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リアクション
地下の喧騒とはうって変わって、もはや牧歌的とも揶揄されそうな地上では、エース達のシールドフォームによる掘削作業や泥や砂埃だらけで穴から脱出してくる生徒達を見ながら、ウィザードの神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と英霊でバトラーの山南 桂(やまなみ・けい)が農場の一角に設けた即席の調理スペースにて、焼き芋パーティの料理を急ピッチで仕上げていた。
「収穫の秋ですねえ……沢山収穫が有れば良いのですが、それは皆さんの頑張り次第ですね」
そう呟く翡翠。
少し前に彼が仕上げた炊き込みご飯(具、人参、鶏肉、しめじ、ごぼう、こんにゃく)のおにぎりと豚汁を地上の生徒達に差し入れしていた桂が、空になった容器を盆に載せて戻ってくる。
「最終的に、賑やかな宴会になりそうな気がしますね。それは、それで楽しそうですが」
「ええ、腕をふるう甲斐があるのは、料理人冥利に尽きます」
「ところで、主殿は今何を作っているのです?」
「さつまいもとりんごの温かい葛プリンです。甘いモノを一つこしらえておきませんとね?」
桂が翡翠が丁寧に調理する手元に目をやる。
茹でてこしたさつま芋はプリンの生地と混ぜられており、その横にでは煮詰められた焼きリンゴが用意されている。
「あとは、プリンの生地に冷やさず葛を入れ、その上に焼き林檎を乗せ、ソースをかければ出来上がりです」
「……主殿は確か、甘い物苦手でしたよね?」
「良いんです。自分で食べるより作る方が好きなので……」
「では全てが無事終わった暁には、俺が主殿に紅茶を出しましょう」
「ありがとうございます。喜んで頂きますよ。後片付けもきちんとしなきゃいけないですしね」
翡翠はそう桂に微笑む。
「はい。さて……俺も主殿に負けないように、栗とさつまいものマフインを作るとしますか」
「お願いしますね」
そこに守護天使でメイガスのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が箒をぶん回しながら歩いてくる。
「地下に潜っている奴らってさ、もし崩れたら、最悪土葬パーティになるだよな?」
和やかなムードで作業をしていた翡翠と桂の手がピタリと止まる。
「レイス……?」
「ああ、別にサボってるわけじゃないぜ? 他の奴らが大勢応援に来てくれたからな。ちょっと休憩だ」
やれやれと腰を下ろすレイス。翡翠の傍にある焼きリンゴに目がいくが、桂と翡翠の監視の目をかいくぐる知恵や勇気は、ない。
「みんな生き生きしていると言うか、楽しそうだな。モグラ叩きなんてさ、間違えて手元誤っても事故だよな」
「そうですね……それよりレイス、地下で石化している生徒達は救出されてきましたか?」
「今、エース達が別の遭難者を救助していたけど、あれは花音達じゃないみたいだぜ」
首をコキコキと鳴らすレイス。
「ん……?」
桂が足元に転がる栗の実に目をやる。
「栗……? はて、何かに使いましたかね?」
蒼空学園から焼き芋用の大量の枯葉を荷車に載せて遠路はるばる歩いてきたのは、ナイトの篠宮 真奈(しのみや・まな)とナイトのモリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)と魔鎧でナイトのサージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)とウィザードの魔道書の著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)であった。
「よいしょ……と!」
荷台の中の枯葉を農場の一角にうず高く積み上げた真奈が、腰に手を当てて、うーんと唸っている。
「枯葉を使った焚き火で焼き芋なんて、地球でももう滅多にやらない風情よね」
真奈はこのイベントに並々ならぬ情熱を燃やしていたのだが、肝心の燃やす枯葉の量が彼女の思い描いていた量に少し足りず、唸っていたのだ。
「沢山集まったら、頃合を見て火も起こさないと……て考えていたんだけど、ちょっと足りない気がするのよねー」
「ふふ、真奈ったら、童心に返ったようにはしゃいでますね……」
真奈の隣で上品な笑みを浮かべながら、生肉を串に刺していたモリガンが振り向く。
「モリガン……それ、何の肉?」
「秘密ですよ、ひ・み・つ。ただ、ちょっとそこの穴から引っ張り出してきただけですよ」
「穴って……」
真奈の視界にはモグラ塚の穴しか見えない。
「モグラ?」
「モグラなワケがないじゃないですか。あんな可愛らしい生き物を捌けるほどわたくし冷酷ではありませんわ。真奈は大手ハンバーガーチェーンの肉の種類を疑うような事はしない方でしょう?」
あくまで上品な笑みを絶やさないモリガンの傍では、エリン来寇の書が引きつった顔で真奈を見ている。
「エリンちゃん? 知ってるの?」
「鶏でも牛でも豚でもない……しかも、その剥いた後の革って……」
どうやらその肉の真実を見てしまったらしく、ブツブツとまるで何かにとり憑かれたかのように独り言を言うエリン来寇の書。
「エリン来寇の書……空気をお読みなさい?」
制するモリガンの言葉に、エリン来寇の書が文字通りずいいっと後ずさりする。
「み、皆で楽しんで来るがいいわ……! そんなモノを入れるようなパーティー、私は死んでもお断りよおおおお!!」
ちょっと涙を浮かべて駆けていくエリン来寇の書と入れ替わるように、落ち葉を集めてきたサージュが真奈の元へやって来る。
「真奈! 見て見て、一杯集めてきたですぅ!」
「おかえり、サージュちゃん。大変だった?」
「ううん、走り回ってるといろんな形の葉っぱが見れて楽しいですよ? 真奈も行くですぅ」
集めてきた落ち葉を焚き火の山へ押し込んだサージュが真奈の腕を掴んで、一緒に行こうと誘う。
「色々な葉っぱを見て遊びながら、一緒に葉っぱをかき集めるですぅー!! モリガン姉様もお料理の準備をしてるし、皆で楽しいパーティーにしようね!」
サージュの天真爛漫な笑顔に真奈は「そっか、毒が無くておいしけりゃ誰も文句は言わないわよね」という悪魔の囁きを感じてしまう。
「同感だ。穴に落ちた生徒たちと救助に向かった生徒たちが戻ってきた時に、何もしてやれないんじゃ、申し訳が立たない」
突然聞こえた声に真奈とサージュが振り返ると、ローグの冴弥 永夜(さえわたり・とおや)が枯葉と枯れ木を持って立っている。
「永夜ちゃん?」
「一応火力の問題を考えて枯れ木も集めておいたんだ」
そう言うと永夜は枯れ木を地面に下ろす。
「終わり良ければ全て良し、ってわけじゃないが、皆揃ってパーティ出来た方が断然良いだろ? その為にも無事に帰ってこれる様に願いつつ、準備だけは済ませておかないとな」
「……そうだね」
「さて、これで俺もようやく自分の方の料理の準備にかかれそうだ」
「準備?」
「料理と言えないが、小規模な焚き火をして、じゃがいもでも焼こうと考えているんだ。確か、じゃがいもとかさつまいもは濡れたキッチンペーパーを巻いて、更にその上からアルミホイルを巻くと良いって聞いたしな」
ノンフレームの眼鏡を指で押し上げる永夜。
「炭水化物が焼きたての脂したたる肉に勝るとは思えませんわ」
何故か張り合うモリガンに、苦笑する永夜。
「俺は猫舌でね」
そう言うと永夜は踵を返して去って行く。
サージュが真奈の手をくいくいと引っ張る。
「真奈、行こう!」
「……うん。エリンちゃんも連れ戻さなきゃいけないしね……」
「真奈……ここはわたくしがいますので、心配いりませんわ」
相変わらず黙々と謎の肉を串に刺すモリガンに後ろ髪を引かれつつも、サージュに手を引かれた真奈は落ち葉とエリンの回収に走っていくのであった。
真奈達とそう遠くない別の場所においても、焚き火の準備を進める者達がいた。
ソルジャーのゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)と英霊でバトラーのロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)と悪魔でモンクのザミエリア・グリンウォーター(ざみえりあ・ぐりんうぉーたー)である。
「我がマスターの命令で芋を掘るしかないのですけれど……。マスター、悪魔を強制労働させるなんて悪魔以上に悪魔的な人間ですわね」
ひたすら芋を掘り続けるザミエリアの呟きを聞いて、薪を両手いっぱいに持っていたロビンが振り返る。
「ザミエリア、そこら辺は地盤が緩いぞ。注意しろ」
「わかってますわ! モグラの罠を棒や石で警戒しながら芋の調達を行っていますのよ!?」
「そうか。モグラ叩きの震動で下手に穴が崩れなければ良いのだがな……」
「ロビンさん! 不吉な事は言わないで下さい!」
「そこ! サボってないで芋を掘るにょろ!」
随分ご機嫌な様子でゾリアがやって来る。
「マスター、先程から何でわたくしばっかり危険な場所で芋掘りさせられるのですか! 納得いきませんわ!」
「……ほら、最悪一度なら召喚で呼び戻せるですから」
「つまり、一度は落ちる事を前提の上か、お嬢?」
ロビンの突っ込みを無視したゾリアが続ける。
「ククク……安心するです。お前が『有能な』部下なら助けてやるです。だからせいぜい芋を掘るですっ……一心不乱にっ! ただひたすらっ!!」
「悪魔ですわ!」
「……俺はまた薪を集めに行くか。俺も今回は戦争する気ないんでな」
明らかに何か突っ込みたそうだったロビンが、無骨な口笛などを吹きながらその場を去る。
「あ、ロビンさん! ズルイ!!」
「作業を続けるです! 芋は命より重いっ!!」
「納得できませんわーーっ!!」
ザミエリアが再び芋掘りを再開する、猛烈な勢いで……いや、ヤケクソ気味と言った方がいいのだろうか?
「きゅう!」
「え?」
土を掘っているザミエリアの前に突然現れるパラミタオオモグラ。
「……何故?」
顔を見合わすこと数秒……。
パラミタオオモグラが地面に勢い良く飛び出し、ザミエリアがその土を被る。
「こらぁ! 何してるにょろ!」
ゾリアが走ってやって来る。
「も、もももも、モグラが!!」
「芋以外に何を掘る必要があるですかぁ!!」
「……いや、俺達が助かった事が重要だ。感謝する」
ゾリアとザミエリアが見ると、涼司がモグラの開けた穴からひょっこりと顔を出す。
「涼司さん?」
「他にもいるぞ……まだ地下だけどな」
服についた泥を叩きながら涼司が言う。
「しかし……何故女子達は芋程度に熱をあげるのか……俺には理解しにくいぜ」
すっかり夕暮れになった景色を眩しそうに見つめながら涼司は呟くのであった。
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