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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第7章 戦艦島攻防戦・スピネッロ編



 時間を少し遡る。
 島村幸がモンド空賊団で火事騒ぎを画策した頃、スピネッロ空賊団でも同様の事件が起こった。
 騒ぎの原因となったのは、『島村組』の若頭七枷 陣(ななかせ・じん)。幸と同じように数日前から船内に潜伏中なのであった。甲板の隅で息を殺していた彼は、ウロウロするスピネッロの姿を見つけた。
「くそっ! なんで電話に出やがれねぇ!」
 どこかに向かって電話しているらしく、とても苛立っている。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
「うるせええええ!!!」
 携帯を床に叩き付けると、トミーガンで蜂の巣にした。
 スピネッロはユーフォリア抹殺に向かわせた先行部隊に連絡したのだ。しかし、ドック内は佐野亮司の仕掛けた情報攪乱が発動しているため、通信が遮断されている。状況不明瞭さが彼の神経をささくれ立たせた。
「……なんか知らんけど、ちょうどええわ。俺の前に姿を見せたのが運のツキって奴や」
 そう言うと、陣もその身を蝕む妄執を使い、甲板上にいる空賊達を幻の中に叩き落とす。
 突然、床下から炎が吹き上がり、周りを取り囲まれる幻覚。ただ、出口までの退路は残している。
「ど……、どうなってやがんだ、こりゃあ!?」
「わかりやせん、ボス! 動力には異常はないみたいなんですが……!」
「原因は動力じゃありやせんぜ! おかしな二人組がいきなり火を……!」
 スピネッロ達は驚愕の表情で、我先に逃げ出さんとしているようだ。
「このまま外に出てくれたら御の字やけど、二人組ってなんや……?」
「えー、陣くんの幻じゃないの? すごいねー、こんなリアルな炎を作れるんだー」
 陣のパートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は、隣りでなにやらわけのわからぬ事を言っている。
「……はぁ? あのなリーズ、おまえには術をかけてへんぞ?」
 とその時、陣の鼻先を焦げ臭さがくすぐった。パチパチと木材の燃える音も聞こえてくる。
「……って、ほんまに燃えとるやんけ!?」
 後部甲板の方で火の手が上がっているのが見えた。
「潜入は上手くいきましたね。殿、この陽動の任、必ずや成功させてみせます……!」
 おそらく幻に紛れて強行着陸をしたのだろう、空色の迷彩塗装の施された小型飛空艇が甲板に停まっている。その前にいるのは持ち主の坂崎 今宵(さかざき・こよい)。火炎放射器を片手に汚物を消毒しまくっている。
 その隣りで、同契約者に仕える宮本 武蔵(みやもと・むさし)がぼやいている。
「やれやれ、ヨサークのヤツも適度にしておけばいい物を、ウチの大将は執念深くてしつけ〜ぞ〜?」
「ほら、武蔵さん。ダラけているとあなたの頭も燃やしちゃいますよ?」
「コワイ嬢ちゃんだねぇ、わーかってるって。オッサンに任せなさい」
 放火活動を止めようとやってきた空賊団を前に、武蔵は平然とあくびなんてしている。
「舐めやがって……、蜂の巣にしてやらぁ!!」
 空賊達が一斉にトミーガンの銃口を向けると、武蔵はゆらりと二天一流の構えを取り、清流のごとき滑らかな身のこなしで懐に潜り込んだ。空賊が驚く間もなくヒロイックアサルトの『二天一流斬』でバッタバッタと斬り伏せていく。
「き、気をつけろ! こいつ、ただの親父じゃねぇぞ……!」
「おいおい、そう慌てなさんな。俺はただのしがない美術教師だぜ?」
 ぐるりと見回し、武蔵はにやりと笑った。
「(陽動は上々のようですね……、これだけ空賊を引きつけられれば、殿も戦いやすいはず……)」
 帆を盛大に燃やしながら、今宵はこの船のどこかにいるはずの契約者九条 風天(くじょう・ふうてん)の事を想った。


 ◇◇◇


「……どーなってるかと思えば、派手にやってるじゃねぇか!」
 ボヤ騒動の起こるスピネッロ船を発見し、葉月 ショウ(はづき・しょう)は廃墟屋上から飛び降りた。
 高周波ブレードをマストに突き刺し、切り裂きながら滑り降り、空賊達の目前に着地を決める。
「こ、このガキ、どっから入ってきやがった!?」
 咄嗟に銃口を向ける空賊、だが、ショウは剣を閃かせ、トミーガンを両断する。そのまま身体を捻り、空賊の胸を蹴り飛ばした。吹っ飛ばされた空賊は他の空賊を巻き込んで、ドミノ倒しのごとく倒れていった。
「俺の目が黒い内は、仲間に手は出させねぇ! うおおお!!」
 腰だめに剣を構え、突撃を仕掛けるショウに、空賊達は舌打ちした。
「ガキが……! スピネッロ空賊団にケンカをふっかけた事を後悔させてやる!」
 ショウの眼前に銃口が突きつけられた。
 だが、そこにショウと組んで行動中の如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が落下してきた。不意にのしかかってきた彼女によって押しつぶされ、空賊は潰れた蛙のように床に手足を広げて倒れた。
 しかも、玲奈は光学迷彩を使用していた。フリューネ達を守るためにここにいるとは言え、彼女は立場的にはヨサーク側の人間である。正体が露見してはいろいろとまずい。
 そんな理由もあって、周囲には、何もないのに空賊がぶっ倒れたように見えた。
「お、おいおい……、いきなりどうした!?」
「わからねぇ。急に身体が重くなった。いや、なんかすげー重いものがのしかかってるみてぇーだ」
 そう言った途端、空賊はボゴッと殴られ、気絶した。
「(失礼ね……! 重くないわよ!)」
 またしても何もないのに気を失ったので、空賊達は不安な表情を浮かべ始めた。
「……こりゃあ、亡霊の仕業だな」
 玲奈の仕業と推察したショウは、ちょっと彼らをからかってみようと思った。
「ぼ、亡霊!?」空賊の間にどよめきが走った。「で……、出るのか、この島は?」
「何も知らずにこの島に来ちまったんだな。この島には5000年前の戦没者の霊が……」
「ば、バカ野郎! ビビらせんじゃねぇ! ファンタジーやメルヘンじゃないんだから、そんなもんいるわけねーだろ!」
「……おまえら、よく全力で自分達の存在を否定出来るな」
 そうこうしている間に、玲奈はぎゅぎゅーっと空賊の首を絞めて気絶させていく。
「(ワルぶってるくせに、意外と小心者なのねぇ……)」
「ひいいい! で……、出たぁ!!」
 完全に恐怖に陥った空賊達はその場から駆け出す。だが、逃げ込んだ先で大爆発に巻き込まれた。
 小型飛空艇を駆る水上 光(みなかみ・ひかる)が、爆炎波を繰り出しながら、船に特攻を仕掛けてきたのだ。
 今日の彼は、クィーンヴァンガードとしてではなく、フリューネの友人としてここにいる。
「もう絶対に……、フリューネに悲しい想いはさせない……!」
 決意を固めるように言うと、飛空艇を滑らせ、甲板にスライディングで乗り込んだ。
 飛空艇から飛び降りると、続けざまに爆炎波を放ち、船の混乱を加速させる。数名の空賊が迎撃に走ってきたが、お構いなしで吹き飛ばす。なんだか既に泣きそうな顔をしていた気もしたけど構わない。
「他にも空賊に立ち向かってる人がいるみたいだ。ボクも負けてられないな……!」
 先へ進もうとした光るの前に、ひとりの男が立ちはだかった。
 ストライプのスーツを着て、シルバーのアクセサリーを纏う、自信に満ちた男だった。彼の事を表現する言葉で、もっとも的確なのは『ギャル男』という言葉だろう。その手に握った銘刀『古浪』を肩に担いでいる。
「運の悪い坊やだ……、この俺様に見つかっちまうなんてなぁ……」
 口の端を歪めて笑うと、親指で己を指した。 
「俺様はスピネッロ空賊団三幹部の一人、【超絶伊達男のユリアン】! てめーらの好きにはさせ……」
「問答無用っ!」
 光がすかさず放った爆炎波で、ユリアンは燃えながら甲板を転がった。
「……あぢぢぢぢ! て、てめぇ! 人の話を聞かないで攻撃するたぁ、どういう了見……」
「邪魔だどけえ!!」
「(どいてっ!!)」
 ドタバタとやって来たショウと玲奈に殴り飛ばされた。その勢いで、彼は船外に放り出された。
 超絶伊達男のユリアン、こうして彼の強さは永久に謎に包まれたのであった。


 ◇◇◇


 混乱が続く中、スピネッロ船は緊急着陸を行った。
 スピネッロは炎上する船に見切りを付けた。ただ、たしかに本当に燃えてはいたが、それはあくまで一部である。その身を蝕む妄執で見せられた幻で、船が持たないと思い込んだのだった。
 まあ、緊急着陸の衝撃で船の駆動機関が粉砕し、結果的に航行不能の状態に陥ってしまったのだが。
「どきやがれ! 俺が先にこの船から降りるんだっ!!」
 スピネッロは部下を押しのけ、我先に逃げ出そうと走った。
 だがしかし、その前に、九条風天がゆらりと姿を現した。嫌悪と憤怒に満ちた視線を向ける。
「仲間まで見捨てるか……、どこまでも腐った男だ……!」
 花散里とブライトシャムシールを左右の手に持ち、二刀の構え。
「く、くそ……っ! なにしてる、てめーら! 俺を助けろ!」
 先ほど押しのけた部下にこの態度、どこまでもな奴である。
 空賊が援軍に駆けつけようとするも、その前を、風天のパートナーの白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が塞いだ。
「……邪魔だてをさせるわけにはいかんな」
 雅刀を振るい、スピネッロとその部下との間を断ち切る。
「賊狩りは久しぶりだ。血がたぎってくるわ……」 
 剣の達人と呼ばれた事もあったが、現在は利き腕を痛めているため、かつてのような技は期待出来ない。攻撃よりも防御に重きを置いた剣術で立ち回る。今の彼女でも、風天が決着をつけるまでの時間稼ぎはできるはずだ。
「……なんか知らんけど、計画通りっちゃ計画どおりやな」
 陣はそう言うと、もう二人のパートナー、小尾田 真奈(おびた・まな)ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)に指示を出す。島村組の目的もスピネッロ、雑魚に用はない。二人にセレナを手伝うよう言った。
「まったく……、陣は魔道書使いの荒い奴じゃのぉ」
 ジュディはため息まじりに言い、セレナと挟み撃つように位置を取る。
 禁じられた言葉を詠唱し、その身に宿る魔力を増幅させ、真奈に強化版パワーブレスを施した。
 真奈はハウンドドックを構えると、弾幕援護と轟雷閃を組み合わせ発射した。パワーブレスによって強化された爆風は凄まじく、空賊達は不意に襲いかかった爆風と稲妻に翻弄され、その場から動けなくなった。
「申し訳ありませんが、ご主人様の言いつけですので、ここでしばらくお相手をして頂きますよ」
「さっさと終わらせてネトゲに籠もりたいのじゃ、とっとと片付けてくれようぞ……」
 両手に魔力を収束させながら、ジュディもそれに続く。
 タシガン空峡の勢力の一角を担うスピネッロ空賊団の、このあまりにも情けない体たらくに、スピネッロはいら立ちを隠せないでいた。相手はたかだか女子供、それに追いつめられるなどあってはならない事だった。
「……ちくしょう! なんて不甲斐のねぇ、奴らなんだ!」
「でも、ペットは飼い主に似るっていうけどねー!」
 スピネッロをさらりと挑発すると、リーズはヴァルキリーの翼を広げ、強襲を仕掛けた。
 チェインスマイトと轟雷閃を同時に繰り出し、スピネッロの頭上から斬撃の雨を降らす。
「にははは♪ 吹っ飛んじゃえー、チョビ髭ー!」
「ば……、ばか、てめえ! ふざけんじゃねぇ! どわああああ!!」
 放たれた斬撃は床板を貫き、スピネッロごと甲板を斬り崩した。
 足場をなくてしまった彼は、ゴロゴロと転げ落ち、地面に大の字になって倒れた。
「こ……、このクソガキャアッ!!」
 あちこち擦りむきながらも、元気に立ち上がるスピネッロ。
 そして、自分が一番乗りで外に脱出出来た事を悟り、屹立する廃墟群の中に一目散に逃げていった。
「ああっ! チョビ髭ー! 逃げんなー!」


 ◇◇◇


 スピネッロは走っていた。
 築き上げてきたものを全て失った。忠実な兵隊たち、強力な大型飛空艇……、ここまで築き上げるのに10数年の歳月がかかったにも関わらず、失うには一日もかからなかった。人生とはつくづくふざけたもんだ、と彼は思った。
「あれが目標の、『血まみれ』のスピネッロですか……」
 戦艦島内で待ち構える『島村組』最後の一人、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は呟いた。
「……なんか擦り傷だらけですね。これが血まみれの由縁でしょうか?」
 少し考えたが、そんな事はどうでもいい、とリュースは首を振った。
 島村組の思惑通り、スピネッロは追い込まれてきた。そうなればやる事はただ一つ。
 二人のパートナー、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)龍 大地(りゅう・だいち)に目配せする。スピネッロ以外の有象無象の空賊を撃退するために、二人はここにいるのだが、既に他空賊はあらかた片付いてしまっていた。
「ま、こういう事もあるよな。しょうがねぇ、あのオッサンの足を止めるか」
 大地はそう言うと、物陰から遠当てを放ち、スピネッロの足元を崩した。
 吹き飛ばされた石畳につんのめり、またしてもゴロゴロと豪快に転がった。
「ふ、ふざけやがって! ぶっ殺してやる!!」
 トミーガンを取り出し、血走った目で周囲をきょろきょろと見回す。
「ここは私に任せて下さいね、リュース兄様……」
 シーナは精神を集中させ、アシッドミストを発生させた。強酸性の濃霧が狙うのは、スピネッロの手元。突然、手を焼かれ、彼は思わずトミーガンを放り投げた。地面に落ちた銃はみるみるうちに腐食していった。
「く、くそ……、なんだってんだ! い、いるなら、出てきやがれ……」
「お望みとあらば……」
 スピネッロが振り返りった瞬間、リュースは即天去私で顔面を殴り飛ばした。強烈な衝撃に歯が宙を舞い、真横に吹っ飛ばされる。そのまま廃墟の壁に叩き付けられ、彼は崩れた瓦礫の下敷きとなった。
 とそこに、陣が小走りにやってきた。
「やあ、陣くん。遅かったですね、こっちはもう片がつきそうですよ」
「おお、仕事が早いな。ところで、幸さんはまだ来てへんのか?」
「ええ。連絡がありません。何もなければよいのですが……」
「なぁに、便りのないのは元気な証拠って言うやろ? あの幸さんどーにかなるわけあらへんって」
 その頃、幸はどーにかなりそうなほどの怒りで、モンペアと化しているのだが。
「くそ、くそ、くそ……! ガキ共が、舐め腐りやがって……!」
 瓦礫の中から、スピネッロが起き上がった。
「もう悪あがきはその辺にしたらどうですか。お仕舞いです。あなたにはもう逃げる術は残されていません」
 リュースが目を細めると、スピネッロは鼻息を荒くし、素早くシーナを捕まえた。
 隠し持っていたハンドガンを突きつけ、激しく唾を飛ばしながら叫んだ。
「ち、近寄るんじゃねぇ……っ! こいつを殺す! 殺すぞ!」
「シーナッ!」リュースは叫び、殺気に満ちた目でスピネッロを睨んだ。「……き、貴様っ!」
 リュースの表情がみるみる鬼神のように変貌していった。
 それは普段、温厚な彼が見せる事ない、もうひとつの顔だ。大切な人間に危害が及ぶ事を、彼は決して許しはしない。彼らを守るためだったら、リュースは鬼にでも悪魔にでも……、いくらでも残忍になる事ができた。
「……殺す! 殺してやる!」
 怒りに震えるリュースを横目に、氷のように冷たい表情の陣が一歩前に出た。
「……ええよ、手を出せば?」
「ふざけるな……ッ! 何を言っている、陣ッ!」
 掴み掛からん勢いでリュースは睨む。しかし、陣は表情を変えず言葉を続けた。
「けど、もし少しでもそいつ傷付けたら……、楽に死ねると思うなよ?」
 また一歩スピネッロに近付く。
「両手足を削いで達磨にして、切った部位を全部食わせたるわ」
「ち、近付くなって言ってんだろうがぁ!!」
 興奮したスピネッロが絶叫した瞬間、彼の右腕がドサリと地面に落ちた。
 自分の身に起きた出来事を、その一瞬では理解する事が出来なかった。だが、次第に凄まじい痛みが全身を駆け巡り、地面をしとどに濡らす鮮血を目撃し、彼は全てを理解した。いや、理解せざるを得なかった。
「い、い、いでえええええよおおおお!!」
 ガタガタと震え、恐ろしくて傷口を見る事も出来ず、嗚咽を漏す。
 その背後には、風天が憤怒の形相で立っていた。
「達磨ですか……、なかなかの妙案ですね。ボクも及ばずながらお手伝いします」
「ひえええええっ!!」
 逃げ出そうとするスピネッロ、だが、そこに風天の二つの刃が交差する。両足を切断され、スピネッロは倒れた。
「た……、助けてくれえ! か、金か!? 金ならいくらでも払う!!」
「救われませんね……、あなたは人して犯してはいけない領域に踏み込んだのですよ」
 風天は冷徹に首を振り、懇願するスピネッロを見下ろす。
「貴様はここで終わっておけ」
 そして、風天の手が閃き、スピネッロの首と同体は永遠に別れた。
 その壮絶な最期は、悪逆非道の限りを尽くした彼の最期にふさわしいものだった。