジって転んだりしないように……ね」
 チェルシーは柔らかく微笑んで、
「はいっ」
 と頷いた。

 部屋の四隅に、ろうそくが灯った。
 淡い光が部室を照らし、ラベンダーに似た甘い匂いが満ちていく。
 けれど、所詮はろうそくの明かりだ。闇の濃い部室には、まだいくつもの影が残っている。
 チェルシーは暖かなオレンジ色の光を避けて、人形達が作る濃い影の中へと滑り込んだ。
 息を潜め、ちらと益代のほうを振り返る。
 益代は、熱に浮かされたようにぼうっと突っ立っている理沙と舞を、じっと見据えていた。チェルシーの動きに、気づいた様子はない。
 チェルシーはほっと息をついて、自分を隠してくれている人形に目をやった。
 女性を模っているが、かなり背が高い。チェルシーの背丈は、せいぜいその人形の、豊満なバスト辺りまでしか届いていなかった。
「大きな人形さんがいて、助かりましたわ。……それにしても、本当にリアル」
 チェルシーは背伸びをして、人形の顔を覗き込んだ。
 柔らかく目を閉じた、優しげな顔つきをしている。長身に栗色のロングヘアもあいまって、どこか大人びた雰囲気が漂う。
 頬の描く柔らかな曲線も、髪の毛の繊細なまとまりも、自然な立ち姿も、やはり、人形とは思えない。
「どうすれば、人形かそうでないか、分かるでしょうか……。そうですわ、呼吸」
 チェルシーは、人形の肩に両手を乗せて、バレリーナよろしくつま先立ちして、なんとか人形の鼻に、耳を近づけようとした。
 ぐぐぐ、と背伸びをして、出来る限り首も伸ばす。
 人形の鼻に近づいたチェルシーの耳に、鋭い息遣いが聞こえた。
「――くしゅんっ!」
「ひゃっ!?」
 突然、耳元でくしゃみがはじけて、チェルシーは飛び上がった。
 その拍子に別の人形に足を引っ掛け、体勢を立て直す暇もなくすっころぶ。
「あっ……あーあ……」
 人形は……人形のふりをしていた長身の女性は、しりもちをついたチェルシーを見下ろしながら頬をかいた。
「益代師匠ー……ばれちった」
 長身の女性が益代を振り返って、いたずらっぽく言った。
 益代が、チェルシーに聞こえるほど大きくため息をつく。
「綾乃さん……別に、わたしに弟子入りするのは構わないんだけど、いたずらに被害者増やすのやめてくれない?」
 あきれたように言われて、志方 綾乃(しかた・あやの)は悪びれた様子もなく笑った。
「だって志方ないじゃないですか、この子、私の顔を髪の毛でくすぐりまくるんですもん」
「だったらはじめから人形のふりなんかしないで、そのでかい図体折りたたんでどっかにうずくまっていなさいよ」
「でかいって言わないでくださいよ! 好きで背伸びたワケじゃないんですから!」
「あなたそれ、世の低身長さんたちみんなを敵に回すわよ」
 ヒートアップしていく綾乃と益代の掛け合いが終わらぬうちに、チェルシーはすばやく立ち上がってきびすを返し、
「おっとごめんなさいね。逃がすわけにはいかないんです」
 綾乃のリーチをかいくぐれずに、あっさり捕まる。
 チェルシーは羽交い絞めにされて、無理やり益代のほうを向かせられた。
 暗闇の中、ぼんやりした理沙と舞を従者のように従えて、益代は帽子を脱いだ。
 ヴェールを取ってマントもはずし、益代はあっという間に、透けるワイシャツとミニスカートを纏っただけの、露出過多な格好になる。
「なっ、なっ、なにするつもりですの?」
 震える声でチェルシーが聞くと、益代はかすかに微笑んだ。
「心配しないで。三人とも、さぞかしきれいな人形になるでしょうから。ね」
「ひっ……」
 益代がエイシェントワンドを天井に向け……ふと、目を見開いた。
「そうだ、忘れていたわ。占いの結果。――金と銀が織り成す螺旋の塔。やがてゆがみ、倒壊の時を迎えし折に、ラベンダーの花束がすべてを繋ぎとめるであろう。……じゃ、おやすみなさい」
 益代のワンドから、白熱した光が噴出した。
 まぶしく照らし出された部室の中を、さらに強烈な緑の光が塗りつぶす。
 チェルシーは、意識が急激に遠のいていくのを感じた。