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学生たちの休日4

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学生たちの休日4
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8.海京の教科書
 
 
「やれやれ、やっと乗れたよね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、天沼矛内のエレベータのシートに座って、やっと一息ついた。
 空京のシャンバラ宮殿の地下に設置された天沼矛に乗るためには、厳しい検査を受ける必要がある。以前、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)たちが入室を拒まれた扉を通った後に、クイーン・ヴァンガードによってすべての武装は解除させられるのだ。そのため、今は各学校の制服か私服ぐらいしか身につけていない。
「最重要施設の警備としては妥当なところだろう。俺としては、まだ甘いぐらいだと言いたいが」
 ルカルカ・ルーの隣の席に着いたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、安全バーを下ろして身体をシートに固定した。
 五メートル四方ほどのボックスには、定員分のシートが設置されている。一般人用の小型のエレベータだが、天沼矛内部には、これ以外にも大小のエレベータが多数走っているのだろう。あたりまえの話だが、それらの入り口は完全に分けられていて、全体図は容易に想像すらできないようになっていた。
 制服を着たエレベータガールが、各人がちゃんとシートに座って安全バーを下ろしたかを確認して回る。
 まるで航空機の離発着時のような光景だが、利用者の安全を確保するという意味合いよりも、自由に動き回らせないという保安上の意味合いの方が大きい。一度ロックされた安全バーは、エレベータガールが解除してくれない限りは外れない。当然、勝手にシートから逃げだせば拘束の対象だ。
「お外見たかったなあ」
 かなりつまらなそうに、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が足をブラブラさせる。さすがに事前にエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)にきつく釘を刺されていたので、勝手に窓がないか探し回るということはしなかったが、かなり不満そうだ。
 ふいに壁面の一部が明るくなり、そこにモニタが現れた。
『ただいまより、御利用に関しての御注意を説明いたします……』
 モニタに映った女性が、説明を始める。
「いあいあいあ」(V)
 ぎりぎりで駆け込んできたいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が、ルカルカ・ルーの後ろの席に座った。
「いあいあ」
 ルカルカ・ルーが、挨拶をする。
『……では、安全になるまで席をお立ちになりませんようにお願いいたします。所要時間は二十分となっております』
 モニタの中の女性が一礼して消えると、映像がシャンバラ宮殿を映した物に変わった。
「以外と時間がかかるものですね」
 ちょっと意外そうにエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が言った。
「一般用の物だからな。速度調整しているのだろう。さすがに自由落下では、中にいる俺たちがたまらないだろう」
 そういうことだと、ダリル・ガイザックが答えた。
 この大きさではワイヤー式はあまり考えにくい。リニア式だろうと想像するが、本当のところはどうなのであろうか。あるいは、パラミタの魔術を利用しているのであれば、もっと効率がいい特別な方式なのかもしれない。
 いずれにしろ、空京からでは海京にむかって落下することになるのだ。逆が加速して上に上ってくるのとは違って、こちらは減速して下がっていくことになる。もし自由落下でもされたりしたら、途中は身体が浮いて、到着と同時に床に叩きつけられて死んでしまうだろう。そのため、支障のないスピードで減速が行われる。だが、緊急用や、物資搬送用の物は、もっと過激なスピードで移動していることも考えられた。
 ガクンとい軽い衝撃と共に、軽い浮遊感が一同を襲った。エレベータが下降を始めたのだ。
 移動に合わせて、モニタの中の画像が変化していく。
「窓じゃないけど、外は見られそうだぜ」
 隣に座った夏侯 淵(かこう・えん)が、クマラ・カールッティケーヤをつついた。
「わーい」
 クマラ・カールッティケーヤが、モニタに釘づけになる。
 シャンバラ宮殿からいきなり土の中に入ったかと思うと、少ししていきなり視界が明るく白くなった。
 空だ。
 雲塊の中を突き抜けると、本当に視界が開けた。眼前に水平線が見える。地球の海だった。
 おそらくは、事前に撮られた画像を、エレベータのスピードに合わせて映しているのだろう。
「さすがに、容易に全体像は見せてはくれないか。できれば、イコンの方は、ちゃんと見学したいものだ」
 セキュリティの厳しさに、少し残念がりながらダリル・ガイザックは言った。
「兵器としては、やはり同じ兵器が特に気になる……というところかな?」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、くすくすと笑いながらダリル・ガイザックに言った。彼にとっては、ダリル・ガイザックのような剣の花嫁や機晶姫は、自立型兵器の一形態でしかない。
「しかし、地球人はこの手の物を自律型とせずに人搭載型にするのだね。パラミタ人の感性からするとちょっと不思議に思えるね。そうは思わないか。自律型兵器の方が戦闘時の人的被害は少なくてよいような気がするのだが。それとも技術的な問題かね?」
「好きに解釈すればいいさ。兵器を自立型にすれば効率的かもしれないが、自立したものはすでに兵器ではなくなる」
 ダリル・ガイザックは、つぶやくように言った。ここでメシエ・ヒューヴェリアルと討論してもあまり意味はない。
「まあ、イコンにしたって、その入手に関しては、どうも謎なところがあるからね。いきなりゼロからあんな物を作れるものなのかどうか。鏖殺寺院も、イコンを持っているそうだが、別の組織が別々に開発をして、ほとんど同じ物ができあがるというのも、どうにもおかしな話だしね」
 エース・ラグランツが、疑問を口にする。
 基礎研究が同じだとか、開発者が同じだとかにならなければ、本来同等の兵器が同時期にいきなり現れるというのはおかしい。戦闘機や戦車は敵対陣営で同様の物を持っているが、あれはすでにベースとなる飛行機や車が存在していてのことだ。まったく秘密裏に開発していた兵器が似通っているということは、どこかで情報がもれたのか、どこかにオリジナルなりが存在するということになる。あるいは……。いや、憶測は今はまだ憶測でしかない。いずれにしろ、イコンは、今のパラミタでの争いには過ぎた力だ。
「あっ、見えてきたよ」
 クマラ・カールッティケーヤがモニタを指さした。映像が下にパンし、海京の姿が現れる。
 それは、まさに天沼矛から滴り落ちた大地と呼ぶのにふさわしかった。水面に落とされた色水のように、滲み広がるようにして人工島が広がっている。それは、自然の島と人工的なメガフロートの中間の存在と言ってもいいだろうか。現在も拡大を続ける海岸線は、不規則に増築され、自然の島のような複雑な輪郭線を海京全体に与えていた。その上で、地上には計画的に配置された緑が広がり、近代的な都市が構築されていた。空京が、人によって増殖した都市というイメージであるのならば、海京は、増殖した都市に人が集まってきているというイメージだ。
 だが、目に見える物だけがすべてとは限らない。
 メガフロートはその構造上、いくつにも連結されたボックス構造のはずだ。当然、内部は浮力を生み出すための空間であると共に、膨大な収容容積を持った空間でもある。シャンバラ宮殿が天沼矛を隠していたように、そこに何があるのかはまだようとしてしれない。
『お待たせいたしました。海京に到着でございます。皆様、お忘れ物……』
 減速が強くなってほどなく、エレベータが停止した。
「わーい、早く行こうよ」
 安全バーから解放されたクマラ・カールッティケーヤが真っ先に出口にむかって走りだした。
「これは……、またエキセントリックな臭いですね」
 天沼矛の外に出たとたん吹きつけてきた潮風に、メシエ・ヒューヴェリアルが軽く鼻のあたりを手で被った。
「パラミタは、どういう風に見えるのかな」
 エース・ラグランツは空を見あげてみたが、分厚い雲を天沼矛が貫いているだけで、大陸その物の姿は確認できなかった。あの雲が雲海だとすれば、この風景はあたりまえなのかもしれない。
「ひとまず、天御柱学院を目指そうよね。イコン、イコン、イコン♪」
 スキップを踏みながら、ルカルカ・ルーが先頭に立って進んで行く。
「やれやれ、天御柱学院と海京を見学しに来たというのに」
 軽く溜め息をついてから、ダリル・ガイザックは他の者をうながして彼女の後を追った。