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踊り子の願い・星の願い

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【11・休息の中の戸惑い】

「いらっしゃいませ〜」
 シリウス達は、ようやくミスドに到着した。
「ああ、こっちだ。こっち」
 奥のテーブルから声をかけてきたのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
 ほかに涼や刀真、月夜も既に追っ手を撒いたらしく先に着いている。
「ふぅ……ようやく落ち着けましたね」
「もう歩いたり走ったりしすぎて、足がガクガクだよ〜」
 コートを脱ぎ、変装の眼鏡とりながら、シリウスとホイップは思わず椅子にへたり込んでしまう。そのさまはまるで、学校から帰ってきたただの女学生のようだった。
「もしもし、彼方? ミルザム様は保護したから……え? ちょっとどうしたの? なに? 待って、どういうこと!?」
 唯一テティスだけは、なにやら深刻な様子で電話をしていたが。
 そんな緊迫感をよそに、美羽とコハクが注文したドーナツのトレイを両手に、へたっているふたりへ近づいていった。
「でもほんとによかった、ふたりが無事で」
 美羽はドーナツを配りつつ、改めての紹介を行なっていく。
「ホイムゥ。もう聞いてるかもしれないけど、こちらミルザム・ツァンダさん。彼女は、あの有名な女王候補なんだよ。シャンバラの建国の為に尽力してる、すごい人なんだから」
「あ、うん。考えてみればちゃんと挨拶してなかったっけ。すごく今更な感じですけど、ホイップ・ノーンです。よろしく」
「ミルザ……じゃなくて、シリウスって呼んだ方がいいのかな。ホイムゥは、牡牛座の十二星華なの。色々あって今は借金返済のために頑張ってるんだよ。あと、恋人については――むぐっ」
 頬を染めたホイップが美羽の口にドーナツを押し込む様子を、シリウスは微笑ましく見つめながら、
「今はシリウスと呼んでください。今後とも、よろしくおねがいしますね」
「あの」
 と、断りを入れつつコハクが話に入ってきた。
「はじめまして。僕はコハク・ソーロッドと言います。ミルザムさん、ホイップさん。少し、お話したいことがあるんですが」
「はい。なんでしょう」「うん。なにかな?」
「実は僕、神子なのかもしれないと言われているんです」
 それを聞いて、ふたりの表情が変わった。
「もし本当にそうなんだとしたら、神子としてアムリアナ女王を復活させるべきなのかどうなのかと思って。おふたりの意見を聞かせて貰えますか」
「あー……えっと、ね」
 シリウスは明らかに歯切れが悪そうになって、
「ごめんなさい。私からはノーコメントにさせてください。仮にも女王候補として、嘘にしろ本当にしろ、ここで答えを出すのはさすがにまずいと思いますから」
 申し訳なさそうに頭を下げた。
 それを受けてホイップも困った風にこめかみに指をあてつつ、
「えっと。私も正直、なんて言っていいのか微妙なところなんだけど。アムリアナ・シュヴァーラ女王は、優しくて、気高くて、まさに女王になるべくして生まれた人だったというのは事実かな。だから、女王を復活させるのは悪いことじゃない、とは思うよ。私からアドバイスできるのはこのくらい」
 両者の返答はコハクにとって、満足のいくものだったのかどうなのか。
 美羽はドーナツを食べるのも忘れてしばらく見守っていたが、
「そうですか、わかりました。どうもありがとうございました」
 コハクが礼を述べたのをきっかけに、ドーナツを再び食べ始めた。
 このときのやりとりが、ふたりにどう影響を与えるのかは、また別の話であるが。
 話が終わったようなのを見るなり、ルカルカが唐突に飛び込んできた。
「それにしても無事でよかった、何があったの?」
 彼女はそのままの勢いでホイップを抱きしめ、頭を撫でつつ聞いていく。
「実は、シリウスさんがお忍びで踊りに来ていて……それを鏖殺寺院の人達に感づかれて追われていたんだけど。それに私も巻き込まれちゃったんだよ」
 ホイップは照れくさそうに笑いながら、
「ああ、でも最初こそ偶然だったけどね? 今は、私が好きでシリウスさんに協力してるから。心配しないで」
 ルカルカはそれを聞いて、安心の笑顔でシリウスに手を差し出す。
「久しぶり。ルカはクイーン・ヴァンガードじゃないけど味方」
 それにシリウスも応じて笑顔で握手を交わし、場がほんのり和んでいく。
 次にルカルカは近くに座る正悟に視線を向けた。
「如月さんはルカと同じ猫耳好き。マジかボケか謎だけど悪人じゃないよ」
「ちょっと待て。なんだよそれ」
 理不尽な紹介にやや不満そうな顔になるも、
「まあいいや。それよりも今は、少し聞きたいことがあるんだよ。これは静麻から聞いた仮説なんだけど」
 そう前置きして、告げる。
「ティセラ達は実は操られてるのかと思ったけど、もしかすると記憶改竄されてるんじゃないか? そういった仮説が浮かんだんだけど、どう思う?」
 告げられて、シリウスはぽかんとした表情になった。
「……あまりに突飛で恐ろしい考えですね」
 それでもすぐに引き締めつつ、
「ただ、これはあくまでも私の考えですが。彼女達はそういった弊害の結果、これまでの凶行に及んだとは思えません。特にティセラは彼女なりの考えで争いを起こしている節がありますしね……もっとも、それさえ改竄された結果であるとも言えますが」
「ツァンダ家にもし古代王国時の十二星華に関する文献やデータがあれば調べて欲しい。もしかすると今のこの状況全てが仕組まれてる可能性があってそれが切り開くカギになるかもしれない」
「わかりました。近いうちに、調査を行なってみましょう」
 和んだ空気がまた少し張り詰めていく中、正悟は今度はホイップの方へ向き、
「覚えているのであれば、かつての十二星華達の女王に対する感情、態度とかそういう事を教えてほしい。今のティセラ達と昔の十二星華達に対しては違和感はないかな?」
「ええ? そう言われても……私あまりそういうこと覚えてないからなぁ。でも、十二星華は女王様に対して忠実だった記憶はあるよ。ただ、時々誰かが反抗してた気もするかな。昔の十二星華だって、女王様と考えがすれちがうことは当然あったから」
「そうか……わかった。これからも気になった事を色々と聞くかもしれないけど、いいかな?」
「あ、うん。私が覚えてる範囲でなら、答えてあげるよ」
 正悟としてはテティスにも話を聞こうかと思ったが、彼女は今度は月夜と深刻な話をしている風なので今はやめておいた。
 次にシリウスの方へ椅子を近づけてきたのは涼。
「質問する前に言わせて貰いたいことがある」
「え?」
「なに考えてるんだ! 万が一があってからじゃ遅いんだ、それくらいわかるだろ」
 涼の声色が荒くなったことで、シリウスはどういう類の話をしたいのかを悟る。
「確かに立場上、お忍びで抜け出したい気持ちも分からなくないが……それでも抜け出すとまずい状況はあるだろう」
「…………」
 喝にシリウスは顔を俯かせかけたが、それでも再び目を前に向けた。
「わかっています……だけど、それでも。やりたいことがあるんです!」
 負けじと声を大にしてきたシリウスに、涼は感情の強さを感じた。
 ただ、そうされて改めて質問をしたい気持ちが強まる。
「わかった。それじゃあ根本的なところを聞くけど……何で抜け出したんだ? 単純に踊りたかったのか、それとも他に理由があるのか、教えてほしい」
「踊りたかった。私としては、きっとただそれだけなんです。私の踊りを待ってくれている人の為、というのも勿論ありますけど。それを答えとしてしまっては失礼ですしね」
「なるほど。それじゃあ次の質問。実際の所、女王候補と言う立場をどう思っているんだ? 今の答えからすると、明らかに窮屈に思っているんじゃないかと感じられるんだけど」
 シリウスはすぐに答えを返せなかった。
 テティスもいる手前、不用意な発言はしにくいというのもあった。
 そのまま何秒間か沈黙が流れたが、やがて、
「女王候補として、人々の力になりたいという気持ちはあります。人の上に立つというのは、言葉にすれば少し嫌なものですが、上に立たなければできないことがあるのも、また事実です……だからこそ、私にその位置が託されている事はとても嬉しいんです」
「だったら」
「でも。だからこそ重圧も強い。責任、覚悟、不安、葛藤、期待、希望、嫉妬、殺意……ほかにも何百何千という感情が自分の中から、そして他者から津波のように押し寄せてくるんです。それらを少しの間だけでも忘れて、市井の人の元へ駆けていきたいというのは、そんなにいけないことなんでしょうか……?」
 質問を返されて、涼は返事ができなかった。
「ごめんなさい。こんな言い方は、卑怯でしたね」
 シリウスは泣き笑いのような、複雑な表情を浮かべる。
「確かに、卑怯だな」
 涼と交代する形で前に出てきたのは静麻。
「ミルザム、日本をはじめ地球の要請があって女王として立ったんだろうけどな。誰かがやらないといけない、の心構えで立たれちゃハッキリ言って迷惑だ」
「ちょっ、いくらなんでもそんな言い方……!」
 ホイップが口を挟んだが、シリウスが構わないというように手でそれを制する。
「立つなら本気で女王を目指せ。女王になる気なら現実を見て、そして現実を変えて見せろ。お飾りの女王候補なんて正直いらない。女王になるなら自分の足で立って自分の手で物事を動かしていけ」
 シリウスは反論をしない。ただ静かに聞き入っている。
「理想を語るのはいいが語るなら現実にして見せろ。やっている最中に軌道修正する時もあるが本当に望むなら実現させて見せろ。難しいのはわかっているがそれをやってこそ契約者達に女王と認めさせれるだろ。その上で助けが必要な時はきっと誰かが助けてくれるさ。それこそ世界を敵に回してもな」
 そこまでを言い終えて、息をつく静麻。
 聞き終えたシリウスの方は、ただ一言、
「必ず、実現させてみせます」
 とだけ告げていた。
 話が済んだらしいのを見た刀真が、次に声をかけてきた。
「久しぶりですね、シリウス。初めてあった時、君はトレジャーハンターで俺は蒼学の一般生徒だったのに。今では女王候補とそれを護るクイーン・ヴァンガード……お互い随分立場が変わりました」
「ええ、本当にそうですね」
「息抜きしたい気持ちは分かります、俺もそうですし……堅苦しいですよねホント」
「…………はい、正直なところ」
「だから君が抜け出したのも気持ちは理解できるんです……だけど今回の事もありますから自衛の手段は用意して下さい、俺達や環菜が心配します」
 そう言われて、シリウス自身は返す言葉がなかった。
 踊り子の衣装以外はほとんど何も身につけまま来てしまったのだから。
「という事ではいコレ、俺と月夜の携帯の番号とアドレスです。出掛けたくなったら連絡下さい、付き合いますから」
「でも。もしまたこういうことに巻き込んでしまったら、皆さんに迷惑が」
「迷惑? 可愛い踊り子さんとのデートなら歓迎ですよ」
 そう言われてシリウスは、さっきとは違う意味で反論の言葉を出せず。
 とりあえず番号とアドレスのメモだけは受け取っておいた。
「あとは、そうですね。愚痴があるなら聞きます、俺のも聞いて貰いますけど」
「刀真、女の子は愚痴は女の子が聞くのが一番、だから私が聞く……ね?」
 と、しばらくテティスと話していた月夜が戻ってきたかと思うと、刀真になにやら耳打ちしていく。
「…………て、だから……」
「えっ!? ああ、そうですか。わかりました」
 刀真は話を聞いてすぐ、なぜか窓の外をしきりに警戒し始めていた。
「どうかしたんですか?」
「ああ、いえ別に。それよりも本当になにか愚痴があれば聞きますよ?」
「愚痴、ですか? 私はべつに、そんな。彼方さんやテティスさんにもう少し融通をきかせて欲しいとか、貴族達の社交界が最近面倒で仕方ないとかなんて、本当に全然思ってないですから」
「……………………そ、そう」
 この後。シリウスの愚痴でないと主張する愚痴は、注文した山盛りのドーナツが全て無くなるまでたっぷり続いた。
 そうしてあらかた全員の話が終わったのを見て、
「じゃあ、そろそろ目的の場所まで行こうか。確か例の酒場でいいんだよな」
 恭司が切り出し。シリウスとホイップも立ち上がろうとしたところで、
「ちょっと待ってくださいません?」
 入ってきたルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)がそれを押し留めた。