薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

KICK THE CAN2! ~In Summer~

リアクション公開中!

KICK THE CAN2! ~In Summer~
KICK THE CAN2! ~In Summer~ KICK THE CAN2! ~In Summer~

リアクション


・魔法少女は変身の瞬間を見られなければ正体がバレないと相場が決まっている


「派手な合図だ」
 天沼矛の周囲をほとばしる雷の奔流を見つめ、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)は呟いた。
「しかし、これでもう攻撃も守備も動き始めることでしょう。あとは攻撃側を見つけ、捕まえるだけです」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が静かに告げる。
「もう鳴子は海京一帯に設置し終えたぜ。全エリアの守りにも伝えてあるし、反応があったらすぐ分かるぜ」
 魄喰 迫(はくはみの・はく)が言う。彼女達は遊撃要員として、積極的に攻撃側を捕まえに行くようだ。
「じゃあ、そろそろ行くにゃん」
 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が動き出そうとする。
「あ、待って下さい」
 雄軒が彼らを制止した。
「なんだ、雄軒殿?」
「ここは一度ちゃんとやっておくべきです。前口上を」
 その言葉に、シャノンが震え出す。いつもは冷静な彼女も、今は感情を表に出さずにはいられないようだ。
「大丈夫ですよ。まだ私達しかいないんですから。一度やっておけばもう何も恥ずかしいことなんてありません。さあ!」
 雄軒が促す。後ろ手にはデジカメを隠し持っている。
 意を決して、シャノン達が口を開いた。

「魔界天使マジカル☆しゃのん!ただいま参上!!」
「マスコット1号!ホワイト☆どっぐ、見参だぜ!」
「マスコット2号!ブラック☆きゃっと、推参だにゃん♪」

 そう、今の彼女達は魔法少女なのだ。一人少年が混ざっている気がするが、そんなことは気にしてはいけない。
 魔法少女というのは魔法少女という一つの体系であり、そこに性別の概念などない、はずである多分きっとそう。
「いい感じですねー。あ、シャノン様、恥ずかしがらずにもっと堂々とお願いします。あ、顔はもっと笑顔で」
 ひたすらシャッターを切る雄軒。
「く……」
「そうしないと、私がカメラで取ったシャノン様の画像が海へいってしまうかもしれませんからね。ネットという海の中に」
 からかうように彼は言い放つ。どうやら弱みを握っているがゆえに好き放題やっているようだ。
 撮られているのは何も写真だけではない。彼の後ろではパートナーのミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)がビデオカメラを回している。動画としてもこの様子が保存されているのだ。
(ああ、恥ずかしい……あんなことさえなければ、こんなことには……)
 事の顛末はシャノンの持つ黒歴史に関することなのだが、それについては彼女の名誉のためにも、今の恰好(魔法少女)からお察し下さいというところである。
 この姿を見て、彼女を含めた三人の魔法少女が、ザナドゥの吸血鬼と人の魄を食らう獣人と石化大好きなサイコキラーだと思う者はいまい。
 遠目から見たらむしろアイドル三人組ユニットとマネージャーとカメラマンだ。ある意味では、攻撃側を油断させることが可能かもしれない。
 名乗り口上も(一応)したことなので、改めて索敵に向かう一行。

 さて、ここで守備側の準備を一通り見てみよう。

            * * *

 北エリア。
 一般の人が利用するのとは別に、物資運搬、いわば業務用のエレベーターに通じているのがこのエリアだ。地球、パラミタ、それぞれに運び込む物資を一時的に保管するための倉庫や、輸送用のコンテナなどが存在している。
「さて、こんなものかのう?」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が倉庫の屋根の上から北エリアを見渡した。
 大型の貨物コンテナは缶への障害物として機能し、さらには倉庫の屋根、各コンテナは氷術で繋がっている。
 クレーンやフォークリフトは攻撃側に使われないように、ある程度押さえてある。もっとも、全てを占有するのは難しいが。
 氷によって閉ざされ、エリア全体が要塞化していた。とはいえ、今は夏。いくら魔法による氷とはいえ、日差しに長時間は耐えられない。
 しかし、それはさほど関係ないようであった。
「……缶に近付く前にリタイアさせれば問題ない」
 要塞化した北エリアの至る所に、鬼崎 朔(きざき・さく)はトラップを仕掛けている。
 彼女のパートナーのスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が、缶の最終防衛を担う。もちろん、彼女もそこでじっとしているわけではない。
 すでに、缶を守るための準備は整っている。
「さて、これで準備完了だ」
 朔のもう一人のパートナーであるアンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)はエリアの西側の地面一帯に氷術を施した。加えて、アシッドミストで霧を立ち込めさせる。
 北の守備に気付かれないようにエリアに侵入するには、そこを通らなければいけないように仕組まれている。他のところから攻めようとすれば、コンテナや倉庫を壊さなければならない。その時点で守備側に気付かれるだろう。
 攻撃側はこの守りをどう突破するのだろうか。

            * * *

 南エリア。
 天御柱学院の校舎や関連施設がここに集まっている。湾岸部にはイコンデッキがあり、そこから天学のイコンは発進する。
 この日も、海上ではイコンの実機訓練が行われるのだろう。少数であるが、イコンが飛び回っている。どうやら整備科兼パイロット科の生徒や教官で朝の点検作業をしているらしい。
「寺美、俺が悪かったから、そろそろ手伝ってやー」
 缶蹴り開始まであと三十分。日下部 社(くさかべ・やしろ)はなにやら不機嫌な様子のパートナー、望月 寺美(もちづき・てらみ)をなだめていた。
「はぅ……ボクだって競技に参加したかったのに」
 どうやら、選手登録したにも関わらず競技に出れてないのが原因なようだ。
 言い訳はせずに、頭を下げる社。
「ボクを放っておいた償いとして、好物のおはぎを買ってくるですぅ〜☆ 餡は極上のでお願いしますぅ〜☆」
「分かった。これが終わったらな。空京に名店があるからそこで買ったる」
 何とか食べ物を条件に機嫌を直すことに成功した。
「さて、缶を置く位置なんやけど……」
 そこへ、一機のイコンが飛んできた。
『わたくし達も缶を守りますわ』
 音声通信を行う。オリガ。何とか理由をつけてイーグリットを持ち出すことが出来たようだ。
「まさかイコンをこんな間近で見れるとはなぁ……」
 イーグリットの機体を見上げる社。
 が、ぼーっとしているわけにはいかない。缶を置く場所も決めなくてはいけないのだ。
「缶を置く場所なんやけど、その掌の上なんてどうや? イコンの手の上に置いて、あたかもイコンが飲み物を飲んでる風にな!」
 冗談なのか本気なのか、提案してみる。とはいえ、缶はそれほど大きくはない。
「それですと、少しでも動いたら倒れてしまいますわ。それに、手が使えた方が守る時に便利ですわ」
「そうなると他には……」
「だったら、あそこでいいんじゃないかな?」
 同じ南エリアの守備側にやってきた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が指差した先は、天御柱学院本校舎の屋上だった。
「簡単には辿り着けないだろうし、建物を利用して罠を張ることだって出来る」
 ということで、他に言い場所もないので屋上に缶を設置し、社と寺美はその周囲にナラカの蜘蛛糸を張り巡らせる。トラッパーのスキルは寺美のものだ。
「ま、これくらいしとっても、あいつら相手なら問題ないやろ♪」
 むしろ、彼の罠は他の守備の人がやることと比べたらとっても良心的なのだが。
 さらに、水神 クタアト(すいじん・くたあと)が禁じられた言葉で魔力を高めた上で、アシッドミストと氷術で缶付近に氷のドームを形成する。
 さらにその後ろで、オリガとエカチェリーナが搭乗しているイーグリットが仁王立ちして構えている。
 遠くから見れば霧の中に巨人が立っているかのようであり、缶の場所は分かりそうなものだが威圧感は確かにあった。
 むしろここまであからさまだと、罠だ、と思う人も多いかもしれない。
 缶付近の準備は整ったため、最低限の人員を残して南エリア一帯にトラップを仕掛けにそれぞれ繰り出していく。
「寺美、今日ずっと気になってたんやけど」
 社がパートナーの方を見遣る。
「「ふっふっふ! 皆がろくりんピックや海に来て水着で盛り上がってるなか、ボクはこの天宮琴音ちゃん装備でバッチリ決めてきましたぁ〜☆ この巫女服もピッタリですぅ〜☆」
 誇らしげにしている寺美ではあるが、社には疑問があった。
「……その恰好、ルール違反にならんの?」
 ルールでは、水着かろくりんピックユニフォームとなっている。
「はぅ〜、大丈夫ですぅ〜。エミカちゃんに問い合わせたら、『一人くらいいたって面白いからおけー』だそうですぅ〜☆」
 変身スキルで魔法少女になる人だっているのだから、そこまで気にする必要はないとエミカは考えているらしい。ルールはあるにはあるが、別に厳守とまではいかないらしい。
 
            * * *

 東エリア。
 ここは海京の学生や社会人が暮らす居住地区となっている。天御柱学院の学生寮があるのもここだ。
 北エリアの作業員や、西エリアの研究所職員でここに居を構えている者も多い。
「これだけあればどれが本物か分からないだろ」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は自分の作ったダミー缶を配置し終え、満足していた。
 今回は守備がダミーを用意していけないというルールはない。蹴るべき缶はノインによる特別な術式が施された「ドクターヒャッハー空京限定缶」であると連絡が来ている。なお、審判役も努める術者ノインが既に各エリアに缶を転送済みだ。
 デザインが通常のドクターヒャッハーと少し異なるので、おそらく分かるだろう。
「こっちも大体大丈夫だぜ」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)もまた、アキラと同じようにダミー缶を配置してきたところだった。
 二人の仕掛けた缶の違いとしては、亮司が本物の空き缶を用意したのに対して、アキラはペーパークラフトで精巧に作ったものだった。
 これは、彼がルールの「缶が四つある」を、それ以上缶を用意してはいけないものだと考えたことにより起こってしまった。
 ここに来てそのルールのことを知りはしたが、おそらくハリボテはハリボテで敵を撹乱するのに役立ちそうではある。
「なんだかそこらじゅう缶だらけになってしまいましたね」
 そう言うのは浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)だ。なぜかちょうど東エリアを最初に守ろうとやってきた者達は皆、ダミー缶を使うということを考えていた。
 そのため、このエリアはどこにいても缶らしきものが見えるために、非常にやりにくいことになっている。
「それで、本物の缶は……」
 本物を仕掛けたのかどうか曖昧になる。近くで見れば見間違えることはないのだが、遠目からはドクターヒャッハーの通常缶とそう変わらないので、ちゃんと把握しておかなければ分からなくなる。
「これよ」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が手に持っていたのがそれだ。ダミーを配置している間分からなくならないように、確保していたらしい。
「あとはこの本物をどこに置くかだけど……あそこはどうかしら?」
 彼女が指差したのは、学生寮の屋上だ。見た目は五階建てのデザイナーズマンションのようであり、正面玄関以外に出入り口はない。
「軽身功が使えるヤツでもない限り、外から近付くのは難しいな。飛べるヤツは……まあ、すぐに分かるか」
 亮司には超人的な動きを可能としている人間に心当たりがあったが、それはある意味例外なので置いておくことにした。
「それに、下にはただでさえダミーがたくさんあるわ。攻撃側もきっとその中から本物を探そうとするはずよ。まさか、一つだけ離れた、しかも高いところに置いてあるとは思わないわ。逆に罠だって思って近付かないかもね」
「時間は相当稼げそうだな。よし、そうしよう」 
 緋雨の提案が通り、缶はその場所に置かれることになった。
 設置が終わり、こちらもまた缶の専守防衛以外の者は索敵に向かっていった。

            * * *

 西エリア。
 サロゲート・エイコーンや超能力、強化人間に関わる研究が行われているのがここだ。また、それ以外にも各国を代表するような大企業の研究開発部も置かれている。最先端の技術がここに集約されていると言っても過言ではない。
 その研究所の一角に、このエリアの缶が置かれていた。
「こうしておけば、缶には触れられませんね」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は氷術でその缶を覆った。氷塊を破壊しなければ、缶を蹴れないように。
「遥遠、攻めは任せましたよ」
「はい」
 彼のパートナー、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が頷く。彼女は積極的に捕まえに行く役を担っているのだ。
「霞憐の方も防衛御願いしますね」
「お、おう。今度こそ絶対負けないぜ!」
 少しばかり顔が強張っているもう一人のパートナー、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)の方に視線を送る遙遠。
「そういえば遙遠、そっちも氷塊の維持で大変かもしれないけど可能な限り攻撃からの防衛も頼むぜ?」
「え、遙遠もですか……まぁ、手が空いたら手伝いますよ」
「なんか適当だなー……まあいいけど、頼むぜ!」
 口では適当であっても、遙遠は真剣だ。そうでなければ缶を守り切ることなど出来ないと前回思い知ったからである。
「二人とも、目が真剣ですね……遥遠も頑張りませんと」
 
 三人が缶の近辺を堅めている間に、エリア全体のトラップの仕掛けも済んだようだ。
「こっちも準備出来たよ」
 葉月 エリィ(はづき・えりぃ)がパートナーのエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)ダミー缶を設置し終えた。
 東エリアほどの数はないが、こちらは本物同様、全部氷結済みである。
「さて、道路も缶も凍ったこの状態でどう攻めてくるのかな?」
 半分は要がとラッパーのスキルで行ったものだった。また、エレナも氷術が使えるため、ここも北エリアと同様にやたらと氷だらけであった。
「あとは、これさ」
 要が得意げに見せたのは碁石だった。
「何に使ったんだい、それ?」
「ふふ、まあ攻撃側が引っ掛かった時に分かるさ」
 かなりのトラップを要は仕掛けたようだが、ぱっと見罠だと分からないものも用意したらしい。それがどういう役目を果たすのかはまだ未知数だ。
「フフーフ♪ さーて、どんな人たちが罠に引っかかってくれるかな〜」
「要、うっかり自分が引っ掛からないように気をつけなさいね」
 張り切る要に向かって悠美香が言い放つ。自分が仕掛けた罠にうっかりはまることは、意外に多いのだ。
 
 そして、ついに海京での缶蹴りが幕を開ける――