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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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  〜青空の下でほのぼのと〜
 
 
「えへへへへへ、ひな、やーらかいんだもーん……」
「さゆゆもあっつあっつふにゃふにゃですよー……」
 鍋の中で半分天国に行っている久世 沙幸(くぜ・さゆき)桐生 ひな(きりゅう・ひな)を見て、ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)は満足そうな笑みを浮かべた。
「二人揃って幸せそうなだらしない顔じゃな、唇求め合い過ぎて豚さんみたいな事になってりゅぞぇ」
「ぶたさん……?」
「ぶーぶーですー……」
「思ったとおり……いろんな意味でとろっとろになりましたわね。お二人とも、お鍋の中で楽しんでいただけて何よりですわ」
 藍玉 美海(あいだま・みうみ)も、唇を吸い付け合う2人にそんな感想を漏らした。手にはマグカップを持っている。
「では、シチューを作る前に……」
「うむ。まずは濃厚な出汁を、贅沢に白湯として頂くとするかにゃ。どれどれ……」
 ナリュキはおたまで湯を掬い、自分と美海のマグカップに注いだ。早速口をつけ、恍惚とした表情になる。
「流石、10代のぴっちぴちのお肉じゃ。味わい深いのう」
「これだけでも充分に美味ですわね。油も濃厚で、塩分も良く出ていますわ」
「特性出汁と言って、他の者に振舞うのも面白そうじゃ」
「そうですわね……」
 美海は野外調理場を見渡すと、ある2人に注目した。校舎から歩いてくる彼等は――
 鍋を、持っていた。

「ほんっと、お人好しなんだから佑也は……男なんかに料理作ってあげても意味無いでしょー……」
「同じメガネキャラとして、同情を禁じ得ないからな」
「め、メガネキャラ? キャラって……」
 メガネだけが特徴の無個性男、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、涼司をなんとか励ましてやりたいと思っていた。そこにおあつらえむきのこの企画。とりあえず何か料理でも作ってやろうと思い、選んだのがカレーだった。一応授業の一環だし、手の込んだものにしない方が良さそうだ、とオーソドックスなメニューにしたのだ。
「せっかく野外調理場があるんだし、キャンプで作るような感じのカレーにするかな」
 佑也はかまどに鍋を置き、蛇口のついた調理場にまな板や包丁を用意していく。
「……まあいっか。あたしも手伝ってあげよう。でも普通に作ってもつまらないわよね〜」
 何か面白い作り方はないか、と考え……
「……そうだ!」
 アルマ・アレフ(あるま・あれふ)はぴん! と閃くと、かまどの脇に置いてあった初霜を取り上げた。
「さて、野菜を……あれ? ちょっとアルマ? なんで俺の武器なんか持ち出して……」
「というわけで、佑也のパーフェクトクッキング教室始まるよ〜!」
「はあ!?」
 話なんか聞いちゃいない。アルマは佑也そっちのけで呼び込みを始めた。
「そこのあなたも、そっちのあなたも、皆さんお立会〜い! 今からこのお兄さんが、自慢の刀でカッコよくカレーを作ってくれるよっ! 入れて欲しい具材があったら投げてみて。木っ端微塵の微塵斬りにしてくれるから!」
 なんだその闇鍋ならぬ闇カレーフラグは……!
「なになに?」
「イベントか?」
 調理場を使っていた生徒達が、面白がってわらわらとこちらに集まってくる。実習参加者以外にも、サッカーボールやバスケットボールを持っている者、こいのぼりに乗ってのんびりとやってくる者、ナラカの果実を持って投擲準備をする者など。
「…………」
「はい。」
 アルマが初霜を渡してくる。なんだその良い笑顔は。なんだその語尾にハートマークがつきそうな「はい。」は。なんで最後にマルがついてんだ。
 ……ということで、なんか大道芸やらされる事になりました……
 いや、確かに刀レベル90超えてるけどさ。乱撃系のスキル覚えてるけどさ。
「……まあいいか。やれるだけやってみよう……よし、何でも来い!」
 早速投げられる柏餅。インスタントラーメン。あんパン。カニの甲羅。やっぱり、ナラカの果実……
(どんなカレーが出来上がるか分からないけど……まあ、出来上がったらとりあえず山葉くんに食わせよう……)
 そんなことを考えつつ、佑也が食材を微塵切りにしている間に、ナリュキ達はクリームシチューのルーを投げつけてからアルマに近付いた。
「カレーを作るのなら、この出汁を使ってみてはどうじゃ?」
「1限目から煮込み続けていますから、いい味に仕上がっていますわ。ぜひ」
 美海が、普通サイズの鍋に移したひなと沙幸の出汁を渡す。
「あ、そう? じゃあもらうね」
 何の疑いも持たず、アルマは出汁を受け取って具材がばかばか入りつつある鍋に全投入した。既に、自分が食べる気ゼロパーセントだから気にしなかったというのもある。
「はい、食べ物は粗末にしちゃいけないよっ! 斬ったのはもれなく具材にするからねっ!」
 ――大惨事になったとしても当方は一切の責任を持ちません――

「あそこ盛り上がってるな……ん? 美味そうな肉の匂いが……」
 チョコと笑顔にあてられて、雲の上を歩くような気分で野外調理場に来た涼司は、香ばしい肉の焼ける匂いにつられてふらふらとそちらに歩いていった。そこでは、ナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)がバーベキューコンロの網の上で大きな牛肉の塊を焼いていた。豪快だ。
「おっ、来たでござるね! メガネ殿はレア、ミディアム、ウェルダンどれが好みでござるか?」
「ミディアム、だな!」
 シンプルな肉に興味津々な様子の涼司に、ナーシュはうんうんと心の中で頷いた。涼司があまりにもかわいそうだからと実習に参加したが、そこはアメリカ人。肉で勝負をかけてみたら大正解だったらしい。
 とても料理とはいえないが。
「ではもう少しで頃合でござる。もっと近寄って焼け具合を見るでござるよ」
 トングで肉の位置を調整しながら、陽気に言う。
「肉はこうやって焼くでござる。そうすれば、女の子からも『オウ! クール!!』とか言われるでござるよ!!」
「そ、そうか?」
 女の子の顔を思い浮かべて嬉しそうな顔をする涼司に、ナーシュは網上で肉を大きめに切り、皿に乗せてどん、と出した。
「さぁ、食べるでござる! 肉はパワーの源でござる! 精をつけて、花音殿に漢らしさをアピールするでござるよ!」
 ハイテンションにてきとーな事を言って励ますナーシュ。涼司は、肉を咥えたままはたと気付いた顔をした。一体、何に気付いたのか……。
「お、おう、そうだな!」

「そうだ、モヒカンのいない間に花音と仲直りしないと……! でも、言いたいことか……いろいろあるような気もするし、1つしか無いような気もするし、うまく纏まらないな……。きっちりまとめて、皆の前で漢らしく……! いや……ま、まずはメイド喫茶か……?」
 肉を食べた後、涼司はこれまでのアドバイスや苦言を思い出しながら野外調理場を巡っていた。過去の自分の行いにも問題があったのだと指摘されて改めて考え、確かにそうかもなあ……と考える。そんな難しい顔をして地面を見詰める歩く彼の鼻先に、トマトソースの良い匂いが漂ってきた。
「涼司君! こっちおいでよ!」
 リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が、笑顔で彼に手を振っている。
「……ピザか。うまそうだな」
 平和でほのぼのとした雰囲気のその匂いの源に、涼司はひょこひょこと近付いていく。
 リアトリスは、自分にそっくりな魔道書ベアトリス・ウィリアムズ(べあとりす・うぃりあむず)と見分けがつきやすいように真っ白い大きな犬耳と長い尻尾を生やしていた。リアトリス達、そしてスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が作っているのはクリスピーピザだ。ピザピールの上で、完成した時にサクサクとした食感が出るように生地を薄く伸ばし、具材をトッピングする。今は、トマトソースを塗ってチーズを上に乗せている所だった。ソースとチーズは市販品だが、生地は手作りである。
「へー、シーフードピザか」
「うん、良かったら、涼司君も一緒に作らない?」
「俺も作っていいのか?」
「もちろん!」
 誘ってみると、具材を見て興味深そうにしていた涼司は積極的にピザ作りに参加してきた。チーズの上に、用意していたシーチキン、コーン、エビ、バジル、マッシュルーム、マヨネーズを乗せていく。
(これをきっかけに、涼司君が明るくなってくれるといいな。楽しくオリジナルピザを作れば、きっと楽しい思い出になるよね)
 物珍しげに具を配置する涼司を見て、リアトリスは思った。涼司は他のピザも気になるようで、狼姿でトッピングしている獣人、スプリングロンドのピザを覗き込んだ。スプリングロンドは全身をレインコートで覆っていた。長いビニールを巻いた尻尾で器用にフォークを操り、トッピングをする。
「犬の姿じゃ、なんか、やりにくくないか……?」
 素朴な疑問として言う涼司に、スプリングロンドは答える。丁寧に、生の豚肉を乗せる時は別のフォークに切り替えていた。
「犬じゃない。狼だ。人の姿だと動きにくくてな……。衛生面には注意しているから狼姿で料理してもいいだろう?」
 こちらの具材は、豚肉の他にキムチ、ミミガー、豚足である。中国料理風で美味そうだ。
「まあ、やりやすいなら良いんだけどな」
「僕のはできたよー。トッピング、終わった?」
 ベアトリスが声を掛けてくる。アスパラガスとほうれん草、小松菜とポテトの乗ったピザがピザピールの上に乗っていた。リアトリス達も具を並べ終え、全員の分を備え付けの簡易石釜オーブンで焼いていった。
「「うわあ、おいしそう!」」
 オーブンの中でぷくっとふくらむチーズを見て、リアトリスとベアトリスが異口同音に言った。焼き上がったピザを木製のテーブルに並べ、4人で試食をする。スプリングロンドはフライ返しを尻尾で持ち、やはり器用にピザを食べていた。
「アトリ、飲み物用意しようか」
「あ、そうだねアリス! ジュース持ってこようか」
 そっくりの2人が、クーラーボックスに入れてきたジュースを取りにテーブルを離れていく。
「「…………」」
 もぐもぐ、とお互いに目を見交わしながらピザを食べる狼と涼司。やがて、狼――スプリングロンドは涼司に言った。
「リアトリス・ウィリアムズはお前がいなくて寂しがっていた。友人は大切にしろよ」
 涼司はリアトリスの背中を見て何か感じたのか、少し真面目な顔で応える。
「そうか……」
 最近は何かと不幸に見舞われ、周りからも不憫だ不憫だとの呼び声高い涼司だが、心配してくれる友人が、自分にはこれだけいるのだ。
「……っと、他人から色々と奪いすぎた俺が言っても説得力はないがな」
 昔、戦場にいた時の事を思い出して、スプリングロンドはそれだけ言うと独り歩き去って行った。
「…………」
「「あれ?」」
 どっかに散歩に行ったと言うと、戻ってきてきょろきょろとしていたリアトリスとベアトリスは割合あっさりと納得した。よくあることなのかもしれない。
「はい、オレンジジュース」
 ジュースと一緒にピザを食べ終わると、2人は芝生の上に揃って座った。ちょいちょいと涼司を手招きし、彼の頭を引き寄せて自分達の膝に乗せた。
「わわわっ!?」
 驚く涼司の銀髪を、まあまあというようにリアトリスは撫でた。
「辛い時はいつでも言ってね、相談に乗るから」
「…………」
 優しく笑顔で言うリアトリスに、男だと判っていても涼司はしばし見惚れてしまった。ベアトリスも、相棒の親友である彼と仲良くなりたい、また、元気になってほしいという気持ちを込めて同じように頭を撫でる。
「君と友達になりたいんだけど……いいかな?」
 顔を赤くしながら言うベアトリスに、涼司もつられて赤くなる。ベアトリスと青空を目に映し、笑顔で言った。
「ああ、もちろん……よろしくな!」