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Trick and Treat!

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8.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのご*しゃべったーり、でかけたーり。


「お人形は、もう売れてしまったんですね」
 完売御礼の札が置かれた陳列棚に向かって、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は少し残念そうに呟いた。
 どんな人形を置いていたのだろう?
 魔女や吸血鬼や狼男などだろうか。想像することしかできない。
 どのようなものか、眺めていたかった。
「残念です」
 そしてあわよくば、知り合いに似た人形があったら手に入れたかった。
 いっそ作ってもらってしまおうか。
 揃えて、みんなの日常風景とかを作るのだ。なんだか楽しそうである。
 ちょっとだけ自身の妄想を本気にしたところで、
「うちの従業員が本気出して宣伝だのパフォーマンスだのしてくれたおかげでね。向こう一ヶ月くらい忙しいっぽいよ、俺」
 忙しいなら言えないなぁ、と諦めた。
「また倒れたりしないでくださいよ?」
 残念よりも、今度は先に心配の感情が動く。
「善処はするけど」
「本音は?」
「仕事優先」
「だったらなおさら、きちんと食べてください。倒れたほうが仕事できないって、この間わかったじゃないですか」
「セリナにお説教された」
「ただの注意ですー。ところで」
 すい、と掌を差し出した。
 右手はからっぽ。
 左手には、綺麗にラッピングされた包み紙。
 わずかに首を傾げるリンスへと微笑んで。
「トリートアンドトリート」
 お菓子が欲しいし、また、欲しがられたいから。
 そんなことを言ってみた。
「セリナ、お菓子作ったの?」
「ハロウィンですし」
 それと、病院で変な事を言ってしまったお詫びも兼ねていたけれど、そっちは内緒だ。口に出して気を遣わせるのも嫌だから。
「いただきま、」
 すー、と手を伸ばしてきたリンスに対して、さっ、と手を引っ込める。
「……何さ」
「トリートアンドトリートですよ? リンスさん」
 望むものをくれなきゃ、あげません。
 それはリンスから渡されるお菓子でも、ロザリンドの持つお菓子をねだる姿でもどっちでもいいけれど。
 ああ、でもねだられるんだったら写真にでも撮ってしまいたい。なんだかとても貴重な気がする。
「じゃ、」
 すい、とマシュマロを渡された。
「交換しよ」
「はい」
 表面上はにこりと笑ってお菓子を渡すけれど、心の中では残念がってみる。
 ……まあ、仮装すらしていないノリの悪さを持つ人物が、そう簡単にやってはくれないだろうと、思ってはいたけれど。
 ――おねだりするリンスさん、ちょっと見てみたかったですね。
 ちらり、横目でリンスを見ると、さっそくお菓子をつまんだリンスが「……すごく、個性的な味だね?」……なんだか、気を遣ったような言葉を発していた。
 一応は練習したのだけど。
 ちょこっとしゅんと、した瞬間。
「ま。嫌いじゃない」
 なんて言って、ぱくぱく食べるから。
「なんていうか、リンスさんって」
「ん」
「ずるいですよね」
「最近よく言われるけど、なんで?」
 それはご自分の胸にお聞きください、ともらったマシュマロを口に放り込んだ。
 甘い甘い、バニラの味がした。


*...***...*
 

「とりっくおあとりーとよ!」
 リンスがロザリンドと仲良く話している間に。
 クロエは、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)に笑顔でそう言った。
「ああっ、うっかりお菓子忘れちゃいました〜!」
 アレフティナは、大仰な態度で驚いてみせ。
「困りました〜、これは……悪戯、でしょうか?」
 ちら、ちら、クロエを見たりして。
 クロエは悪戯よりもお菓子が好きだ。
 だから、お菓子がなかったことにちょっとがっかりしたけれど。
 でも、
「いたずらしちゃうんだからー!」
 そういう決まりだから、いっぱいいぢってやる!
「痛いのは嫌ですよぅ〜」
 アレフティナの棒読みなセリフにも気付かず、ぎゅむーっと抱きついて、そのままぶらーんとぶら下がる。
 ぶら下がりおばけの真似だ。
 ほらほらどーだ! とアレフティナを見上げたけれど、
「……クロエさん、ごめんなさい」
 謝られた。
 痛かったのだろうか? そりゃそうだ、だって全体重を預けたんだもの!
「ごめんなさい、アレフティナおにぃちゃん!」
 慌てて降りて、ぺこんと頭を下げる。と、その頭がアレフティナの顎にぶつかった。「ふぐぅ!」とアレフティナのくぐもった悲鳴が聞こえて、後ろでスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が「ざまあみろ」なんて笑っていた。やっぱりスレヴィは、ひどいのだわ。
「スレヴィおにぃちゃ――」
 わらうなんてひどいわ! と抗議しようとしたら、「いいんですよクロエさん」アレフティナに止められた。
 どうして? とクロエは再びアレフティナを見上げる。
「私、嘘ついてたんです」
「うそ?」
「はい。ですので、自業自得ですね〜」
「なにをしたの? わたし、うそはすきじゃないわ」
「本当にごめんなさい」
 謝ってから、アレフティナがごそごそと鞄から箱を取り出した。ラッピングが施された、15センチ四方ほどの箱である。
「お菓子、ちゃんと用意していたんですよ。だけど、クロエさんがどんな悪戯をするのか気になってしまって……それで、嘘を」
 本当にすみません、と謝るアレフティナ。
 クロエは、なんだそういううそなの、と安堵しながらありがとうとお礼を言って、ラッピングのリボンを解く。
 中から出てきたのは、古王国のキャラメルや、チョコ味とカボチャ味のクッキー詰め合わせ。
 見た目にも可愛いし、美味しそうだし、目がきらきらと輝いた。
「リンスさんと一緒に食べてくださいね」
「リンスにも? だからこんなにたくさんなのね、ありがとう!」
 嬉しくて、飛び跳ねて喜んでいたところ――
「じゃあ俺からはこれをくれてやる!」
 スレヴィの声。
 直後、自由が奪われた。
 サラシで身体をぐるぐる巻きにされたのだ。
 顔まで巻かれた。目と口を残して、他はすべてサラシに隠された。さながらミイラのようである。
 あげると言いながら奪うなんてひどい! さすがは意地悪スレヴィである。
「なにをするのよ!」
「ふっふっふ、小娘にやるものなどトリックだけで充分!」
「ひどいわ! おこるわよ!」
「おぉーこわいこわい」
 棒読みだった。アレフティナ以上の棒読みだった。
 その上、ぐるぐる巻きにされたクロエを見て「うん、かわいいかわいい」とからかいを含んだ声で笑うのだ。
 もう! と怒りだすより先に、ふわり、足が宙に浮いた。
「なに!?」
 抱きあげられた!
「お出かけだ!」
 突拍子もない!
 アレフティナも驚いて、「スレヴィさん!? ちょっとクロエさんをさらわないでくださいよ! ねえー!」と叫んで追いかけてくる。
「どこまでいくの」
「墓」
「うめるのね!? わたしをミイラのかっこうにして、うめるのね!?」
「あーそれもいいな」
「いやよっ! ばかー! ばかー! おろしてー!!」
 じたじた、逃げ出したくて暴れても動けるわけがない。だって手足もしっかりぐるぐる巻きだもの。
 暴れ疲れた頃に到着した墓に。
 スレヴィは、紳士的な態度で花束を捧げてみせた。
 ……誰か、知人のお墓なのだろうか。
「この墓な」
「……うん」
「クロエが最初に入り込んだ人形の、モチーフになった女の子の墓だぞ」
「……、え」
 わたしが、逃げて、リンスや、他の大勢の人に迷惑をかけた。
 あの時の?
 どうしよう、どんな顔をしていればいいのか分からない。謝ればいいのか、それとも悲しんでみればいいのか、わからない。
「だから、礼に来た」
 けれど、スレヴィはそんな意図せぬ言葉を言うものだから。
 ぽかん、と口を開けて、彼を見た。
「この子に対して特に思うことはないよ。だけど、この子が居たからクロエがここに居られることになった。
 そのおかげで、うちの肉ウサギも最近楽しそうだしね、一度きちんと挨拶にって」
 どういうことか、よくわからないけれど。
「ねえ、わたしはここにいても、いいの?」
 振り返ったスレヴィが、珍しく優しそうに笑ったから。
 不覚にも、ない涙腺が、潤みそうになったじゃないか。


「もうっ、女の子になんてことするんですかっ!」
 置いて行かれたアレフティナは、スレヴィへと猛烈な抗議をしていた。
 もちろん、いつものようにスレヴィは両手で耳を塞いで「あーあー」と聞く気ゼロの態度である。
「まったく、お墓の前でなんてことをしているんだか……」
「あのな肉ウサギ」
「なんですか」
「さっきから酷い言い様のお前にいい話をしてやる」
「結構です」
 だって嫌な予感しかしない。
「まぁまぁ、聞けって。ハロウィーンの日は、死者の霊が家を訪ねたり精霊や魔女が出てくるんだよ」
「前世はランプに閉じ込められたジャックですね!」
 まるで信じていないように、アレフティナが茶化してもスレヴィの言葉は止まらない。
「それで、特に子供が狙われやすいんだ。だから逆にオバケの恰好をして身を守るのが、仮装行列なんかの始まり。ま、パラミタで言ってもあんまり意味なさそうだけど、昔の地球では場所によっては精霊や魔女は好かれてなかったからね」
「……何が言いたいんですか」
「この通り、クロエは俺の手でミイラ男になった」
「わたし、おんなのこよ。それにまじょのかっこうをしていたわ」
 クロエが、包帯を解きながら反論。魔女の衣装が見えてきた。
「だけどな肉ウサギ。お前はただの肉ウサギだ」
「…………」
「万が一その手の奴が来た時は、ストルイピンが真っ先に狙われるだろうなぁ。丸くて美味しそうだし、クロエは逃げ足が速いし」
 幽霊が、自分を食べようとして追いかける姿を想像してみる。
 いや、嘘だ、嘘だ。スレヴィの得意なホラ吹きだ。きっと、アレフティナやクロエを怖がらせて楽しんでいるんだ。
 ほら、ニヤニヤ笑って、笑っ――て、いない。
 本当なのか。
 まさか。
「ま、頑張って友達の身代わりを果たせ、ってとこだなー」
「う、嘘ですよね?」
「さぁなぁ?」
「スレヴィさんはどうするんですか」
「え? 俺はハンカチ振って見送るよ。子供じゃないから狙われないだろ? 巻き添えは嫌だからなー」
 ほら、とハンカチを振る実演までしてみせて。
 クロエが「ひどい!」と言ってくれなかったら、どうしていたか。
「いいですよっ、スレヴィさんが私を見捨てても、私はクロエさんと逃げますから!」
「もしもへんなのが来ても、ろけっとだっしゅでやっつけちゃうんだから!」
 クロエの男前な発言に感動してみたり。
 「一方肉ウサギは……」と哀れんだような目で見てくるスレヴィを睨んでから。
 そうだ、誰が相手だって構うものか。
 クロエとの楽しい時間を邪魔するなら、許さない。
 から。
「クロエさん、走りましょう!」
「え?」
「スレヴィさん意地悪だから、置いてけぼりです」
「しかえしね! たのしそう!」
 二人で手を繋いで、走った。「あ」と一拍遅れてスレヴィの声が聞こえてくる。声は遠くなる。
 工房までの、短距離走。
 あとで意地悪され返されたって、構うものか。