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波羅蜜多実業高等学校

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第12章 食堂・夕食


 午後の授業見学を終えた生徒達は、再び食堂へと集まる。
 葦原明倫館側が準備した最後のプログラム、夕食の時間だ。

「ねぇねぇ、やー兄!
 ちーちゃんお腹ペコペコだよぉ……」

 昼時も夕方も、規則正しく空腹を訴える日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)
 ちょんっと席へ座ると、パートナーが注文してくれた料理の到着を待つ。

「……にゃー」

 焼き魚のにおいにつられて、食堂の厨房へと迷い込んだ屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)
 薄く殺した声を上げ、様子を伺い……動いた。

(いただいたぜ!)

 職人が離れた瞬間を見計らって、皿の上から焼き魚をかっさらう。
 全能力を集中させた結果の収穫は、かげゆにとって非常に満足のいくものであった。

「葦原明倫館〜ニンジャやサムライに陰陽道、昔の日本に通じる文化があったんだよ。
 予想どおり、ご飯も和風だったもんね」

 物見遊山気分で、葦原明倫館見学会に参加した皆川 陽(みなかわ・よう)
 普段から日本の味を恋しく思っていたため、昼食で和食を食べられたことに感動していた。

「実は、パラミタに来てからのご飯があまり口に合わないんだよね。
 特に薔薇の学舎の食事は貴族的すぎて、『庶民・オブ・庶民』であり『ザ・大衆たる一般ピープル』なボクの口にはちょっとね」

 葦原明倫館の生徒へ、陽は薔薇の学舎の食事のメニューを紹介する。
 逆に羨ましがられるも当然、同意はできない。

「日本人の子供だから、ボクには高級料理よりも、たとえばカツ丼とかのほうが美味しいんだ。
 あ、ありがとうございます……って」
(えぇっ、カツがないし、ケチャップとマスタードがかかってるんだけど!?)

 置かれた器のふたを開いて、陽は仰天。
 白米の上にウィンナー、そして味付けにケチャップとマスタード。
 それは、カツ丼という名の……。

(ホットドックやん!?)

 臆病な性格ゆえ口には出せない陽だが、心のなかでは自身にできる最大級の勢いでつっこみを入れる。
 残念というか、絶望?

「テディ、あげるよ……他の料理を頼んでくるから」
「いいのか、食べ尽くしてやるぜ!」

 想像との乖離を埋めることはできず、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)へと『カツ丼』を横流して。
 陽は、庶民の食事の代表格・カレーライスを頼み直した。

「新しい味だけどこれ、結構美味いかも!?」

 意外や意外な感想をつぶやくテディだが、不味いものでも調理者の眼前で言っちゃうくらいとてつもなく正直な少年。
 胃袋はブラックホール並みで、味覚もいたって普通な少年。
 だからたいがいの人にとっては……陽にとっても、美味しかったのかも知れない。
 もしまた来校する機会があれば、試してみてもいいかもなぁと思う陽であった。

「わぁーこれ面白いね、何ていう料理かな?」

 机に置かれた料理を見て、千尋は眼を大きく輝かせる。
 大皿に盛られたグラタンライスには、小ぶりのハンバーグが2つと、2分の1カットのアスパラガスが1本。
 何かの顔、それも笑っているようで、見ていると微笑ましくなる。
 その名も『笑顔のグラタン』……まんまだ。

「やー兄、半分こだよーいただきまーす!」

 端っこからちょっとずつ、千尋が食べ始める。
 その笑顔は、グラタン以上にパートナーを温かくさせるものであった。

「よそのがっこう行ったらまずがくしょくへ行く、それで全メニューせいは、それがラズのゆずれないぽりしーだよ!」
 だからメニューのじゅんばんに注文しちゃうよ、もちろんのこさないよ、もったいないもん!」

 食堂の入り口に仁王立ち、ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)が両手をぐっと握り締める。
 誰が何を言っても、聞く耳を持たなそうな剣幕だ。

(ラズがどうしても食堂で伝統料理を食ってみてぇっていうから着いてきたが、正解だったぜ。
 誰かが一緒にいねぇとマズイだろ、1人で厨房の具材を食いつくしかねねぇからな)

フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)が、無言のまま1人頷く。
 皆が視線のやり場に困っていることなどつゆ知らず、ラズの行動にだけ注意を払っていた。

「では私は『おスシ』をお願いいたします、きちんとお金は払いますので」
(マホロバの文化を学びにきました、『郷に入(い)っては郷に従え』ですよね。
 粗相があったら腹を割らねばならないらしいので気を付けましょう、マホロバの慣習についての予習はバッチリですよ?)

 嘘ではないことを証明するために、懐から出したお財布をカウンター席へと置く。
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、お品書きの最後に位置する最高値の料理を注文した。

(噂に聞く大トロとやら、パラミタにもあるのでしょうか……楽しみですね)

 魚介類他のさばかれるさまを眺めつつ、料理を待つアリーセ。
 だが。

「そうでした、ワサビ入れないでくださいね!
 いいですか……絶対に、入れないでくださいね!」

 カウンターに両手をつき、身を乗り出して叫ぶ。
 職人さんも思わず、裏返った声でへいっと返答をするほどの気迫であった。

「我らは見学に来てる身アルから、食事は当然奢りあるね、タダアルね!?
 食って食って食いまくるアルよー!!

 そんなアリーセの1つ隣の席に座るのは、マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)
 昼食のときもこんな感じで、5人分くらいの食事を食べつくしていた。
 職員にとっては、脅威以外の何ものでもない、ブラックリスト入りした人物である。

「あ、それ美味しそうアル!」
「……!」

 横から伸びてきたマルクスの手を箸でつかむと、鋭い視線で無言の牽制を送るアリーセ。
 食欲同士のぶつかり合いが始まるかと、皆が息を呑んだ刹那。

(行儀よく、礼儀正しく、おとなしく……学校の看板に泥を塗らないように)
「……大トロは譲れませんが、このテッカマキをあげましょう」
「やったー、優しいアルね、ありがとうアル!」

 食事に関してマルクスは、遠慮という考えなど持たぬゆえ、お隣さんの料理も自分のもの〜という勢い。
 ぐっと感情を抑えて、アリーセは2貫あった鉄火巻きの片割れをマルクスの手に乗せた。
 満足したようで、手を引っ込めるマルクス……ちょうど自身の頼んだ料理も来たよう。
 アリーセは、事態を平和に解決できたことに安堵しつつ、大トロを口へ運んだ。

「どれもこれもおいしいね!
 ほんとだよ、ラズ、うそつかないもん!」
「ラズ、そんなに食ったら腹こわすぞ」

 皿を1つ、また1つと空けていくラズ。
 残すのはもったいないという言葉を守り、完食してから次の料理を頼んでいた。
 しかしもう3人前の料理を呑み込んでおり、フローレンスはそろそろ止めないとなぁと思う。

「フローレンスももっと食べないとせいがつかないよ!」
「ったく、世話の焼ける!」

 聞き分けのないラズに、お仕置きと言わんばかりの実力行使!
 食べきった瞬間を見計らい、手と口を押さえたのだ。
 ふごふご言うラズだが、大切な仲間であるフローレンスの手を跳ね飛ばすことはできない。
 しばらくののち、諦めておとなしくなったラズ。

「全メニューせいは、できなかった……いつかまたちょうせんしに来たいなぁ」

 なんて怖いことを、口走るのであった。

「とーっても美味しかったです、ありがとうございます♪」

 器を運ぶパートナーに着いて、カウンターまでやってきた千尋。
 厨房全体へ聞こえるように、大声でお礼を言い、可愛くお辞儀をした。

「お品書きに『滅殺らぁめん』なるものしか見当たりませんでしたが、味噌ラーメン好きとしては黙っていられません。
 ……断固として、味噌の美味しさを伝えさせていただきます!」

 生徒の注文をほぼさばき終え、落ち着きを得た厨房。
 に突然、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が乗り込んできた。
 有無を言わさず、職人からまな板と包丁を奪取、野菜を切る。
 あっという間に翡翠は、味噌ラーメンを作り上げた。

「言葉だけでは美味しさは伝わらないでしょう……さ、食べてみてください!」
(ちょっとでも味噌ラーメン好きが増えればいいのですが)

 鉢と箸を差し出すと、にかっと笑顔になる翡翠。
 口を付ける職人……誰もが、ぱっと顔を明るくする。

「これ差し上げますから、ぜひメニューに加えてくださいね。
 ちなみに、私は他のラーメンが嫌いなわけではありませんからね」

 そう言うと翡翠は、余ったスープの材料とA4サイズの紙を置いて去っていったのだった。


『お手軽簡単味噌ラーメンレシピ』

◇スープ
1:豚ひき肉をいため、赤味噌と白味噌を1対1で混ぜた合わせ味噌と混ぜる
2:合わせ味噌に醤油、みりん、料理酒を少量加え、さらに混ぜる
3:上記の味噌に油を数滴、お好みでしょうがやにんにくを刻んだもの、白ゴマを加える
4:そこに鶏ガラ、煮干などでだしをとったスープを加えて完成
◇具
1:モヤシや玉ねぎ、人参などお好みの野菜とメンマを軽く炒めておく
2:ホウレン草は湯がいて水切りをしておく
◇仕上げ
1:麺は可能ならちぢれ麺を使用し、沸騰したお湯でやわらかくなるまで煮る
2:やわらかくなったらお湯を捨て、スープを入れて軽く煮立たせる
*このときに煮すぎると味噌の風味が飛ぶので注意
3:スープが温まったら器に盛って、具を乗せて完成!