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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 大通りから外れた、閑静な住宅地。ザンスカール市街の賑わいもここまでは届かず、緩やかな空気の中で猫があくびをするようなそんな場所。しかし勿論、人が皆無という訳ではなく。
「こうやって二人で歩いていると、恋人同士に見えるんでしょうか……って何を言っているんですか私はーーーーッ!?」 背中を抱かれた格好で歩きながら、七日は皐月を思い切り殴っていた。
「ああっ! すみませんいつもの癖でっ! いつもの……? いや別に問題無いですよねいつものことだから謝ることもないですよね。私はまた変なことを……」
「いや……絶対これ恋人同士には見えないから安心しろ」
 擦れ違う人々が揃って視線を寄越すのは確かだが、それは全て「あら可愛らしいカップル」ではなく「何があったのかしら可哀想に」という類のものであった。それほどに、皐月の顔はぼこぼこになっている。あれから何か喋る度にこの調子なのだから仕方ないといえば仕方ない。
 そして今度は、何も言っていないのに拳が飛んできた。皐月の台詞が気に食わなかったらしい。
「違うでしょう。そこは、『ああ、そうかもな』とか言う所でしょう。遥か昔から決まっているテンプレートを崩すほど皐月は私が……ああまたっ!」
 めこっ!
 繰り出された拳の力は凄まじく、皐月は吹っ飛んで壁に激突した。
「ぅのっ!」
 何か変な声が出た。
「……すみません忘れてください」
 いや謝るところはそこじゃないだろうと思うが、七日の中で殴るという行為はOKということになってしまったらしい。
(ま、まだ効果は切れないのか……!!)
「全く、どこ行ってもやること変わらないんだなお前達」
 聞き慣れた声に顔を上げる。路地の向こうから、某と綾耶が歩いてきていた。
「本当にここにいて、しかもトレジャーセンスで見つかるなんてな……」
「な、何で……!」
「よぉ、こうやって会うのは久しぶりか?」
 にやりと笑う某。だが、その笑みは直ぐ真顔になる。
「ファーシーも、ここに来てるぞ」
「ファーシー?」
 心が波打つ。自然と反応してしまった自分に舌打ちをしてから、平板な声で皐月は言う。
「それがどうした? オレはもう、あいつとは何の関係も無い」
「……結婚式に来てたらしいじゃねえか。キナ臭い事があったって、後から聞いて……さっき、その時のことを全部聞き出した」
「…………」
「俺達の関係を教えたら、ちゃんと真剣に話してくれたよ」
 某は、ファーシーから聞いた事を出来るだけ忠実に話した。どれだけ、自分が状況を把握しているのかを伝えれば、誤魔化す事も難しいだろうと考えたのだ。

「大丈夫ですか? どこか具合が……?」
 様子のおかしい七日に、綾耶が声を掛ける。
「いえ、少し変な薬の影響が出ているだけです。上から掛かったのであまり口にはしていませんし、皐月が見えなければ問題はありません……あっ、また私はどうして……!」
 七日は羞恥で狼狽えたが、流石に綾耶を殴ることはしなかった。寂しさと嬉しさの混じった笑顔で、綾耶は彼女に挨拶する。
「雨宮さん、本当にお久しぶりです。その……お元気でしたか?」
「……前よりも元気なくらいです。皐月は頼りになりませんから」
「そうですか。良かった……」
 心からほっとしたように息を吐くと、綾耶はちらりと男2人を見て向き直る。せっかく会えたのだから話さなきゃ……。
 ――訊いておきたいことが、1つある。
「えっと、日比谷さんは今すごく『大変な事』になってますけど……雨宮さんは、その……後悔、してないんですよね?」
「後悔、ですか? していません」
 問いの意味を理解すると同時、七日は言葉を発していた。
「あなたも恐らく、しないでしょう?」
 言われて、綾耶は考える。でも矢張り、考える必要の無いことだった。
「……そうですね、しません」

「……否定しなかったんだって?」
 苦々しい表情になる皐月に、某は続ける。ファーシーが七日に言われた事だけは、あえて話さなかったが。
「今までお前がやってきた事は……これからやる事は、お前が本当に望んだ道の上に在る事なのか? 止める気は……戻ってくる気は、無いのか?」
「……蒼学には戻れねーだろ」
「そういう意味じゃねえ事は解ってるよな」
「…………」
 答えは、ただ一言。
「無い」
 某は数秒沈黙して、口を開く。
「……なら、俺も俺の望む道を歩くのを止めない。そしてもし、お前の行動の先に俺の望まない結果があったら……遠慮はしない。全力でお前を止める。その時は……――歯ぁ食いしばる暇すら与えないからな」
 宣言すると、皐月は一瞬だけ呆けた顔をした。取り繕うように無表情を作って、言う。
「何故、そこまでする?」
 それを聞いて――某は満面の笑みを浮かべた。
「そりゃあ、俺はお前の――『親友』だからだよ」

「それじゃお二人とも……また、です」 綾耶がぺこりと頭を下げる。それがいつかは分からないけど……『さよなら』は言いたくなかったから。
 だから――『また』。

 2人の背中を見送りながら、皐月は呟く。
「親友、か」
 確かに親友だ。それは今でも変わらない。
 だが。
「他が為は己が為、己が為は他が為に」
「……? 何ですか?」
 こちらを見ないようにしている七日が、訝しげに言う。
「……いや」
 嘘偽り無く、己が為、他が為を想う。
 人間は根本的に他が為を想うことが出来ない、何をするにしても、そこには自己満足とそれを許容する自己愛が有る。あの日を経て出した――結論。
 真っ直ぐ過ぎる程に真っ直ぐな某達。それが眩しいような、逆のような。
 失くしてしまったのか元々無かったのか分からないが、自嘲するしかない。
 そして、闇を持たない――闇を捻じ伏せたであろう機晶姫の声を思い出す。
 意思の込もった、やはり真っ直ぐな、光の世界から放たれた言葉。
 ――同情がスタートだって、いいじゃない――
 七日を振り返る。
「……嘘がスタートでも、良いのかな」 心に根付いたこの揺ぎ無い『嘘』を、本当にしてしまって良いのだろうか。人を、好きになってしまっていいのだろうか。
 ――そんな自惚れが、オレに、許されて良いんだろうか。

『悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし』
 ――周囲から見て悪と言えるだけの行いをすればそれは紛れも無い悪であり、偽りでも賢く有る為に努力している人間が賢いのだ――

「七日」
 彼女の肩に手を掛け、そっとこちらを向かせてみる。
「はひゃい!?」
 七日は慌てて、変な声を出した。顔を見ると、冷静に話せなくなる。パートナーとして、共に居ることを決めたというのに。
 普段なら装える全てが、装おうとすればするほど上滑りしていく。
 今日、ずっと我慢していた言ってはならない言葉。それが遂に形になる。
「好きです、好きなんです、でもそれは、決して薬の所為では無くて」
 皐月は少しだけ目を見開いた。その表情に胸が痛くなって――
「……何でも、ありません」
 次の瞬間には、否定していた。
 未だ、答えを返すことは出来ない。一生出来ないし、出来るかもしれない。手を繋げば、行為自体が答えになってしまいそうで、それも出来ない。
「行くぞ」
 今可能なのは、背を向けて歩き出すことだけだ。
 人間はエゴで出来ている。本当に世界を客観視して、認識することは出来ない。自分の世界から抜け出せない、孤独な存在。
 それでも、誰かの為に動くことは、生きることは出来るから。
 その為に自分を――好きになろうと、なりたいと思う。
(オレは……誰かになりたい訳じゃなくて、今より自分を信じたいだけなんだ……)