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リアクション
第三章
・ギャップ萌えとか言ってる場合じゃない
「何やら外が騒がしいな」
「ホワイトスノー大佐、ご存知ないのですか? 今日は海京の都市を使って契約者同士の『演習』が行われているのですよ。通達があったはずです」
極東新大陸研究所内部で、訝しげな顔をしているホワイトスノー、あるいは大佐と呼ばれた女性研究員に対して、男性研究員が説明していた。
「そうか、今日だったか。まあ、やるからには何か対策はしているのだろう。もっとも、『ファースト』にとっては学生契約者の『演習』も、ただの戯れにしか映らんだろうがな」
「とはいえ、あくまでスポーツしての『ろくりんピック』よりも潜在的なデータは取れるでしょう。強化人間管理課は強い興味を示しているようですし」
どうやら街を使うに当たって、何かと事前に理由付けをしていたようだ。そうでなければ、いくら結界を張っているとはいっても一般人が巻き込まれかねない。
「大佐も、うっかり外に出てなくてよかったですよ。我々のような普通の人間だと、巻き込まれたら危険ですから」
「……そうだな」
やや含みのある言い方をするホワイトスノー。
「ところで、例の研修生はどうするんです?」
「モロゾフ中尉にこのまま適当に面倒見させればいいだろう。気付いているだろうが、あの男は外で『演習』をしている契約者の一人だ」
「分かっていますよ。ただ、ここに入った以上は彼を利用させてもらわないと。パラミタで生活を送っていた契約者ですから、短い間でもいいサンプルになりますよ。それよりも、イワン君はちゃんと分かっているのかが……」
「軍にいる時からの私の部下だ。舐めてもらっては困るぞ、ドクトル」
どうやら弥十郎が制限時間内に缶蹴りに復帰するのは絶望的になってしまったようである。
* * *
西エリア。
現在時刻は十一時。そろそろ攻撃側が本格的に攻めに行くくらいの時間だ。
「今、こっちから音がしたような……」
葉月 エリィ(はづき・えりぃ)はダミー缶を設置した辺りから発せられた物音を聞き取った。
黒壇の砂時計で即座に接近し、手に持った二丁拳銃で威嚇射撃を行おうとした。なお、二つセットで使う手甲のようなものは問題ないが、二丁拳銃は二刀流はかなりグレーである。ただ、なんだかんだでこっそりと暗器のように何らかの武器を隠し持っている人は多いので、別に構わないようである。頑張れば一丁くらいはユニフォームの中に隠せないこともないだろう(ギリギリだが)
だが、ダミー缶の倒れたところまで行ったものの、人影はなかった。
とはいえ、ついさっきのこと。まだ近くにはいるはずだ。
ガサッ。
研究所の敷地内にある茂みから音がした。
「そこっ!!」
逃げられないように、まずは銃を撃って怯ませる。
特に動きはない。
すぐにタッチしようと茂みの中へ突っ込んでいき、人影をタッチしようとする。
「人形!?」
そこにあったのはジェイダス人形だった。どこかから糸で引っ張ったのか、それとも茂みに攻撃をして音を立てたのか、まんまと引き寄せられたのである。
(……やられたね)
仕方がないので、すぐに動こうとするが、
「ん、動けない……?」
足下を見ると、トリモチがあった。タッチしようと近付いた時点でそこに足を取られるようになっていたようだ。
なお、ジェイダス人形も触ったらそのまま取れなくなるようになっている。
外せないことはないが、時間はかかりそうだ。
『エレナ、あたしの近くに攻撃の誰かがいるはず。頼んだよ!』
上空を箒で飛んでいるであろうパートナーのエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)に連絡を取る。
空から攻撃の人を止めてもらうためだ。
だが、既に攻めの人間は行動を開始していた。
* * *
(少し騒がしくなってきたな……行くなら今か!?)
西エリアで攻める隙を窺っていた橘 カオル(たちばな・かおる)は、ある研究所付近に人が集まっていくのをその目で見た。
その場所こそが、極東新大陸研究所なのだが、まだそうだとは知らない。
ただ、今が攻め時と慎重にその建物へと近付いていく。超感覚を使用したままのため、狼の耳と尻尾が生えている。なお、彼は西シャンバラのユニフォームだ。
(ここも氷か。溶かしていくしかないよな)
氷壁がところどころに見て取れるため、それを溶かして進んでいく。
(――!)
ふと、背後から迫る足音を聞き取った。
「生憎、こんなところで捕まるわけには行かないぜ」
全力疾走してくるのはイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)だ。缶を蹴りに向かおうとするカオルをタッチしようとするが、氷術で足下を凍らせて時間を稼ぐ。
「目には目を、って感じか」
氷術は何も守備側だけの特権ではない。
そして彼の前には一本の缶が現れた。ただ、それは建物の壁に張り付いている。さらにその上から氷術が施されていた。
火術で氷を溶かし、缶を蹴る。どうやら振ったままの状態で凍っていたらしく、蹴った瞬間中身が漏れ出した。
「うわっ!」
ラベルを見たら『オデ・コーラ』とある。本物の缶はドクターヒャッハーだ。ただ、中身を入れたままというのは予想外だ。
「あー、ベトベトするなー」
首に巻いていたろくりんピック公式タオルで肌についたのを拭う。
だが、危機はまだ去っていなかった。
「上か!」
相手の姿を確認している余裕がなかったため、咄嗟に上空に雷術を放つ。威力はスタンガン程度であったが、もし相手を先に確認出来ていれば、彼は全力で放つべきだっただろう。
「え、ルカさ――ぐふっ!!」
彼を急襲しようとしたのはルカルカだ。空飛ぶ魔法で上空に上がり、そこから履いているローラースケートで壁を駆けて来たようである。しかも神速で。
そのスピードからは逃げ切れず、そのままタッチされる。
むしろタッチというよりは延髄チョップだった。
「タッチの範囲超えてねぇ?」
彼女よりも後方から来たカルキノスが言う。
「愛の試練よ♪ ん、この耳……」
カオルの狼の耳を触るルカルカ。それに反応してカオルがびくっと動く。意識が戻ったようだ。
「あれ、カオルじゃないの」
ぐいぐいと耳を引っ張られながら、むしろられている感じではあるが、ルカルカの方を見ようとする。
「ちょ、耳は、やめてくださ……あっ」
絞め技が決まっていた。そのまま再び彼の意識は深くへ沈んでいく。
「今何か言ったような気がするけど、気のせいだよね」
「いや、今一瞬目覚めとったぞ」
淵が半ば呆れ気味に呟く。
「よし、ちゃんと生きてるな。ルカの場合手加減なしじゃ洒落にならぬわ」
一応捕まえるためなので常識の範囲内で加減はしているが、それでも彼女の攻撃力だとかなりの威力である。
「男の娘なロリ外見で、同じ位破壊力あるくせにっ」
「……男の娘違う」
外見のことを突っ込まれ、少し不機嫌になる淵。
「何にせよ、そろそろ行かねば不味いだろう。見てみろ」
極東新大陸研究所の方に目をやるルカルカと彼女の契約者達。
「これはちょっと守るの大変そうね」
* * *
「……で、あれはどうしろと言うのでしょう?」
坂上 来栖(さかがみ・くるす)は困惑してた。目の前にある巨大な氷塊。その中におそらく缶はある。
むしろ、攻撃側が本物の缶を発見した場合は連絡が行く。その方が効率がいいと感じている人が多いからだ。
現在、北以外は缶の所在が判明している。
(氷塊を壊せばいいでしょうが、近くに守りがいるのは確実ですし、私の装備ではあれは壊せないですね)
服装はスクール水着、爆薬を隠しておくことも出来なかったため、破壊工作を行うわけにもいかない。
(まずはあれが壊されるのを待ちますか)
そして、ついに均衡が崩れる時がきた。
「さて、準備は出来ました。行きましょう、ルチルさん」
御堂 緋音(みどう・あかね)はレビテートで浮遊し、極東新大陸研究所の建物の方へ向かう。そのためまだ一部が凍結したままの地面で転倒しなくて済んでいる。
手には途中の研究施設で廃棄された薬品の詰まった瓶がある。
「缶ってあそこに見える氷の中にあるんだよねー?」
「そうみたいですよ」
「じゃ、あれを砕いちゃおっと♪」
ルチルが一気に建物の屋上まで跳躍する。そこから勢いだけで氷塊までジャンプするつもりだ。
当然、非常に目立つことだろう。
陽動にはちょうどいい。
「ヒャッハァーーー☆」
助走をつけ、一気に跳ぶ。その疾さは、弾丸の如きだ。
ビキッ、と氷にヒビが入る音が響き渡る。
そのまま氷を蹴って少し離れたところに着地しようとする。
「見つけましたよ!」
身を潜めて攻撃側が来るのを窺っていた紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)がバーストダッシュで彼女を追う。
とはいえ、ルチルは再び研究所の屋根の上に戻ったため、深追いは禁物だ。すぐに定位置まで戻る遥遠。
しかし、そのわずかな隙をついて緋音がヒビの入った氷塊に瓶を投げ込む。さらにそこに向かって火術を放った。
ボン、と音を立てて内側から溶けていく。
緋音の気配を察知して、遥遠が今度は彼女の方に向かってくる。
「残念!」
緋音をタッチしようとするが、それはミラージュによる幻影だ。加えて、誘い出したところでその身を蝕む妄執。
「緋音っちー、一気に攻めちゃおー!」
彼女の前にルチルが降り、そのまま緋音を抱えてまた研究所の上まで跳躍した。
「これで、どうです!」
手持ちの瓶を氷塊に向かってばら撒く。その際に火術で着火したため、ある意味爆撃である。
「これ以上はやらせないぜ!」
だが、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)がそれを受け止めようと前に出る。
「何っ!?」
瓶の軌道が変わった。緋音がサイコキネシスで弾いたのである。
咄嗟に氷術を放ち、凍らせようとするが全てはカバーできない。それは、彼一人だったならの話だが。
霞憐の背後からブリザードが繰り出される。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がカバーに入ってきたのだ。
「氷塊にこの氷の嵐。さあ、突破出来ますか?」
さらに接近は容易ではなくなった。しかし、彼は気付いていなかった。
遠距離から放たれた弾頭に。
ドォン!!
氷塊に着弾。
爆風で氷が粉々に砕け、その周りにあるものが吹き飛ばされる。
桐生 円(きりゅう・まどか)が機晶ロケットランチャーで狙撃、否砲撃したのだ。
缶は倒れなかったものの、氷や周囲にあったトラップは消滅した。
「……普通缶蹴りにロケラン持ち込みますか?」
その破壊力から、機晶ロケットランチャーだと遙遠は判断する。リジェネレーション持ちの彼が起き上がるのは早かった。だが、二発目がやってきて、今度は地面に着弾する。
「――!!」
今度は煙が上がり、視界も悪くなる。
人に当たれば直接攻撃扱い、というよりただじゃ済まないものだが、狙いはあくまで缶であった。
だが、爆風で飛ぶ気配はない。
「ふふ、そう簡単にはいかないよ!」
月谷 要(つきたに・かなめ)がサイコキネシスで爆風から缶を守る。一人では力が足りないため、さらに霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の力も借りる。
これで、少しでも力加減を間違えたら元も子もない。しかも煙のせいでよく缶が見えないときた。
カーンッ!!
完全に煙が晴れる前に、その金属音は響く。
ほとんど守備の意識はどこかに潜む砲撃手と、研究所の建物の周囲に出てきた数人の影に気を取られていた。
サイコキネシスで押さえているとはいえ、至近距離で直接蹴られるのは防げない。
そんな中、敵の不意を突いて缶を蹴ったのは如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)だった。
二発目の着弾を感じるとすぐに煙に紛れて突き進み、さらに煙幕ファンデーションも使うことで煙の中に身を隠すことにも成功していた。
煙が晴れる前に、そのまま煙の流れに沿って離脱する。あくまで蹴ったのが誰かも分からないようにするために。
(……ルールでは、蹴った後に……捕まらない、って、なって……ないですし……)
なお、そのルールの見落としで攻撃側が一網打尽になったという前例はある。
そのまま仲間達との合流を目指す。
だが、守りもすぐに察してそれを妨げようとしてくる。アボミネーションが繰り出されたらしく、ぞわっと背筋が寒くなる。
続いて氷術で足下を凍らされかけるが、これには火術で対処。
「缶は蹴られたようですね」
道中で運良くロザリンドと合流出来た。彼女がその身を蝕む妄執で幻覚を見せ、さらに時間を稼ぐ。
「まだ皆さん捕まってないようですし、何とか連絡を取ってみましょう」
* * *
ロケットランチャーの砲撃が氷を吹き飛ばす前のこと。
(今回も皆本気ですね)
クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)もまた西エリアの缶を探していた。
「ろくりんピックに出てる人も多いってのに、みんなよくやるわねー。なんだか真剣だし」
彼の後ろにはサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)がいる。セパレートタイプの水着を着て、箒に乗ったままのんびりとカキ氷を頬張っている。どうやら、ただ見物しているだけのようだ。
とはいえ、ここにいる以上は参加者とみなされる。なのでクライスからある程度は離れていた。
なお、クライスは東シャンバラのユニフォームで参戦しているが、武器の代わりになぜかジェイダス人形を抱えている。しかも、この人形の方が水着姿だ。
壁に背中をつけているため、人形と壁にサンドされた状態になっている。彼の姿は見えにくいものの、機動性は乏しい。
(それにしても、このエリアは女の人が多いですね……)
どういうわけか、西は攻撃と守備合わせても半分以上が女性であった。しかも美女、美少女と言って差し支えのない人が多い。
そんな人達が水着姿、ユニフォーム姿で駆け回っているのはやや目に毒だ。騎士たらんとする青年にはそうであった。
人によってはガン見に加えてちょっかいを出そうとするかもしれないが。と、いうより今まさにちょっかいを出して本気で女の子を怒らせた男がいたりするが、そんなことを知る由ははない。
ふと、近くの氷の路地をものすごい勢いで飛んでくる姿があった。
「……え?」
そのまま彼に激突しそうになるが、ジェイダス人形のおかげでなんとか耐え凌いだ。
ぶつかってきたのは、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)とリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)である。なお、リュースはミルディアにタッチされたという判定を受けている。直接接触しているからだ。
「いたた……」
辛うじて立ち上がるミルディア。だが、そんな彼女の前には人形とはいえジェイダス観世院の姿がある。
「…………」
なんとも形容しがたい沈黙が訪れる。目と目が合うその瞬間、人形が、正確には人形の後ろのクライスが歌いだした。
「君を見つめる瞳だけで伝わるアバンチュール、勢いのままに重なる唇はしかし勢い余って二人の目からお星様、そして現実を捨て愛する二人は今一つに! お幸せにー」
幸せの歌(即興歌詞付き)である。
強引にジェイダス人形を押し付け、ミルディアの上を飛び越えて着地、バーストダッシュで逃げようとする。
だが、着地したその場所は氷の上。つまり――
「しまった!」
もう止まらない。そのままどこかへぶつかるまで彼は滑り続けていく。
「これは止めてあげないといけないかしら?」
上空のサフィがそれを追いかける。
サイコキネシスを使い、ブレーキを掛けさせようとするが、
「あ、間違えた」
逆に彼の背中を押し、加速させてしまう。
仕方がないのと思ったのか、とりあえずサフィは彼を追うことにした。
しばらくして。
「しまったなー。随分時間とられちゃったよ」
トリモチを振りほどいたフェルが索敵に戻っていた。だが、手についてるジェイダス人形は取れなかったらしく、持ったままだ。
「ん、あれは」
ジェイダス人形を押し付けられたらしいミルディアを発見する。
等身大人形が並ぶのはどうにも滑稽である。
「なんだろうな、この奇妙なもやもや感……」
その時、本物の缶のある極東新大陸研究所の方から何かが爆発する音が聞こえてきた。
直後、彼女達も含め参加者は西の缶が攻略されたことを知る。
* * *
「蹴られましたか」
ずっタイミングを計っていた来栖だったが、自分が行く前に缶が蹴られた。そのため、移動を開始しようとする。
「そう簡単には逃がしませんよ!」
缶が無くなろうと、このエリア間移動が一つの勝負となる。
缶に一番近かった三人は、それぞれ分散し、攻撃陣の拿捕に入る。
「ならば、勝負です!」
光条兵器を呼び出し、防御側――向かってきたのは遥遠だが、に対抗する。大鎌型のそれで攻撃するのはグレーな気がするが、光条兵器なら斬らないという選択肢も取れるので、それを巧みに利用する。
他の攻撃陣のためにも、元々そう多くない守備を、ここで一人でも食い止めておけば、後々有利になる。
「私を捕まえるのが先か、それとも私に倒されるのが先か」
振り切るのは厳しい、だからこその趣旨変更である。
どちらにしても、楽しめればそれでいいのなら、ここで正面きってのバトルをするのも悪くはない。
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