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リアクション
第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 3
立食会に参加するのは何も一人身、男女のカップルとは限らない。男女の付き合い方が人それぞれであるように、愛の形もまた一つではないのだ。
「がつがつむしゃむしゃ……」
立食会にやってきた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)もまた、パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)との二人での参加だった。
一体その細い体のどこにそんなに入るのか。燃えるような赤髪のポニーテールを尻尾のように揺らして料理を貪り食う少女に、周囲の視線は驚きを隠せない。加えて、少女は食べるのも一区切りつくとシャンパンを一気に飲み始め、ものの数分で飲み干した。
「あー、やっぱりパーティだけあって美味しい料理がたくさん揃ってるね〜」
清清しく言い放つ赤髪の娘を、流水のように美しい黒髪の少女が穏やかに見守る。紅柘榴の瞳が、楽しげな色を湛えていた。
「透乃ちゃんは食欲旺盛ですね」
「そう言う陽子ちゃんだってよく食べてるじゃない。こういう機会だし、堪能しないとね〜」
くすくすと笑いながらも、陽子は確かに人には口を出せない程度には飲み食いしていた。
見た目からは想像もつかぬほどに酒豪なのか、目の前にはシャンパン以外にもビールからワインまで、立食会に用意されている様々なお酒の空瓶が放置されていた。これを陽子が一人で飲んだとするならば、末恐ろしいものである。
「はい陽子ちゃん、あーん」
食事を進めるうちに、透乃のフォークが濃厚なソースのついた肉料理を刺して陽子に差し出された。透乃は恥ずかしげもないようだが、陽子は周囲の視線にどぎまぎとする。しかし、どうやら透乃はそんな陽子の挙動を楽しんでいるようだった。
恥ずかしさを堪えて、陽子は差し出された料理を口に含んだ。すると、その拍子にソースが唇から頬へと飛び散ってしまう。
「あら、大変」
「あ……」
悪戯げにささやいて、透乃はまるで予期していたかのような無駄のない動きで陽子の頬についたソースを舐め取った。
「と、透乃ちゃん……!?」
慌てふためいて赤面する陽子が可愛く、いじらしく、悪戯したいという被虐心がうずうずと湧いてくる。透乃は小悪魔の表情で、もうとうに舐め取ったはずの頬から唇へと舌を動かし、唇の上にねっとりとついたソースを少しずつ、焦らすように舐めていった。
イチャイチャ……というよりは、まるで見てはいけない深夜ドラマでも見ているかのような気分になり、つい周囲の参加者たちも二人から目を反らした。
透乃が陽子の柔らかい唇の粘膜を堪能しきる頃には、彼女の顔はうずきつつあった快楽のそれに変化してきた。彼女のM気質が、もっと苛められ、もっと焦らされることを望んでいるのだろう。
「はい、陽子ちゃん、飲み物よ」
残っていたシャンパンを口に含んだ透乃は、唇を近づけてきた。大勢の参加者のいるパーティ会場で口移しなど、陽子にとっては恥ずかしくて仕方ない。だが同時に、それは彼女の心の望む透乃の愛だった。
「ん……ちゅ……」
絡みつく触手のように濃厚な接吻を交わす二人を邪魔するものはいない。もういっそこのまま押し倒したい衝動に駆られる透乃。ちらりと、目を開いた彼女の瞳は、人気のない場所を確認して悪戯な色を湛えた。
「真司。次はこっちに行きましょう」
「あんまり先に行くと迷子になるぞ?」
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は先へとどんどん歩いてゆくヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に注意の声をかけ、彼女の後をついて行った。
小柄な体の半分は支配する銀色の長髪が、歩くたびにさらさらと揺れている。そんなパートナーの後姿を眺めて、青年はナイトパーティの喧騒にわずかに顔をしかめた。
正直言って、騒がしいのは苦手である。そもそもが人見知りの面もある上に、人の多い場所
となるとはしゃぐことも出来ず所在ない状況に陥ってしまう。自分でもなかなか不便な性格をしていると思う。
それでも彼がナイトパーティにやって来たのは、一言で言えばヴェルリアのためであった。チラシを見て満面の笑みで「真司、行きましょう」と言われてしまえば、断る気持ちが起きようもない。それに……彼女が楽しいのであれば、それに越したことはないのだ。
「ん……?」
いつの間にか思慮にふけって伏せていた黄金色の瞳をあげると、それまで先にいたはずのヴェルリアの姿がなかった。特に声もかけられなかったため、彼女のいるはずの方向にずっと真っ直ぐ歩いていたのだが。
「また迷子か……」
さして驚く様子もなく、真司は呟いた。
ヴェルリアは極度の方向音痴だ。自分が真っ直ぐ歩いていたとしても、彼女にとっての真っ直ぐは右往左往する迷路のような道である。迷子の動物を探す飼い主の気分で、真司はいつものように精神感応――テレパシーを利用した。
「ヴェルリア、聞こえるか?」
『あ、真司。すいません…………道に迷いました』
「やはりか……それで、いまどこだ?」
『………………猫?』
「猫? あー、いい、こっちで探す。いいか、絶対に動くなよ」
どうやら中々言葉では伝えづらいようだ。とにかく、ヴェルリアに動いてもらうことだけは避けねばならなかった。動き始めてしまっては、またどこに行くか分からない。
「会話は繋げとく。なにかあったら教えてくれ」
『分かりました』
ため息をついて、真司は集落全体に広がるパーティ会場を練り歩き出した。とは言え、迷子になってそうそう時間が経っているわけでもない。真司がいるのは出店の区画だ。となれば、その区画内のどこかにいると考えるのが妥当だろう。
ヴェルリアとなると、予想外のところにいてもおかしくない。店の裏側まで確認しつつ、真司は出店通りを探し歩いた。道すがらヴェルリアと会話を続けるが……。
「そもそも、なぜ迷子になる?」
『真っ直ぐ歩いていただけなのですが……』
あまり有益にもならない不毛な会話だけだった。
そのうち、真司が出店区画の半分は見回り終えようとしたとき、テレパシーを通じてヴェルリアの悲鳴が聞こえた。
『あ、い、いやっ、いやです!』
「ヴェ、ヴェルリア!? どうした?」
返事をする余裕がないのか、ヴェルリアからの応答はなく、ぷっつりとテレパシーが途絶えてしまう。恐らくは、いや、確実にヴェルリアになにかあった!
真司はそれまでののんびりとした顔から血相を変えて、鬼気迫ったように走り出した。手がかりは猫だ。ヴェルリアのことであるから、単純にそれが視界に入っただけに違いない。早く、早く探し出さなくては。
必死になって捜索する真司の目に、猫が飛び込んできた。
(あれは……!?)
そこは西洋の魔道師風のローブに身を包んだ店主のいる、イリュージョンショップだった。店頭では飼い猫が座り込んで眠気まなこでいる。
それに気づいたとき、同時に店の近くから下卑た男の声、そして聞き馴染んだパートナーの声が聞こえてきた。
「いいじゃねぇか、少しぐらいよ。こっちも暇してんだよ」
「そんなの、私は知りません」
「んだと? ちょっと甘くすりゃあこのアマ…………へぶしっ!」
「だ、誰だぁ!?」
「私の名はマジカルホームズ! ピンチのときは即参上!」
二人の男に誘われるヴェルリアを、白スーツにうさ耳を生やした少女が守っていた。真司が角を曲がって辿り着くと、いかにもヒーローといった格好のその少女はいままさに男を殴ったであろう瞬間であった。
「女の子を無理やり誘うなんて、そんな古典的ドラマ展開は私が許しません!」
「ああっ!? ナメたこと言うと容赦しね――」
「ああ、俺も容赦しない」
うさ耳少女にビシっと指を指された男が唇を捲りあげた瞬間、背後から真司の地鳴りにも似た声が聞こえてきた。
「は……ぐへっ!」
それに気づいて振り返ろうとする男だったが、その目が姿を確認するよりも早く、振り返りざまに思い切り頬を殴られた。気絶するほどに強烈な一発を浴びせられて、男は地に倒れたままぐでんと伸びてしまった。
「大丈夫か? ヴェルリア」
「は、はい。私は大丈夫です。この人が助けてくれて……」
ヴェルリアに真司が駆け寄り、二人はうさ耳少女を見やろうとした。だが、すでに彼女は二人から離れて角を曲がろうというところだった。
「お礼なんて無用です! マジカルホームズはいつだって弱い者の味方なのです! では、さらばっ!」
まるで風のように去っていった少女の後を、二人はしばらく呆然と見つめていた。
「い、いくか」
「そうですね」
とりあえず、深く考えないことにしよう。いずれにしても、良い人であることは間違いない。次にどこかで会ったときは、改めてお礼を言おうではないか。
ようやく合流した二人は、再び出店巡りへと足を運ぶ。ふと、その前に真司の手がヴェルリアの小さな手を握り締めた。
「し、真司……?」
「……そう何度も迷子になられては困るんでな」
「……はい」
真司の温かなぬくもりに満ちた手を握り返して、ヴェルリアは照れた顔を隠すようにはにかんだ。
こうしていれば、もう二度と男に誘われることはないだろう。迷子はおまけみたいなものだ。無論、真司は――それを口に出そうとは思わないが。
二人はしばしの間無言で出店通りを歩いた。その間、お互いの心臓は、胸は、ずっと熱く鼓動していた。ヴェルリアは真司の横顔を見た。いつも冷静で端整な顔立ちの奥には、怒りの形相で自分を守ってくれる彼がいる。
いつまでもこうして手を握っていられれば。そんな些細な幸せを願って、二人はパーティを楽しんだ。
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