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はじめてのひと

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●月は頭上に、杯に

 もうすっかり、深夜と呼ぶにふさわしい時間帯である。

 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は人形工房で一人残業をしている。多大な集中力を要し肩が凝り、さらには手先も痛くなるこの仕事だが、疲労を感じることなく仕上げまで完了させた。
 完成した人形を両手で抱え上げ、台座に設置して眺める。
「何か足りないんですよねぇ……」
 溜息が洩れてしまった。
 決して悪い出来ではない。それどころか、まるで生きているかのように巧みに仕上げられた人形だった。それなににどうしても、『何か』を決定的に欠いた人形のように衿栖は感じていた。かつてリーズやブリストルを作ったときには、技術的にはもっと稚拙だったものの、衿栖はたしかに『何か』を生み出していたはずだ。
「スランプ脱出はまだまだ遠いなぁ……」
 と呟くと、ようやくどっと疲労感が押し寄せ、そのまま机に突っ伏して眠りたくなってくる。
 そのとき、
「あれ、携帯……?」
 今日の午前中に買ったものの、起動してそのまま存在を忘れていた『cinema』が、机の上でカタカタと音を立てた。メール着信、一件。
 送信元は茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)、彼女らしい簡潔なメールだった。

「今日は良い月だよ。外に出て眺めてみなさい」

 これを読んで、人形を作り始めてからずっと肩に籠もっていた妙な力が、すっと抜けたような気がする。今日の仕事はここまでにしよう。今日の悩みも、ここまで。いや……もう日付が変わったから『今日』ではないか。
「悩んでも解決しないし、気分転換に月でも見ようかな〜」
 工房の扉を開くと、そこには朱里が立っていた。
「待ってたよ」
 その手には酒瓶と、少々のおつまみが入った袋があった。

 外の梯子から工房の屋根に上がり、二人は肩を並べ美しい月を楽しむ。
「ところでその酒瓶、朱里が買いに行ったの?」
 しっかり成人……それどころか180歳の朱里とはいえ、外見は中学生そのものなのだ。
 平然と朱里は答えた。
「レオンに買いに行かせのよ」
 それはそうとして、と朱里は衿栖に杯を渡した。
「衿栖も二十歳なんだし、たまには付き合ってよ」
「ま、たまにはいいかな〜。はい、ご返杯」
 互いの銀杯に酒を注ぐと、揺れる水面にも月が映り込んでいた。
「こうして二人、酌み交わすのもオツなものでしょ?」
「そうかもね。じゃ、遠慮無くいただくことにするよ。乾杯〜」
「乾杯っ」
 ちん、と杯と杯が音を立てる。
「出会った頃は、こんな風にして一緒に呑めるとは思わなかったな」
「そうそう、出会った頃といえば……」

 その夜二人は銀月の下、飽かず昔話に花を咲かせた。