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第4章 ゴンドラの誓い


「あー、美味しかったね!」
 組んだ両手をぐいっと空に向かって伸ばして、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が至福のため息をつく。
「にしてもひななちゃ、よくルカ達の区別が付いたね」
「同じものを同じように食べてるのにね。臭いで区別できたとも思えないし」
 ルカルカと容姿が瓜二つ、おまけに行動も鏡写しなルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が頷く。
 先ほど、彼女たちははばたき広場にあるレストランでパスタやピザを堪能した。親睦を深めるためと、色々種類を試すために取り分けできるものを選んだのだ。
「気配……でしょうかぁ……」
 パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)に手を引かれながら、盲目の少女如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は控えめな笑顔を浮かべた。
「気配ねー。気配って言えば、二人は恋人かな?」
「えっ……あ、はい……どう……して……分かったん……ですかぁ?」
「そりゃ分かるよぉ。恋人同士って雰囲気出てるもん。あの超堅物のダリルにも恋人できたのよ。も〜ビックリ。……そいえば、ザカコさんは好きな人いないん?」
 ルカルカは首を回して、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)に質問を振る。
 ガードマンよろしく四人の最後尾を歩いていた彼は、突然の質問に面食らいつつも微笑を浮かべる。
「一人で観光ってのも寂しいですからね、お誘いしてもらって助かりましたよ」
「喜んでもらえてよかった!」
 彼女たちは今度は、広場に置かれた白い屋外用テーブルに着く。
 今日のイベント一つめ、プレゼント交換だ。
「私と千百合ちゃんからの……みんなへの……プレゼントですぅ」
 日奈々と千百合はせーので、袋から掌サイズの紙箱三つを取り出した。
「好きなのを取ってね。何が出るかお楽しみ〜」
「ありがとうひななちゃ、ちゆりん」
 早速ルカルカが、細い紐を指先でほどく。露店で買ったから包装は極めてシンプルだ。
 続いてルカ、ザカコも箱を開けた。
「可愛いー」
 ルカは小さなガラス細工を摘んで、目元まで持ち上げた。陽の光に透き通って金色に輝く金雀枝(エニシダ)の花。ルカルカはほんのりピンク色がかった姫林檎の花、ザカコのは薄紫のラッパ型をした桐の花。どれも春の花だ。
 続いてザカコとルカルカ、ルカもプレゼントを配る。
「私のものは皆さん全員に同じものなのですが」
 ザカコのプレゼントは、木製のカフェオレボウルだ。砕けない関係、そして日常の友でありたいという思いを込めての選択である。
 実はもう一つプレゼントがあって。ひまわりのペンダントを解散後にルカルカに渡すつもりでいた。
 彼女に婚約者がいるのは知っている。だから、異性の自分が装飾品を贈るのは迷惑になるかもしれない。けれど最近元気がないから。
「なんだ、みんなヴァイシャリーで買ったんだねー」
「ねー」
 語尾をハモってルカルカはルカと顔を見合わせ頷く。
 ルカルカのプレゼントは、露店で買ったポプリ袋。日奈々と千百合には苺ルカには薔薇、ザカコにはラベンダー。
 ルカのプレゼントが一番気合いが入っていて、手乗りサイズの手回しオルゴールだ。ザカコにはホルスト『木星』、日奈々と千百合にマルティーニ『愛の喜び』ルカルカにはバッハの『主よ人の望みの喜びよ』を。
 プレゼント交換を終えた五人は、今度は
「えっと、じゃあ次は……ゴンドラに乗ろう!」
 戦争まみれの日常の、束の間の休暇とあってルカルカは遊ぶ気満々だ。
 ご飯を食べてプレゼント交換をしてゴンドラに乗って、最後に<ホワイトリリィ>でお茶をするところまで決まっている。
 はばたき広場からゴンドラをレンタルし、運河に漕ぎ出す。
「……私が案内、しますねぇ……」
 百合園生だからか、日奈々が案内を申し出る。おっとり解説の彼女に千百合が時折補足を入れる形で、彼女達はゴンドラ観光を始めた。
「……そういえばゴンドラで、下をくぐると……永遠の愛を、誓えるって……いう噂の、橋が…あるらしいんだけど……本当、なのかな……?」
「そんな橋があるの? 地球のベニスでは橋をゴンドラでくぐると愛が永遠とか言うよ。せっかくだから行ってみようよ」
「だね。確かこっちだったよ」
 千百合の案内で、ゴンドラは<七夜橋>の前まできた。
 住宅街の中にあるその一見普通の、白い橋には、一つの言い伝えがある。
「むかぁし昔、ヴァイシャリーに、とっても綺麗な宿屋の娘がいたんだって。一人娘で、大事に大事に育てられたその娘さんは、十六歳になった日、初めてお父さんと商工会議所主催のパーティーに出席したの。そこで素敵な青年と出会って、たちまち二人は恋に落ちた……」
 けれど実は、青年も宿屋の一人息子。ふたつの宿屋は当時ヴァイシャリーで1、2を争っていた。お互いの両親が交際を許すはずもなく、娘は家に閉じこめられ、息子は父親の同行という監視下に置かれた。
「二人は説得したけれど、親は“あちらの子が我が家に入り、向こうの宿屋を持参するなら結婚を許す”って無茶なことを言ってばかり。話し合いが上手くいくはずもなかったのね」
「それでそれで?」
 ルカルカは興味津々といった眼で千百合を見つめる。
「二人はそれでも何とか家を抜け出して、この橋で落ち合ったの。それで七夜、愛を誓い合って──あっ」
 そこまで言いかけたとき、丁度ゴンドラは橋の下をくぐるところだった。
 流れ星を見付けたときのように、全員慌てて祈りを捧げる。
(愛が友情が続きますように。……闇龍が倒れ星華や女王の争いも終わり、世界が平和になりますように!)
 ルカルカが両手を握りしめて強く目をつぶる。そっくりなはずのルカは、マネをしたが祈るフリだけ。
(千百合ちゃんとの愛が永遠でありますように)
(日奈々とずーっとラブラブでいられますように!)
 想いは一緒なのか、二人は向き合って指を絡めて目をつぶる。
(皆の笑顔を守ります)
 ザカコは彼女たちが祈り始めるのを見届けて、最後にそっと瞼を閉じた。
 教導団にイルミンスール、百合園と所属校はバラバラ。だからこそ得難い友情がずっと続きますように──。