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リアクション
5.ヒラニプラの手引書
「そこまでよ、悪の狂団、団子虫。これ以上のおいたは、このフルーツ・カルテットが許さないわ!」
ヒーローショーの着ぐるみの中で、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は台本道理の決め台詞を開始した。身体は結構露出の多いひらひらドレスなのに、頭はアニメキャラの巨大な被り物なので、いまいちバランスが悪い。
「きたー!!」
観客席の子供たちに混ざりながら、比島 真紀(ひしま・まき)が思わず手に力を込めて叫んだ。
「おいおい」
隣にいるサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が思わず苦笑する。散歩で立ち寄ったショッピングモールの広場で行われていた着ぐるみヒーローショーだったが、比島真紀は思いの外のめり込んでしまったようである。
「またお前たちかあ!」
ずんぐりとした団子虫型の着ぐるみを着た悪役の俳優さんが叫ぶ。
「いつも爽やか柑橘系。あったかコタツのお供、フルーツ・みかんよ!」
みかん型の風防のついたマイクをクルンと回しながら、ハート型のサイレントギターを持ち、オレンジ色の魔法少女の衣装を着たローザマリア・クライツァールが叫んだ。
「いつもつぶつぶ、たっぷり一房。熟せばそれは大人の味、フルーツ・グレープなのだよ」
ベースギターをボンと鳴らして、鮮やかなパープルの衣装を着たグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が続いて名乗りをあげる。
「はわ、酸いも甘いも恋の内。いつも初恋進行中、フルーツ・レモンだもん!!」
いつもと違って精一杯声を張りあげて、スネアドラムを持った黄色い衣装のエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が続く。
「それは、ゴージャスな優越感。たっゆんの奇跡、フルーツ・メロンです」
最後にエメラルドグリーンの衣装の上杉 菊(うえすぎ・きく)がキーボードに指をすべらせて続いたが、設定通りの台詞とはいえ、ちょっと抵抗を感じていたりする。アニメでは一人だけ巨乳の設定らしいが、現実はローザマリア・クライツァールたち四人が四人ともみごとなたっゆんである。一人だけたっゆんを強調すると、なぜか視線が突き刺さるような気がする。
「食らえ、必殺フルーツ・カルテット・ステージ!!」
ショーの進行に従って短い殺陣を披露した後、四人で楽器をかき鳴らして、敵に必殺技で止めを刺す。
「うぎゃあ!!」
四色のカクテルライトを浴びた怪人が、わざとらしく舞台そでにダイブして姿を消した。
「みなさん、悪は滅びました」
決めポーズをとると、ローザマリア・クライツァールは、ショッピングモールに集まった子供たちにむかって元気に宣言した。
「ふう、お疲れさまー。ここのところ炎天下が続いているから、さすがにハードね。タイツは肌に密着するから汗だくだわ」
ショーが終わって楽屋に戻ってきたローザマリア・クライツァールは、暑苦しい被り物を外してやっと一息ついた。素顔に戻ると、落ち着いてちゃんとした美少女になる。変身ヒロインの衣装は、普段からやっているバンドの衣装としてもあまり遜色はない。
「まったくだの。このマスクも被っている間はかなり蒸れるが、ショー自体は面白いし身体を動かすことも愉しいからよしとしようではないか」
同じように被り物を脱いだグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが、ちょっと顔を上気させたまま言った。
「うゅ……でも、面白い、よね。楽器を演奏して敵を倒すお話。だから、着ぐるみ着ながらでもバンドの練習になってちょうどいいと思う、の」
「さて、ではシャワーを浴びてから着替えて参りましょう。そろそろスタジオの予約時間でございますゆえ」
上杉菊にうながされて、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァたちは、汗でべたつく衣装を脱いでシャワーを浴びた。
身綺麗になって心機一転、借りてあるスタジオへとむかう。
「いつか、自分たちの歌でああいったステージに立てるといいわね」
「アルバイトにて、大分活動資金も貯まりましたし、夏の終わりには一度これまでの活動の集大成をかねてお披露目を行いたいですね」
ローザマリア・クライツァールに、上杉菊が答えた。
「はわ……そう言えば、エリーたち、まだバンドの名前、決まってない気がする、の」
エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァの言葉に、残りの三人が今さらながらに顔を見合わせた。
「ローザは元海軍軍人で、このパラミタにも海軍を作りたいと思っているのであろう? それなら、バンド名は『Blue Water』などふさわしいと思うが、どうかの?」
「うん、それいい。決定!」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーの提案に、ローザマリア・クライツァールが即断する。
以後、彼女たちは『Blue Water』として活動していくのであった。
★ ★ ★
「つ、疲れたであります……」
ショッピングモール内のファミリーレストランのテーブルに顔を載せて比島真紀がつぶやいた。
「興奮しすぎだ。やれやれ」
普段冷静なので反動が来たのかと、対面に座ったサイモン・アームストロングが食後のコーヒーを飲みながら呆れた。
「それで、これから……寝てしまったか」
どこに行こうか聞こうとしたサイモン・アームストロングは、突っ伏した比島真紀が小さな寝息をたて始めているのに気づいて、しばらくそのままにしておくことにした。
どうも、眠気というのは伝染してしまうものなのだろうか。隣の席で本を読んでいた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、口元に手をあてると大きなあくびを一つした。
図書館で適当な本を数冊借りてきたのだが、どれも今ひとつ興味をそそられる内容ではなかった。少し流し読みされただけで、テーブルの上に積みあげられて置物と化してしまう。
「これなら、モールのイベントでものぞいてみればよかったかしら」
ほおづえをついてマジックミラー越しに外を通りすぎる子供連れの波を眺めながら、水原ゆかりはつぶやいた。
「……そっちの方がよかったかもー」
けだるい声が、前のソファーから聞こえてきた。見れば、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がこっくりこっくりと船を漕いだまま、反射的につぶやいている。目は閉じられたままで、ちゃんと受け答えをしたのか寝言なのか、すでにはっきりとしない。
「いつの間についてきていたのかしら」
あらためて気づいたとばかりに、水原ゆかりがまじまじとマリエッタ・シュヴァールの姿を見た。
そういえば、一緒に家を出たところまでは記憶がある。その後は、図書館への道の間も、本を探している間も、ずっと自分の世界に没頭していたために、意図的に意識の外に追い出してしまっていたらしい。
「マリーも、もう少し自己主張してくれないと、空気のままですね」
そう言った水原ゆかりの視線が、積みあげられた本の一つに止まった。
『エアパートナーにならないために……』
目に入ってきたタイトルに好奇心をもって、再びその本を手に取ってみる。理由があれば、つまらないと思っていたことも、目的があればそうでなくなるのかもしれない。
水原ゆかりはコーヒーを一口含んで眠気を追い払うと、再び本を読み始めた。
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