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第三章『ぐれーとふくふく餅参上!』

 まったくもって、でかい。
 表現するならその一言だ。さすがに神社の飾り餅。というにしてもでかすぎる。
「あんな大きな餅じゃ、ありませんでした……」
 おびえた顔で巨大な餅を見上げる布紅。
 怖がる布紅を安心させようと、椎堂 紗月(しどう・さつき)が声をかける。
「大丈夫か? 布紅。酷い目に遭ってるなあ」
「ワタシ達がなんとかしますからご安心ください、布紅さん」
 同じく、布紅を安心させようとするルイ・フリード(るい・ふりーど)
「こういう時こそルイ☆スマァイル!(決めポーズ!)」
 びし! ルイのポーズに思わずかたまる布紅。が、思わずくすくすと笑い出してしまう。
 笑い顔の布紅を見て、満足そうに頷くルイ。
「そうです、笑顔のほうが布紅さんにはふさわしい。……そう思うでしょう、紗月さん」
「うん、福の神なんだから笑ってなきゃね。……布紅が福の神らしく笑顔でいられるように、がんばろう、ルイさん」
 こつん、と拳をぶつけあう紗月とルイ。
「少し時間稼ぎをしていただけますか、紗月さん。私に策があります」
 ルイが見ているのは自分のドリル。
「分かったよ、ルイさん。ルイさんが策を完成するまで、小さい奴を何とかしておく」
「お願いしますよ、紗月さん」
 いうと同時に、ルイが布紅を抱き上げて横へ飛ぶ。
 ゴン。
 狛犬が砕け散った。見れば、ボス鏡餅が口から橙を発射している。
 どうなっているのだ、昨今の鏡餅は。
「ああ、狛犬が……」
 嘆く布紅を、ルイは優しく諭した。
「後できっと修理できます。布紅さんは隠れていてください。……だれか、布紅さんを」
 ルイの声に、メイベル・ポーターが走り寄る。
「大丈夫ですか、布紅さぁん」
 布紅の手をしっかりとって、メイベルは走る。
 走るたびに長い髪と胸が揺れるが、本人はちっとも気にしていない。
「もう大丈夫ですよ〜〜」
 のんびりした物言いだがそこはローグ。すばやい身のこなしで小さな餅を避けるメイベル。それでも飛び掛ってくる餅に対してはセシリア・ライトがウォーハンマーで右へ左へと吹っ飛ばしてゆく。
「このへんでいいかなぁ」
 メイベルが布紅を連れてきたのは、鳥居の前だった。
 神様である布紅は、そう簡単に神社の外まで出られない。だから巨大餅から一番遠くまでメイベルは布紅を連れてきた。しかもミルディアが掃除していたから、ここだけはカビも無くきれいだ。
 メイベルは布紅に隠れ身をほどこした。これで餅から布紅がみえないだろう。
「頭もカビだらけになってしまって、可哀想な布紅さん」
 パートナーのフィリッパ・アヴェーヌが、ハウスキーパーの能力で布紅の頭の汚れを落としていく。
「あらあら、こんなになってしまって……お姉さんにまかせておきなさい」
「あたしも手伝うよ! イシュタンも手を貸して」
 鳥居を掃除していたミルディアも、一緒に布紅の汚れを落とす。さらに。
「布紅おねえちゃん、かわいそうですー」
 ヴァーナー・ヴォネガットも、とことことカビだらけの布紅に駆け寄った。
 福神社が大変な事になっていると聞いて、急いでやって来たのだ。
 ぎゅって布紅に抱きつこうとして、とっさに動きが止まる。
 さすがにカビだらけの布紅には、抱きつかないほうがいいみたい。
「だいじょうぶですか、おねえちゃん。これをもってきました」
 じゃん。
 取り出したのはボディーソープ。様々なハーブを使ったソープで、香りもいいし肌にもいい。
「いっしょうけんめいあらったら、きっときれいになるです!」
 ヴァーナーは可愛らしく微笑んだ。
 柔らかいタオルにボディソープを泡立て、ヴァーナーは布紅の手をとる。
 まずは軽くこすってみる。……意外と頑固なカビだ。もう少し力を込めてごしごしごし。
 頭のカビを取り除き、振袖の汚れを落としてゆけば、段々と元の姿に戻ってゆく。
 ほっとした表情の布紅に、メイベルは優しく笑いかけた。
「一人でつらかったでしょう〜。私も一人だったから、分かりますぅ」
 孤独のつらさは知っている。パラミタに渡る前、自分も一人ぼっちだったから。
 優しく布紅の髪を撫でるメイベル。
「今も一人きりなのですか?」
 布紅のその問いに、メイベルはセシリアを見つめる。にこ、と微笑みかけてから、布紅に向かってこう答えた。
「今は違いますぅ。大事な友達もいますもの」
 そのメイベルの背中を見ながら、セシリアは思うのだった。
 決してメイベルにさびしい思いはさせないと。
 その間も、ミルディアとフィリッパ、そしてイシュタンは、布紅をきれいにぬぐっていた。
「これでオッケイだね! きれいな福の神様に戻った!」
 すっかりカビのとれた布紅が、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。……私がみなさんを元気にしなくちゃいけないのに、いつも助けていただいてばかりで」
「いいんですよぅ布紅さん。……布紅さんから幸せを貰った人だって、沢山います」
「その通り!」
 かつん、かつん。
 愛馬のアルデバランのたずなを握り、布紅の前へと進み出たのは鬼院 尋人。
 正月以来、久々に訪れた空京神社。
 あの時、布紅の本殿でひいたおみくじは「至福」だった。
 そうしておみくじ通り、この数ヶ月で尋人にとって幸せな出来事が起こる。
 あこがれていた先輩と、少しだけ増した親密度。
「おみくじのおかげで幸せになれたと思っている。だから自信を持ったらいい」
 目を見開いて布紅が尋人を見つめる。それから、幸せそうに笑う布紅。
「本当ですか、……よかった」
「だから自信をもて」
 尋人は社殿に向かった。倒すべきはあの巨大なボス餅。
 小さな餅を華麗な手綱さばきで避けると、尋人はボス餅の前へと進み出た。
「大人しくしろ!」
 その尋人にボス餅がぎろりと視線を向けた。
「我輩の神社を攻撃するものは、誰だ……」
「お前の神社じゃない、福の神の神社だろう!」
 びし、と指さす尋人。騎士道精神において、この狼藉は許せない。が。
 ボス餅は、こう言い返した。
「神社を騒がす不届き者、こらしめてやる」
「それも、お前だ!!」
 話の通じない鏡餅だ。餅に話が通じるのもシュールだが。
「それ」
 大鏡餅が手をあげた。小さな鏡餅、ぴょんぴょんと飛び跳ねて大鏡餅に突っ込んでゆく。小さい餅が大鏡餅にくっついて、さらに大きくなる大鏡餅。
 なんか、こういうメカあったよな。
 と、ぼーっとしている場合じゃない。これ以上でかくしてなるものか。
 とはいえ、わらわらと集まってくる小さな鏡餅。
「なんとかしなくちゃ」
 ヘキサハンマーを振りかざしながら、遠鳴 真希は呟いた。
 これ以上大きくなられても困る。
「真希さぁん!」
 その真希を呼ぶ泣き声に、振り向く。
 そばにいたはずのケテル・マルクトがいない。
「あれ?」
 ケテルはといえば、神社の中を走り回っていた。
「ひきつけてくれてるの? テルちゃん」
 合体されるよりはいい。パートナーの働きぶりを褒めた真希だったが、ケテルにしてはそれどころじゃない

「違いますよう、真希さん!」
 書物にとってカビは大敵。
 とにかく近づかないように逃げていただけだったが、何を思ったか小餅達が後をついて回っている。
 真希もその後を追って走る。ぽこんぽこんともぐらたたきのように小鏡餅を叩き潰すが、どうにもきりがない。
「やっぱり、あのでっかいの倒さなきゃ駄目だよ」
「だったら、道を作る」
 本郷 涼介がフェイスフルメイスを手に飛び出す。小さい餅を片っ端から叩きつぶしてゆく。
 社殿から飛び降りると、エヴァルトも叫んだ。
「俺たちも小さい奴を片付けよう。あれの側に近づけるんじゃない」
「どうやって」
「こうしてやる!」
 ミュリエルの声に答えたのは、エヴァルトではなかった。
 椎堂 紗月が、思いっきり小鏡餅を外へ向かって蹴っ飛ばしていたのだった。
「凪沙、どこにターゲットがいるか指示を出してくれる? ラスティは遠くに逃げた奴を弓で捕まえて」
「分かったけど……走り回る鏡餅ってなんか……すごくシュールだね」
「たしかに奇妙な光景だな……。しかし中々愉快な光景じゃないか」
パートナーの有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)ラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)を後方援護に回し、紗月は餅にキックする。道をつくれば、きっとルイが何とかしてくれるはず。
「脚か。なるほど」
 足元の餅を蹴上げてみるエヴァルト。蹴上げたところを拳で吹っ飛ばす。
 これなら屈み込む必要はない。
 華麗な足技を披露する面々を、少々呆れた面持ちで見ているのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)
「何をやっているんだ……」
 神社が騒がしいと、立ち寄ってみたら今の有様だ。
 鳥居の側に隠れている布紅へと視線を送る。心配そうに巨大鏡餅を見上げている布紅。
 放っておくわけにもいかない。
 目線を走らせて場所を探す。あんなふうにあちこち小餅を散らしては効率が悪いだけだ。
 適した場所を選ぶと、恭司は声をかけた。
「ばらばらに蹴飛ばしてもしょうがない。ここに集めてくれ」
 橘 恭司が、一点をさす。境内の端の開けた場所。紗月がぽんと蹴り込むと、恭司はそのまま餅を奈落の鉄鎖で縛り付ける。
 これなら、逃げることもできない。
「なるほど」
 手を打ったエヴァルトも、その場所に向かって餅をキック。
「そこ、右! 右に3つ!」
 紗月のパートナー有栖川 凪沙の声を頼りに、鏡餅を蹴りまくる紗月とエヴァルト。紗月が蹴飛ばしたものを思わずエヴァルトがトラップしたとき、一瞬二人の目が合った。
「ほら、パス!」
 餅を蹴り上げるエヴァルト。頭の少し上に蹴り上げられた餅めがけ、紗月は思いっきり地面を蹴った。
「くらえ、さつキーック!」
 渾身のオーバーヘッドキック!
 蹴られた餅を支えようとしたほかの餅たちをも押し込んで、キックは餅を吹き飛ばす。
 飛んできた餅を首尾よく橘 恭司が奈落の鉄鎖で押さえつけた。
「遊んでいるのか」
 思わずつぶやく恭司。
「大真面目だってば!」
 紗月が言い返した。……ちょっと面白いのは、確かだけど。
 そのときだった。
「醸してやるんじゃーーー!!!」
 絶叫は、そう上空から。