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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー

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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー
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第5章 十字砲火

 生徒たちのイコン部隊はついに出撃を果たしたが、強化人間Pの機体からは早くもミサイルの弾幕が振り注いでいた。
 超能力を暴走させたPは、無数のミサイルを上空に旋回させ、自分の意のままに撃ち出してくる。
 シミュレーションの設定では、無限に近い弾数となっており、この弾幕をいかに処理して接近するかが課題のひとつだった。
「続け、凜! プレッシャーに負けるなよ!」
 イーグリットのコクピットで、星渡智宏(ほしわたり・ともひろ)時禰凜(ときね・りん)に呼びかける。
「ハイ、ミサイルを引きつけて移動したいと思います!」
 歯をくいしばって高速移動を制御している時禰が叫びに近い声をあげる。
 星渡の操作でイーグリットはビームライフルでミサイルを狙い撃つ。
 やはり、回避でなく、できるだけ撃墜していきたいのだ。
 時禰はイーグリットを一方向にブーストさせ、自機を追うミサイルが一方向に収束するようこころがけた。
 こうした動きは、他機のフォローにもつながるはずだ。
 ピシュン、ピシュン!
 どごーん!
 星渡の射撃で、次々にミサイルが撃墜されていく。
「まだまだ来るが、こちらも!」
 ビームライフルだけではなく、頭部のバルカン砲の弾幕も展開させる星渡。

「物理攻撃だけでは限界があるよ! 今回はやっぱり、超能力も混ぜていかないと! 敵が敵だし、イコンでの戦闘に超能力をいかに活用するかがテーマのシミュレーションだと思うんだ!」
 水鏡和葉(みかがみ・かずは)は押し寄せる弾幕を、止めるだけではなく突破していくには、やはり超能力でミサイルを操作することも必要だと考えた。
「初依頼だし、がんばろう! ねっ、緋翠!」
 水鏡は、ともにイーグリットのパイロットを務める神楽坂緋翠(かぐらざか・ひすい)に声をかけた。
「はい。でも、機体のマニュアルは読んでるんですか?」
 神楽坂が冷静な口調でいう。
「だから、読んだって! 細かいところまではよくわからなかったけど! その辺の補助は頼んだよ!」
 水鏡の言葉に、神楽坂が小言めいたことをいおうとしたとき、ミサイルの一群が機体を襲ってきた。
「う、うわあああ! たー!」
 水鏡は念をこめて、サイコキネシスで次々にミサイルを弾いていく。
「大丈夫ですか? だいぶ数が多いですよ。全部弾ききれますか?」
 神楽坂は不安になった。
 サイコキネシスでミサイルをコントロールするなら、自分の機体からそれた後もコントロールし、味方機に当たらないよう気を配らねばならない。
 水鏡はその辺も考えてはいるようだが、そうした複雑な処理をサイコキネシスで連続して行うなら、相当の負荷が身体にかかる。
 ミサイルを最後まで弾ききれない可能性が大だった。
「下がりながら、攻撃して下さい。うっ、それでも!」
 神楽坂は機体を後方に下げるが、ミサイルはまるで狙い撃ちされたかのように押し寄せてくる。
「これは……無理、ですか?」
 神楽坂の背に冷や汗が走る。
「たああああああ!」
 状況が状況でも、水鏡は必死で叫び声をあげながら、超能力の発動を続ける。
 もう10発ぐらいそらしただろうか?
 自らの超能力スキルが掘り起こされていくように水鏡は感じた。
 だが、水鏡は次第に疲弊し、後からきたミサイルをうまく弾けなくなっていく。
「げ、撃墜される!?」
 水鏡が焦りを覚えたとき。
 ピピピピピピピ
 コクピットに通信音が鳴り響く。
「お待たせしました。追加武装のチェックが終わったので、送信しますね」
 シミュレーター操作室のルシェン・グライシスが落ち着いた口調でいった。
「えっ!?」
 水鏡が詳しく聞こうとしたとき、機体の上方から、猛スピードで飛んできた物体があり、神楽坂の操作で受け止めることができた。
「説明。翼モチーフの真っ白な大盾だ。玖瀬まや(くぜ・まや)が作成した。どんな攻撃でも防げるように、機体の全身がおさまるサイズになっている」
 同じく操作室のアイビス・エメラルドが機械的な口調で説明する。
「し、師匠がこれを!? あっ!!」
 目前にミサイルが迫る。
 神楽坂の刹那の操作で、受け取ったばかりの大盾が前に掲げられる。
 翼をモチーフにした大盾は、水鏡たちのイコンの全身を包み込むようであった。
 ちゅどーん!
 ミサイルが爆発するが、大盾のおかげで機体の損傷は警備だ。
「た、助かったー! さすが師匠!」
 水鏡は師匠である玖瀬の真心に痛み入る想いであった。
 そのとき。
「ふふふ。和葉ちゃん、危なかったねー!」
 玖瀬から水鏡に、通信が入った。
「師匠! ありがとうございます!!」
 水鏡は礼をいう。
「和葉ちゃんがある程度無理しても大丈夫なようにつくったよ。データは榊さんにチェックしてもらってるから、バグなしの安全保証つき! しっかりみてるから、がんばってね!」
 ニッコリ笑って、玖瀬は通信を切った。
「次のミサイルがきてますよ。盾での防御は振動が大きいので、大盾はいざというときにだけ使うようにして欲しいです」
 神楽坂が、上気した顔の水鏡に注意を呼びかける。
「……はっ! わかってる。師匠がみてるんだもん、がんばらなきゃ!」
 水鏡は慌てて、ミサイルに念をこらし始める。
 シミュレーションの世界でも、本物の師弟愛、本物の友情が水鏡を支えていた。
 
「すばる、他の機体が接近できるように、牽制の役割を果たします。回避行動をとりながらミサイルの撃墜を行うので、よろしくお願いしますね」
 コームラントのコクピットで、アルテッツァ・ゾディアックが六連すばるに指示。
「はい、マスター。了解しました!」
 六連はいまだに頬を紅潮させたまま、イコンの操縦桿を巧みに操る。
 ぐいーん
 コームラントが見事な回避の曲線を描きながら、的確なタイミングでビームキャノンでの射撃を行い、ミサイルをひとつずつ落としていく。
「できる限り牽制を行うのです。弾幕を引きつけ、弾道をそらします」
 同じくコームラントで出撃している神楽坂紫翠(かぐらざか・しすい)も、街路に降りて崩壊した建物の陰からビームキャノンで頭上のミサイルを撃墜することに専念している。
「だいぶ落としているわ。あともうちょっとで道が開けそうね」
 神楽坂の操縦の補佐を務める橘瑠架(たちばな・るか)がいった。
 既に生存する者の気配とてない街に、上空で爆発したミサイルの破片が雨あられと降り注いでいる。
 街路のあちこちで、瓦礫の下敷きとなった人たちの血がにじみ出ていた。
 リアルな描写だ、と神楽坂は思う。
 これが、自分たちの仲間であった強化人間が暴走して行った破壊の結果だというのだから、シミュレーションとはいえ、不快感が漂う。
 教官たちによると、「現実に起こりうるシチュエーション」を体験させるのが狙いらしいが、こんなことが「起こりうる」というのでは世も末、という感想を神楽坂としては抱くのである。
「うまくいきそうですね。俺たちの息は合っていると感じます」
 蓬生結(よもぎ・ゆい)もコームラントで牽制を行っていた。
「そうですね。あとは、上空をかたまって動いている、あのミサイルの群れを一瞬でも消滅させられるといいのですが」
 神楽坂の言葉に、蓬生は上空をモニタする。
 星渡たちが引きつけているミサイルの数が、かなりのものになっていた。
 まるで、魚の群れが渦を巻きながら空を泳いでいるかのようだ。
「あれをそろそろ処分できないか、聞いてみてくれませんか」
 蓬生は、一緒に機体を操縦しているイハ・サジャラニルヴァータ(いは・さじゃらにるう゛ぁーた)に依頼する。
「わかりましたわ。結」
 イハは、星渡たちに通信を送る。
「あなたたちが引きつけているミサイルを、とりあえず一掃してくれませんか。そうすれば、一時的でも道が開けて、接近戦を仕掛ける人たちが進めるようになります」
「了解。そろそろ十字砲火に移る。協力する機体はいないか?」
 星渡がいった。
「OKです。俺たちがいきましょう」
 蓬生は、イハに機体を浮上させる合図を出した。

 ミサイルを引きつける星渡の機体に、蓬生の機体が近づいていく。
「よし、このタイミングで、いければ!」
 シミュレーター操作室で、雨月晴人(うづき・はると)は拳を握りしめた。
「チェックは?」
「終わってます。問題なしでした」
 雨月の問いに、榊朝斗がうなずく。
「それじゃ、送信しますね」
 ルシェン・グライシスが雨月が開発した追加武装の送信処理に入る。
「待って下さい。私のもお願いします」
 長谷川真琴(はせがわ・まこと)がいった。
「わかりました」
 ルシェンがニッコリ笑ってうなずく。

 ピピピピピ
 星渡、蓬生両方の機体に通信音が入る。
「雨月さんと長谷川さんからの追加武装を送信しますね」
 ルシェンがそれぞれにいった。
 同時に、遥か上空からキラッと光って武装が降ってくる。
「説明。星渡智宏と時禰凜には、大型ガトリング砲。雨月晴人が作成した。火力の実弾兵器。多数の砲身を束ね、回転させることで発砲と装弾を繰り返し高速連射を可能とする」
 ガシイッ
 アイビス・エメラルドの説明とともに、星渡のイーグリットが、大型ガトリング砲をつかむ。
「こいつはありがたい!」
 星渡は雨月に礼をいう。
「いいってことよ。思う存分ぶっ放してくれ!」
 雨月が星渡にいった。
「説明。蓬生結とイハ・サジャラニルヴァータには、ミサイルランチャー。長谷川真琴が作成した。手持ちではなく肩や脚部につけるもので、主にミサイルやスモークグレネード、チャフグレネード、デコイを撃ち出す」
 ガシイッ
 アイビスの説明とともに、蓬生のコームラントの肩に、ミサイルランチャーが装着される。
「ありがとう。大変助かります」
 蓬生は長谷川に礼をいった。
「いえいえ。データは取らせて下さいね」
 長谷川が丁寧な口調でいった。

「さて、じゃ、いくか!」
 星渡の機体が、引きつけるだけ引きつけたミサイルの大群に大型ガトリング砲を構える。
「いきましょう」
 蓬生の機体も、星渡とは別の角度から、肩のミサイルランチャーをミサイルに向ける。
「凜、角度を調整してくれ! 紅蓮の炎で道を切り開く! 十字砲火!! いっけええええ!!」
 星渡が叫ぶのを合図に、蓬生も動く。
 2つの機体の、大型ガトリング砲からの高速連射と、ミサイルランチャーでの攻撃とが、空中で交差して十字を描き、ミサイルの大群を炎に包み込んだ。
 十字砲火の猛々しくも美しい炎が、仮想空間に焼けつく正義を印象づける。
 まるで、闘いの神が降臨したかのような輝きだ。
 ちゅどーん!
 ミサイルの大群が、大爆発を起こした。
 いっせいに爆発したため、爆炎はしばらくおさまる気配をみせない。
 ミサイルランチャーからはスモークグレネードが撃ち出されていて、黒々とした煙が視界を塞いだ。
「いまだ! みんな!」
 星渡が、接近しようと待ち構えていた他機に合図を送る。
「おう!」
 ミサイルの弾幕が一瞬途切れた隙に、イコンの部隊がいっせいに突撃を始め、強化人間Pの機体との距離を詰めていく。
「うまくやれましたね。イハさん、データは?」
 蓬生が息をついていう。
「数値はとれました。長谷川様に送っておきますね」
 イハも、ホッとしたような口調でいう。
「みんなで連携して、正面から力技で弾幕を突破した感じだな。正直疲れたぜ。あとは、接近戦か? いや、その前に、プレッシャーが壁になるな」
 星渡は、先に行った部隊の武運を祈った。
「は、はああー」
 時禰凜が、星渡の陰で放心したように息をついていた。