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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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第三章 百合園女学院七不思議

第二十話 七不思議その一 友達の少女

 怪談や噂話が大好きな女生徒がいた。はしたない趣味だとは、知っていたけれども、彼女はそれらの情報を収集するのをやめられなかった。
 そして彼女は、ついに見つけたのだ。
 いろいろな話にでてくる、友達の友達。謎の情報発信源。そんな人物が本当にいるわけがない、誰もがそう言う。
 しかし、ここは、パラミタである。地球とは違う。
 ここになら、本当にいるかも知れない。なんでも知って経験している、友達の友達が。
「それで、遙遠が、この電話をかければ、その、友達の友達とやらにつながるわけですね」
 遙遠は、面倒くさげに携帯を手に取った。
「興味がわきませんね。電話がつながったら、質問させて頂きます。あなたに友達はいますか? と。
 いる、と答えれば、この電話の相手にも、また友達の友達がいる、となりますから、この人だけが特別ではない。
 いない、と言えば友達がいない人は、友達の友達ではありませんね。さて」
 電話はすぐにつながった。遙遠は、黙っている相手の息遣いを感じながら、冷静に質問する。
「あなたに、友達はいますか?」
「・・・あなたは、キライ」

提出者 クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)
「フライシャー教授。そわそわしているが、心配事でもあるのか? なんでもない、そうか。ふむ。この話は、我が百合園の知り合いから聞いた話じゃ。その知り合いは、これは友達の友達が経験した話らしいと言っておる。結局、わからんのじゃ。もっとも、我の聞いた話だと、緋桜遙遠、おぬしのような気のきいた質問はせずに、怖くなってすぐに電話を切ったそうじゃがのう」

二十 怪談はなんでも知っている。

第二十一話 七不思議その二 音楽室の

「オチが見えたっうか。いくら、お嬢様学校でも、まさか、まさか、じゃねえよな」
 深夜の音楽室。
 藍色の着流しの東條 カガチ(とうじょう・かがち)東條カガチは、ベートベンの絵を憮然と見上げた。
「教授。さっさとやっちゃってくださいよ。それとも、ピアノが鳴るパターンですか。お、おお、教授。こっちの怪談よりも、俺はあんたから、ヤバイにおいがする気がすんだけど、気のせいですか? いやさ、俺も度々、どんぱちしてるから、あのにおいには、敏感になってるのよ」
「東條くん。きみが私の方をむいている間に、怪異は終わってしまった。早くステージをおりたまえ」
 フライシャー教授は、たどたどしくカガチに指示をだす。カガチは、教授を鋭く一瞥して、ステージをおりた。
「ほんじゃ。いったん、おりますか。またな」

提出者 橘舞
「真夜中の音楽室で、ピアノが鳴ったり、ベートベンの絵の目が動くという、とても怖いお話なんですけど。みなさん、おわかりになりましたか。怖すぎて、見ていられなかったかしら。あのう、教授。煌星さんも言ってましたが、汗もすごいですし、顔色もよろしくないですわ。私が、ハンカチで汗を拭いて差し上げます。え、いいのですか。お仕事熱心なのですね。無理はなさいませんよう、お気をつけください」

二十一 まずは、怪談ができなければ、応用は無理だ。

第二十二話 七不思議その三 高校教師

 百合園女学院の制服姿の生徒たちが、今日も白い服を着ている藍澤 黎(あいざわ・れい)の横を、あいさつをして通りすぎてゆく。
「先生。さようなら。」
「さようなら」
 立体映像の生徒たちに、黎も律儀にあいさつを返す。
「我の役割は、百合園の理科教師か」
 黎はモニターの指示に従って、理科準備室に入り、実験器具の片付けをはじめた。すると。
「先生。いいえ、あなた。待たせてごめんなさい」
 一人の女生徒が部屋にくるなり、黎に抱きつき、唇を奪おうとした。黎は、顔の前に手をおき、少女のキスをふせぐ。
「怪談とは、こういうことなのか。たしかに、噂になりそうな関係ではあるが、しかし」

提出者 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)
「この後、先生は、恋に恋しすぎていて周囲が見えなくなったその子を殺してしまったです。そして、いまも彼女は
「教授。質問があるのだが、よろしいかな」
 ヴァーナーの解説をさえぎり、黎は片手に立体映像の少女を抱いたまま、手をあげた。
「藍澤くん。どうかしたかね。きみたちに、こう度々、講義の進行を邪魔されると、私としても」
「質問も講義の一環ではないですか。口承、口伝の効用を学ぶのなら、多少のディベートはいいでしょう。教授。講義の開始から、ずっと、あなたの目は、我ら生徒をまともに見ていない。さまようあなたの視線が最後に落ち着くのは、いつも、講義準備室のドアだ。邪推かもしれぬが、いま再現した怪談と同様、そこには秘密があるのではありませんか?」
 教授の返事はなかった。解説途中のヴァーナーがとまどいながら、話を再開する。
「殺されちゃった彼女はお化けになってでるです。殺した先生は、逮捕されましたけど、彼女の「せんせー、どうして」って声が、いまも理科準備室でよくきかれるです。でも、ここの講義準備室の秘密なんて、ボ、ボ、ボクは知らないです。このお話は、百合園の七不思議の一つで、ボクは、ボクは、そんな、現実の、怖ろしい秘密なんて、百物語をしても、ヘンなことは起こらないって証明しに、今日はきたです」
「ヴァーナー殿は、偶然にも、思わぬ秘密をあててしまったやもしれぬ」
 にらみ合う黎と教授に、ただならぬ空気を感じたヴァーナーは、ぴくぴくと震えだし、席に戻るとしゃがみ込んで、机の下へ隠れてしまった。
「ヴァーナーちゃん。うううう、こんな展開いやだよう」
「美央ちゃんも、げ、げんきだすだす」
 銀色の瞳を潤ませながらヴァーナーは、隣の机の下にいた赤羽美央と、ひしっと抱き合った。

「講義終了まで、今後、一切、質問は禁止にします。異論のある生徒には、教室をでてもらってかまわない」
 先に目をそらした教授が、力のなく告げると、黎は、まだしばらく教授を見つめていたが、ステージを後にした。

二十二 怪談との秘密を守るためなら、私、死んでもいい。

第二十三話 戦友

 鈴倉虚雲(すずくら・きょん)は校舎の屋上で、かって自分が殺したテロリストと対面していた。
 テロリストは成仏できずに、幽霊となってそこにいたのだ。
「あー、俺は、百合園七不思議じゃなくて、こんな、とんでも状況か。教授への質問も禁止されちまってることだし、別にいいけどな。実際、場合によっちゃあ、ありえる話だし」
 虚雲は、顔の前で両手の平を合わし、両膝をついて、幽霊に謝った。
「すまんかった」
 テロリストは悲しげな表情で、ぼんやりと虚雲をみている。
「俺はあんたを殺したくはなかった。自分が死ぬのはごめんだが、人を殺すのもいやなんだ。俺は、知り合いのイカれた神様みたいなやつや、クールな超能力少年や、アンドロイドや、未来少女とは違う。普通の人間だ。あんたを生かして、俺も生かす方法が見つけられなくて、ごめん。許してくれとはいわんが、できれば、成仏してくれ」
 常識人にしてお人好しの虚雲は、相手が立体映像なのも忘れて、日頃の反省の気持ちをこめ、深く頭をさげた。

提出者 霧雨透乃
「私も生きたいから、殺しても仕方ないよね。私はお咎めなしの殺戮行為は大歓迎なんだ。再現者の虚雲ちゃんとか、普通の人とくらべると私は、まともな人間じゃなんだよ。みんなの多くだって、悩んだり、後悔したり、反省したりしながらも、結局は依頼によっては人を殺すんだから、やることは私と同じだよ。私は責任とか感じない。善悪より楽しさ重視の人殺しだ。喜んで殺させてもらう」
「ははは。ふふふ」
 透乃の解説を聞いたフライシャー教授は、それまでの不安げな様子が嘘のように、おかしそうに笑いだした。
 ぱち。ぱち。ぱち。
 拍手までしている。
「いやいや、すまない。霧雨くん。きみは素晴らしい。今日は、オカルト現象を主に扱っているんだが、パラミタもそうだが、若者が兵役につくと、そのうちの三パーセント、いやもっと少ない確率の人間が、彼女のような神になって戻ってくる。私はね、民俗学によくでてくる神童、さとり、悪魔憑き、きつね憑きとは、必ずしも、超常現象ばかりでなく、例えば、霧雨くんのように、異常な経験をして、常人と紙一重の領域に行ってしまった人ではないかと思うのだよ。それは、けっして忌避するものではなく、心の領域で人が人を超える可能性を体現したある種の神、超人だと思う。純粋ゆえに異端、とでも言おうか。きみには、期待しているよ。霧雨くん」
 教授の発言の後、教室のどこかで、ささやきがもれた。
「教授。ひょっとして、狂ってるんじゃないか」

二十三 怪談は、俺の犠牲になったんだ。

第二十四話 七不思議その四 閉鎖校舎

 築年数もそれほど経っておらず、外観も内装もまるで痛んでないのに、まったく使われていない校舎が百合園にはある。
 魔道書、著者・編者不詳 『諸国百物語』(ちょしゃへんしゃふしょう・しょこくひゃくものがたり)をパートナーに持つ佐々良 縁(ささら・よすが)は、興味津々で、その校舎に足を踏み入れた。
「そうねえー。別に木造でもないし、最新設備も整っていて、分譲前の高級マンションみたいかしら」
 立体映像で再現された校舎内を、恐れも感じず、歩きまわる。
「人がいない以外、すごく、フツー。なぜに、閉鎖中?」
 しかし。
 なにかが。
 違う。
 縁は、校舎内でずっと感じている違和感の正体について、考える。
 左手で、右手首に巻いたロザリオを無意識のうちに、握りしめていた。
「ここの空気、おかしい。私、逆流の中を泳いでるような、空気の流れに逆らってるような気がするー」
 きゅるきゅるきゅるきゅる。
 誰もいないはずの教室から聞こえてきたのは、奇妙な音。
 それは、まるで、逆再生した人の声だった。
 なにが起きてるの?
 廊下から、教室を覗きこむと、中では、黒い人影たちがせわしなく動き回り、壁の時計の針は、ぐるぐると高速で逆回転していた。

提出者 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)
「わけのわかんねー話なんだが、俺の実体験だ。パラ実の俺が、なんで百合園に入れたかって、質問はなしな。
 友達におもしろいとこがあるって聞いて、忍び込んだんだよ。
 おもしろかったけど、二度めはパス。
 俺が行ったのは、夜中だけど、後はだいたい再現と同じだな。最後は、時計の針が逆に回ってるのをみて、走って逃げた。そんだけ。
 俺だって、こえーもんはこえーよ」

二十四 電池の残りが少なくなると、怪談は正確に作動しません。

第二十五話 七不思議その五 飛び降り禁止

 ロウソクの光だけが揺れる教室にいても、なお、サングラスを外さないレン・オズワルドは、立体映像の校舎の屋上で、うつむいてつぶやいた。
「物証として、あの腕時計を手に入れたいが」
 レンの声は誰にも聞こえていない。レンは、教授がどう言いつくろおうと、事件が起きているのを確信していた。
 顔をあげて、屋上のフェンスに手をかける。
「とりあえず、怪談するか。俺は、ここから、飛び降りればいいんだな。
 しかし、このシチュエーションは。
 レーポート提出者は、どんな状況で体験したんだ」
 軽々とフェンスを乗り越えて、レンは屋上のふちから空へと一歩を踏みだし。
 急いで、足を引っこめた。
「下から、誰かが俺を見ている。悪意を持ってにらみつけている。ダイブしたら、地面につく前に、そいつに、やられる気がする」

提出者 ペルディータ・マイナ
「私はイルミンスールの生徒なのですが、百合園の推理研究会に所属しています。
 推理研に行った時に、空飛ぶ箒で帰ろうとしたら、飛び立ってすぐに、墜落してしまいました。
 原因はわかりません。
 百合園には、見下ろされるのがきらいな気高い霊がいるって、推理研のメンバーが言ってましたけれど、どうやら、本当のようです。
 それから、質問ではなく、要望なのですが、教授。せっかくの機会ですから、講義の最後にでも、質問タイムを作っていただけませんか?」

二十五 話す時は、相手の怪談を見て話せ。

第二十六話 憑依

 変わり者の友達と一緒に行動するのは、なれているので、鈴倉虚雲は立体映像の女学生とも、ごくごく普通に話しをしながら、モニターの指示通りに街を散歩した。
「と、言うとなにか、きみは、霊感体質で、とても苦労しているわけだな」
「ええ。ほんとに」
「俺にはよくわからんが、大変なんだろうな。ん。どうした。大丈夫か」
 虚雲が身を気づかった相手は、立体映像の霊感少女ではなく、解説用のマイクを手にしたまま、うめきだした東條カガチだった。

提出者 東條カガチ
 虚雲は再現途中でステージをおり、カガチに駆けよった。
「おい。気分でも悪いのか」
「ぐぐぐぐぐ」
 カガチは虚雲を払いのけ、教授の目前で床にしゃがみこんだ。
 教室内がまた、ざわめきだす。
「コロシタ・・・オマエ・・・オマエ・・・おまえだあ!」
 突然、カガチは立ち上がり、白目をむいてそうわめくと、糸の切れた操り人形のように、崩れ落ちた。
 教授は、小さく首を横に振りながら、カガチを見下ろしている。
「へ。あれ。どうした。なんだ。なんだあ」
 周囲がまだ、事態を飲みこめていないうちに、目を開き、カガチが再び立ち上がった。
 平然とした顔で、教室を見回す。
「あー。あれか、やっつちまったか、俺。
 憑かれやすいんでね。やばい気がしてたんよ。
 けどさ、だいたい霊も関係ないやつには、あんま迷惑かけねえから。教授、なんて、目で俺を見てるんだい。俺はなーんにも知らねえよ。あんた、ビビリすぎじゃないの。あっははは」

二十六 現場で怪談第一は当たり前。怪談より品質をあげろ。

第二十七話 合わせ鏡

 廊下の踊り場の壁に備え付けられた大型の鏡。鏡の前に少女が二人いた。
 深夜の校舎で、怪談好きの彼女たちは、合わせ鏡の噂を試そうとしているのだ。
「他に気になることがあるので、正直、講義に集中できぬ」
 立体映像の少女たちを眺めつつ、藍澤黎はため息をつく。
「あの子たちを止めちゃいけないんだよねー。心配だな」
 黎の隣には、佐々良縁がいる。
「自分が怪談を楽しむのはいいんだけど、人が怖いめにあうのを見るのは、あんまり」
 黎と縁に構わず、二人の女生徒はどこからか持ってきた壁のものと同じ大きさの鏡を、むかいの壁に立てかけ、合わせ鏡の状態をつくると、呪文を唱えだした。
 なにも起きない。
「なーんだ。死者を呼びだせるとか、鏡の中に未知の世界が見えたって噂があったけど、嘘なのね」
 少女の一人が首を傾げた。
 ぱりん。
 もう一人の少女は、鏡を床に倒し、割ってしまった。
 ぱりん。ぱりん。ぱりん。
「ねえ、やめな」
 いつまでも、鏡を細かく割り続ける少女を片方がとめる。
「小さな鏡をコンタクトみたいにして目の中に入れて、もう一方の鏡を見れば、なにか見えるかも」
 手が血まみれになっても、少女は鏡を割るのをやめない。
「わかったって。やめときなよ。もーいいよ」
 黙って見ていられなくなった縁が、少女の手首を握って、とめた。
「この話はこれで終りでしょ。解説どーぞ」
「縁殿。あちらを見られよ。貴殿がそうしなければ、この話は終わらぬ」
 黎に言われて、縁が、霧のようなものが漂う廊下の奥に目をやると、そこには、いつの間にか、両目に鏡の破片をはめ込んだ少女が、赤い涙を流しながら、立っていた。
「こうやっても、まだ、見えないの。どうすればいいの」

提出者 茜 星(せん・せい)
「霧は、私が煙幕ファンデーションで演出してみました。雰囲気でたでしょ。
 学生って、だいたい怖い話が好きよね。
 これは、私が教師をしていた時に、赴任先の学校であった実話怪談です。私の教え子が体験者なの。
 本当に鏡を使って合わせ鏡の実演をしたいのですけれども、教授。鏡を貸していただけるかしら。小さいものでいいわ。
 授業は生徒を楽しませるのも、大事ですよね。講義準備室に鏡はございませんでしょうか」

二十七 六年二組の怪談教師は若くてきれいだ。

第二十八話 談話室

 教授の返事を待たずに、講義準備室へとむかった茜星は、手鏡を手にでてきたニコ・オールドワンドに、行く手をふさがれた。
「鏡なら、これを使いなよ。降霊会に必要になりそうなものは、大方、ウチから持ってきちゃった」
「それは、どうも」
 茜星は、ありがたくもなさそうに、ニコから鏡を受け取る。
「でも、でも、でも、その鏡を使って実験しても、意味はないと思うな。合わせ鏡の伝説のルーツはね。鏡視なんだ。みんな、知ってるかな」
 オカルトの話題になると生き生きとするニコは、自分からマイクのところへ行き、解説をはじめた。
「アメリカの医学博士にして、心理学者のレイモンド・ムーディ博士は、長年の研究の結果、死者と会話するシステムの開発に成功した。鏡視さ。ようするに、一定時間、専用の部屋に一人きりになって、鏡とむきあい続けるんだけどね。子供だましに思えるこの方法で、一般人をふくめて、すでに二百人近い人が霊とのコンタクトに成功してる。合わせ鏡の話、これの変形版だよね」
「キシャシャ。ニコ。おまえのありがたいお話に、みんなさん、引きまくりだぜ」
 底意地の悪そうな笑い声をあげ、座席から、パートナーのゆる族の黒猫、ナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)がふざけ半分にニコを注意する。
「ニコくん。いい加減に自分の席に戻りたまえ」
 教授の注意で、中断していた講義が再開された。

二十八 嫁入り道具の怪談は、いまも大事に使っています。

第二十九話 七不思議その六 鑑賞会

 結局、鏡の実験をうやむやにされてしまった茜星は、気を取り直して、校舎の階段を駆け上がった。
 飛び降り自殺?
 事故?
 とにかく、校舎の四階のある教室からは、生徒がよく落ちるのだ。
 窓を開かなくしても、ガラスを割って落ちるし、格子をつけても、なぜか格子は外れてしまう。
 放課後、校内の見回りをしていた茜星は、四階のその教室の窓辺に人影見つけ、あわてて教室へとむかった。
「誰かいるの?」
 教室には誰もいない。
 茜星は、人影のいた窓辺に歩みより、格子が外れ、床に落ちている、ハメごろしの窓から外を眺めた。
 ガシャン。
 ぐしや。
 いやな音が二つして、茜星の前のガラスは割れ、校庭には、ここから落ちた茜星の死体があった。
「私、死んだの」
 校舎から、自分の死体を見下ろす茜星に、さっきまでは姿の見えなかった、教室にいる大勢の半透明の生徒たちが頷く。
「あなたち、もしかして、さっきの音がクセになって、仲間を増やし続けてるわけ」
 ふふふ。
 上品だが、残酷な響きのある笑いが教室中に満ちた。

提出者 ミレイユ・グリシャム
「うん。話は、その通りだよ。ごめん。ワタシ、今朝、朝ごはんちゃんと食べてないんだよね。お腹空いてるんだ。あっちから、いいにおいがするよ」
 引き寄せられるように、講義準備室へ行こうとするミレイユの襟首を、パートナーのシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が後からつかんだ。
「ミレイユ。講義がすんだら、おやつに持ってきたプチカップケーキをあげますから、それまで我慢してください。すみません。教授。次のレポートをどうぞ」

二十九 本格怪談バンド来日。

第三十話 七不思議その七 続鑑賞会

 幼い少女の姿をした著者・編者不詳『諸国百物語』は、怯えた様子で教室にいた。
 第二十九話で舞台になったのと同じ教室である。
「私は自分自身(諸国百物語)の内容が苦手です。怖いのは、苦手です」
 真夜中の教室に百が一人でいると、少女がなにか大きな荷物を背負って入ってきた。
 少女は、教室の窓を開けると、そこから、荷物を投げ捨てた。
 ぐしゃ。
 少女は教室をで、また荷物と戻ってきて、荷物を捨てる。
 ぐしゃ。
 息を切らせ、汗まみれになりながら、何回も繰り返した。
 ぐしゃ。
 ぐしゃ。
「私の中の百物語にも、陰惨な事件のお話はあります。私は、好きではありません」
 百は、机の下に隠れて、少女の行為を見ている。
 やがて、少女は、最後の荷物を捨てた後、自分もそこから飛び降りた。

提出者 シェイド・クレイン
「ミレイユの話の前日譚です。
 ある寮生の少女が夕食に睡眠薬を混ぜ、寮の友達たちを眠らせたうえ、彼女らを夜中に校舎へ運んで窓から落としたのだそうです。
 犯人と思われる少女も自ら命を絶ってしまったため、事の真相はわかりません。
 この事件の後、ミレイユが話した怪異が、起きるようになったと言われています。
 百合園には、女子校だけあって、怪談の類がたくさんあるようです。私たちが、今日、お話したもの以外にもまだまだ不思議はあると思いますよ」
「あのー」
 ミレイユがシェイドの耳を引っ張り、なにかささやく。
「それは、私も感じています」
 シェイドがこたえる。
「フライシャー教授。誠に申し訳ないのですが、講義準備室では、最悪、生命にかかわる事故が起きている可能性があります。私たち生徒だけを入れるのがおイヤなのなら、教授御自身が一緒に中を確認して、私たちを安心させていただけないでしょうか」
「そういうことを言うのは、やめて欲しいと、さっき教授がおっしゃったはずです。聞いていなかったのですか」
 シェイドの意見に、教授ではなく、準備室前に座っている緋柱陽子が返事をした。さらに教授も口を開く。
「緋柱くんが言った通りだ。シェイドくんの意見は却下する。講義をしよう」

三十 重い怪談を担いで歩くように一歩、一歩、堅実に進んで欲しい。