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第2章 森の中の攻防

「さ、ここが第一階層だよ」
 巨大な扉を開き、棚畑がニコニコと笑いながら生徒達に言う。
「……研究所って言うより、完全に森だよね」
 そう呟いたのは、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)だった。
 扉を開けた先には、広大な森が広がっていた。天井は空の映像が映っていて、さらに太陽に似た光が降り注いでいる。
「まあね、改造生物たちの日常的なデータを取るためにも、なるべく環境を似せてみたんだよ」
「いや、やりすぎだよ!」
「さ、それじゃ、第一階層のボスを探してきてね。倒したら教えて」
「……なんだよぉ、無視だよ」
 口を尖らせるウェイク。その裾をクイクイっと引っ張ったのはリネン・エルフト(りねん・えるふと)だった。
「そろそろ、行こうよ」
「あ、うん。そうだったね」
 周りを見ると、すでに他の生徒たちは森の中に入っていて、リネンとヘイリーしかその場にはいない。
 慌てて歩き出す、リネンとヘイリー。
「……いいのが見つかればいいんだけど」
「ねえ、リネンはどんなのが欲しい?」
「え? 私? 私はどんなのでもいいよ」
「もう、またリネンはそんな主体性のないこと言う! あたしはやっぱり、あれだな」
 頬に両手を当て、ぽーっとした表情をするヘイリー。
「ペガサス! なんと言っても飛行騎獣がいいんだよね」
 リネンとヘイリーがここにやって来た理由は、シャーウッドの森空賊団の活動に使えそうな生物を捕まえるためだった。
 テンション高く、話しながら歩くリネンとヘイリー。
 その時だった。
 どこからかともなく低くて渋い、ダンディな声が響き渡る。
「待ちな、姉さんたち!」
「確かさ、第二階層は鳥類って話だったよね? そっちで探した方がいいかな?」
 鮮やかに無視して歩くヘンリー。
「……ふっ。まあ、驚くのも無理はない。こんな姿だからな」
 ダンディな声は、めげることなく言葉を続ける。
「さぁ、姉さんたち! 俺を食いなぁ、俺ぁ喰われる為に生まれてきたんだよ……さぁ!遠慮なくいってくれ……ギャァ!」
「うわっ、何か踏んづけた!」
 ヘンリーが靴の裏を見る。そこには、紅天狗茸の『ベニテンさん』の無残な姿が張り付いていた。


「やばい……。ピンチだぜ」
 椎堂 紗月(しどう・さつき)は人知れず、森の片隅で孤独な戦いを繰り広げていた。
 紗月の頬から、一筋の汗が流れ落ちる。
「……俺は、どすればいいんだぁぁぁ!」
 頭を抱え、空に咆哮する紗月。
 紗月の前には三匹の改造生物が立ちはだかっていた。
 モルモットの姿をした『ゆるモット』。カラフルなモヒカンを有し、ド派手なツナギを着た元実験動物だ。
 いつもは群れで行動しているはずだが、どうやら逸れてしまったらしい。オドオドとしている。
 もう一匹目は、猫ほどの大ききのドラゴン。いや、ドラゴンというよりは猫とドラゴンを掛け合わせたような姿をした『ドラゴニャート』。
 表面は鱗で覆われているが、つぶらな瞳や耳は猫のようになっている。
 今は、まったりとした雰囲気でゴロゴロしている。
 最後にうさぎの姿の『うさかり』。
 二足歩行の白いうさぎで、普通のうさぎよりも毛が多く、モフモフしている。
 今は紗月を警戒して、強烈なチョップをくりだして、牽制しているのだ。
「ど、どの改獣を持って帰ればいいんだー」
 可愛いものに弱い紗月は、特訓のために来たこという目的を完全に見失っていた。
 吟味するように、三匹の生物を見る。見られた生物は、ビクリと体を震わせる。
「……はっ! そうだ」
 紗月が何かを思いつく。
「全部持って帰ればいいんだ!」
 キラリと紗月の眼が光る。
 そして、三匹の生物の悲鳴が森の中に響きわたった。


 それは異様な風景だった。
 森のちょっとした空間に、まるで我が家にいるようにくつろいでいる朱 黎明(しゅ・れいめい)がいた。
 コタツにスーツ姿で入っている黎明。コタツの上には、みかんと熱々の餅と、スナイパーライフル、ハンディカメラが置いてある。
 黎明は腕を組み、唸りながらみかんと餅を見比べている。そして、目を見開き……
「よし!」
 みかんに手を伸ばす。ちょうど、みかんに指がかかるかどうかという瞬間だった。
 黎明の後頭部に衝撃が奔る。
「ぐっ……。なにごとです?」
 黎明が振り向くと、そこには青筋を立てた朱 全忠(しゅ・ぜんちゅう)が立っていた。
「お主、我輩をだましたな?」
「なにをおっしゃりますか。ヌレ衣ですよ」
「ほう? それは興味深い。お主は、我輩を何といってここに連れてきた?」
「レジャー施設にピックニックに行くと……」
「そう。我輩も年甲斐もなくワクワクして来たのだよ。それがなんだ、ここは?」
「良い森じゃないですか。心が和みます」
「和むか、馬鹿者! 大体、ここには変な生物しかおらんじゃないか!」
「そんなことありませんよ。可愛い動物もいるじゃないですか」
 黎明は右手で眼鏡をクイッと上げながら、左手で深い森の方を指す。
「……なるほど。あれが可愛いと?」
 黎明が指差した方向には、どう見てもゴリラの姿にしか見えない『ゴリ男さん』が歩いていた。
 ただ、普通のゴリラではないのは一目瞭然だった。ジャケットとパナマ帽を装備し、その口には葉巻が咥えられている。
 ゴリ男さんは黎明たちの方を見ると、キラリと歯を光らせ、グッと親指を立てた。
「……まあ、変わった動物園だと思えば……」
「だまれ!」
「そう言いながら、全忠だって楽しんでるじゃないですか」
 黎明は全忠が持っている野球バットを指差す。バットは、改造生物たちの血痕で赤く染まっている。
「これはストレス発散の証なのだ。我輩は危うく、怒りで気が狂いそうになったのだよ」
「それは偉かったですね。よく耐えました。頭を撫でてあげましょうか?」
「……よし、分った。頼む」
 全忠がバットを振り上げる。
「え? いや、撫でるのは私の方です。さらにバッドじゃ、撫でるではなく、殴るになってしますよ?」
「些細な違いだ。気にするでない」
 小鳥のさえずりに混じり、黎明の断末魔が森を包む。

 
 ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が氷術を放つと、『光鼠(ピカソ)』の手足が氷で縛られる。
 光鼠は光撃を発する黄色いネズミで、光条兵器を組み込んでいる。
「よしよし、また研究素材が調達できたよー」
 光鼠を見下ろして、ニコが不気味な笑みを浮かべる。
「ここで、サンプルとして血液と体組織を回収しておくべきか……。いやいや、帰ってからゆっくりと……」
 鞄を開けて、悩み始めるニコ。
「ああ。しかし、この先、もっと良い素材が手に入るかも……。くふふ。いいね、いいね。わくわくするね!」
 そんなニコの後姿を見ながら、満足そうに頷いてるのは、ナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)だった。
「いいじゃん、いいじゃん。やっぱりニコを連れてきて正解だったなぁ」
 ニコはナインの思惑に気づかず、作業に没頭している。
「このままニコがこっち方面に目覚めれば、そのうち凶悪な合成生物でも生み出してくれるんじゃねぇのぉ?」
 腹黒ゆる族のナインは、恐怖の大魔王と化したニコの凶悪生物を思い浮かべ、肩を震わして笑う。
「いやァ、純粋な子供の成長ってぇのは見てて楽しいもんだねェ。……それにしても」
 ナインが笑顔のまま、視線をニコから20mほど離れたところにいる人影を見る。
「パラミタ大陸は広いねぇ。ニコの他にも、ディープなマッドがいるんだなぁ……」


 凍らせた『メタルシープ』を見下ろしながら、くっくっくと笑う島村 幸(しまむら・さち)
 『メタルシープ』はその名の通り、自身の毛を鉄のように硬化できる羊である。
「おっと、保冷を忘れてはいけませんよね。部位はそうですね、コレとアレなんて素敵ですね」
 ソーイングセットを取り出す幸。
「これですよ!これっ!!くくくっ、あはははっ!」
 完全なマッドの世界に入り込んでいる幸を、引きながら見ているアスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)
「なあ、幸。いくら改造されてるからって、生き物は生き物なんだぞ」
 幸ピタリと動きを止め、振り返る。そして、大きくため息をつく。
「何を言ってるんですか、ピオス先生。まるで私が弱いものイジメをしてるように聞こえますけど」
「そうじゃねーのかよ」
「ピオス先生らしくもないですね。これは世界の真理を追い求めるためなんですよ」
「なに?」
「真理。それはすなわち、未知との遭遇なんですよ。物事を知るためには、多少の犠牲は仕方ないと思いませんか?」
「そ、そうなのか?」
「ええ。もちろんです。この改造にしたって、生物の新しい一歩を踏み出すために、仕方なくやっているのですよ?」
「……そういうことなら仕方ないな。お前達の尊い犠牲は無駄にしないぜ」
 アスクレピオスはそう言って、幸の作業を手伝い始める。
 その目は、すでに常識人のものではなく、半分マッドな世界へと行ってしまったものだった。


「……参りましたね」
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は木の裏に隠れながら、大きくため息をつく。
 額からドッと汗が噴出す。乱れた呼吸を整えるように、深呼吸をする。
「それにしても、あの巨体であの素早さとは、恐れいります」
 剛太郎が、木の陰から様子をうかがう。
 そこにはライオンがベースの、足や尾等の部分が機械に改造され、さらに機械の翼を生やされたキメラの『M竏窒bORE』が唸り声をあげている。
「剛太郎様!」
 どこからか、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)の心配そうな声が聞こえてくる。
「いけません。隠れていてください」
 剛太郎は叫ぶと同時に、木の陰から躍り出て、M竏窒bOREに向かってアーミーショットガンを放つ。
 だが、M竏窒bOREは平然とその弾をよけ、尾先からレーザーを打ち込んでくる。
「なっ!」
 剛太郎は上半身を捻り、レーザーを避ける。だが、完全には避けきれず、わずかに右腕が焼ける。
 バランスを崩して倒れこむ剛太郎。
 倒れた剛太郎に襲い掛かるM竏窒bORE。
「くっ!」
 その時、ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)がブロードソードでM竏窒bOREに斬りかかる。
 だが、M竏窒bOREは足に装備したブーストを噴射して、避ける。
「た、助かりました」
「一つ、貸しですわ」
 倒れている剛太郎に手を差し出し、ニコリと微笑むソフィア。
「剛太郎様、ごめんなさい。私……」
 駆け寄ってくるゴーディリア。
「いえ、大丈夫であります。心配いりませんよ」
「まだ、気を抜いてはいけませんわ。戦況は変わってませんよ」
 M竏窒bOREは唸り声をあげて、剛太郎たちを睨んでいる。
「まさか、これほどまでとは思いませんでしたよ」
「レベル30以上はありそうですわね」
「どうしましょう? 剛太郎様」
「とにかく、自分が囮になりますから、撤退してください」
「そうは、行きませんわ。わたしくたち、仲間ですわよね」
「そうですよ。剛太郎様を置いてはいけません」
 その時、またしてもレーザーを売ってくるM竏窒bORE。
 何とか、避ける三人。
 木の陰に隠れながら、剛太郎は眉をひそませる。
「ですが、我々に手に追える相手では……」
「手、貸してあげようか?」
「え?」
 不意に声を掛けられ、空を見上げる、剛太郎たち三人。
 上空には、翼の生えた狼『翼騎狼(ヨクキロウ)』に乗った、ヘイリーとリネンがいた。
「まあ、ペガサスとまではいかなかったけど、なかなかいいでしょ、これ」
 ヘイリーがニコリと笑う。
「助力、感謝します」
 剛太郎が敬礼する。
「でも、まあ、あたしたちでも、ちょっと厳しいからさ。ここは手を組むってことでいいわよね?」
「はい。お願いするであります」
「って、ことでさ。そこの木の陰に隠れてるあんたも手伝ってよね」
 えっ、と剛太郎は後ろの木を見る。すると、そこからひょっこりとレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が出てくる。
「気づいてましたか……」
 カプティアティが眠そうな声で言う。
「まあ、空からだと丸見えよね」
「私、あまり強い敵とは、戦いたくないんですけど……」
「はい、はい。贅沢言わないの。さ、行くよ」
 リカーブボウを構えて撃つ、ヘイリー。
 リネンは翼騎狼から飛び降りる。そして、M竏窒bOREの正面に立ち、雅刀を構える。
 襲い掛かるM竏窒bOREを薙刀で応戦するリネン。
 だが、力で負けているため、ジリジリと押され始める。
「えい、ですぅ……」
 眠そうな掛け声をだしながら、カプティアティがセスタスを武装した拳で、M竏窒bOREの腹を殴りつける。
 ひるんだM竏窒bOREに、ヘイリーのリカーブボウの雨が襲う。
 M竏窒bOREが咆哮を上げ、レーザーを乱射し始める。
 剛太郎は、レーザーの矢を潜り抜け、M竏窒bOREの前に立つ。
「あなたの敗因は、冷静さを失ったことであります」
 M竏窒bOREの眉間に、アーミーショットガンを放つ。
 こうして、剛太郎たちは第一階層を制圧した。