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鏡開き狂想曲

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鏡開き狂想曲

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「醸してやるんじゃーーー!!!」
 見上げる有志のその上に、彼はいた。
 彼の名は棚畑 亞狗理。波羅蜜多ツナギに身を包んだ、仁義無き農耕民族。
 白菊珂慧に呼び止められた、あの男だ。
「なにしてるの?」
 珂慧の問いに、亞狗理は問うた。
「なんじゃ? 邪魔する気か?」
「ううん、別に」
「なら教えてやる。酒じゃ。発酵じゃ。こんな機会はめったにないからのう」
 そう。亞狗理の目的、それはこの巨大餅を作った醸造だった。
「カビと腐敗と発酵と醸造は現象としては同じじゃと、醸造の教科書に載ってたんじゃ! だから試してみようと思うてのう」
 抱えてきた種モミ袋の中には、酵母が植えつけられた籾殻が詰まっている。
 無論その酵母も、パラ実農業科校舎跡からガメて……いや頂いてきたものだ。
 それを、火薬を減らしたショットガンの弾につめる。勢いは多少落ちるが、なに餅まで届けば問題なし。禁猟区で自分のダメージ回避も万全。
「あとはこれを、あのデカいのにぶちまければええだけじゃ」
 餅が増えるのを、虎視眈々と亞狗理は待っていた。多ければ多いほど醸造はうまくいくはず。ついでに誰ぞの火術であったまれば、発酵もがんがん進むというものだ。
 期は熟した。乗用大凧で一気に空へと舞い上がる。ショットガンを構えると、
「覚悟せいや、餅ぃ!」
 ガン、ガンガン。続けざまに打ち込むショットガン。
「善玉菌でハチノスにしてやるんじゃ、われぇ!」
 でも善玉菌なんだ。
 はるか上空への突っ込みは、残念ながら届かない。
 ショットガン、もとい酵母入りの籾殻を打ち込まれたボス鏡餅。
「……な」
 ところが、……ボス鏡餅は、びくともしなかった。
 考えてみれば当たり前。酵母と籾殻では、餅にとって栄養にしかならない。
 ぎん、と亞狗理見上げたボス鏡餅。橙の充填完了。
「なんじゃとーーー!」
 ハチノスになったのは、亞狗理の凧だった。
 破れる前に急いで地上に降りる亞狗理。
「……危ないところだったんじゃ。……て、え?」
 いくらなんでも。
 亞狗理はボス餅を見上げた。この匂い。
 亞狗理がぶっこんだ酵母が、ものすごい速度で発酵を始めたらしい。
 それにしてもえらく早い発酵だが、……相手は動く餅だ。
 もともと布紅の霊気を帯びている身だけに、成長も早いと思われる。
 ゆらり。
 ゆらり。
 左右に揺れ始める、ボス鏡餅。
「……酔ってる?」
「餅が酔うとこなんて、初めてみたよ」
 初めてもなにも。
 ふらふらと揺れ始めたボス鏡餅。安定感無く社にぶつかるものだから、危険なことこの上ない。
「あのままでは、社が倒れてしまう」
「とにかくあの餅を落ち着かせないと……」
「ボクが試してみるよ!」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、銀のハーモニカを手に前へと出る。
「テンション下げれば、きっとおとなしくなると思う。……ジュレ、期を見計らってみんなとボス餅を叩いてくれる?」
「了解したぞ、カレン・クレスティ」
 小柄で端正な美少女然としたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)。声もたがわず美しいが、その口調は老練で重々しい。
「あ、でも、全部壊しちゃわないで。後で鏡開き、やってあげたいんだ」
 餅がああなってしまったのは、放って置かれて悲しかったからに違いない。
 暴れまわるから止めなければならないが、それでも少しは餅の思いに答えてやってもいいはずだ。
 
「分かった。……あのまま食してやれぬのはつらいが、後で必ず鏡開きとやらはやってやるからな」
 迷彩塗装で姿を隠すジュレール。
 こほん、と、カレンは1つ咳払いをした。
「じゃ、行くよ。タイトルは『寂しい鏡餅のバラード』」
 ブルースハープを吹き鳴らすカレン。前奏からしてもう物悲しい。
 その音色に、ボス餅がカレンを見つめた。酔っ払った顔でじっとカレンを見つめている。すう、と息を吸い込み、カレンは歌に気持ちを乗せた。
「あの頃はみんな優しかったのに〜
いつの間にか忘れられて〜、ひっそりとカビてゆく〜
真っ白な色がきれいな虹色に染まったのに〜
気味悪がって、みんな逃げて行く〜
僕は〜寂しい鏡餅〜」
 むせび泣くようなブルースハープ。
 オオン、とボス鏡餅が咆哮した。ぼろりとその目から零れ落ちる涙。
 ボス餅だけではない。小さい鏡餅たちも、ひざを折って泣き崩れている。
 餅だけではない。
「うおおお……! この痛み! 悲しみ!」
「ぐす……なんだか泣けてきたよ」
 泣きながら、紗月は小さい餅を両手いっぱい抱えあげた。ざらざらと小鏡餅を左右に開き、ボス鏡餅までの道を開く。
「ルイさん、みんな道を開いたよ! 行って!」
「さすがです紗月さん」
 疾走するルイ・フリード。ジュレール・リーヴェンディ、遠鳴 真希も一気に間合いを詰める。
「私たちも行こ!」
「あ、待ってください美羽さん!」
 小鳥遊 美羽も飛び出した。
 手には、剣の花嫁・ベアトリーチェが化した光条兵器だった。
 大人しいベアトリーチェからは思いもよらない無骨で威圧的な形状。
 刃渡り2メートルもあるそれを、ぶんぶんと軽々と振り回す小柄な美羽。
「行くよ!」
 泣き崩れるボス餅に向かってジャンプ!
 大きく振りかぶると、光条兵器の重さを乗せて、ざっくりと切り刻む。
「おお、中は白いではありませんか」
 美羽が切った断面を見て、ルイ・フリードが手を打った。
 酒の発酵も表面だけで済んでいるようだ。
「これなら食べることもできそうだ」
 紗月の作った道を通り、ルイは疾走する。
 手には戦闘用ドリル。だがただのドリルではない。氷術でドリルの先端を凍らせ、数倍にかさを増したドリルだ。
「狙うは一点」
 ぎゅいいいん。高速でドリルが回る。
 ボス餅のどてっ腹を狙い定め、ルイは思い切り突っ込んだ。
「渾身の一撃を受けなさい! ……アイス・ドリル・クラーッシュ!」
 ぼこ、と、貫かれ大穴が開くボス餅。
「さすがルイさん! それにドリル!」
 紗月の賛辞に、満面のルイスマイルを浮かべルイは答えた。
「ありがとう紗月さん。……ドリルは漢のロマン、魂です!」
 ルイの攻撃で腹に風穴が開いたボス餅。
 それでも餅が元に戻らないのは、きっと鏡割りをして欲しいから。
 遠鳴 真希は思っていた。手にしたメイスをぶん、と振り上げる。
「割ってあげるから、大人しく食べられなさい!」
 一撃で決める。全身のばねを弾けさせ、真希は飛んだ
「やっ!」
 同時に飛び出した、ジュレール・リーヴェンディ。
 真希とジュレールが、上から思いっきり叩きつけた。
 その瞬間。
「割れた!!」
 ぱりん。ぱりぱりぱり。
 表面に入る無数のヒビ。
 ずしん、とボス餅がひざをつく。
 そうして。
「……おいしそう」
 中から、真っ白い餅が姿を現したのだった。