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獣人の集落ナイトパーティ

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獣人の集落ナイトパーティ

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第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 7

 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は思った。
「なんで僕はここにいるんだろう……」
 彼の茫然とした嘆きは、空気へと乏しく消えた。どうして自分がここにいるのか。彼とて、口には出すもののその原因はもちろん理解している。周囲を取り巻く獣人たちの集落の住人たちと、ナイトパーティの参加者たちの華やかな喧騒。そもそも自分がここにいるのは、隣で嬉々として女性の姿だけを見回す獣人のせいだった。
「そう肩を落とすなエールヴァント。薔薇学では女性と知り合うチャンスは皆無だぞ。これを機会にチャンスをものせずしてどうする!」
 力強く力説するのは、パートナーのアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)だった。
 ガールフレンドは何人居たっていいんだぜ! をポリシーに、愛と恋に生きる恋愛獣人だ。平たく言えば、ナンパ好きとも言う。そんな性格のアルフの脳内には、ナイトパーティのことを知っておいて「行かない」という選択肢はない。
 不幸だったのは、それに引っ張られるままに連れてこられたエールヴァントだった。そもそもがアルフと違って温和かつ誠実な彼だ。やや生真面目であることは欠点としても、そんな彼がナンパなどするはずもない。
 アルフは呆れた視線を投げかける金髪の少年ではなく、会場に集まっている女性たちを眺めていた。
「ナンパともなれば彼氏がいようがいまいが関係ない! ……と言いたいのはやまやまだが、めったと遭えないカップルのデートを邪魔するのは野暮ってものなのは俺でも百も承知。女性はオトせる相手から狙うべきで、こんな場所でカップルを狙うなんて愚の骨頂だ! わかるかエールヴァント! 女性をオトすのはクレーンゲームと同じ、欲しい物を狙わず獲れる物から狙うのが成功率を上げるコツ――」
「……いや、そんなコツは僕に教えてくれなくても良いから。とりあえず僕は料理でも食べとくから、好きにナンパでもなんでもしといて……」
 自分のナンパ論を力説し始めたアルフを軽くあしらって、エールヴァントは立食会へと向かった。彼の興味は、どうやら料理のほうにあるようだった。なにせ獣人たちの集落である。地球とはまた違った料理が出てくることは間違いない。個人的にも、民俗学的にもそこには興味がうずくところだ。
 立食会には、予想通りというべきか濃厚で美味しそうな食事の匂いが漂っていた。中でもメインなのは、どうやら中央の料理人が捌く豪快な肉料理のようだ。縦串に刺さった肉の側面を斬り落とし、左手から生えた剣の刃を利用して参加者へと華麗に飛ばす。そうして演出する肉料理は味もさることながら見た目も素晴らしかった。
(うーん、すごいなぁ)
 感嘆していたエールヴァントだったが、その肩を誰かがちょんちょんとつついた。
「ねえ、ちょっと」
「はい?」
 振り返ると、目を奪われるような美しい緋色の髪をした娘が立っていた。外国の人形のような華やかな娘だが、瞳は刃物のそれにも似て鋭く、思わずエールヴァントが身じろぎするほどに嫌悪を現わして突き刺してきた。なんだこの娘? エールヴァントは訝しく思うとともに、威圧的な視線に緊張で体が強張った。
「……あれって、あなたのところの獣人なんじゃない?」
 が――それも娘が指さしたところの光景を見て、唖然となった。
「ねーねー、かーのじょ、俺と一緒にお茶しなーい?」
「嫌です」
「あ、そこの可愛いお嬢さん、この僕とダンスを踊りま――」
「死ね」
「君、可愛いねぇ! どう、俺と一緒に楽しまない?」
「い、いえ……間に合ってます」
 いかにもチャラチャラした獣人が、数多くの女性に声をかけて振られ続けているのだ。挙句、それを迷惑がる女性たちの連合艦隊が非難の目と罵詈雑言をぶつけてくる。
 仕事の最中に声をかけられて笑顔で断ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)。会場に着いて早々に声をかけられた九条 風天(くじょう・ふうてん)。大人しさにつけこんで強引に割り込まれそうになる火村 加夜(ひむら・かや)――の間に入ってアルフを退けたアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)
 さすがにその光景にいたたまれなくなって、エールヴァントは仕方なく女性たちの間に割って入った。
「す、すみません、うちの奴が馬鹿やらかして……。これでも根は良い奴なんで許してあげてくれませんか?」
「…………うーん、そこまで言われては……」
「そうですねぇ……」
 エールヴァントの好青年らしい誠実さの賜物か、風天やアリアたちはしぶしぶながらもアルフを許してやることにした。
「くそー、なんでナンパだけでこんなにボロボロに言われないといけないんだっ! というか、エールヴァント! お前だけ女性と仲良くなんて卑怯だぞ!」
「いや、そんなこと言われても……」
「俺も女友達を作ってやるー! あ、そこの可愛い君、俺と一緒に……」
 躍起になったアルフは、視界に飛び込んだ娘――先ほどエールヴァントにアルフのことを伝えた鋭い目の獣人へと声をかけた。が、その言葉が言い切る前に……アルフはびくっと体を震わせて立ち止った。娘の鋭い目が、異様な殺気を持って彼を睨みつけたからだった。
「……ふん、獣人の恥さらしめ」
 そう言い残すと、娘は去った。エールヴァントはこの後にアルメリアたちから聞くことになるが、彼女こそ、この集落の若長の娘リーズ・クオルヴェルであった。