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踊り子の願い・星の願い

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【14・ファンファーレ】

 こうして鏖殺寺院の連中は引き上げたものの。
 酒場での公演はもう不可能である以上、いつまでもここにいても仕方ないのはシリウスが一番よくわかっていた。現在時刻も、空に星が多く見えるほどの頃合ということもあり。
 シリウスは、自分の口から、謝罪と、帰還する旨を伝えようと口を開かせ――
「あっ、よかった。やっぱりここへ来ていたんですね」
 先に誰かの声で遮られた。
 駆け寄ってきたのはクラーク 波音(くらーく・はのん)……のパートナーアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)だった。
 アンナは、出鼻をくじかれて気まずそうなシリウスへ向けて、予想外の言葉をかける。
「シリウスさん。舞台を用意しましたので、どうか踊って貰えないでしょうか」
「え?」

 アンナに連れられ、一行がやって来たのは空京の一角にある広場。
 ビル群からは少し離れた位置にあり、憩いの場として使われているところ。
 そこで波音と、もうひとりのパートナーララ・シュピリ(らら・しゅぴり)がシートをひいたり、赤いガーベラの鉢を飾ったりしていた。
「あっ、きたきた〜♪」
「んふふ〜。いよいよだね〜」
 シリウス達に気づいたふたりが駆け寄ってくる。
「ようこそ、シリウスさん。お待ちしてましたっ!」
「あの……もしかして、わざわざ広場を借りてくれたんですか?」
 シリウスの問いに頷く波音。
 実は先刻、ミスドで交渉を行なったりしていたのも彼女だったりする。
「はいどうぞ、シリウスおねぇちゃん」
 そしてララは後ろ手に持っていた、青いバラの花束を差し出し、
「素敵な踊りをみせてね〜」
 無垢な笑顔を見せていた。
 思わずシリウスは、それでこれまでの色々なことが報われた気がして。
 涙腺が緩むのを感じ。それでも涙は流さずに、静かに舞台上へと歩いていく。
 シリウスは着ていた服と花束を脇にそっと置いて、
 いつもの踊り子衣装で、ついに、その舞台へと立った。
 今日は新月ゆえ月光は無かったが。その代わりに、舞台は無数の星に照らされていた。
「皆さんはこちらへどうぞ」
 アンナがホイップとテティスほか、舞台を見に来た人達を観客シートに迎えるのもそこそこに、
 曲も無く、電気の照明も無いまま、シリウスは踊り始めた。

両の手が空を撫で。
 重力から解放されたかのように、
  両足が中空を蹴り、舞う。
         首を軽く振り、
  星の輝きを髪に纏わせる。
      胸元で交差させた腕を、
             後ろへと、
           前へと、
   緩やかに動かして。
 静かに、
  時に激しく、
     身体を跳ねさせ、
 シリウスは踊る。

 観客全員が疲れを完全に忘れ、すっかり見入っていた。
 それほどに彼女は優雅だった。
 やがて、シリウスは舞台中央に舞い立ち、観客席へ向けてこうべを垂れた。
 最初の踊りが終わったのだとわかるまで、十秒近く間があった。
 気づいた後は拍手が爆発した。
 シリウスはそのとき、観客の中に皇彼方がいて、彼も拍手を送っていることに気づいた。
(ああ……そうだったんですね。今やっとわかりました。彼方さんも、テティスさんも、クイーン・ヴァンガードの皆さんも、私を見守ってくれる人々のひとり。私が踊りを見せたい人々のひとりなんですよね……)
 涙を流し、そう再認識するシリウスだった。
 そして。
 次の踊りへと移ろうとしたとき、
「ミルザム様!」
 声をかけてきたのは、踊り子衣装のままのアリアだった。
 シリウスは何も言わず、ただ舞台へと招き入れた。
 数時間前にした約束を果たすために。
 ふたりの舞いが始まる。

 その後、空京の広場はしばらく拍手と歓声が止まなかった。

 踊り終わったシリウスは、ホイップを話をしていた。
 ここまでの逃走劇や、舞台の出来などについて笑いあうふたりのもとに、藍澤 黎(あいざわ・れい)が近づいていく。
「最後に見て貰いたい物があるのだよ」
 黎はそれだけを告げて、指差した。
 広場を片付けている波音たちや、捜索で走り回ってくたくたになっている皆を。
「あれらを見て、なにか思うところがあるであろう?」
 更に、皇彼方とテティスらクイーン・ヴァンガードが未だにせわしなく話し合い、携帯電話片手に謝っているさまを指差す。
「クイーン・ヴァンガードの彼らも、他の業務もあったのにミルザム殿の逃亡でその業務は中断せざるをえなかったに違いない」
 シリウスは返答をしない。
 だが、顔を俯かせはせず、ただそれを見続けていた。
「これは貴殿の身を守ろうとしている者の誠意を踏みにじっているに近い。これでは彼らにとって貴殿は邪魔者になってしまう。貴殿とて彼らの事を息抜きの邪魔者だと思ってしまっていないか? 貴殿とクイーン・ヴァンガードは味方同士であるはずなのに」
「まあまあ、そんな風に言わなくても」
「ホイップ殿。人事ではなく、あなたにも言っているのですよ」
「え?」
「自分が十二星華だとバレた後で、この状況のミルザム殿と一緒に行動していた事の意味を考えた事があるんですか?」
「あ……」
「牡牛座のホイップ・ノーンが、女王候補のミルザム・ツァンダを連れ出したなどと、いらぬ憶測を受けると分かっているのか?」
 ホイップはようやっと今回のこと自覚し、うな垂れる。
「ホイップさんに責はありません。責めるのなら私だけにしてください」
 口を開かせ、じっと見つめてくるシリウスに、
 ふう、と息を吐き出す黎。
「時に息抜きも確かに必要だろうし。助けを請われれば手を伸ばしたくなる。だがそれは味方と成るべき者を敵に回してまで、どうしても行わなければならない事か?」
「「…………」」
 また沈黙してしまったふたりに、若干言い過ぎたかとも思った黎は、
「もっとも。我慢するのは辛いとは思うが、な」
 ふたりの頭をなでつつ、告げておいた。
「ミルザム様、私からもいいでしょうか」
 そこに、浅葱翡翠も近づいてきた。
「ついこの間誘拐されかかったというのに、またお忍びで抜け出すなんて、一体なにを考えているんですか? しかも今回は命さえ危険な状況でした。身勝手な行動に、どれだけの責任が伴うか理解していないのですか!?」
 彼らの、真剣な糾弾の言葉。
「本当に、今回のことは返す言葉もありません」
 だからシリウスも、真剣に。
「申し訳ありませんでした! そして、ありがとうございました!」
 頭を下げて、自分のためにたくさんのことをしてくれた皆に、
 謝辞と感謝を叫んでいた。
 黎はそんなシリウスに小さく微笑み。
 翡翠は何も言わず、猫に餌をあげているサファイアと雛菊の元へと戻っていった。
 それと入れ代わりで、皇彼方とテティスがシリウス達の元へ近づいてきた。
「おふたりも、本当に……わぷ!?」
 更に言葉を連ねようとしたシリウスに、彼方は預かっていたパーカーを投げた。
「もういいから。俺が言いたかった説教は、他のヤツに全部言われちまったみたいだし」
(素直じゃないなぁ、彼方は)
「……テティス、今なにか妙なこと考えなかったか?」
「え!? う、ううん。ぜんぜん」
「嘘だ! 絶対考えたね!」
「考えてないってば!」
 ぎゃあぎゃあと言い争うふたりの目を盗むように、緋山政敏がシリウスの元へ寄り、
「選んだって事は望んだって事だよな。それでも、今日みたいに色々とあって迷う事もあると思う。君は立場もあるし、言えない事も抱え込まないといけないだろうけど……それがどうした、気にするな」
 シリウスはぎゅっ、と手の中のパーカーを握り締めた。
「何かあっても話相手位にはなれるから、何時でも連絡して欲しい……っと、パーカーはプレゼントするよ。安物だから気にせずにな。それ位は良いよな」
 最後に悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、そのまま退散していった。
 ちなみにそのパーカーの中には、政敏が入れておいた携帯電話と充電器があったりするのだが。シリウスがそれに気づくのはもう少し後の話。
 シリウスは遠目にある人たちを発見する。
 それは、自分と同じ名前で身代わりをしてくれていた人だった。
「でさ、結局オレの方に釣られてきたのはたった数人だったんだぜ。なんでだろ?」
「そうですわね……やはり気品の差でしょうか?」
「リーブラ。さらっと今ひどいこと言ったな。悪気が無いのが余計に酷いぜ」
 思わず笑みを漏らすシリウス(ミルザムの方)の元へ、今度近づいて来たのは、藤原優梨子。
 彼女は前置きもなにもなく、
「シリウスさん。今、空京オリンピックの進捗状況はどうなっているんですか?」
「え? えっと、今のところまだ競技も種目も、詳細は確定していないそうです。私は、あまり深くは知りませんけれど」
「そうですか……わかりました。ありがとうございました」
 聞いて去っていった。
「?」
 疑問符を浮かべるシリウスのところに、次に来たのは呂布奉先。
 彼女はただ一言、
「ミルザムでもシリウスでもない今のおまえなら何時でも守ってやる」
 そう告げて踵を返していった。
「あれ? 私……あの人に名前を言いましたっけ?」
 もしかしたら、最初から全部知っていたのかも、と思うシリウス。
「ミルザム」
 と、後ろから声をかけてきたのは霧島玖朔。
 彼はぐっと、耳元に口を近づけて、
「今度出掛ける時は、俺の隣が安全ですよ」
 コッソリとそんなセリフを、特技の誘惑まで使って耳打ちしていた。
 ビックリして顔を真っ赤にするシリウスに、軽く笑いつつ離れていった。
「ミルザム様? どうかしました?」
「あ、い。いえ。なんでもないです」
 やっと言い争いを終了させたテティスの問いには、首を振って誤魔化しておいた。
「それでは、そろそろ行きましょう」
「はい。わかりました」
 シリウスは花束とパーカーを抱え、そこでホイップの方を振り返り、
「ホイップさん」
「あ、はい」
「今日は、本当にありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、本当に楽しかったです」
 ふたりは、楽しそうに笑いあった。

 帰っていくシリウスを、ホイップはしばらく手を振って眺めていたが。
「ホイップちゃん」
 いきなり声をかけられ、おまけにその声を発した人物を目にして、二重に驚かされる。
「え? エルさん!? どうしてここに!」
「ああ、いや。あれからどうしたか気になって様子を見に来たんだ。治療も終わったし」
 嘘だった。
 実は手当ての途中で病院を抜け出してきたのである。
「それで。あのおふたりと会ってみて、どうだった?」
 エルが、シリウスとテティスのことを言っていると気づき、
「あ、うん。そうだね……これまで女王候補っていうから色々特別だとか、同じ十二星華でも私とは違うかもとか考えたりしてたけど」
 ホイップは、素直な感想を告げる。
「普通に強い面と、弱い面がある、私とそう変わらない人達だってわかった。ただ、それでもやっぱり特別な部分もあるんだって改めて感じたりもしてるかな。なんにしても、逃げて話して笑ったり出来て良かったよ」
 晴れやかな笑顔を見せるホイップに、エルは頬を紅潮させつつ、
「ああ、そうだ。帰り、懲りない連中の襲撃があるかもしれないし、このまま家まで送」
「ダメッ!」
「え、ええ?」
 真っ向から否定されてさすがにショックを受けるエルだったが、
 声とは裏腹に弱弱しい表情をしているホイップに気づいてそれも吹き飛んだ。
「エルさんは怪我してるんだから、無理しないで。私は大丈夫だから。ね?」
 不安げな顔でそんな風に言われてしまっては、エルはそれ以上何も言えず、デートに誘うこともできなかった。
 代わりにルカルカが歩み寄ってきて、
「じゃあ、ルカルカが送ってあげるね。いいでしょ?」
「うん」
「そうだ、今度皆で遊び来よう。案内するよ☆」
「あ、ちょっと。それならボクも一緒に……」

 みんながそれぞれ、互いの道へと戻っていく。
 出会って、別れて、彼らは、彼女らは、少しずつ変わっていく。
 しかしそれでも。空の星だけは、変わらずにみんなへと光を降らせ続けていた。

                                    おわり

担当マスターより

▼担当マスター

雪本 葉月

▼マスターコメント

 こんにちは。マスターの雪本葉月です。
 私の十回目となる今回のシナリオは、女王候補、十二星華、クイーン・ヴァンガード、更に鏖殺寺院という豪華ラインナップで飾ることとなりました。
 そんな彼ら彼女らのシナリオのテーマは『特別であること』です。
 人は平凡を嫌う半面、いざ特別な存在になるとその重圧から逃れ平凡を望んでしまうものです(人それぞれな気もしますが)。おかしなものですね。
 シリウス、ホイップ、テティス、皇彼方、鏖殺寺院、そして皆さん。
 特別な人も平凡な人も、みんな一生懸命です。