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リアクション
【File7・暴かれた正体】
P.M. 13:01
黒衣の男と利経衛たちも、ようやく避難用の出入り口まで到着できていた。
多くの生徒でごったがえす中、ルルナと幻影少女もまだこの場に留まっている。
「美麗な花だの。少し芳香を嗅がせて貰えぬか?」
「あ、はい。いいですよ」
ルルナはボロボロになった花束を、まだ抱えて生徒に香りを楽しんで貰っていた。
「はい、ですから。急いで帰ってきていただきたくて」
幻影少女は携帯電話でなにやら話し込んでいる。どうやら相手は校長先生のようだ。
「じゃあ、このメールに書かれている植物の特性に嘘はないんですねぇ」
「それでは、ツタのほうに弱点などはなにかあるのでございましょうか」
「ツタは大元を断たないとまた生えてくるからな。そっちを叩くか、アンキラの花を処分するかしないとダメだ。できればその両方をやった方がいい。ツタの根源は、この時期なら水辺の近くにいると思うが……」
黒衣の男は、北都や翔と詳しい情報収集をしている。
「はぁ。もう一歩も動けないでござるよ」
利経衛は、少し喧騒から離れた場所でぐったりと椅子にもたれかかっていた。
そんな彼の元に、ひとりの蒼空学園制服の女子生徒が近づいてきた。
「あの。すいません」
「なんでござるか? 身体検査なら、もう少し待って欲しいでござるよ。今疲れていて」
「ああ、そうじゃないの。あんた、葦原の生徒よね」
「そうでござるよ、隠密科の内谷利経衛と申す者でござる」
「なんだかあんたから甘い匂いがするから気になっちゃって」
「あ、拙者を疑っているんでござるか? 残念、これは単なる菓子の匂いでござるよ」
「そうなの? へぇ」
「そうなんでござるよ」
しばらくニコニコと話していた利経衛だったが、
「隠密科の生徒がそんな匂いをプンプンさせてるなんて、なんか意外だわ。まるで何かの匂いを誤魔化そうとしてるみたい」
その言葉で表情が固まった。
「は、はは。耳が痛いでござるな。先生にも注意されてるんでござるけどね」
椅子から立ち上がって、じりじりと後ずさりし始める利経衛は、後ろに迫っていた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)にぶつかって軽くよろめいた。
「あっ、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる唯乃の頭には、狼の耳が生えていた。尻尾もある。
どうやら超感覚を発動させていらしいとわかる。なぜ発動させているかは明白で、アンキラの花を探すために他ならない。
その目的で動いていた唯乃はひくひくと鼻を動かし、
「あれ? なんだかすごく臭うよ。この人の身体から、普通の蜂蜜とはちょっと違う感じの、変わった感じ」
「……そんな。誤解でござるよ」
「でも気になるよ。ごめんなさい私、気になるとちゃんと確かめないと気がすまくてっ!」
唯乃は、好奇心を押さえきれず利経衛の葦原制服に手を突っ込んだ。
そして掴み出した。
ふところに隠し持っていた、色は白で、薔薇に似た形だが棘はない、蜂蜜に似た甘い匂い特徴的な、アンキラの花という名前のものを。
既にその場の全員の目が利経衛のほうを向いている。
花のこと以前に、つい先程皆の携帯やHCに新たなメールが送信されてきたからである。
書かれていた文は簡単明瞭、
そこにいる内谷利経衛は偽者。
という一文。送信者、大久保泰輔からのものだった。
偽の利経衛は正体が知られたとわかるや、動くのにわずらわしいと思ったのか、身体に仕込んでいた肉じゅばんを放り、顔のマスクもべりべりとはがした。
現れた素顔は二十歳前くらいの女性のもの。種族は獣人らしく、セットしてなさそうな金の短髪と線のように細い身体が、メスのライオンを彷彿させる。
身軽になったところで、彼女は出入り口に向かって駆け出していく。
「逃がさないわよ」
「わらわ達をなめるべきでないな」
「うゅ……このしゅんかんを、まってた、の」
しかし、先手は既に打たれていた。
さっきから偽利経衛と話をしていたのは、実は蒼空学園生に成りすましていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だったのである。
彼女は会話の最中に、偽利経衛にしびれ粉をかけていて。
しかも同じく蒼空生に紛れていたローザのパートナーのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)とエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)も正体を現し、動きの鈍った偽利経衛の正面に回りこんでいる。
ライザが放ったのは、その身を蝕む妄執。
(そなたは、色々な人物に変装し過ぎてもはや自分が何処の誰かも解らなくなって気が触れそうになるのだよ)
エリュシカはヒピノシスを行使し、催眠術をかける。
(はわ……あなたは自分を偽れなくなる、の)
彼女たちの同時攻撃に、偽利経衛は頭をおさえわずかによろめく。
それでもふらつく足でどうにか逃れようと試みるも、近づいていた美央と北都によって足をすくいあげられ、転ばされてしまった。
「そう簡単には、いきませんよ」
「大体おかしいと思ったんだよねぇ。僕とは会ったことあるはずなのに、無反応だしさぁ」
どうやらこのふたりも、なんとなく彼が怪しいと踏んでいたらしい。
「あなたの目的に興味は無いわ。私の興味を引くのはあなたの変装術のみ」
倒れた偽利経衛にローザは歩み寄り、サイコキネシスでフェイスマスクを奪い取り、まじまじとそれを眺めて軽く驚いていた。
「へぇ。これかなりよくできてるわね。特殊メイクの応用と、このマスクの出来……独自の手法がありそうね。ねぇ、どうせなら弟子入りさせてよ!」
なんだか感銘をうけたらしいローザは頼み込んでみるも、
彼女はそっぽを向いて応じる様子はなかった。
「よし、これでオッケーっと」
その傍らで唯乃は持ってきておいた容器に花を入れて密閉し、安全を確保して、
「それじゃあヴィン、帰るよー。では皆さん、これは私が責任をもってイルミンスールの研究用に持ち帰らせていただきますから!」
彼女は外に待機させておいたレッサーワイバーンを呼び、いち早く飛び去っていってしまった。
残された皆はそれでいいのかわずかに疑問に思ったものの、とりあえずひとつ問題が解決されたことに安堵することにした。
「さて、あとはこっちよね」
偽利経衛はしばらくしぶとく逃げようとしていたものの、美羽とコハクがサイコキネシスで動きを封じて、ロープでグルグル巻きにされて以降は仏頂面でおとなしくしていた。
「どうしてこんなことをしたんですか? それに、ネット探偵Aって……」
ヘタに刺激しないようコハクが問い詰めるが、相変わらず黙秘を続ける偽利経衛。
しかしそこへ、
「誰かに変装すると思っていたでござるが、やはり拙者になりすましていたでござるか」
本物の利経衛が姿を見せた。
「パートナーですからね、一番ボロが出にくいと思ったのよ」
対する偽利経衛のほうは、ばつの悪そうな表情でようやく声を発する。地声は意外とハスキーだった。
しかしそんなことよりも、一同は発せられた単語に目をぱちくりさせる。
「パートナーって……どういうこと?」
「ははは。彼女は拙者のパートナー、虎神獅子媛(こがみ・ししひめ)でござる」
P.M. 13:16
皆が事態についていけず驚愕している頃。
学園地下の下水道に御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はいた。
携帯電話に寄せられたメール情報を足がかりに、はびこるツタを頼りに根元を探り、今ようやくマンホールのひとつからここに辿りついたのだが。
「これはまた、無駄に大きい植物ですね」
「うわ、ほんと。でもこれが上のツタ達の根元に違いないみたいね」
そいつは上半分が天井と接触しており、そこからツタを伸ばしている。
そして目の前にいる下部分は球根のように丸まった形状をしていて、下水に浸って水分を吸収しているようだった。
サイズが小さければ可愛げもありそうだが、3メートル近い大玉状態で下水道をほぼ塞ぐ格好でいては不気味さのほうが際立つのが当たり前と言えた。
「とにかく、ここへ来るまでに意外と時間がかかってしまいました。早く片付けましょう」
「わかったわ! 行くわよ!」
言うが早いかセルファがレプリカ・ビックディッパーを構え切り込んでいくと、
球根もどきは、上に伸ばしていたツタの数本を引き戻して鞭のように跳ねさせた。
だがセルファはそれに動じることもなく、ツインスラッシュで難なく切り飛ばした。しかもそれだけにとどまらず、ソニックブレードで上と接触中の部分を、強引に天井ごと叩き切った。
「セルファ! 伏せてください!」
瓦礫が舞い、球根もどきが苦しげに身体を揺らせる中。
真人はいきなり全快のブリザードを使い、SPが切れるまで攻撃を続け。
成果として、下水道の一角もろとも球根もどきを完全凍結状態にさせることに成功した。
「やれやれ、意外と呆気なかったわね」
「本体を安全な場所に隠している相手はそんなものですよ。ともあれ、これで上のツタには水分が届かなくなるでしょう」
「そうね。後は放っておいても勝手に枯れるでしょ」
「しかし、怪人奇獣面相は何が目的でこの騒動を起こしたのでしょうか? こんなモンスターを暴れさせて、得をするとも思えませんが……」
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