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リアクション
・想定外の出来事が起こることを想定しておくことも重要だ
西エリア。
『弥十郎、上手く入れたか』
熊谷 直実(くまがや・なおざね)が佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と連絡を取り合う。
『なんとか入れたよ。あとは合図するまで待ってて』
彼は西エリアの中にある研究所の一つに潜入していた。これも缶を蹴るための作戦である。
彼の誤算だったのは、今回も夜だと思っていたが前日になって朝だと知り、考えていた作戦が通用しなくなったことだ。
外は明るいため、機晶技術で街灯の電気を落として停電させることは出来ない。もっとも、海京は日本で造られて曳航されてきているので、イコンや天沼矛のような特殊な例を除けば機晶技術ではなく地球の科学技術が使われている。そちらに精通していなければ彼の作戦を実行するのは難しい。
(さて、服を調達しないとなぁ)
さすがにユニフォームのままというわけにはいかず、特技である捜索とサバイバルを生かして職員の服を探す。とはいえ、白衣とズボンくらいしか見つからないため、それを身に着ける。
だが、そこで最大の誤算が発生した。
「君、何をしているんだい?」
三十代後半くらいの研究員から声を掛けられた。
「ここの職員ではないみたいだね」
一瞬でバレてしまう。
「ドクトル、どうした?」
さらにその背後から女性の声が聞こえ、その姿を弥十郎が捉えた。夏だというのに丈の長い黒のロングコートを着ている。
「見掛けない顔だな。どうしてここにいる」
「いえ、ワタシは研修でここに……」
咄嗟に弥十郎が口を開く。
「研修? ドクトル、そういえば強化人間管理課のカザマが今日か明日に、何名か学生を研修生として向かわせると言ってなかったか?」
「確か明日のはずでしたが」
「すいません、どうやら日にちを間違えてしまったみたいです」
弥十郎が頭を下げる。とにかく、この研究所を一度出て、別の場所に潜入した方が良さそうだったからだ。
「まあ、待て。研究熱心なのは悪い事ではない。せっかくだ、少し勉強していくといい」
「あ、は、はい」
「とはいえ、明日が本番だからね。今日はちょっと見学する程度でいいかな」
二人の研究員に誘導され、弥十郎を案内する別の研究員に引き渡された。
「あとは任せた、中尉」
弥十郎と外見的にはそう歳の差はなさそうな青年だった。
「改めましてようこそ、極東新大陸研究所へ」
どうやら午前中はこのまま中尉と呼ばれた青年と行動せざるを得なくなってしまったようだ。
(どうしてこうなったのかなぁ……)
* * *
弥十郎が極東新大陸研究所から抜け出せなくなった頃、他のエリア以上に攻撃陣が積極的に動き始めた。
(さて、いきますか)
リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は隠形の術で姿を隠し、研究所を壁伝いに移動している。今回彼は仮面を被らず、西シャンバラユニフォーム姿だ。
超感覚で五感を高め、殺気看破も使って守備側の気配を読もうとする。だが、問題となったのは禁猟区だ。
殺気看破には引っ掛からないが、禁猟区に反応がある以上、危険な存在が近くにあるということになる。
要は、罠でも禁猟区ならば兆候があるということだ。
(でも、どこに……?)
とはいえ、罠の性質まで分かるわけではない。
目の前には氷術で凍結したコンクリートの通路が広がっているくらいだ。走るのは危険なのでそこは慎重に進む。
「……っ!」
だが、氷に気をつけていたにも関わらず、バランスを崩してしまう。
(砂利? いや、これは碁石ですか)
ただの石ならさしたる問題ではない。だが、表面に油が塗ってあったせいで、滑ってしまったのである。
続いて、身体が不可視の何かで押さえつけられるのを感じた。サイコキネシスだ。近くに超能力の使い手がいるのだ。
(どこに?)
敵の姿は見えない。
さらに、今度は氷が動く。壁が形成され、リュースの行く手が塞がれてしまう。
「もらったァ!!」
勢いよく飛び込んできたのは、要だ。
このままではリュースはタッチされてしまう。
「そう簡単に捕まるわけには行きませんよ!」
鬼眼で要を一瞬だけ怯ませ、その隙に雷術を放つ。
「魔法は反則ではありませんからね」
「く……」
跳躍し、リュースは要から距離を取るためにバーストダッシュをする。氷の上では危険だといはいえ、滑走することで本来よりスピードは出る。背に腹は代えられない。
(悠美香、行ったぞ!)
逃げ切れると思ったが、要が精神感応でパートナーに連絡を取ったことには気付けない。
「そぉい!」
どこからともなく掛け声が聞こえ、直後リュースはバランスを崩した。だがバーストダッシュの勢いは止まらない。
「え、ヘッドスライディング!?」
タッチされればどうしようもないのだが、その勢いゆえなかなか守備側も触れないようである。生半可な力では止めることも敵わない。
「ここは私が止める!」
次に立ちはだかるのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だ。なんとかリュースは体勢を立て直そうとするものの、なかなか立ち上がれない。
氷の上であるが、ミルディアがオートガードとディフェンスシフトで彼の前に出る。とにかく触れればいい。
「…………!」
なんとか触ることは出来たが、そのまま激突した勢いで氷の上を滑走していく。こうなったらもうどこかにぶつかるまでは進み続けることだろう。
* * *
「では行くですよ、ジャスパー!」
「うん!」
ひながジャスパーと一緒に西エリアを駆けていく。彼女は軽身功を使いながら、凍結していない建物の壁伝いに跳び、屋根の上からエリアを移動する。
同じようにジャスパーも軽快に駆け巡る。
「空に一人ですかっ」
上空から氷術が繰り出され、彼女の前に氷壁が出来る。
それをひながヘキサハンマーで打ち砕く。その上で、遠当てで箒に乗る敵のバランスを崩そうとする。
「こっちには、二人!」
ジャスパーの方は地上の影を発見した。これで守備が三人はいることが分かった。
上空の敵の目から見つからないように、なるべく死角になる部分を選んで動いていく。そのまま守備側の現在位置をこまめに連絡する。守りの人も動き回っているため、一ヶ所に固まっているわけではないからだ。
「ダミーの缶も多いから、気をつけて」
駆け回りながら、ジャスパーはダミー缶を回収しているようだった。彼女の手には二本握られている。
「やりますねっ、走りながらそんなことをする余裕があったなんて……私も負けてはいられないのですっ」
二人は目を合わせ、すぐさま屋根から屋根へと飛び移っていった。
(これでよし、と)
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は変身! で服装を変えて偵察をしていた。缶の場所を発見次第、一緒に攻めるグループに連絡し、みんなで強襲するために。
今、彼女達は一ヶ所に固まらず、散らばって行動している。
偵察で問題となったのはエリアの至る所にある氷塊だ。それが単なる障害物か、それとも缶を凍結させて守っているのかは調べなければ分からない。
しかもダミー缶があるという連絡も入っている。
(このままだと滑って危ないし、今のうちに……)
ファイアストームで路面の氷を溶かしておく。
すると、一部の氷塊の中からは缶が出現した。ラベルを見るが、『ミツエサイダー』だった。
(うん、あれは違うみたい)
攻撃側には、「本物はドクターヒャッハーの缶」とだけ連絡が来ている。四本だけ混ざってる限定缶が本物なのだが、そこまで教えると守備側がダミーを用意する意味がなくなるので、教えられていないのだ。
『円ちゃん、そっちはどう?』
少し離れた場所にいる円に連絡を取る。
『やたらと大きい氷があるね。あの中に缶があるとしたら、気付かれずに蹴りに……いや、吹き飛ばすのは難しいかな』
氷を消し飛ばすくらいは円にとって容易いことだが、問題はその後だ。
ちょうどその時円に対してオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)から状況報告があったようだ。
『うん、やっぱり缶はあの中みたいだよ。場所は……』
オリヴィアがエリア一帯に飛ばした使い魔から、やはり缶はそこにあると分かった。他、西エリアの半分以上が路面凍結状態。さらにダミー缶がそこら中にあることも。
『ありがとう。じゃあ、そこに向かうね』
守備側の位置情報までは全て分からない。とはいえ、ある程度は他の仲間のおかげで判明している。それらの情報をまずは仲間内で共有することにする。
(極東新大陸研究所の裏かぁ〜。ここからは距離があるけどなんとか……)
そこまで考えたところで、一度陰に隠れる。
守りについている葉月 エリィ(はづき・えりぃ)の姿が見えたからだ。もし、目の前の缶を蹴っていたら見つかっていただろう。
そこで、歩は逆にそれを利用することにした。
果たして彼女の策は上手くいくのだろうか。
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